第195話 マルスラン大陸の真実

とりあえず、ここに来るまでにパールと話した設定について思い出しておこう。

(マスター、いいですか? 今から設定を述べますので覚えてください。)

(えっ!? 急に?)

(聞いてください。まずマスターの名前はレッド・アイラー。政府の有力者の隠し子ということで戸籍は無届けということにしています。なお、母親が急に失踪し、お腹が空いたことで食堂に居たというふうにしております。よろしいですか?)

(ちょ、ちょっと待て。俺の名前はレッド・アイラーだな?)

(はい、そうです。)

(で、えーと、母親は失踪していなくなったと。それで腹が減ったから食堂にやむなく行ったと。)

(はい。普段は絶対に家の外に出ては駄目と言われていたが、家に食料が無くなったため、やむを得ず外に出たという流れです。父親は誰か?、と聞かれても知らないとお答えください。あと、兄弟もいません。一人っ子という設定です。)

(なるほど、分かった。)

普通にネグレクトだな。…でもこれってパールが考えた設定なんだよな? どこまでが本当なんだ?

(…ところで、それって本当の話か?)

(違いますよ、捏造です。ただ、今本当の話をすればマスターは混乱してしまうでしょう? だからとりあえずそれだけを抑えておいてもらったらいいです。)

(了解。)

とまあ、こんな風に俺の新たな偽名が決まったわけだ。レッド・アイラー、…こう考えてみると名前って当人以外からしたら所詮記号なんだなって感じがする。どこまで行っても、他人からすれば名前なんてどうでもいいからな。ただ、通じればいいだけで。


「それでレッド君はここに住んでいるのかな?」

「はい。」

「そしてお母さんはどこかに行ってしまい、仕方がなくお店で食事をしていたと。」

「そうです。」

「うーん、お父さんはどこにいるか分かるかい?」

「…分からないです。」

「…そっか、ごめんね、色々聞いちゃって。」


一通り俺への質問が終わったのか、諜報局の人間は内輪で話し始めた。ただ、黒髪の女は相変わらず俺を見つめているけど。


「母親がどこにいるか、調べられるか?」

「ハッ。防犯録画をすぐに確認させます。」

「ああ、そうしてくれ。」

「主任。今、連絡が来たのですが、レッドという少年は戸籍に載っていなかったそうです。またこの家も登記されておらず、持ち主が不明とのことです。」

「…そうか。…手掛かりが一切なしか。」


よしよしよし、概ねこちらの想定通りだな。ただ――

(パール、やばくないか? 防犯録画とやらを辿られたら母親がいないってバレるかもしれない。)

(問題ありません。すでに架空の人物を映像記録に書き残していますし、マスターの記録も辻褄が合うように書き換えています。安心してください、今回だけは私も本気です。ここまで抜かりましたからね、これ以上は私のプライドが許しません。)

(…いつも本気でお願いしたいんですけどね、それは。)

(やはり主人に似るということでしょうね。)

(それは言わない約束でしょ。)

(約束した覚えなどありませんが?)

(…。)

主人を立てるということを知らないのかな? やっぱり徐々に教えた方がいいのかなぁ。


「レッド君、ということは君は今、一人で暮らしているということかい?」

「…はい。」

まぁ、そうなるよな。普通に考えたら。

「それで君の年齢は12歳だと。」

「はい。」

「では、我々は君を保護しなくてはならない。」

「保護?」

「ああ。君はまだ子供、一人で生きていくには幼すぎる。」

「…。」

「心配しなくてもいい。君が行くところには君と同じくらいの子供たちがいる。それに君のお母さんが見つかるまでの間だけの話だ。そう長くはないよ。」


(嘘ですね、きっとマスターを勇者育成施設に送り込むはずです。魔力の多い子供は勇者候補生になる義務がありますし、親も子供を軍に送り出す義務があります。たとえ有力者であろうとも、です。その点からいえば、マスターは親が軍に送り出さないように隠していたと思われているはずです。魔力の多い子は出生届を出されないこともありますから。)

(…マジ?)

