第3話

 唐突にパブロが足を止めて「帰るか」と呟いた。代わり映えのない景色に飽きたらしい。


「特に何もなさそうだしね」


 クビンが同意する。ここに残りたい理由もないので、リオも賛成した。

 背後は静まり返っていた。帰ることになって1番喜びそうなアントンが何も言わないのは少しおかしい。声も出せないほど疲労しているのかと、リオが振り返った霧の中に、アントンの姿はなかった。

 辺りの霧は濃く、1メートルも離れれば、姿が見えなくなってしまうだろう。


「アントンは?」


「遅れてるみたい」


 クビンとリオがそんな会話を交わして待つこと数分。まだアントンの姿は見えない。


「おーい、アントーン」


 呼びかけにも返事がない。辺りは静寂そのもの。

 近くにいて、お互いに姿が確認できる3人以外、誰もこの丘には存在していないようだ。


「ねえ、これって……」


「先に帰ったんじゃないか?」


 リオの言葉を遮ってクビンが言った。


「まさか、あのアントンが1人で帰ると思うの?」


「よっぽど疲れていたのなら、帰るだろう」


「でも……」


 リオは言い返そうとして見たクビンの顔にも、不安の色が浮かんでいることに気付いた。こめかみの辺りから、つと汗が流れている。


「寮に戻ろう。クビンの言うとおり、アントンが帰ってるかもしれない」


 パブロの言葉に、リオもクビンも頷いた。


「その辺で休んでる可能性もあるから、周囲に気を配りながら戻ろう」


 そう言って、来た方向に戻るように歩き出したパブロは、すれ違いざまにリオの手を掴んだ。


「念のためだ」


 振り返ったパブロは、やはり不安げな表情を浮かべて言った。リオは頷いて、空いた方の手をクビンに差し出した。

 クビンは一瞬考えるような顔をしたけど、黙って差し出された手を取った。手の平に汗が滲んでいる。冷や汗なのか何なのか、今やリオたちの制服もしっとりと濡れて僅かな重みを感じていた。


 帰り道は黙々と、3人は自分たちが踏んで倒れた草の跡を辿るように歩いた。

 唐突に霧の中からアントンの丸っこい体が現れるような気がして、リオはしきりに辺りを見回していたが、その期待が形を持って現れることはついになかった。

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