第2話 レスバは速さが命
「にゃろう、粘りやがる…。」
指が引きつる。
キーボードを叩きつづけて何時間経っただろうか。
"でもアナタ、それ論点ずれてますよ?"
"私はネットで『真実』を見たんですよ?アナタ反論できませんよね??"
"あなた反論になっていませんよ?お前レスバしてるつもりかもしれないけど…、"
画面に向かって歯を食いしばる。
レスバは速さが命。
的確さやソースなどは不要。いかにそれっぽいことを早打ちで連投できるかが勝負になるのだが――、
「くそ、頭が働かねぇ……」
ここに来て集中力が切れ始めていた。
「あーにーきっ!朝ごはんできたよー!?」
下から妹の声が聞こえる。
もうそんな時間か。今晩も一睡もせずにレスバトルに身を投じてしまった。
画面のレスには一切退かぬレスバトラーこと俺とて、妹様を敵に回すことは死を意味する。そういうわけで速やかにPCの電源を切って下に降りた。
「遅い。新疆の思想改造所に送るよ?」
「罵倒がタイムリーすぎる」
ちょうど保守速報を舞台にその話題でレスバをしていたところだったので驚いてしまう。もしやレスバの相手は妹様だったのでは?いいや、その場合俺の処遇は思想改造どころではなくなってしまう。万一にもあってはいけない仮定だ。
というわけで今日も食卓に並ぶ素晴らしい朝食と、それを作ってくれた妹と、豊かなる祖国へ感謝を捧げてからメシを掻き込み、国歌を斉唱しながら制服に身を通して靴を突っかける。
「きょう入学式なんでしょー?もうちょっと余裕持って起きてよ…」
「ちょっと仁義なき戦いに明け暮れてて」
「あのさぁ…。 まぁ、確かに…ママもパパも仕事忙しくて入学式に顔出せないのは同情できるんだけどね…」
「俺は全く気にしないぞ」
要らぬ同情を寄越す妹を背に、玄関を飛び出す。
「うわっ、しばれる!」
二重玄関の戸を開ければ、やはり北国。4月というのにまだ積もる雪が俺をお出迎え。しかしそのおかげで窓脇に積んでおいた
電車で詰め込まれて、揺られて、高校正門。初々しく制服に身を包んだ少年少女たちが緊張の足取りで進む中、俺はエナジードリンクを掻き込んで空を仰ぐ。
「かーッ!魔剤効くゥ!!!」
一斉に振り向かれた。少し声が大きかったかもしれない。
「しかし初日からヤベー奴認定を受けるのも勘弁だしな…。さっさと新入生待機場所に溶け込んで影を薄めとくか」
というわけで、花を咲かせるのはあと1ヶ月先のエゾヤマザクラの並木の脇をそそくさと抜けて、新入生の式典待機列へと並ぶ。
待機場所では、コミュ力のある強者たちが早速打ち解け合い始めていた。
「えぇ…多分あの感じ初対面だよな。陽キャやば、尊敬するわ」
その様を前にした俺は陰キャらしくボソボソ呟きながら、端っこへ逃げる。やつらは友達がいるので同校で固まって来てるのだろう。俺が一人で来る羽目になってるのは友達が一切いないからだ。
(俺は孤高のオタクだからな。他とは『違う』。)
ちょうどあった校舎脇の石段へと腰を下ろし、そこで魔剤を流し込む。
(にしても目立ってんな…)
先程避けてきたコミュ力集団を遠巻きに眺めながら呟く。
そこの中心にいるのは金髪碧眼の美少女だ。
「えーっ!?
「うんっ。ママの実家が東欧にあって、中学の間はずっと向こうにいたんだ〜」
汐見さん、と呼ばれたその子は、えへっとはにかむ。
実家が東欧ということは、ハーフだろうか。
「いいなぁヨーロッパ!憧れる…」
「えー?そうかなぁ…。中学は教会の附属だったけど、シスターさんが勉強教えてくれる女子校だったから規則わりと厳しくて…。」
「ぇぇー、恋愛とかは?」
「もちろん禁止禁止。だからせめて青春は共学で過ごしたいなって、高校は日本に戻ることを選んだんだよ〜」
きゃー、と盛り上がるのはコミュ力女子集団だけでなく、その外縁で様子を伺う男子たちまでもが色めいた。
「聞いたか?初共学だって」
「あんな可愛いのに恋愛未経験とかアリかよ…。」
すると、その後ろからほんのり藍色がかったショートの女子生徒が現れた。
「はぁー。
「わぁっ!きょーちゃん!!」
目を輝かせてひらりと抱きつく少女。
「制服かわいい〜!