(はい。ただ、勇者候補生になれば待遇はいいんですけどね。家に多額のお金が入る上に、色々と優遇されたりもします。)

当然だな、それぐらいのメリットがないとやってられない。子供を生贄にするようなもんだし。俺が親だったらそれでも嫌だけど。


「…ここで暮らすのは駄目なんですか?」

「駄目、だね。子供一人だけで暮らすというのは防犯上よくないし、我々大人としても君を守らないわけにはいかないんだ。」

(粘りますね、素直に頷けば宜しいではありませんか?)

(いや、でもここですぐ頷いたらおかしくないか?)

(…それはそうかもしれませんね。)

(それにさ、…何か、勇者候補生になる流れになってない?)

(…。)

(何とか言ったらどうだ? おい。)

そろそろ本格的に逃走ルートが見えてきた。だいたいマルスラン大陸がどうなろうと知ったことじゃない。

(…マスター、ですがここで頑張れば勇者という箔をつけられますよ。どうです? 憧れませんか?)

(くっ…。)

こいつ、段々と俺のポイントを押さえてきやがる。勇者…、異世界に来たらなってみたい気持ちもある。SS級冒険者と同じだ。成りたい、ただその後が面倒なだけ。それが大問題なんだけどな。

(それにこれには帝国も関わっています。)

(…ギラニア帝国か?)

(はい、貴方の母国です。)

…何となく、本当に何となくその言葉で察してしまったかもしれない。今の俺はジン・フォン・エルバドス、ギラニア帝国人だ。じゃあ、ギラニア帝国人としてどうすべきなのだろうか? …知ってしまった以上、ギリギリまで居るべきだろうな。知らなかったら放置でも良かったんだけどな。

(結論は出たようですね。)

(うるせー。)

得意げに言うのはやめろ。


「…分かりました。行きます。」

「そっか。安心してくれ、君のお母さんはすぐに見つけるよ。」

「…はい。」

あんたらからすれば見つからない方がいいんだろ? 本当に捜す気があるのかも怪しいもんだ。まぁ、居ないからお互い様なんだけどな。

「何か持っていくものはあるかい? 着替えとか日用品は大丈夫だよ、向こうにあるから。」

「…なら大丈夫です。すぐここに戻ってこれるんですよね?」

家に未練がある子供のふり大作戦っと。なかなか上手い演技なんじゃない? 伊達に二回目の人生じゃない。

「…勿論さ。レッド君、家の鍵は持ってるかい?」

(パール。)

(鍵は持っていないことにしてください。家には鍵はかけていませんから。)

なんとまぁ、不用心だこと。

「いや、持っていないです。」

「えっ? 持っていないの?」

「はい、持っていないです。」

「じゃあ、家に鍵はかけていないのかい?」

「かけてないです。」

「ちゃんと鍵はかけないと駄目だよ。」

「はい。」

「まぁ、これからは大丈夫なんだけどね。家も我々が管理しておくから。」

「えっ?」

「あくまで防犯のためだよ。泥棒とか入ったら嫌だろ?」

「…はい。」

(こいつら、家の管理って名目で家の中を調べまくるつもりだろ。)

(ですね。きっとマスターの家族に関する資料を調査したいのでしょう。まぁ、そんなものはないんですけどね。)

(…でも、全くないっていうのも不思議じゃないか?)

(そんなことはありません。逆に何としてでも勇者候補生にしたくなかったのだという疑惑を強めることになります。そうなれば万々歳です。)

(…お前がそう言うなら任せる。)

(はい、お任せください。)


「じゃあ、行こうか。表に車を呼んでるからね。」


車!! マジか。…欲しいな、パールに盗ませるか…って、その気になればパールでも作れるんじゃね? …どうしてもうちょっと早く気付かなかったんだろう。一人乗りの飛行機だって作れたかもしれないのに。

(なに落ち込んでるんですか?)

