第25話

 次の日、招集がかかった。平日なので、勤務後の夜に集まることにした。しかし、皐奈ちゃんは、学校があるから来れない。

 昨日のことがあるから、気が重かった。緋弥と目を合わせるのが、嫌だった。

「急に呼んでごめん。」

 緋弥が謝る。そんなことより、爆弾を渡したことを真剣に謝って欲しい。

「何か見つけたの?」

 如紀ちゃんは興味津々のようだった。

「見つけたんじゃなくて、聞いたんだ。妙なことを。」

 ますます気になった。何を聞いたのだろう。緊迫したこの空気が緋弥を責め立てていた。彼は皆を見渡しながら言った。

「うちの両親は犯罪者だって。」

 思わずため息をついた。驚いた。確かに驚いた。しかし、ずっとそのような断片的な証言発言ばかりでうんざりとする。動揺した。何かが始まってしまう。そんな予感がした。電話越しに緋弥に衝撃的なことを言われたとき以上にグッと心に突き刺さる。本当かわからない。だからこそむやむやする。そんな微少な可能性を頼っている私にも腹が立つ。緋弥と目が合う。そして、背ける。言葉の重みを知らずに軽々と口にする彼を睨む。全ての怒りが彼に向いてしまいそうだ。深呼吸をして落ち着かせる。

「誰よ、そんな出鱈目を言うやつ。」

 姉が嫌悪の表情を見せた。なぜ出鱈目と言い切れるのか。なんて咎めて、私はどちら側の見方なのだろうか。私だって信じたくないはずではないのではないか。

「近所の人に話を聞き回ってたんだ。そしたら、そのうちの一人が言ってたんだ。あそこには近づかない方がいいって。」

 嫌悪感を抱く姉の横で、兄はずっと知らんぷりをしていた。

「息子に言うか?って感じだけど。」

 緋弥は半分馬鹿にしたように、半分怒っているように、そう言った。

「皐奈には後で伝える。」

 どんな顔をするだろう。伝えない方が彼女にとっては好都合だと思うが、一人知らないのも可哀想だ。彼女の涙を浮かべた瞳が、頭に勝手に描かれて、胸が痛む。

「なんで、メールじゃなくて直接言ったの?」

 珍しく睦空が質問した。緋弥は間をあけてから答えた。

「一つは記録に残したくないから。もう一つはみんなの反応を見るため。」

 その瞬間空気が凍った。顔を顰める如紀ちゃんと睦空。

 やっぱりこの中にいる誰かを疑っているのだろう、緋弥は。悲しいけど、仕方がないのだろう。緋弥も精一杯私たちのために尽くしてくれている。そう彼を美化することで怒りを収めた。

「それで何かわかった?」

 睦空はさらに攻める。

「わかったとしても言うわけないだろ。」

 それはそうだ。しかし、その言い方には棘があり、その棘は睦空に向けられているようだった。

「まあまあ。その人が正しいって決まったわけじゃないんだし、ちょっと飲もうよ。」

 如紀ちゃんは、張り詰めた空気を和まずためか、そんな呑気なことを言った。わざとだろう。

「僕はいい。みんなで飲んで。」

 遠慮がちに言う睦空に、如紀ちゃんと緋弥は不思議そうな視線を向けていた。

「お兄ちゃん、お酒飲むと人が変わっちゃうからね。前、暴行事件まで起こしそうになって。」

 つい言ってしまった。一刻でも早くこの事実を頭から消し去りたいから、話題を変えた。

「望卯、言わない約束だったのに。」

 睦空が悲しそうに嘆く。

「へー、意外。」

 如紀ちゃんはびっくりしていた。みんなで和気あいあいと喋っている中で、一人その輪に入らず、考え事をしている緋弥がいた。


 お酒の効果でその日に聞いた衝撃的な言葉が心に住みたくことはなかった。でも、一人不安そうな緋弥の表情が頭に残り続けている。

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