第5話 公害・キモイキモイ病

 凍てつく教室。

 すべての視線が、白滝と俺、ついでに鬼志別へ突き刺さっている。

 ただ、そのような空気感を読まない俺と白滝の下で、唯一、空気を読解できるオタクである鬼志別だけが、衆目の視線を一身に受けて怯え上がっていた。


「ちょっ、おい、ふたりとも!僕の前でそれは勘弁してくれ!」


 俺たちの首根っこを掴んで引きずりあげる銀髪丸眼鏡。

 そのままうんうん唸りながら、華奢な体躯で二人を教室外へと連行していく。そうして我々を階段の踊り場まで引きずって、疲れ気味に放り出した。


「はぁっ…、はぁっ…。頼むから、周囲の視線を、少しは、気にしてくれ…」

「近隣諸国の視線を気にしろって?おいおいお前、パヨクみたいなこと言うなよ」

「政治の話は今してねぇ!」


 鬼志別は丸眼鏡を外すと俺の首筋を掴み上げて、ぐっと寄せる。女の子みたいな顔が一気に迫ってきて、俺はほんの一瞬息を呑んだ。


「おいシューカ、説明しろ。」


 眼鏡外すと破壊力半端ないよなぁとか思いつつ、俺は首をかしげる。


「何をだ」

「お前とソコの美少女。なにがどうなってそうなった。」

「え、見りゃ分かるだろ。レス・バトルだよ。」

「は?え、レスバトル??」

「俺がツイッターでいつもやってるのを見てるだろ。その宿敵」

「は、バカか。JKがツイッターとかいう終末SNSやるわけないでしょ。」


 やかましいヤツだなぁと溜息をついて、俺は白滝のほうを向く。


「ほれ。説明してやれ」

「えっ、え…。あっ」


 桔梗に顔を向けた白滝は、固まってしまう。

 あーそうだ。こいつは俺と同レベルのコミュ障だ。初対面じゃ先日の体育館裏の時と同じことが起こる。


「え?あっ、ぼ…ぼく、いや、え」


 俺にとってのもう一つの誤算。鬼志別皐月の対人能力も同レベルであるということ。ついでに言えばその相手は、孤高と畏れ讃えられた美少女なのである。小6以来、俺と同じく天北学院という異常男子校でイキイキ発達してきて、まともに異性と対話したことのない鬼志別が喋れるはずもない。


 視線を床のタイルに固定し、アッ…、アッ…、とさえずり始める二人。構図は非常に面白いのでこのまま撮ってツイッターにでも晒そうかとも思ったが、流石の俺にも最低限のネットリテラシーがある。スマホを仕舞った。


「えっ…あ、ちょ」

「あ、あっ…え、」


 ジャムり始める二人。処理があまりに重いので待つ間に魔剤MONSTERでも買ってこようかな。と、腰を上げた瞬間。


「っ、ごめんなさい。」


 白滝はさっと立ち上がって、足早に階段を降りていってしまった。

 呆然と取り残される俺と鬼志別。


「……僕、やっぱり公害だったんだ」

「なんの」

「キモいキモい病」


 銀髪の少年は自責の海に埋没し、一方の俺はやりすぎだったかと後悔で撃沈した。二人ともども懺悔をしていると、アーメン、階段の上から視線を感じた。


「どちら様ですかー。」


 声かけをいっぺん。二度、三度とやってみるが応答がないので、出てこなきゃ今度の学年集会に活動家を呼んでハチャメチャにしてやるぞと脅したら、その人影はゆっくり現れた。


「やっと出てきたか」

「……なんかあなた本当にやりそうだから、ね。」


 現れたのは、ちょっと藍色がかったショートヘアの女子生徒だった。


「どちら様」

鹿越しかごえ鹿越しかごえ桔梗ききょう。いちおう同じクラスだよ。」


 その声で俺は思い出す。確かそうだ、クラスの中心・汐見しおみ柏亜はくあの親友だとも言っていた。幼稚園からの友達なんだよー!って汐見柏亜が誇らしげに言っていたので覚えている。ヨーロッパに渡る前の小6まで二人はずっと同じクラスだったらしい。なお二人揃って美少女なのはこの世の不条理である。


「用があったんだよ。厨川くりやがわくんに」


 さて。そんな美少女がなんたって愛國者おれに御用らしい。

 彼女について、もう少し自己紹介の日の記憶を辿ろう。


 名前:鹿越桔梗

 出身中:雁来中学校

 趣味:友達と買い物

 好きなもの:BBQ


 対する俺。


 名前:厨川萩花

 出身中:天北学院

 趣味:お気持ち表明

 好きなもの:JAPAN


 結論。人違いじゃね?


「脳内会議の結果あなたは俺に用がNOTありますだったんだが、気は確かか?」

「少なくともあなたよりかは正気だよ」

「そりゃ俺より狂ってたら人間じゃない。俺はボーダーラインだ」


 呆れ返ったように溜息をつく鹿越桔梗。どうやら本当に俺への訪問らしい。




――――――

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