「はいはい。さっさと行こうね」
「む〜、
二人は初対面ということもあるまいし、きっと幼い頃からの親友かなにかだろう。しかし、二人ともレベルが高い。
「やばい…親友ちゃんもすっげーかわいいじゃん」
「二人揃って美少女とか、やばいって」
その姿は体育会系男子でさえ二の足を踏むほどで、陽キャも陰キャも関係なく、男子たちは互いに牽制をし始める。
「おいお前声かけてこいよ」
「そういうお前が行けって」
チャラいのが偽善を捨てて足を引っ張りあいたる様あはれなり、だがそれ以上に、隣で群れているメガネたちに目がいった。
「……声かけられたりとか、ないかな」
「冴えない男がクラス一番の女の子に気に入られるとか、よく小説にある展開だしな」
俺は思わずエナジードリンクを吹き出してしまう。
「ブッフォ! ラノベのこと小説って言ってる奴…w」
ライトノベルの幻想を信じる陰キャも、目くばせあう陽キャも、届くわけもない高嶺の花を巡ってアホらしい。俺は口元のエナジードリンクを小指で拭きつつ冷笑する。
「お前らはニヤニヤ美少女を見るが、俺はそういうお前らをニヤニヤ見る。
他とは違う俺、カッケェ……!」
『うっせぇわ』が脳内再生される。俺の大好きな曲だ。毎朝毎晩電車の中でも歌っている。凡庸な一般人とは違って世界を達観している俺は、ゆえに当然、あの美少女となにかあることなんて微塵も期待しない。
「馬鹿の陰キャどものお花畑脳内と、現実は――『違う』のさ。」
冴えない陰キャが学園一のアイドルに偶然声を掛けられ、などというテンプレは幻想だ。挙動不審のコミュ障になど、まず女子は近づきたがらないからだ。
「ぼっち魔剤カッケェ……」
「誰だおまえ。初対面で失礼な奴だな」
キモ眼鏡のショタが来たので中指をプレゼント。
「さて何回目の初対面だろうな」
「てか
「僕友達いないんだぁ!!!」
そうか。俺以外に友達がいない奴がもう一名いたな。
眼鏡を外しながらゆっくりと俺の隣に腰を下ろすのは、多分この高校では唯一の
「いや僕の話はどうでもいいんだよ。あの子だよ、あの子」
ショタが指した先に視線をやると、やはり金髪の美少女がいた。
「なんだ、告りに行くのか?」
「いや僕通報されたくないし。そうじゃなくて、単純に凄いなぁって」
「何が」
「地域柄このあたりは白系日本人が多いし、僕みたいに単に髪が銀色なだけじゃ目立たないのに……あの輝きだよ?」
「まぁこの新入生の中じゃ一番キラキラしてるよな」
新入生の中じゃ一番デュフデュフしている俺たちとは真逆だ。
「まぁどうでもいい話だろ。あいつとて所詮は3次元だ」
「そうも言ってられないんだなこれが。って…うわ、なんだあれ」
鬼志別が正面を指差す。
さらりと揺れる長髪。おぉっ、どよめく新入生群衆。
そこには、琥珀眼の超絶美少女がご登場していた。
「めちゃくちゃ美少女じゃない!?」
「誰、あの子?」
周囲は騒然とする。
「
「雨あられと来る全ての告白を断り続けたって本当?」
「でも女子とすら喋ろうとしなかったんでしょ?」
その様を傍観しながら、鬼志別も呟く。
「耳にした程度だけど、あだ名は『孤高の琥珀眼』だっけ?」
「ほーん」
その噂の数々に俺は嘆息する。しかし夢は見ない。鼻で笑って、俺は俺の世界へ戻るのだ。
「そんなことより。ついにスマホを買ってもらったぞ」
「え、中学をスマホ無しで過ごしたお前が、ついに??」
俺は頷いて、スマホをポケットから出してみせる。
「…――スマホカバー旭日旗とか、ほんとお前、絶対友達いないだろ」
「なんだお前?祖国伝統の旗に文句あるのか???」
「旭日旗が問題なんじゃなくてスマホカバーに旭日旗を選ぼうとする奴の人格に問題があるんだよ!!」
叫ぶ鬼志別に、やれやれと肩をすくめて俺は画面を立ち上げた。
「厨川、あのさぁ…ロック解除で出てくる画面がいきなりツイッターって」
「お前もそうだろ」
「は? ネットにしか居場所がないだけだけど」
「うわ、たまげたな」
そう哀れみながら確認する通知は、20件以上。
俺のアカウントは一年中炎上しているので当たり前だ。
「まーたレスバトルやってんのかよ」
