#11 祈りという名の裏切り
「聞いて、くれ……もう、声が出ない、近くで……」
「……ここにいます。アルフォンス様」
私は彼の顔に耳を近付けた。不思議と涙は流れなかった。自分の泣き声で彼の言葉をかき消してはならないと、彼の容態が語ってくれている。
「後悔は、ない……だが、済まない。俺は結局、君、を……」
「いいえ、ここに戻ってきてくれて、私はとても嬉しかったです」
「なぁ……きみは、生きてくれ……戦いが、終わっても……きみの、命を」
「……それが貴方の望みならば、私は生き続けます」
「そうか、良かっ……た……」
「…………ふ、はははっ……」
「アルフォンス様……?」
「で、でも……やはり悔しい、なぁ。ほんと、は……きみと生きられると、思ったんだが、なぁ……!」
彼は己の最期を自嘲するように、嗚咽するように顔全体を不格好に歪ませて笑った。それは私が初めて見たアルフォンスの笑顔であり、涙であった。
「あぁ……でも、最後に……きみに会えて、良かった……」
今や瞳孔が開いているアルフォンスを、私は強く抱きしめて言った。
「……私も、貴方に会えてよかった。アルフォンス」
「愛している……クラ……リ……ス」
「ずっ……と……」
「ぁぃ……」
そして、最期にその言葉を残してアルフォンスは事切れた。
自分達の隊長が、死んだ。それを悟りながらも周りの兵士は、彼の最後の語りを聞き、黙って彼を抱きしめ続ける私の姿を見て何も言い出せないでいた。
「……ふふふっ」
「ク、クラリ……」
「ふふっ、ふふふっ……あっはははははは!!」
兵士達が一斉に後退り、顔を背ける。目の前の女が想い人の死によって突如として正気でいられなくなった狂女と成り果てた。そう思っているのだろう。
「……貴方様は、本ッ当に莫迦なお人ですね」
私は言った。既に眼を閉じ、冷たくなったその顔を撫でながら。
「本気で私に生きて欲しいなら、最後に余計なことを言わなければ良かったのです。今際に愛を囁いたお人を……どうして忘れて生きられるでしょうか」
そして私は一つの決意を胸に抱き、兵士達に告げた。
「皆さん、私から充分に離れてください。そして何が起ころうとも手出しせぬよう」
「ク、クラリスさん……駄目だ、そんな」
「貴方はさっき、私なら何とかできるだろうと懇願しましたね?」
「えっ、そ、そうだが……」
「……実は、彼を救う方法が一つだけあるのです。さあ、見ていてください」
兵士達の表情が一変した。戸惑いと畏れ、そして僅かばかりの期待が表れた顔へと。
それを告げた私は、一体どのような顔をしていたのだろうか。
この術には今まで用いたような触媒は必要ない。なぜならそれは既にここにあるからだ。
アルフォンスの遺体の左手を両手で包み、その死霊術の詠唱を開始した……
「な、なんだ……この光……?!」
「クラリスさん、まさか、あんたは……本当に」
膨大な魔力の奔流が私の肉体から湧き出ずる。
今までの死霊術のような暗く禍々しい瘴気ではなく、原初の生命力とも言える月白色に光る温かいものが私とアルフォンスの身体を包み込む。
死霊術士として行使するこの最後の術に、私の全ての魔力を注ぎ込む。そう、私の全てを。
体を駆け巡る血が沸騰したかのように熱くなり、全ての臓器と筋肉が激痛を訴えて、私が向かっている先を警告する。だが、それでも私は意識が無くなるまで詠唱を止めなかった。
命尽きる最期の瞬間に、思う。
ごめんなさい。貴方を生かしたいから、貴方が一番嫌ったことをする。
これは死霊術の禁術中の禁術。術者の生命力を触媒として死者を黄泉還らせる。
もし目覚めて真相を知っても、貴方の望みを踏みにじった私を憎まないでほしい。
貴方と共に生きられないことよりも、貴方に嫌われることのほうがずっと悲しい。
もし生を得られたらなら、死んだ私を枷にしてほしくない。
貴方には私を忘れて、別の女性と幸せに結ばれてほしい……
でも……でも、やっぱり忘れてほしくない。貴方の記憶の一片くらいにはなりたい。
ああ。最期の言葉を聞き取るのに必死で、その返事をすることが出来なかった。
どうか、この言葉が貴方に届きますように。
アルフォンス。私も、貴方を――――
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