第5話

 目が覚めて寝返りを打った。ベットの空いたスペースを撫でて溜息を吐く。そこに既に温もりはなく、昨夜、確かにそこに彼が寝ていた痕跡は消えていた。

 上半身を起こし、広いダブルベットを見下ろす。ベットの他はサイドテーブルとランプしか置かれていない、味気ない寝室。ひとつ鼻を啜って、リオはベットを出た。


 飾り気のない廊下を歩き、洗面所に向かう。廊下には微かにコーヒーの香りが漂っていた。水滴1つ、髪の毛1本落ちていないぴかぴかの洗面台で顔を洗い、歯を磨く。再びコーヒーの匂いに包まれる廊下を歩きリビングに入る。


 リビングで彼がコーヒーを飲みながら新聞を読んでいて、リオに気がついて「おはよう」と声を掛けてくれる……なんて、ほんの少しだけ期待したが、リビングにも彼の姿はなかった。

 その代わり、テーブルの上には朝食が用意されていた。生真面目な彼らしい、ピシッと整った朝食。


 オムレツにサラダ、スープ付。バスケットには丸パン。デザートにヨーグルトと果物を少々。リビングにもコーヒーの香りが残っていたが、テーブルに用意されていたのはオレンジジュースだった。

 ジュースジャーに手を伸ばして、リオは瓶とテーブルの間にメモが挟まれていることに気付く。


『仕事が入ってしまいました。今日は帰れそうにありません』


 几帳面な字が並ぶメモを手に取り、リオは『帰れそうにありません』という文字を睨みつけた。


「日曜なのに仕事かよ」


 腹が立ったリオは、メモを丸めて放り投げた。窓に当たって床に転がったメモをそのままにして、リオは1人で朝食の席につく。

 冷めたスープを啜って、乾いたパンに噛り付く。


 リビングも寝室と同じく必要最低限のものしか置かれておらず、素っ気も味気もない。虚しい想いに囚われて、リオは我知らず呟いていた。


「婚約者が泊まりに来たっていうのに、仕事って……」


 その言葉は行く当てもなく彷徨って、コーヒーの残り香りと共に物悲しいリビングで霧散した。

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