第24話

 まともに仕事ができなかった。魂が抜けたような顔をしている、とも言われた。鏡を覗き込むと確かに酷い顔をしていた。腫れた目につまらなそうな口。全体的にも希望を失ったような顔をしている。ここまで心情は外見に表れるのか、と感心する。

 帰宅したのはいいのだが、何も手につかない。自炊する余裕もなく、デリバリーを頼む。滅多に頼まないのに。お風呂に入るのさえ、めんどくさい。そのまま、化粧も落とさずに、ベッドに転がりたかった。

 ソファに横になると、自動的に手が動き、気がついたら睦空に電話をかけていた。心は焦っていたのだが、精神安定剤のようなものでそのコールを止めることはできなかった。

「もしもし。」

 しばらくしてからスマホの先から声が聞こえた。

「遅くにごめん。ちょっと話たいことがある。」

 多分迷惑だろう。時刻は午後十時を過ぎている。

「いいよ。」

 温かい声に、その一言だけで涙が溢れそうになる。

「なんだろう。なんかね、私たちは何をしているんだろうって。」

 おそらく何も伝わっていない。その証拠にしばらく沈黙が続いた。でも私には思考を巡らせる気力もない。ポンと上がってきた言葉を機械のように発しているだけだ。

「それは、僕もわからない。」

 思いがけない言葉だった。ただの同情かもしれないけど、同じ感情を抱いているという事実だけで、ほんの少し救われたように気が楽になった。

 焦る必要のない沈黙は心地よかった。

「そんなことを考える暇があったら突っ走れ。なんて言ってみたいけど、実際は無理だよなー。」

 わかる。共感できる。

 立ち止まって見直すことも大切だ、と誰かが言っていた言葉にいつも寄りかかっていた。

 私は何も喋らなかったけど、彼はポツポツと助言をしてくれた。

「偉そうなことは言えないけど、悪い方向には考えない方がいい。何事も良い方向に捉えればいい。」

 つまり、ポジティブ精神が大切ということだ。死ぬほど聞いてきた単語だ。でも、楽観的に生きるには、勇気がいる。ミスを見てみぬふりするのには、勇気がいる。良いことに変えようと頭を使うのには、労力がいる。

「綺麗事って思ったかもしれない。」

 まさにその通りだ。見抜かれてしまったようだ。

「でも結局した者勝ちだから。」

 その言葉が心の奥底に響いた。一つ言葉にも人の数だけの解釈できる、という話を聞いたことがある。その言葉自体を変えることができない限り、自分のマインドを変えるしか方法がないのだ。それは納得できる。頭では認識していてもできないことはある。でも、考え方を変えるだけなら私にもできそうだ。

「そうだね。」

 初めて同意した私に、睦空は落ち着いたようだった。電話越しにもそれが感じ取られた。

「ありがとう。急にごめんね。」

 

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