第193話 雨

「…何だこれ?」

洞窟の地面には線路のような物が敷設されており、ちゃんとそれを照らすように明かりも設置されていた。見た感じ、千年前の物とは思えない。

…怖えぇ、行きたくない。そもそもマルスラン大陸人ってサルベリア大陸人と同じ見た目なのかな? …まぁ、いざとなったら転移でサヨナラだけどさ。一応身体強化もゴリゴリにかけとこう。こんなとこで死ぬなんてゴメンだからな。

「それは動線ですね。その上に人を乗せた避難船のようなものが走ります。」

「ふーん。」

思いっきり知ってる。何なら懐かしさを覚えるぐらいだ。ただサルベリア大陸には存在しないから、もしかしたらこっちの方が技術は進んでいるのかもな。…俺が生きてる間は再び大陸同士で争うことはないだろうけど、仮に争うことになったらサルベルア大陸は厳しいかもしれない。

「つれない反応ですが、まぁ、いいでしょう。これを辿って行った先に人々は暮らしていますね。」

「結構長そうだな。思ってたよりも結構立派なトンネルだし。かなりの技術力がないと無理じゃない?」

「同感ですね。もしかしたら大陸間戦争時に作られたのかもしれません、避難用として。」

「…マジで大陸間戦争時に産まれないでよかった。絶対、悲惨だったよな?」

「データが不足しているので断言はできませんが、おそらく悲惨だったでしょうね。過去の文献を参照してみると、たった一度の攻撃で大都市が消え去ったとの記述もあります。きっと死んだことにも気づかなかったでしょうね。」

「まだそれが救いか。」

人間いずれは死ぬ。なら、どうせ死ぬなら苦しみながら死にたくない。そう思ったら前世で即死できたのは良かったな。今から思うとゾッとするわ、よく身を投げ出したな。

「ですが、戦争が終結した今でも地下に住んでいるのはどうしてでしょうね?」

「…いろいろ可能性は思いつくけどな。どれも最悪だ。」

多分一番のヒントは土地が荒れているってことなんだろうなぁ。あそこに住むよりは地下の方が快適ってことだろ? どう考えても末期だ。

「意外と大したことない理由かもしれませんよ? 地下が好きだから、とか。」

「どんな理由だよ。もしそうなら絶対仲良くなれねぇよ。」

地下が好きだから地面に穴を掘って暮らしてます?、普通に考えて異常者だろ。知人にもしたくないレベルだ。

「ただの人工知能ジョークじゃないですか。」

「…いや、もうジョークを言うのはいいんだけどさ、笑えるやつにしてくれね? お前のは笑えないんだよ。」

やっぱり人間のジョークとはどこか違う。もう感性の問題なんだろうな。さすがの博士でも完全には再現できなかったのかもしれない。

「む、そこまで言われるのは心外ですが、マスターがそう仰るならそうなんでしょうね。次はもっと洗練されたジョークをお聞かせしますよ。」

「まぁ、大して期待してないけど、楽しみにしてるよ。」

「そこまで言われたら人工知能のプライドにかけて引き下がるわけにはいきませんね。」

「人工知能にプライドなんてあるのかよ?」

「ありますよ。」


パールとそんな会話をしつつ、洞窟の中を進んでいく。少し下っているようだ。時折左右に道が現れるが、パールの指示通りにただひたすら真っ直ぐに飛んでいく。しかし、全く人の気配がしない。何なら蝙蝠の気配もしない。蝙蝠は単に異世界だから居ないだけかもしれないけど、さすがにおかしくないか? これでも風魔法で結構移動してるのに。

