#6 授かりし異能の代償
「これは魔傷痕と言い、術者の意に反して体内に残留する魔力だ。その者の肉体がどれだけ自分の魔道の反動を受けているかを示す指標として表れる」
「ま……ましょうこん? そ、そんなこと、今まで……」
「魔道学院の一般生徒には決して教えられない知識だ。その暴き方も含めてな」
「………………そんな」
「魔道士が未熟であったり、短期間で多くの魔道を行使すると、その者の元素に対応した反動が肉体に現れる」
「反動……どのように?」
「火元素ならば高熱に侵され、土元素ならば間接が硬直するといった具合にな。だが、通常の元素ならば魔道の行使を止めて静養すればいずれ元の状態へと戻る。よって多くの場合では、魔道の反動が重大視される事は殆どない」
「通常の元素……ならば?」
「だが、闇元素の中でも類い稀なる死属性の魔力を持つ君は全く別だ。死霊術は死という本来不可逆である状態を覆す魔道だからこそ、その術者が受ける反動も不可逆のものとなる」
「不可逆……?」
「つまるところ、死霊術は行使の度に術者の生を確実に蝕むのだ」
「そ、そのようなことが……」
「いや、見え透いた演技は止せ。俺が許せないのは……君はそれを悟っていながらも自ら進んで死霊術を行使しようとしているという事だ」
「い、いいえ、たった今アルフォンス様によって知りましたわ!」
「俺がこの部隊へと配属された日、君がどんな状態にあったか覚えているか?」
「えっ……いきなり何を……」
「君は前夜の作戦から病人のように馬車に乗せられて帰還した」
「馬車に……?」
「俺への自己紹介の時も顔色も悪く、明らかに体調を崩していたな」
「…………あっ?!」
徐々に、彼が示す日の出来事が思い出された。アルフォンスは着任当日、私が駐屯地へと帰還した直後からその様子を子細に観察していたというのか。
「君に随伴した兵士が報告した。死霊術で魔獣を甦らせた数分後に食物を戻して失神したと」
「ま、待ってくださ……」
「なぜ君がそこまで体調を崩したか、心当たりはあるな?」
「そ、それは……」
彼の容赦ない追及を逃れるべく、頭の中で必死に当時の記憶を手繰り寄せた。
談笑する兵士の声が、脳裏に残響した。
『だってよぉ、あの魔獣の死骸さぁ、すっげぇ臭いだったじゃん。仕方ねぇよ』
『術をかけるまでは必死で耐えられてたんだろうな』
「あ、あの時は元々体調が悪くて……魔獣の遺骸が発する腐臭で戻してしまうことなんて何も不自然ではありませんわ!」
「幼き頃から動物や人間の遺骸を用いて、死霊術を学ばされてきた君が?」
「うっ……でも本当に……」
「痛みや症状の苛烈さに耐えられず排泄物を垂れ流す者も、炎魔道によって焼け爛れた皮膚から異臭を放つ者に対しても平気な顔で看護してきた君が、漂う腐臭を嗅ぐだけで吐くほどに体調を崩すはずがないだろう」
「………………」
「そう、君の魔傷痕は心臓を中心に拡がり、今や胃の位置にまで達している。あの日の君の異状は間違いなく死霊術を行使した事による反動だ」
アルフォンスは、少しだけこちらを責めるような表情になって続けた。
「だが君は何事もなかったかのように取り繕い、気取った態度で俺へと挨拶した。そんな君を見て俺は……怒りを覚えた。こんな状態になるまで君を酷使し続けた以前の隊長達を。そしてその待遇を拒絶するどころか、自ら進んで死霊術を使いたがる君を」
そうか、初めて会った時にアルフォンスが私に向けた冷たい眼差しには侮蔑ではなく、怒りの感情が込められていたのか。私が命を腐らせて死に急ぐことへの怒りを。
「真相を知らなくとも、死霊術を行使する度に自分の肉体が蝕まれる事は知っていたはずだ」
「そ、そうかもしれません。でも……」
「いいか、君の師である先代の死霊術士は急死した。怪我一つなく、何の病も患っていない三十八歳の時に術を行使した直後の事だ。その遺体も調べたが……君の魔傷痕は、彼が死んだ当時のものよりもさらに大きい」
「………………!!」
「ああ、俺もたった今目の当たりにした事実だが、なぜ君がまだ生きているのかが不思議で仕方がないよ。この部隊で力を重用された君は過去に例のない頻度で死霊術を使い続けてきた。君が今までの調子で術を使えば……長くてもあと一、二年の命だろう」
「…………そんな」
それは、私が予期していた余命よりも遥かに短いものだった。
一通りの説明を終えたアルフォンスは、開けられた私の上衣を軽く重ねて素肌を隠した。
「これで納得したか? 俺が君の死霊術を禁じる理由が」
「……で、では……アルフォンス様は……私を」
「君をみすみす死に向かわせるつもりはない」
「その、自惚れでなければ良いのですけれど……もしかして、貴方様がこの部隊の隊長へと就任されたのは……」
「君が死霊術を使わないよう禁じ、監視する為だ。……クラリス」
「………………!!」
アルフォンスは初めて、私と目を合わせてその名前を呼んだ。
「なんで……どうしてアルフォンス様は、そこまで私のために……」
「君は、俺が知る中で最も貴い心を持つ女性だ」
それは、私の問いへの応答ではなかった。
だが彼の口から出た思いもよらない言葉に、私の身体はまるでずっと凍り付いていた何かに火がともるような感覚を覚えた。
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