第13話

 次の旅行は軽井沢。海も山もどちらも堪能したいと両親は言う。流石に欲張りだと思うが、夏にしかできないことだというのは確かだ。

 軽井沢へ行くには車で三時間ほどかかる。朝早く出発するので、皆眠りに落ちている。コンビニで買った朝ごはんでお腹も満たされているため、安心して皆目を閉じる。母と父の会話が段々と遠くぼやけてくる感覚も忘れ難い。大体、朝日か首の痛みで目が覚める。朝日に照らされて目覚めることができた時はラッキーだ。

 窓を開けたときの冷たい風が心地よい。異国の地に来たような新鮮な気持ちになる。森林が広がり、奥ゆかしい風景に包まれる。まだ寝起きで目がぱっちりしていない。

 身に染み付いた道が、私たちを案内してくれているようだった。

 到着して、土の上に足を踏み入れたときに感じる、冷たい空気。目に見えるものの半分以上が緑色に染まる景色。懐かしいこの樹木の香り。真上に広がる青空と入道雲。夏休みならではのこの壮観に心を奪われる。たまに動物の足跡なんかを見つけるとウキウキとする。残されたのが足跡だけというのも趣がある。

 母は植物に夢中だった。お花が咲いてるー、なんて声が聞こえる。さっさと荷物を下ろす緋弥とお父さん。気が早い。皐奈ちゃんは、蝶を見つけて追いかけている。追い回される蝶も大変だなあ。如紀ちゃんは虫がいたことに気が付き、わっ、と大きな声を上げた。虫が苦手なのは私も共通だ。犬や猫、ハムスターまでは届かない、あのサイズ感が一番苦手だ。一番驚く。それも夏の醍醐味だという母の言葉を丸ごと飲み込んだ皐奈ちゃんだけが、虫を追いかける。その横で静かに見守る睦空。珍しく今回の家族旅行には参加したようだ。たまには気分転換も必要らしい。

 今日はバーベキューをする。椅子を並べて食材を運ぶ。下準備は母がすでに済ませておいてくれた。あとは焼いて食べるだけ。普段はあまり好まない野菜も魔法がかけられたように美味しく感じるのだから、不思議なものだ。私は食べ物の味はその時の環境と感情によって左右されるものだと考えている。やはり、お肉やソーセージは人気だ。皆、遠慮しながらもお肉にしか目がないのを、知っている。もらっていい?そう聞かれると断れないことを皆知っている。私が一番好きなのはチョコバナナだ。準備している間にこっそりとつまむのも好きだ。熱くなったアルミホイルに包まれるチョコバナナはものすごく寒がりなのだろう。終わりに近づくと急に寒気が増す。時刻が進み、実際に寒くなっているのかもしれないが、気持ち的にも寒くなる。私は終わりが嫌いなのだろう。

 夏なのにエアコンがいらない。扇風機だけを回して布団に入る。すぐには寝ずに、電気をつけて本を読む。親が寝ているか確認に来ると、瞬時に電気を消して布団に飛び込む。笑いを潜めて、いなくなってから息継ぎをする。そしてニヤリと笑う。でも気がついたら寝てしまっている。

 朝も気持ちが良い。顔を洗ったら朝ごはんの前にお散歩へ行く。母が花の名前を教えてくれるのだが、次の日まで覚えていられた例は残念ながら一度もない。

 一日予定がなくても、お庭で一日中遊べる。バレーボールをしたり、バドミントンをしたり、鬼ごっこをしたり。やりたいことがありすぎて飽きない。目標を決めたり、試合をしたりすると盛り上がる。無意識に笑顔になれるそんな時間が好きだ。

 その日はドッジボールをして遊んだ。お母さんとお父さんも参加して、ものすごく盛り上がった。容赦なくボールを当ててくる緋弥に皐奈ちゃんが涙目でやめて、と訴える。睦空がいなかったのが残念だ。散歩に行く、といって出て行ってしまった。

 泥だらけになって遊んだ。順番にお風呂に入る。足が泥まみれなので、ハイハイをしながらお風呂場まで向かう。笑い声は止まらなかった。この光景は一生覚えていよう、そう誓う。


 最高な時間はあっという間に過ぎるものだ。夜中に車で家に帰る。心に染みる音楽をかけたりすると、涙が出てきそうになる。音を立て走る車は、非現実から私たちを現実へと連れて行くように感じる。夜は幻想的なもので、さらに森林が加われば、非非現実だ。いや、それでは一周回って現実になってしまう。

 家に帰ると、片付けもせずにベッドに入る。そんなかけがえのない習慣もいつか思い出になるものなのだろうか。

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