第23話

 何もなかった。そう緋弥に連絡した。オッケーというスタンプが返ってきた。おつかれ、だとか労う言葉の一つもない軽いスタンプに腹を立てる。

「何か見つかった?」

 そう連絡した。

「まだ。」

 つまりこれから見つかるということだろう。期待する。

「引き続きファイト!」

 と送ると、ナイスのスタンプが返ってきた。なんだか冷たいな。

「話したいことがあるんだけど、電話できる?」

 話したいこととはなんだろう。気になった。

「今でいいよ。」

 と返した。すると即座に電話がかかってきた。

「もしもし。」

 声を顰めてそう言った。すぐに、いつも通りの声が返ってきた。

「俺だけど。葬式の直前に父さんのとこ行ったって言ったでしょ?」

 音量の大きさに驚いて、スマホを瞬時に遠ざけた。

「うん。」

 確かに言っていた。何を話していたのか気になる。黙って続きを待った。焦るくらい返事が遅かった。

「そんときに言われたんだ。母さんは、死んだんじゃなくて、殺されたんだって。」

 衝撃が走った。その衝撃は光の速さと同じくらいの速さで、私の頭の中を回る。雷に打たれたような気分だ。

「え?どうゆうこと?」

 とりあえず、疑問をぶつけた。

「わかんないから電話した。」

 なるほど、と納得してしまいそうになったが、全くわからない。彼が私に伝えた理由なんて、今はどうでもよかった。その言葉は事態の意味の理解を優先した。

「誰に」

 殺されたの?

 そう言うつもりだったけど、言葉が喉に絡まって出なかったので、最初の部分しか伝えられなかった。体が拒んだようだった。

「わかるわけないだろ。わかったらとっくに解決してる。」

 殺されたという言葉が耳に入ってから、鼓動が速くなった。目がカラカラする。これは、殺人事件なの?

「なんで。なんでそれをみんなの前で言わなかったの?」

 また関係ない疑問をぶつける。なぜだか、時間稼ぎをしているようだった。

「あの中に犯人がいるかもしれないからだろ。」

 目に熱がこもる。涙が出そうになる。意味もわからず、体が凍結する。どうして?

「なにそれ。疑うの?」

「仕方ないだろ。」

 何も考えられなかった。頭にポンと浮かんだ疑問をそのままぶつけた。作っては、取り出す、作っては、取り出す。それを繰り返した。

「じゃあどうして私に言ったの?」

「わかんない。でもこの爆弾を心の中に留めておくのは、苦しいから。誰かに伝えたかった。それだけ。」

 どうして私を選んだの?他の人でもよかったじゃない?許可していないのに、勝手に悲しませないで。惨めな気持ちにさせないで。私には阻止する方法がなかった。

「自分勝手。」

「悪い。」

 思ってないでしょ。全く気持ちがこもっていなかった。

「でも警察の人は自殺だって言ってたから、直接的に殺したわけではないと思う。促したとか。」

 あまり変わっていないような気がする。ただ、典型的な血が飛び散らさせる殺人事件なはならなそうだったので、そこの点に関しては安心した。

「そうなんだ。」

 何も頭に入ってこなかった。あの衝撃がずっと残り続けている。放心状態だった。

「じゃあそんだけだから。」

 それだけ、で済ませるような事ではないはず。

「まって。みんなに言うつもりはあるの?あと、やっぱり黙っておいた方がいい?」

 やはり時間稼ぎをしている気がする。

「最初の質問については、わかんない。二つ目については、黙ってた方がいい。広めることにメリットはないから。」

 納得させるような口調だった。

「わかった。」

 ブチっと電話を切った。

 これは、伝染ゲームか何かなのだろうか。痛いの痛いのとんでけーって遊びなのだろうか。その標的に私が選ばれた。最悪だ。

 緋弥の気持ちが理解できないわけではない。苦しいだろう。おそらく彼も父を恨んでいるのだろう。

 誰か必ずこの思いを感じなければいけない。そのような状況で自分に回ってくることを拒んでしまう私は、未熟なのだろうか。私も緋弥のようにわからない、で済ませてしまいたい。

 その夜、目を閉じて夢を見ることは不可能だった。一体誰が、そんなことを。その犯人がこの兄弟の中にいるとは思えなくて、思いたくなかった。忘れてしまいたいのに、全く忘れられない。忘れてしまいたいと思うほど、頭に残ってしまう。この連鎖を誰か止めて。

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