(パール、お前って車作れるのか?)

(はい、作れますよ。…しかし、車を知っているということは前世の世界にあったのですか?)

(ああ。)

やっぱり作れるのか。…ジン・フォン・エルバドス、一生涯の不覚。サルベリア大陸に帰ったら作ってもらおう。


諜報局員たちに囲まれて大通りへと向かうと、そこには黒色のセダンの車が止まっていた。

…何と言うか、このデザインは万国共通なんだな。一周回って感動してくる。


車に揺られること少し、着いたところは駅。厚い装甲の列車が止まっていた。軍用っぽい。

(あれに乗るのか?)

(はい。おそらく中央の都市まで運ばれるのでしょう。勇者候補生は一度大陸中心都市まで集められますから。そこから勇者になれなかった者は各都市の防衛のために再分配されるのです。そこの黒髪の女性がまさにそれです。)

(じゃあ、大半は地方都市に飛ばされるのか? 勇者は一人だろ? まさか集団名ではないだろ。)

(その通りですが、勇者を中心とした隊を創るために一部の精鋭は残されます。)

(なるほど。一人じゃ心細いか。)

勇者の代替わりって何を基準として行われるんだろうか? 戦死した場合か? 

(…それと報告があります。)

心なしかパールの声が暗い気がする。何か不味い事でも起きたか? …正直、この状態じゃ動けないかもしれない。何事もなければいいんだけど。

(何だ?)

(このマルスラン大陸に関する情報をすべて収集することができました。その結果、この大陸の現状が判明しました。)

(その様子じゃ、あまり喜ばしくはないようだな。)

(はい。マスターの介入が必要かもしれません。)

(…スゥー、どのくらいだ?)

(それは――)


「さあ、レッド君、乗ってくれ。少し、君を預かってもらうところは離れていてね。お菓子も用意してあるからのんびりしてくれ。」


ッチィ、いいところで話しかけんなよ、ロン毛。引っ張ってちぎるぞ。


「分かりました。寝ててもいいんですか?」

「ああ、構わないよ。色々あって疲れてしまったかな?」

「そうですね。」


そんな会話をしつつ、列車に乗る。中はプレミアムシートっぽくて完全に横になることができた。

「我々は隣の車両にいる。何かあったら声をかけてくれ。トイレはあそこにあるから。」

「分かりました。」


完全に諜報局の人間がいなくなるのを見計らってから、横になる。

(盗聴器と防犯録画がセットされてますね。)

(ふん。諜報局の人間が狡い手を使っても今更驚かねぇよ。それより、お前が集めた情報を話してくれ。)

(了解いたしました。まずこの大陸に何が起こっているかですが、結論から言いますと、千五百年前の大陸間戦争の名残です。)

…やはりそうか。パールがギラニア帝国の名前を出した時からそうではないかと思っていた。ただ信じたくなかっただけで。

(…つまりあの無線通信で流れたダークエルフというのは古代兵器。…もしかして帝国の物か?)

(…素晴らしい洞察力ですね。概ねその通りです。昔も今もダークエルフという種族は存在しません。単に私のデータベースにはないだけかもしれませんが、博士がそのようなミスをするとは思えません。博士は私に自我というものができてからも、メンテナスを怠りませんでしたから。…そこで浮上したのがダークエルフは作られたものであるという可能性です。マルスラン大陸の政府の機密写真にダークエルフを写したものが存在していました。その姿はまさしくエルフと呼ばれるものと酷似していました。)

(…生物兵器か?)

(おそらくそういうことでしょう。エルフをベースに改造したものであることは疑いありません。)

(それを帝国がやったと?)

