第30話

 皐奈ちゃんから電話がしたい、との連絡があった。都合が悪いわけでもなかったので、こちらからかけた。

「あの、相談したいことがあるの。」

 震える小鹿のようなか細い声で彼女は言った。

「どうしたの?」

 寄り添うように声をかける。

「やっぱり、緋弥くんが何をしているか、知りたい。」

 それは同感だった。彼は完全に隠していた。もし、その内容が法に反することだったりしたら止める義務が私たちにはある。

「私も同じ意見。」

 同意をした。でも、彼女からこの意見が出たことには驚いた。あまり意見を主張しない性格だと思っていたから。

「免許を取得したってのは、事実だと思う。でも、急に免許が必要になって、さらにそれを隠す必要があるって、どういうことだろう。」

 彼女は早口でそう言った。それだけ心配しているのだろう。不安になる気持ちはよくわかった。彼女は、車を貸しているという意味では加担しているから、余計に心配なのだろう。

「それだけじゃないしね。マイカーを購入するほどの使用頻度じゃないし、購入する目的も無さそう。」

 私も、つられるように付け足した。疑問は思いの外、多かった。

「そもそも、どれくらいの頻度で貸してるの?」

 まだこれを聞いていなかった。皐奈ちゃんは、少し考えてから言った。

「大体、週に一度。」

 想定していたより高頻度だ。一ヶ月に一度二度かと勝手に想像していた。

「いつから?」

「二、三週間前くらい前からかな。」

 父が失踪した日に近い。免許を取るには、最短で二週間ほどが必要だ。葬式のときに、実際に取得していたかどうかは、微妙だ。もし、あの時、すでに持っていたのなら、嘘をついていたことになる。

「そっか。」

「黙ってるの辛かったよね。」

 その気持ちには同情する。しかし、同情を超えて、少し腹が立つ。私はそれ以上の衝撃的なことを心に留めておいているのに。もちろん、彼女に何の罪もないことは承知している。

 そして、伝言ゲームのように私にその発言を伝えた緋弥も辛かったのだろう。そうなると、元凶は父なのだろうか。もし、あの発言が事実だったとしてたら、父も、心に留めておくことで、心が腐ってしまうだろう。結局誰のせいにもできない。そのような問題が一番難解で複雑で悪影響をもたらすのだ。

「私、緋弥くんを尾行しようと思っているの。」

 彼女は震えながらにもはっきりとした声色でそう言った。全く同じ意見を保持していた。

「私もそう思う。賛成。」

 しかし、まさか、彼女の口からそんな言葉が出るとは。驚いた。私が先に言えばよかったかな。

「如紀ちゃんにも協力してもらったら方がいいかな?」

 彼女は不安そうに聞いた。直後に私は答えた。

「忙しそうだしいいんじゃない?誘わなくても。」

 直感的に出た、その言葉と事実かわからない理由に納得した。やはり、如紀ちゃんも上から下まで信じ、頼ることは難しいのだろう。成人しても、未だに意地を張っている。

「そうだね。」

 簡単に同意したということは、彼女も同意見を持っているのだろうか。仲間を増やそうとするのは、やめておこう。ろくなことにならない。

「毎週何曜日とかある?緋弥が来る日。」

 その日に合わせて行けばいい。

「毎回、週末に来るかな。」

 それならこちらとしても好都合だ。仕事がないというだけで、両腕が軽くなる。

「今のところ毎週来てるんだよね?」

「うん。」

 それならきっと来週も来るだろう。規則性もありそうだし。

「じゃあ私が週末に皐奈ちゃんのとこ行くね。」

 それが一番合理的なやり方だと思った。逆に、他に方法はなかった。

「泊まってもいい?土曜日に来なかったら。」

 張り込みではないが、その方が楽だ。彼女からしたら負担になるだろうけど。

「いいよ!」

 彼女は嬉しそうに同意をしてくれた。久しぶりに一緒にお泊まりっていうのも楽しそうだ。お菓子とか持っていこうかな。

「じゃあそうしよう。」 

 何事もなく無事に終わりますように。誰もいない部屋でそう願った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る