「なぁ、まだかな?」

「あともう少しですよ。およそ1キロメートルぐらいですね。」

「ほんとうにもう少しじゃん。お前の言うことだから、もっと遠いと思ってたわ。」

「…マスターの私に対する評価が分かりますね。」

「ごめんって。」

「まぁ、いいですけど。私にも悪い面がありますし。」

「それはそうだ。」

パールはこっちから言わないと全然情報共有しようとしないからな。そのせいで何度溜息をついたことか。

「…そこをあっさり肯定されても困るのですが…。」

「なら日頃の行いを顧みることだ。」

「その言葉、そっくりお返ししますよ。」

「ハァ? 俺に反省点なんてねぇよ。」

「私も右に同じですね。」

「どこがだよ…。おい、あれがそうか?」

気のせいかと思ったが、高速で飛んでいると前方が明らかにこれまでよりも明るいのが分かる。人がいるとしたらあそこだろう。

「そうですね、到着です。」

幻術はかけなくてもいいか。素顔がバレたところで実力さえバレなければそれでいい。…何かフラグが立った気もするけど、大丈夫だろ。


光が溢れている所から百メートルくらい手前で飛ぶのを止めて、恐る恐る歩いていく。

「あー、怖えぇ。めっちゃ帰りたい。」

「何を怖がる必要があるんです。マスターはこの世で一番強いじゃないですか。」

「本当にそうかは分からないだろ!」

「いや…、他にマスタークラスの人外がいたら、それはもう本当に人外ですよ。」

「…パール、お前は何を言ってるんだ? とうとう壊れたか?」

「ですから、それほどあり得ないってことですよ。」

「でもそれで居たら想定外って言うんだろ。俺はそんなことにはならない。」

かといって、想定したところでどうにかなるわけでもないけどな。相手が俺クラスだったら勝つ自信がない。気持ちの面で負けてるだろうから。…負ける想定って嫌だな。


しばらく歩くと目的地に着いた。驚くべきことに、入り口には門が存在し、今は開門されていた。門をくぐると中は超巨大空間で構成されていて、いくつもの建造物が存在していた。まさに地下都市といったところだ。チラホラと人の姿も見えるが、サルベリア大陸人とあまり違わないように見える。言語さえ同じだったら同化できるだろう。

「すげぇ…、本当に地下に街がある。」

(壮観ですよね。ここはマルスラン大陸の地下都市の中でも最大規模です。西部の首都ともいえるでしょう。)

(…おい、なぜここで情報を出す? もっと出すタイミングはあったろ?)

(いえ、今が最適なタイミングだと判断いたしました。)

(理由は?)

(黙秘します。どうしてもというなら開示しますが。)

(…いいよ、もう。今更すぎるし。)

別に、どうしてもって程ではない。パールが話さなかったということは俺に危害が加わらないからだろう。なら、些事だ。

(そうですか。では、これからどうされます?)

(そんなの決まってる。さっさと魔力を登録して帰還だ。不気味であることには変わりない。…見ろよ、シールドが張られてる。)

上を見ると都市全体を覆うように巨大なドーム型のシールドが展開されている。さすがに門の部分はさけているようだったが、息苦しさを感じる。

(これだけの規模のシールドを維持し続けるのは、私でも至難の業です。どこから魔力が供給されてるのでしょうか?)

(大気中じゃないか? 大昔の技術が残ってるなら可能そうだが。)

(発想としては素晴らしいですが、それだけでは説明ができません。大気中から取れる魔力は微々たるものですから。)

(へー、そうなんだ。じゃあ、思いつかないな。)

(これに関しては調べておきます。私的にも気になりますので。)

(好きにすれば。)

それよりもお腹が空いてきた。まだ、朝ご飯を食べてないからな。

(マスターが冷たいです。)

(腹が減ってんだよ、俺は。とりあえず飯屋にいこう。話はそれからだ。)

こんな地下でまともな食事が提供されるのかは分からないが、怖いもの見たさもある。ここで腹ごしらえといこう。


少し街をぶらついてみると、隅々まで電灯で照らされているのがわかる。前世だったら電気代がえらいことになりそうだ。

(街中まで動線が引かれてるんだな。)

(そうですね。きっとそれぞれの地下都市間を移動するのに便利なんでしょう。)

(…言っとくけど行かないからな? 朝食食って魔力登録したら、音速で帰るから。)

(…もうちょっと楽しみませんか? 非日常を。)

(いや、無理。これがせめて地上だったら楽しめたかもしれないけど、地下は無理。)

(…もしかしてですけど、生き埋めになるかもしれないからですか?)

(!? よく分かったな。その通りだ。)

(相変わらず心配性な人ですね。)

(言い方が良くない。俺は慎重でリスクを取らないんだ。)

勝ちは捨てる。その代わり負けもしない。それが俺だ。

(…まあ、まだ十二歳です。いつか考えも変わるでしょう。)

「ふふ、そのいつかはやってこない。俺が断固阻止する。」

(それはどうでしょうか? 偉大なる時の流れは人の考えさえも変えてしまうのですよ。)

「…く、言い返せない。…あっ、ここ食堂みたいだぞ。ここにしよう。」


「ガララ」


(逃げましたね。)

うるさいやい。これは戦略的撤退だ。


「らっしゃい。注文が決まったら呼んでくれ。」


勢いで店の中に入ったけど、お金を持ってないな。これは生涯初の食い逃げか?

(パール、お金偽造しといてくれ。)

(了解です。翻訳機の調子はどうですか?)

(ばっちりだ。タイムラグもほとんどない。凄いな。)

(それは良かったです。)


とりあえずメニュー表を手に取って、目を通す。

うーん、…字が読めねぇ。盲点だったな、これは。こんなところに落とし穴があったとは。

(パール、字が読めん!)