(…おそらくは。大陸間戦争時、サルベリア大陸の盟主となったのはギラニア帝国です。そしてこちらマルスラン大陸に残っている映像記録を確認すると、サルベリア大陸連合軍の印が描かれた戦艦がダークエルフを解き放っているのがはっきりと映っていました。)

(映像で?)

(はい。映像で、です。マルスラン大陸には昔の記録が多く残っているようでした。大陸間戦争が激しくなった時から、地下都市が建造され始めていたため、記録も移されたのでしょう。)

(…。)

きっと地下都市を建設するのは並大抵のことではなかっただろう。主導した人物は素直に凄い。……駄目だな、ちょっと現実逃避している。

(ここで私が疑問に思ったのは、どのように土壌汚染を引き起こす雨を作り出しているのか、というものでした。土には微量の魔力が存在し、ある程度の汚染なら耐えることができます。しかし、この大陸にはほとんど草木が存在していないのです。つまり、ダークエルフが振らせる雨は広範で、かつ強力ということが挙げられます。)

(…。)

(ここで少し行き詰ったのですが、ヒントは無線通信にありました。どうやら雨は深夜にだけ降るようなのです。それは正しく、不正確でもありました。政府の機密資料には新月の日だけは雨が降らないと記されていたのです。…どうです? 何か思い当たりませんか?)

(…いや、何も思い浮かばない。)

頭が完全に追いつけてない。怒濤の展開にも程がある。

(そうですか? では思い出してみてください。あのとき戦った黒龍、何か言っていませんでしたか?)

黒龍? 帝国でわざわざこの俺が戦ったやつか。…何て言ってたっけ? …そうだ!!、影のモノ!!

(影のモノか!!)

(そうです。サンシャレクスによると、彼らは夜になると月の光を浴びに表に出てくるそうではないですか。)

(…なるほど。つまり、月がない新月の日には出てこない?)

(はい。偶然の一致と言えるでしょうか? いえ、言えません。時にマスター、この世界の夜は計算よりも暗いということをご存じですか?)

(いや、知らん。)

(実は本当に計算よりも暗いんですよ。昼は計算通りの明るさなのに、夜だけ計算が合いませんでした。古代文明当時は夜問題と言われて、多くの研究者が頭を悩ませました。)

(…、つまり?)

(何らかの得体の知れない物質が夜にだけ存在しているのではないかということです。)

(…まさか。)

(はい。彼ら影のモノが地上に来ているときに微量の闇も一緒に漏れ出しているのではないかと、今の私は思うわけです。)

(じゃあ、ダークエルフの雨はその闇が関係している?)

(十中八九そうでしょう。光と魔力が組み合わされば、治癒の効果を持ちます。では、闇と魔力が組み合わさればどうなるでしょうか?)

(…反転する、のか?)

(はい。)

(でも夜問題は解決されてないんじゃないのか?)

(そういうことになっているというだけです。実はこっそり解明されていて軍事機密として秘匿されていたとしても不思議ではありません。博士は様々なプロジェクトに参与していましたが、すべてに関与していたわけではありません。)

(…。)

(ただ、もしそうなのだとすればエルフが素体に選ばれたのも理解できます。彼らはどの種族よりも魔力に対して親和性が高いのです。それはすなわち魔法陣を刻むのにも適しているということです。闇を吸収し、魔力と反応させることで汚染した水を降らせる魔法陣が刻まれていると考えれば辻褄が合います。肌の色が黒いのも闇の影響だと考えれば矛盾しません。ちなみに雨の色が黒いのもその影響でしょう。)

(…。)

普通にえげつない。本当に何も感想が出てこない。

(では、次はマルスラン大陸側の対応について話します。…マスター、大丈夫ですか?)

