第26話
捜査が進むにつれて緊急性がなくなってきてしまった。皆口には出さないが、頭のどこかで失踪していないのだろう、と思っているはずだ。雰囲気がそう伝えている。遭難したのだとしたら、今頃には発見されている。しかし、皐奈ちゃんはいつも真剣そうな顔をしている。優しさなのだろうか。
そんなわけで、軽井沢行きの旅行は、熱海旅行から三週間ほど空いてしまった。やっと予定が噛み合って週末に出かけることにした。
ちなみに実家捜索チームからは何も新情報を得ていない。本当に捜査しているのか、不安になるくらいだ。
最近思うことがある。緋弥の言動について。父を捜索するっていうのに、実家を調べる必要はあるのだろうか。メールで集合をかけられ、失踪したことを伝えられたときは、衝撃によってまともに熟考することができなかった。彼の誘導によって物事が決定していったような気がしなくもないのだ。それから、彼に伝えられたもう一つの衝撃的な言葉。私にしか伝えられていないその言葉の真意を確かめるために、彼は捜索することにしたのだろう、と考える。それなら彼の言動も納得できる。私のこの予想が正しかったとしたら、なおさら、何かしらの証拠が実家から見つかってもおかしくないはずだ。ただ単に見つからないだけならいいのだけれど。
翌朝、皐奈ちゃんはいつものように私と如紀ちゃんを乗せた車を走らせている。思い出に浸っても良いことがない、ということに気がついた私たちは、思い出を辿るのをやめた。のんびりとした朝を過ごした後に出発した。車内では、それぞれ本を読んだり、スマホをいじったり、重い思いのことをしていた。会話がないことに淋しさは感じなかった。むしろ心地よい静かさに身を包まれていた。
これから冬本番の軽井沢は冷たい空気が場を支配していた。心地よさのない鳥肌を立たせるような風に身震いをする。
目を瞑ってしまったら、思い出が蘇ってしまうような気がして、現実に浸るよう励んだ。
森林に包まれた別荘は、大人になったからこそ気づくことのできる、情趣で満ちた場所だった。小さい頃はとてつもなく大きいと感じていた、植物も縮んでいるような気がして、笑えてきた。昔を懐かしむ材料はあちこちに落ちている。それを拾う勇気はなかった。しかし、気がついたら拾ってしまいそうで、手をポケットに突っ込んだ。この壮観は私を別世界に連れて行ってからそうだ。なぜかそんな意思を感じて、身震いする。さっさと荷物を中へ運んだ。
「ねぇから見て。」
如紀ちゃんが突然声を上げた。
「タイヤの跡?」
そこには車が通った跡があった。土にしっかりと食い込んでいる。私たちの車が通っていないところだ。
「誰かがここに来たってこと?」
皐奈ちゃんが恐る恐る言う。
「そういうことだわね。」
如紀ちゃんも同意した。私も同意見だ。自然に発生するような模様ではなかった。
「急に鳥肌立ってきたんだけど。誰が来たのかな?」
如紀ちゃんが手をさすりながら言った。
「うちの家族じゃなかったら、不法侵入じゃない?」
皐奈ちゃんが言った。確かにそうだ。また事件が発生しそうで怖い。
「だとしたら何のために?」
私もそれが不思議だった。この家にとんでもなく価値のあるものがあるわけでもないのに。
「Uターンとかに使ったんじゃない?」
如紀ちゃんが言う。確かにそれはあり得るかもしれない。
「とりあえず、そういうことにしとくか。」
そうだね。じゃないと怖いしね。
「このことは黙っておいた方がいいと思う。Uターンは考えにくいし、そうなるとやっぱり兄弟の誰かになるから。」
皐奈ちゃんは珍しくそんな意見を出した。それは同意すべき正当な意見だと思った。
「なんか、緋弥に似てきたね。良いのか悪いのかわかんないけど。」
如紀ちゃんのその意見に賛成だ。一概に良いこととは断言できないけど。
