第4話

「話があるの。」

 部屋に突然、母が現れ、そう言われてから、ものすごく悩んでいる。いや、悩むというよりは、焦っている。この流れは確実に私が疑われていて、今から尋問か何かが始まろうとしているのだろう。恐ろしや。

 生まれてからおそらく初めてであろう、この母と対談という体験に身震いがする。

 ベッドに二人で腰をかける。変な動きや緊張から来る震えが、体に現れないように自分自身を見張っていた。その目線が不自然になっていませんように、と願いながら。ベッドのシーツを握っている手が、段々と湿ってくる。暖かみを帯びたシーツは、私の赤くなった顔を表現しているようで、心地悪かった。

「突然ごめんね。さっきの話を聞いてどう思った?」

 どうって何よ。それが率直な返事だった。しかし、それをそのまま言うわけにはいかなく、いや、言った方がいいのだろうか。装ってしまった方がおかしくなってしまうから。そう考えている時間が、疑いの深さをより深くしてしまいそうで、まとまらない考えをポツポツと話しだした。

「びっくりした。こんなことうちの家庭で起こると思ってなかったから。」

 これは自分が犯人ではない前提があっての言葉だ。そこをちゃんと見抜いて欲しい。

「そうね。ママもびっくりしたわ。」

 この優しい声色にも疑いの気持ちが含まれていらのだと思うと、怖かった。どんなに野太い怖いおじさんの声より、優しく包み込むような母の声が怖かった。私の止まらない汗に構わず、母は続けた。

「ママね、みんなのこと全部理解できてたつもりだったの。だけど、違っていたみたいね。」

 なんと返すのが正解なのか、わからなかった。母は私に何を求めているのだろうか。今の言葉を聞く限り、ただ単に尋問をしているわけではなさそうだ。慰めて欲しいのだろうか。もし、そうだと仮定して、なぜ私に?母の意図がわからないまま、一つ一つの言葉を確認しながら口にした。

「今はそういう時期なんだよ。多分。」

 なんて意思のないペラペラな言葉を吐いて、相手の返答を待った。

「そうだわね。仕方がないのかもね。」

 うんうん、と頷く。実際に私もそれは同感だった。緋弥は何かと文句をつけてくるし、如紀ちゃんは最近口を聞いてくれない。最近というより、割と昔から姉とは距離があった。別にその関係を改善したいというわけではないが。そんな兄弟と比べたら、私は迷惑をかけていないつもりだけど、実際のところはわからない。

「実はね、望卯にお願いしたいことがあるんだけど、いいかな?」

 内容がないよう、と言いたくなる。

「食卓で話したことの延長になるんだけど、次女ちゃんにみんなのことを見ておいてほしいの。」

 なぜ私に?それが一番の感想だった。しかし、私にしか頼むことができない理由もどこかわかる気がする。前述したように、皐奈ちゃんを除いては、自分のことで精一杯なのだ。皐奈ちゃんか私だったら、確実に私を選ぶだろう。そして、母は、遠回しに言っているけれど、要は見張っとけ、ということだ。私には荷が重い気がする。

「まあ、いいけど。」

 結局そう答えた。母だって困っているのだ、手を貸さないほど人情が無いわけではない。

「具体的には、何をすればいいの?」

「そうねぇ。ただ単に、みんなのことを見守っていて欲しいの。」

 また、言い方が少し変わったようだった。次は見守るらしい。結局何をしたらいいのだろうか。直接なことを言えない気持ちもよくわかるから、あまり問い詰めない方がいいのかもしれない。

「わかった。」

 おそらく、兄弟だからこそ知り得れるようなことがあると思っているのだろう。母では力不足だからと、感じているのだろう。それを否定すべきなのだろうが、そんなことをしなくても伝わるだろう。なんて面倒くさいだけだけど。

「ありがとう。望卯にしか頼めないことだから。」

 力になれたようで、ほっと安心したのと同時に、少しだけ嬉しかった。それと、疑われていなくて本当によかった。そればかりが気がかりだったから。

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