第39話

 その夜。どうしようもなく、誰かに相談したい気分になった。その相手には睦空が最適だと思い、連絡した。この間のカフェで待ち合わせをすることになった。

「突然、ごめんね。」

 わざわざ私のために時間を割いてくれたのだ。

「いいよ、どうせ暇だったから。」

 それは本当なのか、優しい嘘なのか、どちらだろうか。でも、仕事が忙しいはずだ。きっとその合間をぬって時間を開けてくれたのだろう。

「今の状況、どこまで把握してるの?」

 彼は首を横に傾けた。

「全く。情報源は望卯からしかないから。」

 彼は苦笑しながらそう言った。それに合わせて私も笑顔を作る。

「えっとね、なんか如紀ちゃんが、今疑われているの。というのは、、。」

 と今現状を全て説明した。言い忘れいているところはおそらくないと思う。

「その条件だと、確かに如紀しかいないね。」

 彼は頷きながらそう言った。そう言われた私の目は多分輝いていた。

「だよね。私もそう思う。」

 同意してくれて安心した。私の意見もあながち間違っていなかったのだと思えた。

 しかし、これでくっきりと割れ目ができてしまったことに気がついた。私と睦空と皐奈ちゃん。如紀ちゃんと緋弥。元通りになってしまった。

「でもね、緋弥が反対しているの。」

 コーヒーを一口飲み込んでからそう言った。コーヒーの苦味が口の中に広がる。

「なんで?」

「ただの直感だってよ。」

 笑いながらそういうと、彼も疑うように眉を上げ、笑顔を見せた。

「もうちょっと、理性的なやつだと思ってたけど、案外違うのかな。」

 それは同感だ。

「でも、私も睦空が疑われていたら、信じられないから、同じような感情なんだと思う。」

 そう告白した後に頬が熱くなった。

「そうか?」

 睦空は困ったような表情をしていた。こんなストレートな告白をしてしまったら、そのような反応になるのも仕方がない。

「そういうもんだよ。誰でもね。」

 遠回りをした。近道は危ない。急がば回れ。急いでもないのだから、尚更、遠回りをするべきだろう。

 彼は複雑な表情をしていた。睦空は、私が知る限り恋愛経験もないから、反応に困るのだろう。私もないなんて、言えない。

「それで、何を相談しに来たの?」

 彼は探るような目を私に向けた。

 決心してから口を開く。

「迷っている。これからのことについて。」

 私の真剣な表情に、彼も染まった。

「さっき、皐奈ちゃんに、聞かれた。このまま終わってしまってもいいのかどうか。」

 その言葉が嫌というほど頭に残り続けている。常に問いかけられているようだ。めんどくさい、と言ってしまえば一瞬で片付くような決断だ。でも片付けることができないからここにいる。

「私は別に終わりにしてもいいって答えた。本当にそう思っていたから。」

 目を伏せながら声を出した。

「今は違うの?」

 彼の鋭い質問に一瞬戸惑った。

「なんだか続けなければいけない使命感に追われているような気がして。誰も望んでないことなのに不思議だよね。」

 自分の気持ちを理解することができない。やけくそになり、笑いながらそう言った。彼も一緒に笑ってくれたらどんなに楽になるだろう。

 しかし、彼は真剣な顔を崩さなかった。

「なるほど。」

 適切で前向きな答えを探しているのだろう。

「もうやめていいよ。」

 その瞬間、今まで降っていた雨が止んだ。そして虹がひょっこりと顔を見せた。

 その瞬間、下り坂に入った。今まで上り坂だったのに、一気に体の力が抜けた。開放感に溢れるのと同時に、今まで登ってきたこと、やってきたことが全て無駄になってしまうのではないか、と思った。

「そう言って欲しかったんだよね。」

 全てを見抜かれていた。スローモーションになったように彼のニヤッと笑った顔が見えた。吸い込まれるように涙が出た。吸引力がとてつもなく、止むことはなかった。

 睦空は焦る様子はなく、いつものように優しい視線を向けていた。

 睦空が今はもういないお母さんと重なって見えた。

 

「でも、これは本心だから。やりたくないことはしなくていい。」

 本心が否かはこの際、どうでも良かった。ただただ私の望む言葉を彼の口から聞きたかった。まさに彼の言う通りだ。

「全部白紙にしてしまったら、嫌なことも全て忘れられるのかな。」

 その言葉に自信がなかった。だから声が震えた。

「本当に白紙なら。多分そう。」

 彼の声も震えた。私の不安な表情に彼も染まった。

「それで誰も困らない?」

 結局、人に迷惑だと侮られるのが嫌なだけなのだ。そう自覚する。

「もちろん。」

 その言葉を信じていいですか?

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