第29話
姉から召集がかかった。初めてのことだ。姉の家を訪ねた。
共に暮らしていた頃の彼女の部屋と変わらず、趣味のもので埋め尽くされていた。ここまで打ち込めることがある、というのは尊敬すべき部分だと思う。
「今日は突然ごめんね。」
姉が言った。皆で囲むテーブルの席は、四つ。その数に寂しさを感じた。欠けていると感じた。
「ずばり言うけど、緋弥、あなた車を運転していなかった?」
本当にずばりだ。緋弥はドキッとした表情を見せる。珍しく動揺している。焦点が見つからずに彷徨う、彼の目を見つめる。
私も驚いた。ただ免許を取得していたことを隠していただけなら、驚かなかったと思う。しかし、運転していた、というのは、軽井沢の車の跡につながる。だからヒヤッとしている。
「ストーカーか?」
彼は簡単に肯定しなかった。しかし、否定もしなかった。
「たまたま見つけたのよ。そこのスーパーで買い物をして出てきたら、見覚えのある車があった。」
見覚えのある車、それってまさか。
「皐奈ちゃんの車。」
如紀ちゃんはボソッと呟きながら、皐奈ちゃんの方へ体を向けた。皐奈ちゃんは蛇に睨まれた蛙のような顔をしていた。
「それで、運転席を覗いたらあなたが座っていた。」
それは免許持ち確定なのではないか?そこで気になるのは、なぜ隠していたか、だ。
「確かに貸した。でも用途は私、知らない。」
逃げるようにそう言った皐奈ちゃんを、緋弥は睨むような目で見ていた。皐奈ちゃんが可哀想になってきた。状況はわからないが、彼女には同情させる愛らしさがあった。
「まず、免許は持ってるの?」
如紀ちゃんは、親のように説教をし始めた。
彼はコクリと頷いた。
「じゃあ何で黙っていたの?」
沈黙の時間が続いた。何か喋った方がいいのだろうか、と考えたが、私は口を挟まない方がいい気がした。
「発表する機会がなかったから。」
それだけだろうか。どうもそれだけだとか考えられない。
「いつ取ったの?」
確信につく質問をしたつもりだ。もし、再開する前から持っていたのだったら、一度嘘をついたことになる。
「葬式の後だよ。」
その言葉をそのまま信じていいのだろうか。私は彼を信用できない。臆病だった。
「理由は?」
葬式後の車内で、免許を取得することをことごとく否定していたのに、あっさりと寝返っているなんて。
「大した理由はない。ただこの先必要になるかと。」
その理由も信じられなかった。一般的な理由だった。
きっと彼は、信じられなくてもいい、と思っているのだろう。どこか遠くへ離れていってしまったような、寂しさを感じる。
「信じてないな。」
彼は私たちを見回しながら言った。空気を和ますように笑っているようだった。
如紀ちゃんは、私と皐奈ちゃんに振り向いた。きっと、この間の車の跡について、問い出していいのかどうか、と目で聞いているのだろう。いつかは打ち明けることだ。頷いた。
「この間、私たち、軽井沢に行ったでしょ?そのときに発見したことで、あなたにだけ共有していないことがある。」
彼はやってくれたな、と言うかのような表情をしている。お互い様でしょ。
結果的に隠しておく意味があまりない気がして打ち明けることにした。
「車がうちの庭へ侵入した跡が残ってた。」
この流れでこれを共有するということが、何を表しているのか、彼は理解したようだ。
「それで、疑っているのか。」
なぜか納得したような表情をしている。
「もちろん、全く知らない人が、Uターンかなんかをするために、侵入した可能性もある。でも、それは考えにくい。」
それが私たちの結論だ。直接的に疑いを押し付けたわけではない。でも、事実を事実として伝えることで、それが疑いを表しているということを理解して欲しい。
彼は、皐奈ちゃんの方を向いた。皐奈ちゃんはビクッとしていた。
「お互いに疑っているわけだ。」
多数決をしたら、一対三で負けるのに、随分と偉そうだ。
「私はあなたを疑ってる。決定的な証拠があるわけではないけど。」
如紀ちゃんの良いところは自分の意見を隠さずに、明かすことだ。
私も疑いの視線を彼に向けた。睨み返されたけれど。
「勝手に疑うのはいいが、その先入観が入ることで、捜査は困難する可能性がある。それと、自分自身は疑われていないと、誤解するな。お前らだって、容疑者の一人なんだから。」
確かに、誰が免許を取得しているのか、知る余地はない。ここは専門的で権力のある機関じゃないから。だから、彼の言う、容疑者の一人というのも理解できる。しかし、彼の素行は、疑いをかけるには十分なほどに不自然だ。
今までの緩やかな雰囲気は一変して、ピリピリとした空気になった。皆が作り上げた空気だ。
「決定的な証拠が無い限り、この件は保留にするしかない。」
彼は言う。自分が疑われてるということを自覚していないような発言だ。正しいと感じたことをする、それが彼の行動の理念に当たるのだろう。
しかし、見た目や性格、素行というのは、疑いをかける主な材料になりうる。私たちが、皐奈ちゃんを無意識に疑いの類から外しているのも、仕方がないことなのかもしれない。
この跡があったという事実を明かしたことは正解だったのだろうか。明かしたことによって、空気感が変化してしまった。デメリットはあるのに、メリットは思い当たらない。唯一考えられるのは、隠しているという罪悪感が消えたことだ。しかし、その罪悪感はまだ他のものが残っているため、あまりスッキリしなかった。
「それからもう一つ、とある箱を見つけた。これが実物。」
そう言って持ってきた箱を見せる。
「多分、中に何かしらが入っていたと思う。庭に埋められていたみたい。」
緋弥はなぜか鼻で笑った。やがてその理由に気がついた。おそらく、自分だけに隠されていたことに腹を立てたのだろう。でも、緋弥が疑え、と言ったのだから仕方がない。私はそれに従っただけ。
「すでに開けられているってことは、誰かが中身を取り出したんだろう。問題はその誰かと中身が何なのか。」
彼は冷静を保っていた。
「そういえばね、なんか書類の端みたいなのを見つけたの。なんの情報もないけど、何かの証拠にはなるかしら。」
初めて聞いた。繋ぎ合わせれば、何かしらの証拠として使えるだろう。
簡単に解決できそうな問題ではないことはわかった。答えを導けるほどの証拠がないため、一旦この件は保留になった。
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