#8 重宝は愛と違うと知る
「……済まない、俺が君に負荷を掛けてしまった」
彼は自分が詰め寄ったことが私の状態が悪化した原因だと思ったようで、退出すべく足早に天幕の出口へと向かっていった。
「待って……!」
アルフォンスは私の引き留める声に足を止めた。
「貴方のせいですから……せめて、収まるまでは面倒見てください……」
嘘だ。彼の誤解を利用する自分を卑しく思った。確かにアルフォンスに迫られたことが引き金とはなったが、彼に責任を求めるのは全く筋違いの不調だ。
これは死霊術の反動とは無関係の、避けられないものであると解っている。
だがそれを伝えた瞬間、アルフォンスにそれはそっちの問題だと見放されて一人にされるのが怖くて伝えられなかった。
彼は私の手を取って熱を測った。冷静な顔を保っているが、どうすればいいのやらという戸惑いがどこか落ち着かない様子から見てとれる。
「……何をすればいい」
「も、毛布を……気温相応よりも多く、持ってきてください……」
「はっ……はぁ……うぅ……」
アルフォンスが私を抱きかかえて自分の寝台へと寝かせてくれたが、断続的に襲い掛かる金槌で釘を打ち込まれるような鋭さと重さを併せ持つ痛みは強まっていった。
「……ぅぁっ……!!」
痛みが頂点に達し、私は耐え切れずに赤子の寝相のように全身を丸めた。
そんな私の様子を見て彼は、不審そうな顔をして十数秒ほど考え込む様子を見せた後、はっと息を吸って何かに気づいたような顔を見せた。
「……これはもしや、死霊術の反動とは関係ないのか?」
「す、すみま、せん……隠そうとしていたわけでは」
「怒ってはいないが……その、どうして欲しいかを口に出してくれなければ、俺には適切な対処が解らない。女の術士を呼ぶか?」
「い、いえ……貴方が、いてくれれば……」
「俺に……出来る事はあるか?」
「ひ、一人に……しないでください……手、握って……怖いんです……」
……違う。今より遥かに酷い状態でも私はずっと独りで耐え過ごしてきた。まして上官である彼の手をわざわざ煩わせる理由になどなっていない。
それでも私はこの二人きりの天幕の中で、彼に甘えるような調子を変えられない。
アルフォンスは手加減した氷魔道によって冷水を作り、浸した布を私の額に乗せた。
「ご、ごめんなさい……貴方の、時間を……私なんかに」
「構わない。いや……知識では頭にあった事にもかかわらず、今まで考慮せずに平気で面倒な作業を君に押し付けてきた。本当に済まない」
ああ……そうか。彼の私への優しさは本物なのだ。
ただ、自己満足の為に死霊術を止めさせる口実でも口先だけのものでもなかったのだ。
しばらく経ち、まともに立っていられないほどの激しい疼痛も峠を越した。それによって冷静さを取り戻した私は、どれだけ身の程知らずの要求を彼にしているのかを自覚した。
「あっ、あの……もう大丈夫です。私などには構わず、他にすべきことを……」
「いつ去るべきかは、俺が判断する」
落ち着いたからもう傍にいる必要はないと再三言ってはいるものの、アルフォンスはこう言って頑として離れようとはしない。ここが隊長である彼の天幕という理由もあるだろうが、部下に看護を任せることすらしなかった。
これまでの生涯のどの記憶を辿っても、他人がここまで私のことを気遣ってくれた時など一度もなかった。
孤児であった頃はもちろん、学院の地下学級においても配慮の範囲はあくまで死霊術の学習の影響に限られており、命の危険がない定期的な不調など無いも同然の扱いだった。
また、現在の部隊には数人の女性魔道士が所属しているが、彼女らは生まれ持った才能によって部隊内で丁重に扱われてきた私を明らかに疎ましく思っていた。あちら側も心細い中で必死で耐えていることを相談しに行ける訳がなかった。
「……君の手は、こんなにも小さいんだな」
アルフォンスは先程まで握っていた私の左手を見つめ、少し俯いて視線を落としている。
私を雑用役へと降格した意図が見えなかった時には却って気障で憎たらしいものに感じられた皺一つない整った顔を、私は微睡んで朧げになってゆく視界で見つめた。
ああ、この身体に帯びる熱は、きっと不調によるものだけではない……
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