第16話

 宿題に追われる夏休み、というのが、学生の思い浮かべる夏休みなのだろうか。私は宿題があることをそこまで、悲観していない。むしろ嬉しい。

 やらなければいけないことがある。それを終わらせれば、多ければ多いほど達成感に浸ることができる。自己肯定感も上がる。学力も上がる。良いことづくしではないか。そう考えることは異常なのだろうか。


 夏休みの初めは希望で溢れている。さんさんと照らす太陽の日差しのように、希望も照らす。それがいつまで持つかは別だけど。今からなら何にでもなれるような気持ちになる。

 毎年毎年、決まって達成できない目標を立てる。それは意図があるわけではないが、自然とそうなってしまうのだ。今年は本を百冊読むことにした。一日中暇なので達成できそうな気もしなくもない。

 父は工場での仕事が毎日のように入っている。家族旅行の日程以外はほとんど出勤する。母は日常と変わらない日々を過ごしている。たまに作ってくれるバナナシェイクは絶品だ。他の兄弟はほとんど部屋に閉じこもり、ゲームやら、動画を見たりと、各々、最高の時間を過ごしている。うちには全員の部屋が用意されている。それを級友に明かしたりすると、驚かれる。しかし、皆で一緒の部屋なんて、想像できない。きっと毎日怒鳴り声が響くのだろう。それは我慢できないな。

 ふと考える。今まで夏休みをどう有意義に過ごすかを考えてきた。しかし、本当の夏休みというのは、自分の好きなことをするもの。満喫できたのなら、一つ一つの瞬間が幸せだったのなら、それが正解なのかもしれない。世間的に間違っていても、後悔が残っても、幸福を噛み締めることができたのなら、最高の休暇になるのではないか。


 母が最近気に入っているレモンのシャーベットを半分もらった。部屋で涼みながら、口の中をレモン色に染める。サイダーの泡が舌を刺激する。快感に溢れ、グラスからサイダーが溢れ落ちる。

 今は一番モチベーションが上がっている。だから勉強のやり時かもしれない。私は勉強をする姿に憧れている。

「ねぇ、入っていい?」

 それは緋弥の声だとすぐに識別できた。せっかく勉強を始めようとしていたのに。

「いいけど。」

 少しひねくれたような言い方をした。

「あのさ、この間言ってたやつ、俺も手伝っていい?」

 え?そんな突然言われても。

 それにあの時はあんなに、私を軽侮するかのような発言をしていたのに。まるで人が変わったようだ。

「なんで?急に?」

「犯人わかったかもしれない。」

 彼はキラキラとした笑顔を見せた。私は、その言葉と表情に抵抗感を抱いた。

「言わないで。」

 それが頭で考えるより先に出た言葉だった。彼は、怪訝そうな顔をしている。

「なんで?」

 なんで?わからない。なぜか直感的に拒んだ。

 いや、なぜだかわかる。だって、彼の言う犯人は、睦空か皐奈ちゃんでしょ?そのどちらかになりうるのだ。もし、如紀ちゃんだとしたら、彼女が自白することはないだろうし、もし、緋弥だとしたらこの提案を持ちかけるのはあまりにもおかしい。睦空か、皐奈ちゃん。そのどちらかの答えが彼の口から出る。その瞬間頭を抱える未来が見えたから、拒んだ。

「もう、お母さんに探さなくていいって言われたの。」

 それは事実だ。嘘はついていない。

「だから?」

 だから?その先なんて考えていない。咄嗟に口から言葉が飛び出る。

「終わったことにしたいの。欲を言えば、無かったことにしたいから。言わないで。」

 我ながら理解できる理由だと思った。

「あっそ。まあいいけど。」

 彼は私の目を凝視している、気配を感じる。何かを見透かしたような彼の目を見つめ返すことは、怖くてできなかった。

 彼は部屋を後にした。怖かった。そう思うのはおかしいことなのだろうか。兄弟に怯える、というこの状況もどうかと思う。

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