第一部 第三章「魔術師たちとの出会い」

第10話 精霊協会

目が覚めてすぐに真っ白な天井が視界に入って来る。


ここは……どこだ?

俺は確かバケモノにやられて倒れたはずなんだが……。


体を起こして周囲の状況を確認しようとしたその時、

「お目覚めかい。玄野零君」

聞き覚えの無い声が聴こえてくる。

「誰だ」

声のする方を向くと、眼鏡をかけて白衣を着ている赤茶色髪の男性が壁にもたれかかる様にして立っていた。

「おっと、失礼した。僕はこの病院のドクターだ」

「ドクター?」


ドクターってことは医者か。

うん?

医者って普通、患者の病室に来るのか?

看護師はわかるけど医者って……。

うーん。怪しい。


「それで、ドクターはなぜここに?」

「アハハ。何か疑われているね。まあ、仕方ないか」

目の前の医者なのかわからない男性は赤茶色の髪をいじりながら苦笑いをする。

「まあ、少し君に用事があってね。とりあえず、ベッドから降りられそうかい?」

「あ、はい」


何の用事だろう?

診察室への移動とか?

訳も分からないままベッドから降りていると、ベッドの近くに果物の入った籠が置かれてあった。

……誰かがお見舞いに来たのか?


「あ、ああ。言い忘れてた。君の妹さんがお見舞いに来てたよ」

「え、妹が?」


凜が? 有り得ない。


「まあ、心配もするよね。玄野君。君、3日間も寝込んでいたんだから」

「3日間⁉」


俺、3日間も…。

あれ、そういや、なんで病院にいるんだ?

あの後、搬送されたのか?


「うん? その顔だと君。何で病院に居たのか分かってないね」

「あ、うん」

「君はね……」

男が何か言いかけたその時、男の電話が鳴りだした。

「おっと。失礼。電話……。やっぱ何でもない」

男は白衣のポケットからスマホを取り出して、着信相手を見るなりそのままポケットにしまい込む。

「あの、出なくていいんですか?」

「あ、あー。うん。大丈夫。多分、早く君を連れて来いって事だから」


連れて来い?

やっぱ、診察とか、検査なのかな?


「じゃあ、僕の後をついて来てくれ」

「はい」

何処へ行くのか分からないまま男の後ろをついて行く。

途中、エレベーターに乗ったり、階段を歩いたりしていると、ある扉の前で男が立ち止まった。

「着いたよ」

「え、ここですか?」


まだ、少し寝ぼけてんのかな? 俺。

目をこすったり、頬叩いても扉に書かれていることは変わらない。

どう見ても院長室って書かれているんだよなぁ。


「じゃあ、入ろうか」

男はそう言うと、扉をノックし始める。

「失礼します。マルティン=アンドレイです。例の少年を連れてきました」

「どうぞ」

扉の奥から女性のような甲高い声が聴こえてくる。


女性? っていうか。この人。マルティンって名前だったのか。

外国人なのかなぁ。まあ、どうでもいいや。


「さあ、入りなよ」

「わ、わかりました。し、失礼します」

マルティンさんに促されるままに部屋に入っていくと、部屋の中にはルナとアイリス、黒髪の男性、そして、白衣を身にまとった黒髪の女性がいた。


ルナとアイリスは知っているけど他の2人は誰だろう?

男性の方はアイリスに似ている気がする。

特に目の色が……。

血縁者の方なのかな?

女性の方は……何だろう。関わらない方がいい様な感じがする。

うん。関わらないでおこう。


そんなことを考えていると、男性の方が興味深そうな顔をしながら近づいて来る。

なんだ? このおっさん。


「やあ、待っていたよ。君が玄野君だね。フーン。魔術回路が開いて簡単な魔術なら使える状態か。報告で聞いた通りだね。ふむふむ。誰にも教えてもらわずに魔術を使えるようになるなんて実に興味深い」

「おっさん。誰?」

「おっさ⁉ ごほん。すまないね。私の名前はハリス=イグナート。アリスの父親さ」

アイリスの父親と名乗る男性、ハリスはそう言うと、女性の方に視線を向けた。

女性はその視線に気づいたのか頷く。


何の合図何だろう?


「さて、自己紹介もしたことだし。一旦場所を変えようか。少し気持ち悪いかもしれないけど我慢してね。『Magic circle魔法陣 Start-up起動』」

ハリスのおっさんがそう口にした瞬間、部屋全体に魔法陣が出現し、発光し始める。


魔…法……陣⁉

ルナが出てきた時に現れたやつと比べると規模が違うけど……。

一体何が起こるんだ?


「『Spatial空間 reversal反転』」

ガクン!

床が揺れ、世界が反転する……。

「は? ちょっ! 頭っ!」


やばい。頭……打つ!

頭を押さえて目を瞑るが、一向に痛みは来ない。

あれ? 何ともな…。

ドスンッ


「うぷっ!」


気持ち悪い。なんだこれ?


「あちゃ~。やっぱそうなるよね。マルティン。よろしく」

「はあ~。了解」

口を押えていると、マルティンさんが近づいてくる。


な、何をする気だ


「『Refreshリフレッシュ』」

警戒していると、突然、暖かい光が俺を包みこんで吐き気が収まった。

「あ、れ? さっきまで気持ち悪かったのに……。何ともない?」

「今のは吐き気などを抑える魔術だよ」

「マジすか」


何それ欲しい。

いや、それよりも。ここはどこだ?

