第17話

「ねぇ、あの財布が盗まれたのって結局どうなったの?」

 皐奈ちゃんはいつもの無邪気な笑顔を曇らせて、そう聞いた。

「え、えっとね。」

 簡単に答えるわけにはいかない。もし私が姉だったら、広められるのは望まないから。そして、そこには、母と睦空を除いた五人が揃っていた。安易に口を滑らせてはいけない。困っていたとき、姉が口を開く。

「私が盗んだの。」

 衝撃発言を耳にした、皐奈ちゃんは絶句した。口をぽかんと開けたまま動かなくなった。父は、え?と声を上げた。

「それは本当なの?」

 如紀ちゃんは静かに頷く。父は何と言ったら良いのかわからない様子だった。

「何も言えないよね。」

 姉が呟く。さらに何も言えなくなった父がその場を後にした。

 ただ一人、疑いを込めた目を向けて、黙っていた緋弥がいた。どうして?と言わんばかりの動揺した顔だった。

 しーん、と静まり返った部屋に響いたのは、皐奈ちゃんの声だった。

「違うでしょ。」

 意を決したような鋭い声に驚く。いつもの無邪気さからは考えられないほど、真剣な眼差しだった。

「皐奈。」

 緋弥の冷たい声が響く。まるで彼女が何を言おうとしているのか、察したようだった。

 しかし、彼女にその声は聞こえないようだった。

「私が盗んだの。如紀ちゃんは何もしていない。」

 またまた衝撃的な発言だ。次は私が驚いた声を出してしまった。目を見開く。何が起こっているのか、全くわからない。そして、よりによって皐奈ちゃんが。なぜ?

「いい。違う。俺がやったんだ。」

 またまたまた衝撃発言に耳を疑う。次は緋弥だ。今回はそこまで驚かなかった。なんて口には出せないけど。しかし、一体誰が本物なのだろうか。

 この騒ぎを聞きつけたのか、気がついたら、母と父も揃っていた。二人とも静かに黙っていた。

 緋弥はほとんど全員が揃っていることを確認してから口を開いた。

「父さんの財布が机の上に置いてあるのが見えた。それで、犯人に盗まれないように隠した。怖くなって、皐奈を誘っただけだ。」

 簡潔な内容だったが、頭に入ってこない。何で隠す必要があるの?

「そのままお父さんに知らせれば良かったじゃない。」

 姉が私の思っていたことを代弁してくれた。しばらく彼は答えなかった。

「馬鹿で悪かったな。」

 その言葉に誰も反論しなかった。しかし、誰もがその言葉を疑ったはずだ。何か誤魔化している。そう、私の直感が言っている。


 段々とリビングから人が減っていった。私は緋弥と二人きりになるのを待ってから、話しかけた。

「単刀直入に聞くけど、何で隠したの?」

 私には緋弥の真意がわからないから。

「言っただろ、犯人に盗まれないため。」

 それじゃない。

「何で自分が疑われる危険性を無視してまで、隠したの?」

 しばらく答えは返ってこなかった。何かを探すように目を彷徨わせて、答えを探していた。

「まだ言いたくない。」

 想定外の回答だった。珍しく、彼は誤魔化さなかった。向けられた真っ黒の目を見ても尚、疑うことはできなかった。

「いつか教えてくれるの?」

「わからない。」

 即答だった。それ以上問う内容が見つからなかったので、そっと部屋を後にした。それを見送るような視線を感じた。

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