緋弥はまだ隠してることありそうだし、これでお互い様だ。隠し事をどちらもしている点においては。
「じゃあ寒いし、中に入るかー。」
如紀ちゃんはそういうと扉を開けて、別荘に入って行った。それに続いて私と皐奈ちゃんも入る。
暖房は付いていないが、温もりを感じた。外が寒すぎるのかもしれないけれど。
「うわ、懐かし。」
如紀ちゃんは声を上げた。思い出は拾わないはずだったなのに、自然とにやけてしまった。戻れないから恋しくなる。
熱海の家よりかは古びていなかった。虫もそこまでいなかった。寒いから虫も眠っているのだろう。
「もう、若干感じてたけど、お父さんいないね。」
そうだ。本題を忘れていた。確かに、人が暮らしていそうな空気は全くなかった。
「なんか調べていく?捜索ってやつ。」
うん、と頷く。ここまで来るのに時間もお金も費やしたのだから、何もせずに帰るのは勿体なさすぎる。
窓の周りを探っているときだった。
「なにあれ?」
窓の外に見覚えのない穴を見つけた。指を指して、如紀ちゃんと皐奈ちゃんに示す。外へ出て近くで見てみることにした。
絶妙な大きさだった。
「なんか掘り起こしたような穴じゃない?」
確かにそうだ。周りに土が盛り上がっている。スコップで掘り起こしたような斜面がある。
「この箱はなんだろう?」
穴の中心には、茶色いこじんまりとした箱が置かれていた。
「開けてみる?」
問いかけると、二人とも頷いた。恐る恐る開けてみたが、中は空っぽだった。ただ一つ、ゴミのような紙の切れ端があった。
「こんなの今までなかったのに。」
そう呟いた。
「やっぱり誰か来たんじゃない?」
皐奈ちゃんはその言葉の重みをわかっていないかのように、さらっと言った。
「やばい。怖すぎる。」
如紀ちゃんがブルブルと震えた。誰かがここに訪れたことはほぼ確実なのだろう。しかし、一体誰が何のために?疑問だらけだ。
「とりあえず写真撮っておこう。これも黙っといた方がいいね。」
スマホを取り出して、写真を撮った。スマホを通して見えた穴はさらに不気味に見えた。ついでに先程のタイヤの跡も撮っておいた。
「箱は一応持ち帰るか。」
二人は首を縦に動かした。
「私たちが解決できるような問題じゃないと思うから、心に留めておこう。」
皐奈ちゃんが、如紀ちゃんを励ますように言った。そして、再び、家の捜索が始まった。
ふと、緋弥の言葉が降ってきた。この中に犯人がいるかもしれない。忘れたいのに忘れられない一言。手が震えているのを感じ取る。トイレへ行くふりをして、手を隠した。彼の言動からは意図を感じ取れるから、私がそれを勝手に壊すわけにはいかない。しかし、黙っているというのは、想像を超える苦しみをもたらす。犯罪を犯したかのような罪悪感に襲われていた。簡単な暴言でそれを壊せるのなら、どんなに良かったか。そんなことをしても惨めな自分が映るだけだ。
震えが収まったので、リビングへ戻った。
その後、気になるものは出なかった。もう十分発見されたのだけれど。
帰りの車で会話はなかった。それぞれ考え事をしていた。おそらく、その内容は一致していると思う。これだけ、発見物があったのだから、動揺するのもおかしいことではない。
正直言うと、大したことないと思っていた。何も出てこないことを想定していた。だから熱海の時はがっかりより、安心した。このまま秩序が保たれていれば良かった。しかし、このままだと、平和な道は無さそうだ。誰かしらが何かしらに関与していることは、間違いない、のかもしれない。
不安で仕方なかった。逃げ出してしまいたかった。それで本当に逃げることができるのならば。
窓の外に広がる暗闇が私たちの未来の関係図を表しているようで、気味が悪かった。泣きそうだった。苦しかった。
その夜は眠れなかった。
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