逆張れ!キモ・オタク
占冠 愁
第1話 俺は愛國者
「では、みなさんお互いに自己紹介を始めましょう?」
ぱんっ。
先生が手を叩いて、緊張した4月の教室に響く。
「おい聞いたか、始まるぞ。公開処刑だ。」
隣のショタがボソッと話し掛けてきた。
高校生になりたての俺こと、
「自己紹介…、陰キャに吃音させてクラスカーストの最底辺に叩き込む儀式か」
「あぁ。入学早々詰んだな」
「何を恐れることがある?俺はいつも通りにやるだけだ」
「カッケェ…。」
淡々と返すと、銀髪の美少年はドン引きする。
「これから一年、みなさんの担任を務めます、
にっ、と笑う担任。
途端に教室の空気が和むものだから、きっと慕われる先生になるだろう――そんなことを分析していると、事態は急転直下で最悪の方向へ突き進む。
「先生が適当に当てていきますから、こーんなことを喋ってくださいっ!」
この若くて明るい女性教諭は――早速陰キャ様の人権を迫害し始めたのだ。
『自己紹介』
・出身中と部活(文化部男子も恥ずかしがらずに!)
・好きな音楽
・趣味 or 特技
・一言
「ああ…っ、終わりだ……!」
黒板に出現した文字列を見るなり、頭を抱えて隣のショタが呻く。
「まぁキモ・オタクには無理難題だよな。普通なら」
陽キャもいるお教室でこんな5項目も恥を晒せるオタク様はそう多くない。
それにそのカッコ書き何だよ、文化部男子も恥ずかしがらずに、だと。もしや喧嘩売ってるのか。
「当然だろ。この高校も例にもれず文化部男子はカースト下層だ」
「まぁいい。俺は帰宅部だ」
「お前はいいよなぁ!僕の部活を言ってみろォ?」
抗議する銀髪低身長。
「お前はまずその丸眼鏡を外せよ」
「この眼鏡を外したら素顔がバレる。笑われる。高校生活終了。」
壮絶な表情で、震える拳を石段に打ち付ける彼女――間違えた。彼の名は
カン、と先生がチョークを置いた。
「まずはお互いのことを知るところからですね!トップバッターやりたい人〜?」
「はいはーいっ!」
すぐに、元気いっぱいの声が教室へ響く。
「おっ、いいですねぇ。ではどうぞ」
「みんなはじめまして!
初っ端でそう立ち上がったのは、斜め右の金髪の少女だった。
「「「おぉ…っ」」」
クラスがざわめく。とんでもない美少女だ。アイドルかモデルじゃないのかと、昨日の入学式の段階でもう既に話題になっていたくらいである。
「帰国子女で、3月に日本に帰ってきたばかりです。だから
「帰国子女?」
「ケーニヒスベルク……東欧のほうにおばあちゃんが住んでて、中学の間は向こうで暮らしてたんです。」
ほーんと俺は聞き流す。
「向こうでは教会のシスター系中学に通ってました。友達はたくさんできたんですけど、やっぱり教会系の女子校じゃ窮屈で…。共学で過ごす高校生活をずーっと楽しみにしてきました!」
「うわぁそうなんですね〜!若々しくて羨ましいなぁ」
「
汐見柏亜の返しに、教室が笑いに包まれる。
うぉおすげえ、これがクラスの中心になるべくしてなる人間のコミュ力か。人を惹き付ける力が規格外だ。もうこの時点で、クラスは汐見柏亜を中心に回り出していた。
「
拍手喝采、男女問わず注ぐ好意の視線。
ここまでの人間としてのスペック差、いいや世界の差を見せつけられては、呆然とするしかない。こんなコミュ力化け物アリかよ。
「では、次は…」
先生の声に、誰もの期待の視線が――汐見柏亜の隣に注がれる。
春風にサラサラと流れる長髪、薄桃色の小さな唇。透き通るような琥珀眼がぱっちりと開いていて、その可憐さを更に誇張する。単純な美貌なら汐見柏亜をも超える美少女――
「………。」
ただ、いくら視線を受けようと白滝紗那は微動だにしない。
「さすが…『孤高の琥珀眼』。」
ひそひそと前から聞こえる囁き声。
「中学3年間、あの子がだれかとお喋りしているの一度も見たことない…」
「うん。何度も告白されてたけど、一言で突っぱねてたよね」
「高嶺っていうか…、もはや孤高の花だよな」
前後を飛び交う噂声に、俺は笑った。
「あいつ中学3年間誰とも喋らなかったんだな。コミュ障か?」
「異常解釈だ……」
そんな彼女は、汐見柏亜の親愛オーラさえ拒んでいるようだった。
「ねっ白滝さん、次どうかな?