パールが心配そうな声で尋ねてくる。…正直、何もかも放り出して逃げたい。ただ、俺がサルベリア大陸人で、かつギラニア帝国人である以上、放置すべきではないと思う。

(…ああ、続けてくれ。)

(当初、マルスラン大陸人は大きく警戒しました。見たこともない兵器であり、特に大きな攻撃をしてくることはなかったからです。)

攻撃をしてこない兵器、…確かに逆に怖いな。

(しかし、徐々に異変は現れ始めました。草木が枯れ、モンスター、人間、魔物が次々に死に始めたのです。そこでようやくマルスラン大陸人は気づきました。あの黒い雨は攻撃なのだと。ですが、空に浮かぶダークエルフたちに攻撃を加えようとしても魔法陣が発動しなかったのです。)

(魔法陣が発動しないってどういうことだ?)

(分かりません。資料には魔法陣が発動しないということしか書かれていませんでした。)

(…。)

(そこで秘密兵器である規格外の人間がダークエルフに挑むことにしたのです。ただ、ダークエルフは多種多様な魔法を使いこなし、一人倒すにもかなりの時間がかかったそうなのです。しかも負けそうになると物凄い爆発を起こし、周囲を汚染するようです。)

(それは面倒くさいな。)

(はい。それに爆発というのは本当に凄いものです。半径百キロは吹っ飛ぶのです。)

(百キロ!? …俺でも傷つくんじゃないか?)

(そうですね。銀の力を使わない状態だったら、満身創痍でしょう。すぐに治療を受ける必要があります。)

…古代文明、ヤバし。きっとSS級冒険者レベルですら、命がけだったのだろう。文明の発達も考えもんだな。

(…だから博士は圧倒的な規格外を望んだんだな。)

(はい。すべてを終わせてくれる救世主を。)

(だが、現れなかった。)

(そんなものでしょう、現実というのは。)

(醒めてるね。)

(…では続けます。そこでマルスラン大陸人たちは考えました。どうすべきか? 魔法陣はなぜか発動しない。倒すのにも犠牲が出る。ならば、地下都市への移住を加速させようと。)

(じゃあ、もう千五百年近く地下に住んでいるのか?)

(そうなりますね。)

千五百年。数字で見れば、大したことないように思えるが、実際はものすごい年月なんだろう。それだけの時間を地下で過ごす。…どういう気持ちなのか想像つかない。地上に出たいと思うんだろうか? それともこのままでいいじゃない、と思うんだろうか? …俺はきっと後者なんだろうな。現状維持が俺のモットーだから。

(途方もない年月だな。)

(そうですね。ただ、同時にダークエルフにも備え始めました。いずれは地上を取り戻すという計画がありましたから。)

(それで勇者ってか?)

(はい。魔力の高い子どもを招集し、様々な訓練を組ませるのです。そして魔力の高い者と高い者を組み合わせて、より優れた子供を作り出すのです。)

…バリバリ優生思想じゃん。

(批判も大きく上がりましたが、地上を取り戻すという大義名分の前にかき消えました。何より、実際に魔力の優れた子供が生まれたので反対派は勢いを失ったのです。)

(効果が出たんだ。)

(それはそうです。家畜の成り立ちを考えれば、明確でしょう。)

(それはまぁ、そう。)

(ただ、やがてこの政策は大きな問題を持つようになります。)

(近親相姦か?)

(…よく分かりましたね。)

(まあな。)

地球でもよくあったからな。ならこの世界であってもおかしくない。

(マスターの仰る通りです。魔力量は確かに多いのですが、寿命が短かったり、身体が弱かったりしたのです。それを不味いと思った政府はすぐに近親相姦を止める方向で動きました。)

(ほう。)

(代わりに魔力量が多い者同士で子供を作らせ、魔力量を増やす訓練方法を考えたのです。)

順当と言えば順当なのか? でも魔力量を増やすなんて、そんな簡単な芸当じゃない。

(どうやるんだ? 教えてくれ。)

(…代表的なものは、身体に他人の魔力を強引に流し込むというものです。)

(えっ? そんなことが可能なのか? というかそんなので増えないだろ。)

(はい。狙いは他人の魔力を得させることではありません。細胞を破壊することです。)

(細胞の破壊?)

