第194話 事情聴取

それにしてもマジで勇者ってどういうことだよ。マルスラン大陸があらかじめこんな状況だと知ってたら絶対来なかった。事前情報の必要性が分かるな。

(パール、情報求む。流石に不穏すぎる。俺の第六感がこれは不味いと告げている。)

(了解です、と言いたいところですが、もう少しお待ちください。現在、情報収集中です。セキュリティーがかなり強固なんですよね。)

(できるだけ早く頼むぞ。土壌汚染とか人体に影響ありまくりだからな。)

(そうですね。まぁ、私の場合、そのような病気でも治せますけどね。即死じゃない限り、どうとでもしてみせましょう。)

(それは頼もしいな。)

ということは俺は死ぬまで健康であることが保証されたわけだ。死因は老衰かぁ。…何か不老の宝石を作り出した女の気持ちが分かるな。まだ俺はあと十数年は若くて肉体も一番脂が乗っているだろう。だが、その後はどうだ? 年を取るごとに肌の艶が消え、身体も衰えていく。どう取り繕っても醜くなっていくことは避けられない。良く言えば渋みが増していくともいえるが、そんなの俺は望んじゃいない。ずっと最盛期の身体のままでいたい。

(…どうしました? 急に黙り込んで。)

(なあ、パール? どうして人は死ぬんだろうな?)

(それは文学的な意味での質問ですか?)

「フフッ」

(文学的な意味での質問って何だよ。)

(ですから、物理的な答えなのかそうではないのかということです。)

(…その発想は俺にはなかった。なら両方聞かせてくれよ。)

(いいでしょう。死に対する博士が定めた規定もありますが、どうされますか?)

(聞かせてくれ。というか博士の本職って実は哲学者なんじゃね?)

貴族の定義といい、愛の定義といい、結構ガチなんだよな。まあ、あんまりこういう話題は他の人とできないからありがたいっちゃありがたいけどさ。

(確かにそう言われても違和感はありませんね。他にも色々規定されている定義がありますから。)

(ふーん、やるなぁ。)

自分なりに、事象に対する解釈を持つのは難しいからな。そういう意味では博士は凄い。ただ、歴史に名が残っていないのはざまぁと言わざるを得ない。まぁ、話を聞く限り博士はそんなタイプではなさそうだけどな。

(では、まず博士の、死に対する定義から述べたいと思います。…死とは次の世代が成長するための踏み台である、です。)

(…あー、そういう感じね。それが文学的な答えってことか?)

(そうなりますね。きちんと質問に答えるなら、細胞分裂の回数が決まっているから、が答えになります。…意味、分かりますかね? 大雑把に言えば、細胞は全ての生命体に存在し、分裂を繰り返すことで身体を構成しているのですよ。そしてそれが止まることで身体に不調を引き起こすということです。)

(…何となく言いたいことは分かる。)

前世で生物を学んでいたからな、…もう本当に遠い昔の事だが。ついでに化学かなんかで、この世のすべての物は原子でできてるって習ったけど本当なのかな? もしそうであるとして、原子一粒一粒を組み合わせることができたら、それは人になるんだろうか? 技術的には不可能だろうけど、気になる。転生した俺的には魂が備わってないから無理だと思うんだけどなぁ。

(…また黙ってどうしたんです?)

(魂ってあると思う?)

(マスターの存在がその証明になるんじゃないですか? もっとも本当に前世からの生まれ変わりだというのであれば、という条件付きですが。)

(古代文明の時代でも解明されていなかったのか?)

(微妙、といったところでしょうか。霊の存在は肯定されましたが、魂までは肯定されませんでした。なぜなら、霊の存在は残留思念である可能性が指摘されていたからです。もっとも魂の発露だと主張する学者もいましたが、それは少数派です。)

(…霊って幽霊?)

(はい、そうです。)

(居るんだ?)

(はい。)

(…。)

そんなあっさりと肯定されても困る。こちとら心霊現象とは無縁だったんだぞ。勘弁してほしいよ、本当に。

(ただ、あの宝石がある以上、魂はあるのかもしれません。試してみますか?)

(…試さねぇよ。まだそんな時期じゃない。やるならせめて年を取ってからだ。)

(分かりました。)


パールと話していると、料理ができたのか、こちらに店員がやってくる。

「はい、お待ちどう、ナポリタンだ。」

その後、店員は水と伝票を机の上において、去っていく。


いやー、俺の口に合うかな? そもそもソースが赤で嫌なんだよなぁ。流体の赤とか食欲が無くなる色だろ。

「いただきます。」

…やっぱり微妙。ちょっとソースがすっぱい、俺の好みじゃない。

(美味しいですか?)

(…村で食った料理よりはうまい。)

(何か含みのある言い方ですね?)

