第6話
午後になって、リオはパブロに会いに行くことにした。せっかくの日曜を1人で過ごすなんて馬鹿げてる。ガブリエレの家に電話をかけると、パブロは家の裏にある小さな畑で、作業をしているという。
珍しいこともあるもんだとさっそく行ってみると、パブロは藍色のつなぎを着て、麦わら帽子に軍手という姿で、草むしりに勤しんでいた。
昨年の誕生日にガブリエレからパブロにプレゼントされたその畑は、畑とは名ばかりの杭と針金で区切られた荒地だった。
2メートル四方ほどのその荒地を長らく放置していたパブロだったが、とうとう何か育てる気になったらしい。
「手伝うだろ?」
リオに気づいたパブロは、傲慢な態度で言って、日に焼けた顔を綻ばせた。リオはジャケットを脱ぎ、作業台の上にあった軍手を拝借して草むしりを手伝う。
ごそっと草を根っこごと引き抜くのはある種の快感を得られる。それに比べて、座り込んだ足はだんだん、だるくなり、辛くなってくる。
二律背反の感情を抱きながら作業を進め、ジリジリと照りつける日差しに汗が滲んだ。
リオが額の汗を拭っていると日陰が降ってきた。見ると、パブロが被っていた麦わら帽子をリオの頭に乗せていた。パブロは帽子の代わりに、首に巻いていたタオルを頭に巻きながら「被ってろよ」と、ぶっきらぼうに言った。
「ありがとう」
少し楽になったような気がして、リオは黙々と草を引っこ抜き続けた。目に付いた石は囲いの外に放り投げる。
「なあ、何を植えたらいいと思う?」
流れてきた汗を顎のあたりでぐいと拭きながらパブロが訊く。
「パブロの好きなものを植えればいいよ」
「それはそうだけど、お前は何がいいと思う?」
「そうだな……」
ごっそごっそと草を引き抜きながらリオは考える。
果たして、この荒地で何が育つだろう。ジャガイモとかトマトなら育つかな。でも、それならもうガブリエレが広い方の畑で作ってたような気がするーー
農作物の知識が乏しいリオが考えたところで、荒地に良さそうな作物はわからない。リオはとりあえず、家の裏にあったら嬉しいもので考えることにした。
「苺が家の裏で採れたら、嬉しいかな」
「苺? 可愛いこと言うじゃん、リオ」
「何で? パブロも苺、好きでしょ?」
「好きだけどさ」
作業の手を止めてパブロはクツクツと笑っている。何だかバカにされてるみたいで、リオは腹が立った。
「訊くから答えたのに、そんなに笑わなくてもいいだろっ」
勢いに任せて草を抜くと、途中で切れて根っこが地面に残ってしまった。リオは溜息を吐きつつ地面を掘り返し、根を取り除く。
「そんなに怒るなって、苺が出来たら1番に食べさせてやるからさ」
悪びれる様子もなく、パブロは言う。
あんなに笑っておいて、結局、苺を植えるのか……パブロってわからないーーリオは考えることを放棄した。
草むしりを終え、2人は休憩することにした。
ガブリエレの家は丸太を組み合わせたログハウスで、薪が積まれた玄関横に椅子代わりの切り株がいくつか無造作に置かれている。その1つに座って、パンパンになった足を投げ出した。背もたれがないのが辛いところだが、座れるだけ有り難い。
切り株の1つをテーブルにして、リンゴジュースを炭酸水で割ったアップルソーダをパブロが振舞ってくれた。甘酸っぱいジュースが口の中や喉の奥で弾ける。
「そう言えば、今日はキルヒナーのところに行ってたんじゃなかったっけ?」
今更のようにパブロが訊く。
「急に仕事だって。朝、顔も合わせてないよ」
今朝の怒りが蘇ってくる。リオは持って行き所の無い怒りを、炭酸で誤魔化した。
「何それ。お前ら、それで上手くいってんの?」
上手くいってないから、ここにいる訳でーー
「なんか……あの日からおかしいんだよ」
「あの日?」
「アントンが消えた日」
パブロの顔から笑みが消えた。
リオたちが遊び半分で、立ち入り禁止となっている『ヒュラースの丘』に行ってから、1年が経とうとしていた。
まだ、アントンは見つかっていない。
あの日、リオたちが丘に行ったことは誰にも話していない。噂好きの学園の生徒達は、アントンの失踪と丘の噂をくっつけて新たな噂を作り上げた。
それが元で、と言う訳でもないが、アントンとよく一緒にいたリオたちは先生の呼び出しを受けて、アントンの行方に心当たりがないか訊かれたりもした。だけど、誰も本当のことは言えなかった。
「話したのか?」
パブロの言葉にリオは首を振る。
「言ってないけど……疑ってはいると思う」
キルヒナーも学園の卒業生だ。当然、丘の噂は知っている。面と向かって何か言われた訳ではないけれど、彼がリオに向ける視線に、疑心のようなものが混じっているようにリオは感じていた。
「僕のこと、嫌いになったのかな……」
不貞腐れて言うと、パブロが吹き出した。
「嫌いだったら、とっくに婚約破棄されてるって」
「今、準備してるところかも」
「婚約破棄の?」
「書類とか、いろいろ必要なんでしょ?」
「いや、知らないけどさ……考えすぎだって」
カランとグラスの中で氷が音を立てた。
「おかわり、いるか?」
立ち上がったパブロを、リオが恨めしく見上げる。この1年でパブロはにょきにょきと成長し、1年前はリオとほぼ同じくらいだった身長が、今は5センチ以上も離れてしまっていた。この所、よく農園の手伝いをしている彼の肌は小麦色で、肩や腕も逞しくなってきた。
それは、農園を経営している婚約者のガブリエレと上手くいっている証のようにも思え、リオの口からは自然と溜息が出た。
「リオ?」
「……いただきます」
言って、リオは氷だけになったグラスをパブロに差し出した。
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