第7話

 ジュースの代金代わりにと、その日、リオは散々、パブロにこき使われた。雑草を抜いて少しは畑らしくなったところに、肥料を混ぜ、桑で畝を作る。途中、ガブリエレからの助言を受け、他所から土を持ってきて、畝をうんと高く盛った。初めてのことでなかなかうまく出来ず、猫の額ほどの畑なのに夕方までかかった。


 服だけじゃなく、身体も泥だらけにして作業を終えたリオたちは、ガブリエレの家でお風呂に入ってから寮に帰ることにした。寮には門限があるので、時間短縮のために2人いっぺんに風呂に入る。

 まずは湯を汚さないよう、洗い場で体についた土を流す。リオとパブロは泡立てたスポンジで、互いの背中を洗い合った。


「うわっ、泡が茶色い」


「ホントだ」


 1人で入るには充分な広さがある浴槽も、2人だと狭い。ごつごつとした石造りの湯船に、リオたちは足を曲げて向かい合って浸かった。

 立ち上る湯気が浴室を囲む木板を湿らせる。固くなっていた筋肉が、やんわりと解けていく感覚。ちょうど良い湯加減に、リオはそのまま眠ってしまいたくなる。瞼が今にも落ちてきそうだ。


「キルヒナーとはもう寝た?」


 唐突に放たれたパブロの一言に、リオの目が覚めた。


「な、なな、何、急に」


「いいじゃん、恥ずかしがるなよ」


 ニヤニヤ笑いでパブロが近づいてくる。思わず、バシャンと音を立てて、リオはパブロの顔にお湯をかけた。思っていたよりも派手に飛沫が跳ねた。


「ぷわっ、何すんだよっ」


 言いながら、パブロはお返しとばかりに手で水鉄砲を作ってお湯をかけてくる。


「あははっ」


 暫く、無邪気にお湯を掛け合っていたが、パブロは「で? どうなんだよ」としつこく訊いてきた。さっきの無邪気さはどこへやら、見逃してはくれないようだ。


「そうゆうパブロこそ……どうなんだよ」


 訊いてみたものの、何だか気恥ずかしくて、リオは顔の半分までお湯に浸かってブクブクと息を吐いて誤魔化す。そんなリオを見ながら、パブロは浴槽のヘリに肘をついて頭を凭せ掛けた。濡れて透き通るような髪から水滴が滴る。二の腕や鎖骨を渡る健康的な日焼けの痕が、なんだか艶かしいものに見えた。


「まあ、それなりに」


「それなりって……」


 意地悪く、ニヤリと口の端を吊り上げて笑うと、パブロは少し声を張った。


「オレたちのことはいいんだよっ、それより、キルヒナーとお前だ。そんなに心配なら、寝ちまえばいいんだよ。クソ真面目なキルヒナーのことだ。リオ、まだ手、出されてないんだろ?」


 パブロの骨張った指がリオの背中を下から上に撫でた。ぞわぞわと鳥肌が立つ。リオはわざと大きな音を立てて湯船から出た。


「今度、誘ってみろって」


 背後からパブロの声が飛んでくる。


「うるさいっ」


 脱衣所に出ると、リオはパブロの言葉を締め出すようにドアを乱暴に閉めた。

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