俺は傘を持たない

夜桜くらは

俺は傘を持たない

 俺は、天気予報をあまり見ない。というか、気にしていなかった。

 ……雨が降ったらどうするのかって?それなら、心配はいらない。なぜって──


「……虹輝こうき、また傘忘れたの?ほら、入って」


 そう言って、俺に自分の傘を差し出す相手がいるからだ。彼女は、俺と同じクラスの幼馴染みで、七美ななみと言う。


「おぉ!サンキュー!」


 俺は礼を言いながら彼女の傘に入り込むと、そのまま2人で歩き出した。


「もう……相変わらずなんだから……」


 呆れたように言う彼女だが、その表情には笑みがある。そして、それは俺も同じだった。なぜならば──


『──今日も一緒に帰れて嬉しい』


 という気持ちを共有しているからである。

 そうなのだ。俺たち2人は付き合っているのだ。そして、家は隣同士。だから、こうして毎日のように一緒に帰ることが出来るわけである。


 まぁ、でも……正直なところを言うならば、もっとイチャイチャしたいのだが……。しかし、それをすると周りからの視線が痛くなるため出来ないというのが現状だ。

 そんなことを思っていると、不意に彼女が口を開いた。


「ねぇ、虹輝?」


「んー?」


「私たちさ、付き合い始めてもう1年経つよね?」


「あぁ。そうだな」


 俺は相槌を打つ。確かに彼女とは1年前に告白を受けて付き合い始めた。あの時はいろいろあったが……。なので、そろそろ1周年になるだろう。


「それでね、思ったんだけど……どこか特別なところに、デートに行きたいな〜って思ってるんだ」


「へぇ〜」


 なるほど。そういうことか。つまり、記念として何か思い出に残るようなことがしたいということだろうか。


「いいんじゃねえの?行こうぜ!」


「ほんとう!?やったぁ!!」


 嬉しそうな声を上げる七美を見てると、こっちまで笑顔になってしまう。


「どこに行くつもりなんだ?」


「えっと……まだ具体的には決めてないけど……とりあえず遊園地とか行ってみたいな〜って思ってるよ」


「おぉ!遊園地か!いいじゃん!」


「うん!じゃあさっそく今週の日曜日に行かない?」


「もちろんオーケーだ。楽しみにしてるぞ」


「私もだよ!約束だからね?」


「おう!」


 俺らは互いに指切りをして、その日の会話を終えたのであった。


***

 そして、日曜日になった。何も問題なく遊園地にたどり着いた俺たちは、早速中に入って行くことにした。


「うわぁ!!見てみて虹輝!!あれすっごく楽しそう!!」


「おっ!本当だな!凄いなこれは……」


 2人ともテンションが上がりまくっていた。無理もない。なんせここは夢の国なのだから。


「よしっ!じゃあまずは何に乗るかな〜」


「そうだね……あっ!このジェットコースター乗ろうよ!!」


「おっ!いいなそれ!乗るか!」


 ということで、俺らはジェットコースターに乗り込んだ。ちなみに、絶叫系が大好きな俺はワクワクしていた。


「ふぅ……楽しかったな!」


「うん!やっぱり楽しいね!」


 その後、俺たちはメリーゴーランドやコーヒーカップなどに乗った。(コーヒーカップは回し過ぎて酔いそうになった)


「いや〜遊んだな……」


「うん……ちょっと疲れちゃったかも……」


「なら少し休むか?」


「……うん。そうしようかな」


「分かった。ベンチに座って待っててくれ」


 俺は七美を座らせると飲み物を買いに行った。そして、買ってきたジュースを手渡した。


「はいこれ。オレンジジュースで良かったか?」


「うん!ありがとう虹輝!」


 彼女は受け取った後、ストローを使って飲み始める。俺もそれに続いて飲む。

 しばらくすると、七美が口を開いた。


「ねぇ……虹輝……?」


「ん?どうした?」


 ……と、ここで気づいた。ポツリ、ポツリと雨が降り始めていることに。


「うわっ!マジかよ……」


 せっかく晴れていたのに……。ついてねぇな……。なんて思っていたら、七美がクスッと笑って言った。


「大丈夫だよ。ほら、傘持ってきてるから」


 と言って傘を差し出してきた。


「おお……助かる……」


「どういたしまして」


 俺は礼を言いながら傘に入った。


「……ねぇ、虹輝?私、雨が降ってきて嬉しいよ」


「……どうしてだ?」


「だって……こうして、2人きりになれるから……」


 頬を赤く染めながら言う彼女に、ドキッとした。俺も、同じことを思っていたからだ。


「……だな。俺も同じ気持ちだ……」


「……えへへっ」


 そして、俺たちは相合傘をしながら帰っていく。


 付き合う前、七美はいつも傘を2本持ってきていたのだが、今は1本しか持って来なくなっていた。その理由が今わかった気がする……。


『──雨が降ると、こうして恋人と寄り添いながら帰れるから』……と。


 だから、俺は傘を持たない。なぜならば、彼女が差してくれることが分かっているから。


 俺たちはこれからも、1つの傘に身を寄せ合いながら帰るのだろう。

 それはきっと、いつまでも変わらないことだと思う。

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