さっきまで病院に居たはずだろ。


周囲を見渡していると、目の前にあったモニターに電源がつく。

「さあ、改めて言おうか。玄野君。我ら精霊協会の本部、『アガルタ』へようこそ」

「精霊協会?」

何を言ってるんだ。このおっさん。

「精霊協会というのは、政府公認の魔術師組織さ」

「えっ、てことは、ここにいる人みんな……」

「そう。皆、魔術師さ」

マルティンさんはそう言うと、指からマッチくらいの大きさの火を出した。


魔術師…。

敵意は感じないけど。安心はできない。


「おっと、そう警戒しないでくれ。君の事情は彼女から聞いている。私たちは君に危害を加える気はない」

「今は?」

このおっさん……何を考えている。

「簡単な話さ。これから君の処遇を選ぶ権利を君にあげるということだ」

「ちょっと待てよ! ハリスのおっさん。処遇って!」


処遇って何だよ!

俺は……巻き込まれたんだぞ!


ハリスのおっさんに掴みかかろうと近づこうとしたその時、マルティンさんに腕を掴まれる。

「なっ、マルティンさん!」

「ごめんね。玄野君。さすがに会長に手を出す行為は止めなきゃいけなくてね」

「か……い…ちょう?」


ハリスのおっさんが……?

ハリスのおっさんの方に視線を向けると、ニヤッと笑っている。

なんか腹立つ。


「で、ハリスのおっさん。あんたが言うその処遇ってやつはどういうのなんだ?」

ハリスのおっさんは俺の言葉に少し驚いたのか驚愕の表情になると、すぐに笑顔に戻っていく。

「もう少し何か反応を示すのかと思ったのだけどね。まあ、いいや。今は君の処遇についての話だったね。そうだなぁ。君はこれからどうしたい?」


これから?

そういえば、そう深く考えたことが無かった。

俺はどうしたいんだろう?

ルナの目的の手伝いをしたいのか?

それとも、普通に生きたいのか?

わからない。

いや、待てよ。そんな事よりもまず聞くことがあるじゃないか。


「なあ、おっさん。聞くの忘れてたけど。これは何の処遇だ?」

恐る恐る質問すると、何故かハリスのおっさんは首を傾げている。

「あれ? マルティン。伝えてないの?」

「会長が自分で言うって言っていたから僕は伝えてませんよ」

「あれ? そうだったっけ? まあ、いいや。君がこの病院に運ばれてくる前に遭遇した合成怪物キメラ。これね。機密事項なんだよ。だから、目撃者は基本処分しないといけないんだ。まあ、処分と言っても記憶を消すだけだけどね。ただ、君は運が良かった」

「運が良い? どういうことだ?」

「君はあのバケモノとの交戦中に魔術を使用したそうじゃないか。だから、一応は魔術師ということになるんだよ。そうするとね。うちに入ることも可能になるんだよ」


あれ? ちょっと待てよ。うちって……。

ああ。ダメだ。頭の中がぐちゃぐちゃになる。


「あははは。混乱しているようだね」

ハリスのおっさんは俺が頭を押さえている姿を見て、お腹を抱えて笑っている。


周囲にいる人たちが「またやってるよ」と言いたげな表情をしていることからこれがハリスのおっさんの素なのだろう。

このおっさん。絶対ドSだ。性格が最悪すぎる。


「それで、俺が魔術師ってことになったとして、精霊協会だっけ? なんで、そんなのに入らないといけないんだ!」

「いや、強制はしてないよ。ただ、君の処遇として、うちに入って、記憶を消さない代わりにうちの一員として働いてもらうか。うちに入らず、バケモノと魔術師に関係する記憶を消されて一般人になるか。そのどちらかを君に決めさせてあげるってだけだよ」

ハリスのおっさんはにこやかなやかな笑顔でそう口にすると、俺に近づいてくる。


なんだ? 何をする気だ。

「まあ、私が君なら後者を選ぶよ。なんたって、何処かで誰かがいなくなっても自分は知らなかったって言えるからね」

ハリスのおっさんは耳元で囁くようにしてそう言うと、ニヤリと口の端を吊り上げて俺の肩をポンポンと叩く。

「……おっさん」


人間がバケモノにされている事実を知ったのにも関わらず、俺に記憶を消す方をお勧めするだと……。ふざけんなよ。


「俺は。俺は! 見て見ぬふりなんて出来ねえんだよ!」


もしかしたら、大切な人がバケモノになるかもしれない。

そんな時に忘れてましたなんて言えるかよ。


「だから……。おっさん。俺は精霊協会に入るよ。そして、バケモノも人をバケモノにしている奴らも皆、俺が倒してやる」

俺のこの発言にハリスのおっさんだけではなく、ルナやアイリスでさえ驚いているように見えた。

「へえ、そう。君はあのバケモノと遭遇したのにも拘らず、魔術師として生きる方を望むんだね?」

ハリスのおっさんは眼を細くしながらそう尋ねてくる。

「はい」

「あのバケモノが怖くないのかい? 君は殺されかけたんだよ?」


怖えよ。怖すぎてあのバケモノの事を思い出しただけで足が震えるよ。

でもさ……。


「俺が死ぬことよりも大切な人がいなくなる方が100倍怖いね」

「そうか。そこまで言うなら、君が精霊協会の一員として働くことを認めよう。これから頑張り給え」

ハリスのおっさんは真剣な表情でそう口にすると、用事があるという理由でその場所を後にした。


部屋からハリスのおっさんが出て行く時、彼の表情がどこか嬉しそうに見えたのは、もしかしたら見間違いかもしれないが…。

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