(あ…、それは考慮外でした。私としたことが。)

(ちょ、マジで頼むわ。これはやらかしだろ。)

さすがにこれはかなりの失点だ。優しい俺でもカバーできない。

(そうですね。完全に私のミスです、言い逃れの余地もありません。早急に対応します。)

(あとたぶん声も出せないし、これも何とかしてくれ。)

(分かりました。とりあえず、ここは私に任せてください。口パクだけお願いします。)

(了解。)


「すいませーん、注文良いですか。」


ククク、これはいい貸しだ。当面はこれで凌げるだろう。…いや、一生言い続けてやる。ネチネチ上司として君臨するんだ。


「はい、どれにする?」

「ナポリタンでお願いします。あと水も。」

「はい、ナポリタンね。」


ナポリタンってあのナポリタン? 俺、外食のナポリタンは好きじゃないんだけど。

(どうされましたか? そんな顔をして?)

(別に…。)

(すぐに文字が読めるのと会話できるようにしますから、もう少しお待ちください。)

こいつ、勘違いしてやがるな。だがこれは使える。もうちょいこのスタンスでいくか。


「皆さん、おはようございます。本日のニュースをお伝えします。」


俺が黙って座っていると急にそんな音声が流れ始める。

ラジオか?

(パール。)

(これは無線通信のようですね。原理としてはマスターがつけてるイヤリングと似たようなものです。)

(なるほど。)


「昨夜、雨が降ったのは大陸東部デルタ地区、イプシロン地区、ゼータ地区です。土壌が汚染されていますので、地表に出ないでください。なお現在、ダークエルフあ号、い号、う号はまとまって南部ラムダ地区へ向かっているとのことです。ラムダ地区の周囲に住む住民の方々はドーム内にとどまるようにお願いいたします。繰り返し申し上げます――。」


…ふーむ、いきなり情報がぶち込まれたな。言いたいことは色々あるけど、やっぱり土壌汚染だったか。

(朝から情報をゲットできるなんて最高ですね。)

(ちょっと情報量が多すぎる! ダークエルフって何だよ。)

普通のエルフがいることは知っているが、ダークエルフなんて聞いたこともない。もしかしたら、マルスラン大陸にしかいないのかもな。

(エルフの亜種かもしれません。少なくとも私のデータにはありませんから、サルベリア大陸には住んでいないのでしょうね。)

(そうか…。)



「――また政府の発表によると、あ号、い号、う号ともに変化は見られないということです。引き続き警戒・監視を継続するとともに、勇者の育成に力を入れるとのことです。」


…勇者か。もう異世界の要素は大体クリアしたんじゃないか? ここまで来たら笑うしかないな。

(絶対もう帰る。嫌な予感しかしない。)

(…分かりました。避難船の用意をしておきます。)

(ああ。いつでも逃げられるようにな。)

ふふ、やらかしたのが効いてるな。そう思うと悪くない結果だ。早くこの大陸を脱出したいものだ。


ーー??--

「…爺さん、いくら何でもメネラウスの帰りが遅いとは思わないか?」

「…どこかで道草でも食っておるんじゃろう。」

そう言いながらもレンゲンは火を消して、店の外に出ようとする。

「爺さん、どこへ行くんだよ?」

「散歩じゃ。」

「じゃあ、俺も行こうかな。」

「好きにせい。」


〈メネラウス、どこにいるんじゃ…。早く帰ってこんか。〉

弟子たちがいなくなった日――そして息子までもがいなくなってしまった日の事を思い出してしまう。自分は再び間違えてしまったのか?

〈メネラウスまで失うわけにはいかん。もう二度とあんな思いはせん!〉



ーー??--

「これからどうされますか?」

「そうだな、まずは国を立て直す。そのためには東部諸国連合と休戦条約を結ぶ必要がある。」

〈独立はまだ無理だ。さすがに本国を敵に回したら勝てない。…どうすればいい?〉

ここでオルガは悪魔のような案を思いつく。

〈…再び戦国時代にするか。少し煽れば可能だろう。…だが――〉

本島ではようやく戦国時代が終わり、太平の世がやって来た。それを自分の野心のために崩すというのだ。きっと大勢の血が流れる。その未来予想図がオルガを躊躇わせる。

「…オルガ様?」

「何でもない。とりあえず今は各地の貴族を恭順させる。まだ、連合軍は乱れたままだろう。頼りにしてるぞ、コルン。」

「ハッ、お任せください。」


まだオルガには覚悟が備わってなかった。平穏を壊してでも頂点を掴む覚悟が。

〈…私は――〉




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