「……遠慮します」
「じゃぁ…次は、オレいいですか?」
爽やかな声で手を上げたのは、ショタを挟んで2つ隣のイケメンだった。
「えーっと、君は」
「出席番号6番、
おおっ、とにわかにざわつく教室。特に女子たちの反響が大きい。
「
「はい、フォワードをやっていました!」
「まさかのそのサッカー部!すごいじゃない!」
教室は大反響。すげーの大合唱だ。
音楽は流行りのバンドの名を挙げ、趣味もアウトドア系。先生との受け答えも淀むことなくこなし、"クラスカーストの男子側頂点"を一気に印象づける。
「じゃぁみんな、三年間楽しくやっていこう!」
そう明るく締めくくると、大きく拍手が起こる。「ひゅ〜、やっぱ陽キャは違うねぇ。」と鬼志別も呟いた。
さて、先生は次の希望者を応募する。だが、最初から完璧美女美男が続いたせいか、自己紹介のハードルが高くなってしまって誰もやろうとしない。困った先生は、座席表を見ながら言う。
「手が挙がらないし…うーん、じゃぁさっきの
「おっ、お前さっきの陽キャの2つ隣じゃん。次の次だよ、ご愁傷様〜」
「俺の隣に座ってるお前は次だよ?」
「え?は?マジ?うわそうじゃん嘘だろ」
「愚か者め」
美少女、イケメンと来た次とは悪運恐れ入る。まぁ頑張れ。
まもなく先生が座席表を見て鬼志別の名字を呼んだ。
「次は…鬼志別くーん?」
「え、え、どうしよう。好きな歌とか無いんだけど」
こっちに聞くな。俺も目立つんだよやめてくれよ。巻き込まれた腹いせに、素晴らしいアドバイスをくれてやる。
「国歌」
「は?」
「君が代」
「お前に聞いた僕が馬鹿だった」
馬鹿とはなんだ、国歌を馬鹿にしているのかと反論するまでもなく、鬼志別は慌てて自己紹介に移る。
「お、
出身は
挙動不審にそう呟く様はコミュ障そのもの。
あの饒舌から一転これである。全く、俺たちには守るべきプライドもないというのにどうしたというのだ。
「てんぽ、くがく…?」
「
聞いたことないですか、と頑張って問う鬼志別。だが先生は首を振る。
「聞いたことないなぁ…私立?」
「は、はい。私立の、男子校です」
「へぇぇ…めずらしーね、中学で別学って」
「ご存じ、ないんですか?」
鬼志別は困ってしまう。実を言うと、俺も意外だった。教室を見渡しても誰も知っている様子がない。まさか母校が全くの無名であるとは。
「じゃぁ特技とかも珍しいのかな?」
「特技、…特にないです。」
「えー、じゃぁ好きな曲は?」
「好きな曲…も、あんまり…。
よ、よろしくおねがいします」
さっさと締めて逃げようとする鬼志別。
「…ぇぇ〜?ちょっと内容が薄……ってあれ、部活は?」
「秘密です」
「ちょっ、それは言わなきゃ駄目よ〜」
「秘密なんです」
「だーめ。男子なんだから潔く!」
「本当に勘弁してください…。無理ですって」
「こらっ、恥ずかしがらないー。」
クラス全員の注目が集まる中、先生といえど初対面の人間と押し問答という状況に耐えかねたか、丸眼鏡はぐっ、と堪えて小さく呟いた。
「……んちゃ」
「んちゃ?」
「で…、でで、電車部です」
ブッ、と後方座席のあまり品性がよろしくない男子が若干一名ほど吹き出して、教室全体が非常に微妙な雰囲気に包まれる。
「電車部……、あー、好きなんだね、電車?」
必死に場を取り繕おうとする先生の声も歯切れが悪い。フォロー失敗してますよ。あーあー、俺が次だと言うのになんつー空気にしてくれる。
ガタ、と椅子へ崩れ落ちるショタ。
涙を流しながら彼は言った。
「さぁ、次はお前だ。死んでこい」
「……ふっ、その期待通りにはならないさ」
俺は笑う。
この一般コミュ障に、"ホンモノ"とは、その振る舞いとは何なのかを教えてやらねばなるまい。
「中学じゃ小声でブツブツ呟く気持ち悪い陰キャを演じたが――今年は違う。俺は高校デビューするんだ。」
