第50話
何気なくニュースを見ていた。滅多にテレビを見ない。昔はよく見ていたけれど。
コンビニで買ってきたお弁当を投げるように口に入れながら見ていた。なぜか集中して暗記するかのように見ていた。
「次のニュースです。」
アナウンサーの耳を傷つけない凛とした声が聞こえる。
「近頃、長野県で野生の猿による被害が増加してします。今月は、三十件近くの被害がありました。」
いつもと同じトーンなのに、いつもの同じテンションなのに、自分に関連があることで、特別感を感じた。いつも以上に集中する。
現地の様子が放映された。
ここ知ってる。軽井沢の別荘の近所だった。何度も通ったことのある家だった。
窓を破られ、留守の家に入られたみたいだった。
「まるで、泥棒が入ったあとのようですね。」
現地リポーターのその言葉に、時が止まった。思考を巡らせる。どこかで聞いたことのある言葉。平面を流れる水のように、思考を繋ぎ繋いだ先に答えを導いた。
如紀ちゃんが言っていた。同じような状況だ。時は違っていても、被害内容や場所は全くと言っても過言じゃないほど、同じだ。
アニメの中の世界のように、転がりながら立ち上がる。立ち上がったところで、何をするわけでもなかったので、再び座った。ひらめきを体全体で再現したように見えたかもしれない。
明日は偶然にも、皆で集まる予定だった。如紀ちゃんの発言を思い出す。そのあとに色々なことがありすぎて、忘れかけている記憶だ。
思い返しているうちにハッと気がついた。今まで、たとえ、嘘だったと知っていたとしても、罪を如紀ちゃんに擦りつけようとしていた。それは、単純に彼女を憎んでいるからではない。彼女が容疑者から外れることで、他の人が容疑者になってしまうのを避けるため。どこまでも自分勝手なのだと幻滅しながらも続けた。
理由はそれだけではなかったかもしれない。今までは如紀ちゃんが犯人だと自白していた。だから、それを信じ込めば、良いだけだった。そうすれば、こちらには何の害もない。私が一から彼女を犯人に作り上げたのだとすれば、疑いはこちらに向けられる。でも違った。彼女が勝手にやったことを黙って見ていただけ。ある意味、逃げていた。当事者にならないようにしていた。
なのに、今は如紀ちゃんの弁解を正当化するために動いている。今回は自分の誤ちを認めることになるのに。また、同じように、あのニュースを見た後で、黙っていればよかった。でも、それでは何も成長していない。せめて一つくらいは成長したいものだ。
翌日の午後、いつものように実家へ行った。何も知らない皆が集合した。
私は一番に手を挙げて、発見を報告した。
「昨日、ニュースを見ていたの。そうしたらこんなのを見つけて。」
そう言って、記事にされた昨晩のニュースを見せる。一つのスマホにみんなの視線が集まった。
緋弥は何かを閃いたように目を見開いた。他の二人はまだポカンとしていた。
「前に如紀ちゃんが言ってたでしょ?軽井沢は泥棒が入ったように荒らされていたって。」
その言葉に二人とも、何か気がついたように顔が明るくなった。特に、如紀ちゃんは。
「猿が犯人だったってことか?」
緋弥もなんだか嬉しそうにしていた。
「断言はできないけど、そうだった可能性が高い。近所の人とか、役所の人に聞いたら、はっきりすると思う。」
ゴールが見えたように感じた。一体感を感じた。皆が一つのゴールに向けて、手を取り合って進んでいける、そんな予感がした。ただ、そのゴールはあくまで通過点であり、本当のゴールではない。
「じゃあ、そうしよう。電話してみよう。ネットの書き込みでもあるかもしれない。」
緋弥の指示で皆がそれぞれ動いた。私はネットで検索しまくった。日時と場所を入力し、それらしい情報を探した。なかなか見つからなかった。当時、被害にあった家庭は少ないのだろう。毎回、お願いします、と願いながら、検索ボタンを押した。その願いが届いたのだろうか。ついに見つけた。