すげー、物騒な言葉が出てまいりましたが? 絶対にやりたくないんだが。

(魔力というのは主に丹田、そして各細胞の中に存在しています。そこに許容量以上の魔力を流し込むのです。すると魔力の器である細胞が壊れるのです。それで無事に細胞が分裂して再生すれば魔力許容量が増大します。ただし代償として、かなり寿命が短くなってしまいますが。)

…恐ろしい事を考えるもんだ。魔力の器を壊して、大きくするっていうことか。俺にはできないな。そんな賭けのような真似できるわけがない。それに寿命も縮むんだろ? ますますやる理由がない。

(無事に出来なかったらどうなるんだ?)

(…身体に亀裂が入り、崩壊が始まります。しかし、政府はそれを瞬間冷凍し、魔力源として使用しているのです。初め、あの都市に入っときに巨大なシールドが張られていたじゃないですか? あれだけの大きさを維持するのは困難だと言いました。それと街灯の明かり、あれだけの明るさを維持するのも大変です。)

(ああ。…マジで?)

もし俺の予想が正しいのならば、それはもう人の業が完全に極まっていると言えるだろう。いくら何でも狂っている。

(はい。大陸の各地下都市はそういう子供をエネルギー源として活用しているのでしょう。)

(…。)

(この流れを止めるには地上を取り戻すしかないでしょう。もはや、その子供たち無しにはマルスラン大陸人の生活は成り立たないのですから。)

(…。)

(ただ最近では地上を取り戻さなくてもよいではないかという考えの人たちも増えてきています。しかし、もはやマルスラン大陸の時間の猶予はそこまで残されていません。)

(どういうことだ?)

(ダークエルフが大陸に雨を降らせてから、もう千五百年も経つのです。そろそろ大陸の大地が完全に死んでしまう引き返し不能点に達してしまいます。)

(そろそろってどのくらいだ?)

(もって二十年といったところでしょうか。)

(…そのことを政府は認識しているのか?)

(認識しています。もうすぐにでも手を打たないと間に合わないと。)

(なる、ほど。ちなみに引き返し不能地点に達したらどうなるんだ?)

(…もう二度と地上で住めなくなるでしょう。そして汚染水はやがて地下まで達し、多くの人々が死ぬでしょうね。それを避けるためにはさらに深いところに住まなければなりませんが、もはや詰みでしょう。)

(…参ったなぁ。)

(どうされますか?)

(…。)

ほんとどうしよう。もしダークエルフを解放したのが、日本国だったら止めに行ったと思う。もはや戦争状態じゃないのに、日本の兵器で千五百年もの間、苦しんでいる人がいるなら、それは日本人が終わらせるべきだ。何より俺には止めるだけの力がある。多少、命のリスクがあったとしても向かっただろう。

しかし、今回はサルベリア大陸の国々――まぁ、多分ギラニア帝国が主導したんだろう――がやったことだ。正直、ギラニア帝国の事は好きだ。国というものが出来てからずっと存続してるのは誇らしいし、超大国であるというのも素晴らしい。ただ、エルバドス家はずっと冷遇されてきた。その部分が素直にギラニア帝国を好きでいさせてくれない。どうしても胸にしこりがある。でも今の俺はギラニア帝国人。俺が終わらせるべきではないのか。何より千五百年、千五百年もマルスラン大陸の人々は耐えてきた。その重みは無視していい物ではない。

(…とりあえずは流れに身を任せる。パール、お前では土壌汚染を止めることは出来ないか?)

(難しいと言わざるを得ません。もはやその段階はとうに過ぎています。ダークエルフを倒し、じっくりと回復させるしかないでしょう。)

(…そうか。分かった。しばらくゆっくり考えさせてくれないか?)

(分かりました。)



ーー??--

61話・・・黒龍

159話・・・影のモノ

193話













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