「は?」
「教室の隅は窮屈でな。校舎裏で独り食うメシの味は最悪だ。教室の陽キャ感に遠慮するのは御免被るぜ。――この自己紹介で全てを開示して、俺はクラスの中心になる」
頭がおかしいんじゃないかと唖然とする鬼志別を横目に、「次の…
先程の自己紹介で即座にオタク判定を下された鬼志別と十秒ばかりブツブツと会話を交わしていた俺。周囲の人間には第一印象、自己紹介を躊躇うコミュ障にしか見えてないだろう。
だろうな。中学三年間、一般陰キャとしてカースト下層に潜伏してきたのだから。
・出身中と部活
・好きな音楽
・趣味 or 特技
・一言
黒板を一瞥。余裕だ。答えに困るものなどない。
「まぁ見ていろ。」
世界は変わる。
俺は、コミュ障らしく挙動不審に立ち上がった。
「出席番号18番、
出身は
ここまでならただの陰キャ。運動部でない時点でクラスカーストは下層になるが、まだ十分常人の範疇だ。しかし――次の言葉で、一気に風向きが変わる。
「好きな曲は『うっせぇわ』」
「う、うっせぇわ……?」
「歌詞に強烈な共感を覚えました。
正しさとは、愚かさとは――それがなにか、見せつけてやる。」
「は…??」
困惑する美唄先生。異様さを醸し始めた自己紹介に、隣のショタがあぁ終わりだと顔を伏せれば、クラスが段々と静まっていく。
「好きなものは日本。中学二年生にしてネットで『真実』の歴史に目覚め、覚醒。歴史認識を巡る部内抗争の末、当時所属していた歴史部と決別。」
目でやめろと訴える鬼志別をガン無視して、堂々と続ける。
「趣味はネットで政治家を叩くこと。特技はレスバトル。」
自己紹介で爆死とかそういうレベルではなくなった。
それはまさしく、暴走。
「近年の日本国民の国防意識の低下に危機感を持っている、右でも左でもない普通の愛國者。」
耳を塞いで突っ伏す左隣のショタ。それ以外は陽キャ含めて完全に沈黙、呆気にとられるクラスメイトたち。そしてそのまま、最後の項目、クラスへの一言をぶち撒ける。
「『美しい国』を――取り戻す。みなさん、支持政党はどこですか!!!」
一切躊躇うことなく、机上に平手を叩きつけた。
入学ムードは一瞬にして砕け散る。
クラスに超大型地雷が降臨したのである。
「ふぅ……。」
クラス全員の唖然とした視線を浴びながら、強烈な満足感とともに席につく。
さて。おろおろと困惑している右斜前方の帰国美少女――のとなり。白滝紗那は、対照的に、ひたすらびくびくと肩を震わせていた。
"最低に気持ち悪いですね。おなか痛い。死刑。"
机の中に潜めたスマホへ届いたメッセージ。『孤高の琥珀眼』とはかけ離れた――俺のみが知る口調。
誰もが一度は夢見る白滝紗那からの着信だが、俺は慌てず騒がず、的確な操作で中指の絵文字を送る。
憂鬱な溜息をついた。どうして。どうして俺が、よりによって、偶然とはいえ、この連絡先を持ってしまったのか。
コミュ障、童貞、冴えないオタク。これといった個性もない、どこにでもいるような愛國者―――テンプレ陰キャラの俺が、どうして白滝という、違う世界の住人と繋がってしまったのか。
「俺は、平穏な高校生活を送りたいだけなのに……」
「ブッフォぉ!」
「おい鬼志別お前今吹いただろ」
「二度と話しかけるな。お前共々差別されるつもりはない」
「鬼志別くん御自身の自己紹介思い出せます?」
「あぁ。僕とお前でめでたく被差別オタクだな。さよなら、僕の青春」
ダル絡みしてきたショタカスをスルーして、重い息を吐く。
(はぁぁぁ…。よりによって……こりゃぁねぇだろ)
全ては、昨日の入学式に遡る。
あの悪夢のような偶然が、俺を面倒事へと突き落としたのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます