第8話
結局、今度も失敗だった。何も新しい情報がない上に、悪口まで言われてもう散々だ。
私が悪かったんですね、はいはい。それで終わらせよう。
翌日の学校で、友達に緋弥の不満を話した。やはり単調な欠点しか出てこなくて、言い返さなくてよかったと心から思った。そこの判断は正しかったのだろう。友達は笑った。ただの兄弟喧嘩だと思って。挙句には兄弟が羨ましいなんて、とんでもないことを言い出した。私は一人っ子が羨ましい。自分のものを自分のものとして扱える。隣の芝生は青いというのは正にこういうことなのだろう、と改めて思った。
失敗したので、次の案を考えなくてはいけない。次の標的は目星が付いていた。苦手な人を遠回しにして、消去法で選んだだけだけど。今回はさらに難解だった。相手が受験生であるため、安易に話しかけることさえ、できない。でも、お兄ちゃんは優しいから、きっと何か話してくれるだろう。性格の点では、一番気が楽だった。
「話したいことがあるから、時間があるときに呼んで。」
廊下で偶然会ったときに、そう言った。なんともないように、うん、と言っていたから多分大丈夫だろう。
ただ問題はその話をする場がいつになってもおかしくないということだ。明日かもしれないし、一年先だってあり得る。
しかし、それは大した問題ではなかった。誘った日の夕方、学校から帰ると兄が待ち伏せていた。話というのが気になって、勉強に集中できないから、早く教えて欲しいらしい。
気を遣って、兄の部屋へ呼んでくれた。だから私も行きやすく、密室なので話しやすかった。久しぶりに入ったが、机は教科書で埋め尽くされていて、典型的な受験生の空気が漂っていた。漫画がちらっと見えた。
「大したことじゃないんだけど、この間ママのお金が盗まれたのは知ってる?」
あの場に兄がいたかどうか覚えてないのだ。おそらくいなかったと思うが。
「あー、そのことね。僕も母さんに言われたなあ。ついでに探しといてとも。」
じゃあいなかったという記憶はあっていたのか。そして、協力を求めたのは私だけではなかったのか。
「ほんと、受験生だっていうのに。」
そうだね、と相槌を打った。
「何かわかった?」
「全く何も調べてないや。えらいよ、望卯ちゃんは。」
それも仕方ないか。忙しいからね。場を和ます笑顔を見せた。
「いや、他にすることがあるわけでもないから。でもね、こうやって聞き回っても何も新情報が入ってこないの。みんな、知らないっていうばかりで。」
逆に私が犯人です、と言われたら驚いてしまうが。
「そりゃ誰も言わないよ。何かあったとしても。」
やはりそういうものなのだろうか。私も続けているうちに気が付いたのだが、誰も何も言わないのならこの行動に意味はあるのだろうか。私だって何もしてないとは言え、やることはある。
「ごめん、力になれなくて。でも何かわかったことがあったら、母さんに言う前に僕に相談して欲しい。」
うん、と頷く。頼りにできるお兄ちゃんが頼もしかった。唯一の信頼できる人と言っても過言じゃないくらい。
「勉強頑張ってね。」
「ありがと。」
「私、受験っていうのをあんまり経験してないんだけど、食事も一緒にできないくらい忙しいの?」
ちょっとした疑問を口にした。しかし、なんだか嫌味のように聞こえてしまったかと思い、訂正した。
「別に嫌味とかじゃないんだけど、私もこれから経験することだから参考にしようと思って。」
お兄ちゃんに笑顔が戻ってホッとした。
「別に忙しいというわけではないんだけど、きりが悪かったらあんまりそこで中断したくないだけなんだ。」
それなら納得できるかも。私も宿題の途中で中断したくないけど、それが受験生って理由なら家族も許してくれるのか。
「そうなんだ。」
「きついのはどちらかといえば、精神の方かな。逆にここまで家族からも離れて、落ちたら何ともいえないからな。」
そちらの方が肉体的よりも辛そうだ。覚悟をしておく必要がありそう。
「色々とありがとね。何かわかったらまた伝えにくるから。」
そう言って部屋を離れた。今回は気持ちよく自分の部屋へ戻ることができた。
今は難しいかもしれないけど、いつかお兄ちゃと遊びに行きたいな。一番楽しそうだ。
私は多分、誰かに相談するとなったらお兄ちゃんを選ぶのだろう。信頼できるし、アドバイスもしてくれそうだから。
ただ受験という理解できない部分がある。いつかは経験から学べるのだろうけど、辛さがわからない。正直どうしてあそこまで勉強ができるのだろうか。疑問に思っている。嫌だな、受験生になるのは。
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