(だって不味いもん。)

(思ったよりあっさり率直に言いましたね。)

(自分の気持ちに嘘はつきたくないんだ。)

(そうですか。)

にしても地上じゃないのに、よくこんな立派な食事ができるな。素材の栽培方法がきっと確立されてるんだろうな、きっと。


俺がそうやって食事を取っていると、いきなり何人ものいかめしい服を着た大人たちが入ってきた。


「ガララ」


「…あの子です、あの子がそうです。」

「なるほど。」

一人の男が俺を指さし、何か言っている。

…あの子って俺の事? 嫌な予感しかしないんだが。

(パール!)

(あの服装から察するに彼らは軍人ですね!! でもどうしてここに?)

(お前でも分からないのか?)

(早急に調べます。私としたことが抜かりました。少し中央の都市に気を取られすぎましたね。もう少しこの都市について調べておくべきでした。)


「君、少々お話いいかな? 私は大陸西方軍諜報局のロード・アルフォードと言うんだけど、協力してほしい事があるんだ。」

灰色の長髪男が手帳を見せてきて話しかけてくる。顔は笑っているが、目の奥が笑っていない。それに目の鋭さも相まって恐怖しかない。…というか囲まないでくれるかな? そもそも俺はマルスラン大陸の言語は話せないし。

(パール!)

(マスター、これを。まだ開発途中なのですが。)

パールが喉のあたりに何やら透明なシートを張ってくる。何も言わないでも察してくれるあたり、非効率的な人間より好ましい。

(応急措置です。ちょっと苦しいかもしれませんが、我慢してください。それで話せるはずです。)

(助かる。)

しかしこの調子じゃ軍が大きな力を持ってそうだな。どことなく軍が暴走している匂いがする。

「…はい、何ですか?」

自分的には外国語を話している感覚がないけど大丈夫か、これ?

「君はずっとこの都市に住んでいるのかい?」

大丈夫だったぽいな、ただ一難去ってまた一難っていうのが厄介すぎるけど。クソが!! 何て答えたらいいんだよ、どう転んでも終わりだろ。そもそも戸籍制度とかあったら終わるぞ。…いや、無戸籍でも大丈夫なのか? それはそれでダルそうだが。

(パール!)

(…ここは住んでいることにしましょう。)

結構ヤバい答えだと思うけど、パールがそう言うならそうしとくか。…いざとなれば転移で逃げればいい。これさえ押さえてたら問題なし。…ただ、問題があるとするならば、こちらを鋭い目で見ている黒髪の女だ。うっすらと膨大な魔力を保持しているように感じられる。

「…住んでますよ。」

「…そうか。」

ここで軍服の男たちが目くばせをして何やら意思疎通している。

(俺、どうなるんだ? 別に犯罪とかまだしてないよな?)

(まだというところにマスターの人間性が現れているような気がしますが…、それよりもマスター、彼らの目的が判明しました。)

(マジ? それで何なんだ? こいつらの目的は。)

(彼らの目的は勇者候補生を探すことのようですね。どうやら強大な魔力を持つ人物を確保して回っているようです。)

(…結局勇者に繋がってくるのか。いや、それよりどうして俺が強大な魔力を持っているのがバレてるんだ!? 偶然ではないだろ?)

(はい。街のあちこちに張り巡らされた魔力探知機でマスターを補足したようです。流石に体内の魔力は隠しようがありませんからね。詳細は分からずとも大まかには分かります。)

(何だよ、それ。)

要はサーモグラフィ的な感じでバレたってことだろ。勝手に人の体内を覗き見るなよ、気持ち悪い。

「じゃあ、君の家まで案内してくれるかな? ちょっと君の親御さんと話したいことがあるんだ。」

…終わった。これは脱出すべきか。

(強引すぎだろ。逃げるか?)

(いや、待ってください。)

(…何で?)

(そこの黒髪の女性がずっとマスターを観察しています。怪しい動きを見せたら即座に拘束するつもりでしょう。)

(そんな力がこの女にあるのか?)

(マスターが本気を出せば無理でしょう。しかし、マスターの見せかけの力くらいなら抑えられますし、きっと転移の発動も阻止されます。転移には膨大な魔力が必要ですからね、魔力が蠢いた時点でアウトです。)

(…そんなに強いのか、こいつは。)

転移の発動ってたぶん0.5秒くらいのはずなんだけどな。でもまぁ、強者からすれば十分な時間であることは否めない。

(彼女は元勇者候補生です。勇者にはなれなかったといえど、スキャンしただけでも常人の20倍以上の魔力を確認できます。)

お前も探知できるんかい、知らんかったわ。

(そもそも勇者って何なんだよ…。)

(その前に先に質問に答えておきましょう。親は亡くなって、もう居ないということにしておいてください。後はこちらで辻褄を合わせておきます。)

(了解。)

「…親はもう死んで居ないです。」

「…そうなのか。じゃあ、今住んでいる所まで案内してもらえるかな? あっと、そのご飯を食べ終えたらでいいからね。お金は我々が先に支払っておこう。」

〈親が居ない? こんな子供が一人で暮らしてるのか? それに今まで発見されなかったのは何故だ? もしや覚醒者か?〉

「…ありがとうございます。」

このお礼を言わされてる感が凄い腹立つ。でもここで言わないと変に目付けられそうだし。…自由に生きるって難しいな。

(さて、ここからどうする?)

