#5 逢瀬まがいの直談


 アルフォンスがこの部隊に来てから三ヵ月が過ぎた。


 彼が評判通りの優秀な指揮官であることは今や隊員の誰もが承知である。

 自らを筆頭とする狙撃部隊によって多くの帝国兵を闇討ちし、魔道士を用いた手段を選ばない妨害工作によって着実に帝国兵の動きを鈍らせていった。

 だが、指揮官がどれだけ優秀でも私たち暗夜部隊の働きには限界がある。聖教国の本軍と比べてしまえばあまりにも小規模な人員であり、技術力では遥かに勝るうえにこちらのように信仰による戦法の制約もない帝国軍に聖教国軍は徐々に巻き返されつつあった。


 私達の部隊の働きの甲斐もなく戦線は徐々に押され、アルフォンスの能力や戦術を以てしても大した戦果を上げられない不毛な作戦が続いてゆく。

 そんな状況下で、隊員達の間では今こそ再び私の死霊術を用いる時だ、という空気が広まっていた。



「……いいのかしら、こんなことして」


 兵士達がそれぞれの天幕の中で疲れを癒している静かな夜、私は一つの決意をもって人知れず這い出し、目的の場所へと歩みを進めていた。


「ううん……私には言う権利があるはず」


 ……身体が、重い。気分も落ち着かない。

 だが自分の心身の機嫌を一々伺っていたら、次の機会がいつやってくるか判らない。


 私は駐屯地の最奥にある隊長の天幕へと赴き、アルフォンスに直談する為に入った。


「夜分遅くに失礼致します。死霊術士のクラリスですわ。入ってもよろしいでしょうか?」

「ああ、入るといい」

 直後に応えた普段通りの平坦な声。彼はまだ就寝していなかったようだ。


 暗夜部隊の総指揮を務めるアルフォンスの天幕は一般兵が寝泊りするそれの比ではない外観と規模であったが、内部の快適さと豪華さはさらに大きく勝るものだった。

 二重構造の入口を抜けた先には屋敷の小規模な一室とも言える空間が広がっており、中央には軍議に使われているであろう巨大な机が置かれていた。地面を覆う麻布の上に赤い文様の絨毯が敷かれており、彼専用の寝台の敷物は白く清潔な布で覆われていた。

 簡素ながらも一応は材木で組まれた寝台が用意されている私はともかく、木枠の中に敷き詰められた藁の上で所狭しと寝ている兵士が見ればこの待遇の差を羨まずにはいられないだろう。


「凶器の類いは一切所持していませんが……何なら貴方様の部下に服の中まで徹底的に調べさせても構いませんわ」

「構わない。たとえ君が俺の暗殺を試みようとも、成功させるだけの隙は作らない」


「あら。その割には、私が調理した糧食は毒味も任せずに召し上がったでしょう?」

「ふっ……そんな他の多くの者を巻き添えにするような手法を、君が取るか?」

 いったいこの男は、私の何を知っているというのだろう。

 私がどんな存在なのかを見透かした気になっているような得意げな失笑が癇に障った。

「それで、用件は?」


「アルフォンス様が頑なまでに私の死霊術の行使を禁ずる理由を、改めてもう一度お聞きしたいと思いまして」


「前に言ったように、死霊術を当てにする確実性の低い作戦に問題があるからだ」

「ですが、それによって明らかに戦局は膠着状態に入っていますわ。それに、貴方様の部下からもその方針の転換を疑問視する声が多くなっていることはご存知かしら? 敵兵の死体や魔獣の死骸を戦わせなくなった分、自国の兵士である自分達の負担や犠牲が増すのだと」


「いくらこの部隊が秘密裏な作戦を担当するとしても、度が過ぎれば聖教の教義に反する手段を取っていることが敵国や本軍の兵士にも伝わる。それは問題だ」

「そんなことは後からどうにでもなるのではなくて? 共に戦う者達を優先すべきですわ」

「ただ勝てばいい、というものではない。聖戦としての大義がなければ」

「その建前を維持したまま、裏で手段を選ばずに暗躍して本軍を勝たせるのが私達の部隊なのでしょう?! さっきから仰ることが滅茶苦茶ですわね。やはり聖教の敬虔な信徒である貴族様に、この部隊は向いていないのではないかしら」


「違う、立場上は信徒を装っているが、俺個人にはとりたて固執する程の信仰はない」

「では、他に何があるのかしら? せめて私にだけは、説明責任があるはずです!」



「……君は俺を知っていたか? ここの隊長に就任する以前に」


「えっ? ええ……もちろん、ご評判ですもの。お顔を拝見したのは初めてでしたが」


「君が知る所はその程度だっただろうが、俺は君の顔を遥か前から知っていた。君が魔道学院の地下に閉じ込められていた時からな」

「えっ?! お、お待ちください……それは、一体どういう……」


 突然、私との距離を詰めてくるアルフォンス。私よりも一回り大きい彼の姿は、燭台の光を背にしているために表情が読み取れず、暗く恐ろしく見えた。


「ここに入る時、君は俺に害意が無い事を念押ししたがっ……」

「あっ、あのっ……?!」


 突然、眼前の男の腕がこちらに伸ばされ、視界が入口の方向へと回転した。


「俺が君に何かするかどうかは、警戒しなかったのか?」


 アルフォンスは、唐突に中央に置かれた大きな机へと私を押し倒した。

 あまりに急の出来事に叫び声を上げそうになったが、その間もなく私の口は彼の左手によって強く塞がれる。


「んっーっ!! んぅっ…………!」

 そして私の長衣の前を乱暴に開き、上半身の素肌を露わにした。

「んやっ……! はなっ……!」

 必死で頭を振り、僅かな空気の抜け穴から必死で声を出す。彼は私に対して邪な思惑があったのか、何故それを今まで見抜けなかったのか、そんな考えが頭の中を高速で回る。


 だが私を手篭めにするかに見えたアルフォンスは目の前の柔肌に指一つ触れることなく、私を机に押し付けたまま右手を私の胸の辺りに浮かせて何かの詠唱を始めた。

 そして唱え終わった後、私の眼前に鏡を突き出した。


「鏡の中の自分を、良く見るといい」


 その鏡に映る私の胸元には、今までに見たことがない奇妙な紋様が浮かんでいた。

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