「あった。かなりマイナーな会社の記事だけど、確かに書いている。」
地域新聞とかかもしれない。それくらい聞かない新聞社だった。信用に欠ける部分はあったが、これだけ状況とマッチしていれば、信じても大丈夫だろう。
「じゃあ、これで自作自演じゃないことがわかった。」
緋弥はニヤリと笑いながら言った。如紀ちゃんは静かに瞬きをした。冷静を保っているようだが、笑みが溢れている。
「でも、それは、わかったけど、肝心の誰が証拠を持ち出したのかはわからない。その疑いは如紀にまだある。」
確かに、如紀ちゃんしか入れなかったという状況は変わらない。それはおそらく事実だ。そうなると、やはり彼女を疑うしかない。それ以外に考えられることがないから。如紀ちゃんは再び、沈んでいくように表情を変えた。皆、すっかり黙り込んでしまった。私も、発見の衝撃が大きかったので、つい、解決したと考えてしまった。他なことを考える余裕がなかったから。
一生懸命考えた。今までの自分だったらあり得なかったことなのに。しばらくしてから、皐奈ちゃんが口を開いた。ニュースを見たときの私と同じような表情をしていたので、期待した。
「私たちは、証拠が盗まれたのは、如紀ちゃんが鍵を保持している間、だったって思い込んでいるけど、それって本当なのかな?」
一瞬、ややこしくて、思考が停止した。いまいち、それが何を表すのか理解できなかった。
「でも、箱が発見されたのは、如紀ちゃんしか入れないときなんでしょ?」
疑問をぶつける。頭を悩ませた。如紀ちゃん以外、不可能なことに変わりないと思う。
「わかった。もっと前から盗まれていたかもしれないってこと?」
緋弥も何かに気がついたようだった。私はまだその領域まで達していない。
「そう!」
皐奈ちゃんは晴れた表情を見せた。緋弥もそれに乗っかる。
「なんだ、そういうことか。」
納得したような表情を見せる緋弥。私はまだ答えがわからない。クイズ番組にどんどんと正解を導く出す周りに圧倒され、一人残される不安に陥るタレントと、同じ気持ちだと思う。
「だから、俺たちが大人になる前に、再び交わるまでに、すでに盗まれていたかもしれないってことだよ。」
理科の実験で、豆電球がついたときのように、全てが繋がった。それに心を動かされた。目が潤んだ。
とんでもない思い込みだった。でも、順を追って考えれば、仕方ないことかもしれない。初めっからそれに気がつくのは、とてつもなく切れる頭を持っていないと不可能だったと思う。
箱の存在が明らかになったのが、最近だった。だから、すっかり、最近盗まれたものだと考えてしまった。でも、箱はそこに眠っていたのだから、いつでも取り出すことは可能だった。
「よかった。」
如紀ちゃんはそう言って、スイッチが切れたようにその場に崩れた。その表情は以前の輝きを取り戻していた。咄嗟に彼女を支える緋弥も今までないくらいに、満足していた。こんな表情できるんだ、って感じ。
皐奈ちゃんと目があった。私たちも同じような気持ちだった。達成感で満ちていた。朝の日光を感じた。でも、同じように喜びを体で表すことはできなかった。
私たちは一度、彼女を疑ったから。申し訳ないの気持ちでいっぱいだった。今更すぎて、何も言えなかった。胸の中で津波が押し寄せているように感情の起伏が激しかった。
手を取り合う二人を見て、思う。私たちもこうあるべきなのだろう。私たちもってその時点で、やっぱり私は兄弟の間に亀裂を入れていた。
「ごめんね。疑って。」
気持ちが落ち着かないので、謝罪をした。
「そんなこと、今はどうでもいいじゃない。」
そう言って誰にでも平等な笑顔を見せる、彼女は眩しかった。まるで太陽のように。
この輪の中にいつまでも入られますように。そう願う。
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