「違う。俺は悪くない。一晩中レスバに耐える
通知に映る、『中年』などというふざけたユーザー名のアカウントを指す。こいつはここ2年間ほぼ連日俺とバトルを繰り広げる宿敵だ。
「こいつプロフィール欄に "実はこの春高校生になる女子です" とか書いててな。JKがレスバなんてするわけないだろ」
「何お前、ネカマと夜通しレスバトルしてるの??」
「黙れ。それは俺の中学時代の意義を問う質問だ」
「おはよう。オレの名前は」
「ふわぁあ…。眠いから今はごめんなさい。」
突然近くに聞こえた陽キャと白滝紗那の声に、俺たちはビクリと顔を跳ね上げる。
早速飛びついた肉食系男子が、いま、白滝紗那の前で玉砕したのだ。
「何時に寝たの?」
「朝の6時です。」
微塵の興味もなさげにすたすたと歩き去っていく彼女。持ち前の孤高は相変わらずだ。けれども俺の手を止めたのは、その短い会話の内容だった。
「6時…?」
慌てて俺が最後に付けた
「俺と同じ生活リズムなのヤバいなアイツ」
まぁおそろしいと自戒しながら、レスバトルに戻った俺は、スマホへ粛々と反論を打ち込む。即返信だ。入学式だろうと容赦はしない。掛かってきやがれ『中年』――。
「……?」
目の前で、琥珀眼の美少女が足を止めて、スマホを取り出した。
ほどなく俺のスマホに着信音。
"夜通しやったのに飽き足らない人ですね。私は眠いんです、もう少し相手の事情を考えたレスバはできないんですか?"
(あっ、あっ、あっ、あっ…あなた!今!)
"そんなこと言ったら、俺だって入学式の式典にいるんですよ?"
"あなたも春から高校生ですか、御入学おめでとうございます。"
意外といい奴かもしれない。が、俺は見逃さない。あなたも、という言い方は自分も新高1であるとアピールしているだけだ。
"『中年』さん、まだ高校生設定やるんですか?"
"私本当に女子高生なんですけど?"
"あと今日は4月6日ですね、誕生日おめでとうございます"
"……ありがとうございます"
そういえばプロフィールに4月6日が誕生日だとある。それが本当かどうかなど知る由もないが、礼儀で祝う。日本人は世界で最も礼儀正しい民族だとShare News Japanに書いてあったので、俺は礼儀を重んじているのだ。
"さて、いい加減ネカマやめません??"
"それは偏見ですよね?何か根拠とかあるんですか?"
"保守速報に書いてありますよ!"
光速の指捌き。飛び交うレス。
「新入生のみなさん、体育館前へ移動してくださーい!」
ぞろぞろと移動していく新入生たち。
整列をさせられつつ、顔を真っ赤にしながら画面を叩く。
"お前ソース提示してるつもりかもだけど…、"
"そっちこそ写真とかあるんですか?こっちはありますよ?"
"今撮れば余裕ですけど??"
"じゃあ上げてくださいよ。出来るんですよね?"
俺は戦果を焦り――取り返しのつかない愚行を、犯した。
"なら同時に上げましょう。出来ますよね?"
"ええ。では10秒後に送信を"
10……、5、4、3。
カメラ起動。撮影。貼り付け。
2、1。――同時に写真を送りつけた。
ガタ、
俺の手から
「な、ぁ…っ」
送られてきた画像は、間違いなくここの写真。そこに並ぶ新入生たちは間違いなく俺たちだ。だって、写真の奥には――スマホを弄る俺の姿が写っている。
特定されている?ここまで盗撮に来た?
いいや、この構図は俺たちの列の間から撮影している。となると、俺は本当に新入生の誰かとバトルをしていることになる。
(誰だ…!?)
目を皿にして撮影ポイントを探す。ただ、この時俺は失念していた――相手も同様に大焦りで俺を捜している、ということを。
ゆえに、すぐ視線が合ってしまう。
その相手が、俺と同じキモ・オタクであれば、どれだけ救われただろう。
けれど運命は残酷で。
「……ぁ」
ひとりの少女と目が合った。
完全に硬直している。俺も同じだ。
だが構図的に間違いない。その位置から撮影した写真だ。
―――『中年』を名乗るは、透き通るような琥珀眼を持つ少女だった。
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