第11話
「ねぇ、話が少しある。」
放課後、兄を見つけるなり、引き止めてそう言った。何が新しい情報が入れば報告しろ、と言われてたため、姉の昨晩の話を伝えようかと思った。
「わかった。今でいいよ。」
ペコっと頭を下げて部屋に入る。精神の乱れが現れていない整頓された部屋だった。
「何かわかったことある?」
こんな大きな情報を入手したのだから、喜んでくれるだろうか。
「昨日ね、お姉ちゃんに話を聞いたの。そしたらなんと犯人はお姉ちゃんだったらしい!」
楽しかった思い出を話すかのように聞こえただろうか。実際にやっと手で掴める情報を入手できて喜んでいるのだから。
「それはすごいな。」
驚いているかのような神妙そうな表情をしていた。もしかして疑っている?
「なんかあんまり嬉しくなさそうだけど。」
つい、思ったことを口に出してしまった。
「そうか?嬉しいって言ったら間違ってるかもしれないが、悲しんではないけど?」
ふーん、と姉と同じ対応をしてしまった。
「ただね、半分しか盗んでないんだって。残りの半分は一体誰が?」
へー、と兄は興味なさそうに呟いた。何か疑っているような目をしていたのは確かだ。
「お母さんに話す?」
「その方がいい。でも僕から話しておくよ。」
なんだか手柄を奪われたようで良い気持ちじゃない。しょうがないけど、少し悔しかった。
「じゃあ、宿題があるから。」
手を振り、別れる。と言っても家にいるのだけど。
兄のことは信頼している。だから情報を共有することにおいて迷う点は無い。けれど、少し不安が残る。最後まで自らがやり遂げないと後悔が残る性格もその理由の一部だと思うけれど。
もうこのことは忘れればなかったことになる。周りが覚えていても自分さえ忘れてしまえばいいのだ。そう言い聞かせ、都合の悪いことは昔から忘れるようにしていた。忘れられるかどうかは別の問題だけど。
部屋に戻って宿題をやり遂げる。宿題の中では数学の問題か、国語の書き写しをするのが好きだ。とにかく何も考えずに達成感を得られるものがいい。創造性を問われるものなんかは苦手だ。苦手だというよりめんどくさいからできる限り避けたい、というだけ。
そのあとは、スマホを手にしてしまった。時間の無駄だってことはわかっているが、休息も大切な生活の一部だ。休息の時間を飛ばしてはいけない。過ぎ去ってしまえば、忘れてしまうことだし。
しかし、無駄になることがわかっていて、動作を続けるというのは、後悔しやすい特徴がある。だからといってスマホを手から離せるほどの元気もない。
結果的に私はスマホをいじりながら、これからのことを考えることにした。これからのこと、というのは、もう一人の犯人についてだ。姉は、半分しか盗んでいない。証拠はないのだから、姉が正真正銘の犯人なのか、そのから疑う必要があるのだろう。
そして私は隠したい事実に気がついてしまった。母は一万円札を父に渡した、と言っていた。一万円ではなく、一万円札。半分だけを盗むことは可能なのだろうか。確かに食卓での会話のとき、姉は集中して話を聞いていなかっただろう。しかし、仮に姉が嘘をついているとして、何のメリットがある?
この議論を私の中で続けていても意味がないことに気がついたのは、それから五分ほど経ってからのことだった。次に繰り広げられた議論は、この疑念点を他人に言うかどうか。私が誰かに伝えるとしたら、おそらく兄だろう。
その議論の結果は意外にも簡単に出た。私はその事実を隠しておきたかった。ベールをかけて眠らせておきたかった。大した理由はない。姉が犯人じゃなかったら、姉以外に犯人がいることになる。それが嫌だった。どうせ一人は犯人になるのなら、姉がよかった。姉に欠点があるわけではないが、なんとなくその一人に選んだのは、姉だった。多分、私の行動が全てを作る。犯人さえも変えてしまうかもしれない。その場合に、何もせず事の行き先を遠くから見守っておくのが、一番罪悪感を感じなくて済む。行動をして後悔するより、何もせずに後悔する方が、私はよかった。そして私は知っていた。考えは言葉にして現れさなければ、真実なることはない、と言うことを。私が黙っておけば、この問題の成り行きは他の誰かが決めることになる。その人に託せばいいのだ。結果的に姉の嘘がバレたとしても、私に責任はない。人情がない、と言われても自分に嘘をつくよりかはマシなのだ。
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