第6話

 翌日。

 母にあのように言われた限り、何もせずにはいられなかった。なんだか見張られているかのような気分だった。

 だから、一番ガードが甘そうな皐奈ちゃんに接触することにした。接触なんて言ってもいつも通りに接するだけだ。

「皐奈ちゃん、お話ししてもいい?今日の夕方、学校から帰ってきて時間ある?」

 朝ご飯のあと、隙を見つけて聞いた。母に聞こえて、他の人には聞こえない瞬間選びは本当に大変だった。

「うん。宿題パパッと終わらせるから。」

「ありがと。」

 いつも皐奈ちゃんと話すと年齢以上に幼い幼稚園児と話しているような口調になってしまう。それは子供扱いをしすぎなのか、彼女が幼すぎるのか。どちらもあるだろうけど、彼女は幼いから良さが出るのだ。このままでいて欲しい。


 三時間目。美術の時間。そろそろお弁当の中身が気になる頃。私は今日の食事より、何を話そうか、ということに頭が向いていた。個人作業の時間だから、神経を違う方向へ向けていても大丈夫だろう。先生も口を閉じているしね。

 あまり唐突過ぎないように、そして、直接過ぎないように聞き出さなければいけない。自然な流れが一番だ。特に彼女には。だって、一番見えてなさそうに見えて、何気に敏感だ。色々なものに気がつく。花瓶の花が変わっただとか、お母さんのマニュキュアの色が変わった、だとか。だから三女ちゃんはお母さんのお気に入りなのだ。

 でも、私に適切な質問が思い浮かぶとは考えられないし、直接聞くのがいいのかもしれない。誤解を生まないという点でも。

 いきなり聞くのではなく、今日の学校はどうだった?なんて何気ない話題を口にしてからね。

「うわ」

 そこまで考えたところで、自分画用紙の上にとてつもなく恐怖感を誘う謎の生き物が存在していることに気がついた。動物が今回のお題で、猫を描いていたはずなのに。目の前には、台形の耳を持ち、ジャガイモのような歪な顔の形をしていて、両目の大きさが違う、猫とはとても呼べないような生き物がいた。このままでは評価がゼロになってしまう。考えることを放棄し、修正することだけに力を注いだ。なんとか猫と呼べるところまで戻せたと思う。


「それで話って何?」

 皐奈ちゃんがニコニコの笑顔で聞いてきた。そんな顔で聞かれたらな、何も言えないよ。

「その前に。今日の学校どうだった?」

 ここまでは予定通り。

「楽しかったよ。」

 ずっこけそうになってしまう。もっと他にないのだろうか。うんうん、と頷きながら、続きを待った。

「今日面白かったの。幸太郎くんがね、ダンスのテストが嫌すぎて逃げ回ってたの。それで先生も追いかけて、鬼ごっこが始まって。」

 彼女は楽しそうに話す。最後の方が笑っていて何を言っているのかわからなかったけど、相当面白かったことは伝わった。

「何人もの先生が来たんだよ。幸太郎早かったなー。でも最後は捕まっちゃってね。でもね、時間が無くなったからテストは無くなったの。幸太郎嬉しそうだった。」

 そう言う彼女も嬉しそうに頬を緩ませていた。

「そうだったんだ。それは楽しそうだね。」

 彼女はうん、と元気に頷いた。自然と私も笑顔になっていたことに気がつく。

 「皐奈ちゃん、先生と幸太郎くん、どっちを応援してたの?」

 ちょっと裏心のある意地悪な質問になってしまったかな。

 「幸太郎くんかな。」

 恥ずかしそうに答える皐奈ちゃんが、なんとも可愛かった。頬を赤らめている。

 「でもね、みんな応援してたんだよ。頑張れーって。」

 目を合わせて笑う。素直に私もこの時間を楽しんでいた。

 しばらく逃げ方だとか、どれくらいの時間逃げていたのか、という話で盛り上がり、度々笑った。話が途切れたところで、本題に入る。

「それでね、今日呼んだのは、この間ママが言っていたことについて聞きたかったからなの。何か知らない?」

 ここまでも予定通りだ。雑談が少し長引いたこと以外は。

「この間のって盗まれたってやつ?」

 うん、と頷く。

「それは何にも知らない。」

 意外にも即答だった。でも、これで終わってしまうわけにはいかない。

「この人なんか怪しいことしてたよ、とかない?」

 一生懸命にもう一度聞いた。思わず、前進体制になる。

「んー、ないかな。」

 そ、そっか。キッパリと言われて、少し戸惑う。

 いつもなら、色々なことによく気がつくのにな、と思ったけど、可哀想なので伝えなかった。

「私は誰かがやったって思いたくないの。」

 それは私だってそうだけど。正論っぽいことを言われて少しフンッとしてしまった。

「そうだね。なんかごめんね。」

「大丈夫。」

 謝罪を否定してくれないと、本当に私が疑っているみたいではないか。彼女に悪気はおそらくないのだろう。いや、だからこそ、少し腹が立ってしまう。これは私が未熟だからなのだろう。そういうことだ。

「もうお話は終わり。部屋、戻っていいよ。」

 少しだけ、見下すように言った。

「わかった。」

 多分、それだけって思われた。それが一番だったの?って思われた。一人一人集めて、汚いって思われた。

 私だってやりたくてやってるんじゃない。疑いたくて疑っているわけではない。仕方ないのだ。

 気分を紛らすために、トイレへ行く。

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