(家、その他もろもろは私が用意しておきます。あとできればゆっくりご飯を食べていただけるとありがたいです。)

(了解。)

ハァ、面倒なことになった。やっぱり来るんじゃなかった。適当にこいつらを捌いて帰りたいけど、そんな隙あるかなぁ? 


その後、ご飯を食べ終えて店の外に出た俺は軍人から尋ねられた質問をパールに助けてもらいながら受け流し、古びた大きな一軒家へと案内するのだった。



ーー??--

「えっ、メネラウス君、まだ帰っていないんですか?」

「うむ。」

「ここには来たのか?」

「はい。ちゃんと包丁と武器を持って帰りましたよ。」

「…。」

「じゃあ、どこに行ったんだ、メネラウスは?」

武器屋で大人三人が困り顔で話し合う。ジンが何も言わず消えたため、焦っているのだ。

「とりあえず屯所に行って衛兵たちに探してもらいましょう。」

「……。」

だが、レンゲンは素直に頷けない。心に大きな懸念があるからだ。

「爺さん、ここで変な意地を張っている場合じゃないぞ。もしかしたら事件に巻き込まれているかもしれない。」

「…分かっておる。じゃが、…嫌になって出ていった可能性はないかの?」

「それは…。」

武器屋の店員、アミュレットが口ごもる。今までレンゲンの弟子たちは例外なく逃げだしている。

「あるわけないだろ! 何言ってんだ、爺さん。あいつは爺さんの料理を受け継ごうと頑張ってたじゃないか。」

「しかし…」

「そうね、その人の言う通りよ。それにこれから逃げようとする人間が包丁を受け取りに来るはずがないわ。」

「そうだぞ、爺さん。メネラウスを信じてやれよ。あいつは他の弟子たちとは違う。」

「…そうか、そうだな。分かった、屯所へ行こうぞ。」

しかし、レンゲンとヒルデガオンが屯所へ行くもすんなりと捜索願は受理されないのであった。


ーー??--

「ここが娼館の本館か。この中にエルフィスがいるのか。」

「はい。帝都の娼館は大体エルフィスの傘下に収まっております。」

「…どうしてそんなことまで知ってるんだよ?」

「情報は幾ばくかの金になります。それに引き際を見極めるのにも役に立ちますので。」

「流石弁護人、ちゃんと案件によって裁判を引き受けてるかを見極めてるんだな。」

「そうですね、私も命は惜しいですから。それよりも殿下、護衛はどうされているのです? 見た感じ居ないようですが。」

「今は付けてない…、けどハンゼルトが勝手に護衛をつけてるな。」

その返答にネームズの顔が一気に険しくなる。

「!!、殿下、それはさすがに不味いですよ。身辺警護は気をつけられた方がよろしいかと。何なら私が人を紹介しましょうか?」

「お、本当か? それは助かる。人材不足で困ってたんだよな。」

あっけらかんと事実を述べるノルヴァリアにネームズは溜息しか出てこない。よくぞ今まで失脚せずに生き残ってきたものだ。よっぽど世渡りが上手だったのだろう。だが、これからはそれではいけない。やはりこの世は数が物を言うのだ。

「…殿下、一度ちゃんと話し合いましょう。」

「勿論だ。俺も負けたくはないからな。」


「ガチャ」


二人がそんな風に話していると突如として扉が開く。


「申し訳ございません、当店の前で騒がないで頂けますか。お客様のご迷惑となりますので。」

「これは申し訳ない。すぐに中に入らせてもらおう。」

「でん…、ノル!」

「大丈夫だから来い。」


店内に入って、改めて受付の人に話しかける。

「すまない。これを見ていただけるか?」

そう言ってノルヴァリアが取り出したのは、白い虎が模られたペンダント。これを持てるのは皇族のみ。帝国の国旗にも描かれている国獣。

それを見た店員たちは一斉に跪く。

「…」

「皆の者、楽にしてくれ。俺の名はノルヴァリア・ロウ・ギラニア。ギラニア帝国の第7皇子だ。今日ここに来たのは、この店の店主に用があったからだ。どうか、店主を呼んでほしい。悪いが、これは強度のお願いだ。ぜひ実行してくれ。」

「は、はい。かしこまりました。少々お待ちください。」

一気に受付が騒がしくなる、再び皇族が来たと。


そんな様子を見ながらネームズがノルヴァリアに尋ねる。

「身分を明かされてよろしかったのですか?」

「ああ。ただの一般人程度じゃ会ってくれないだろうからな。」

「そうですかね? ノルが会いに来たと言えば会ってくれそうですけどね。」

「…昔の関係に甘えるわけにはいかないさ。どちらも立場がある。俺としてはこんな形で再会はしたくなかったけどな。」

「殿下…。」


「コツコツ」

それからしばらくすると店の奥からヒールを履いているかのような高い足音が近づいてくる。その姿を見てノルヴァリアはニヤリと笑う。


「――久しぶりだな、エルフィス。」



ーー??--

宝石の女…91話




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る