第192話 マルスラン大陸

「…きーれいに包囲殲滅が決まったな。」

あそこまで包囲が完成してしまえば、後は作業ゲーだろう。見たところ、規格外の戦士もいないみたいだし、東部諸国連合は終わりだな。まさかのジルギアス王国の躍進かぁ、すぐに大陸から追い出されると思ってたんだけどな。

「そうですね。見事と言わざるを得ませんね。」

「だいたいあんな簡単に決まるものなのか?」

包囲殲滅は帝国のお家芸だ。相手を釣り出してから一気に囲む。これで数多の逆転を演出してきた。だからこそ他国も包囲殲滅だけは注意しているはずなんだけどなぁ。

「通常は決まりません。ですが今回の場合、様々な要素が絡み合いました。ジルギアス王国が秘密裏に援軍を本国から呼び寄せたこと、東部諸国連合軍があまりに楽観的だったこと、僅かに東部諸国連合軍側が坂道だったこと等が挙げられます。何より左翼で持ちこたえたコルンという武将の存在が大きいですね。」

「それは俺でも分かった。あいつのお陰で左翼の後退が止まったもんな。」

だが、それでも規格外というには小粒だった気がする。せいぜいBランク冒険者ぐらい…、!?、なるほど、だから冒険者は規約で戦争への参加が禁じられているのか。戦争が成り立たなくなるから。戦争は金がかかる、無くなったら困る奴が多いんだろうなぁ。

「今回の戦によってジルギアス王国を見る目が変わるでしょう。すでにジルギアス王国は東部諸国の二国を手に入れました。規模としては小さいですが、本島を含めれば容易く手出しは出来ません。」

「ジルギアス王国はどこまで行くんだろうな?」

ま、どうせ行けたとしても諸国連合を飲み込むぐらいかなぁ。…いや、でも案外行けるのか? マルシア王国とトランテ王国はもうすぐ戦争が始まるから東部諸国連合をケアできない。そして帝国もトランテ王国と不可侵条約を結んだから東進できない。で、ユーミリア公国もエナメル王国との戦で関与できない。…もしかするともしかするか?

「その顔だとどうやら理解したようですね。ジルギアス王国は運が良いです。どの国も介入できる余裕がないのですから。ま、とは言っても東部諸国連合軍は瓦解しましたが、ジルギアス王国としてもここで進撃を止めざるを得ないでしょうね。しばらくはゴタゴタした領地を立て直すために内政に力を入れなければなりません。」

…もうそういう時代なんだろうな。帝国も危ない匂いがする。覇権国がずっと覇権を握っていたことなんてない。いつかは帝国も滅ぶ。それが今の時代なのかもしれない。

「ハァ。」

「溜息なんてついてどうされました?」

「この世を儚んだだけだ。」

「単にそのセリフが言いたかっただけですよね。」

「…。」

別にいいじゃないか。儚むって人生で一回くらい言ってみたかったんだよ。前世じゃ使えなかったし。

「ゴホン。これで一気に東部諸国連合は危うくなったな。時が経てば離脱する国も出てくるかもしれない。逆にジルギアス王国は名声を得たと言える。」

「ですね。すでにチラホラと話は伝わっているようです。ジルギアス王国軍総大将オルガ・フォン・マーレットはジルギアス王国統一の際にも大活躍しましたからね、情報を得るのは容易いでしょう。」

「ま、お手並み拝見といこう。帝国以外にも曲者は多いからな。」

「ですね。…マスター、外を見てください。とうとう着きましたよ。」


パールの言う通り、窓から前方を見ると陸地が見えてきた。

…本当にマルスラン大陸ってあったんだ。ということは大陸間戦争もあったのかもしれない。俺は自分の目で見るまでは信じきれないからな、せめて写真でもあれば話は変わってくるんだが。


「どうします? 着陸しますか?」

「いや、まだだ。どこか人のいるところで着陸したい。むやみに探すのは馬鹿のすることだ。」

ぶっちゃけ、早く元の大陸に戻りたい。さっさと魔力の登録だけ済ませて帰ろう。


それから10分ほど飛行船で飛ぶが、街どころか人すら見当たらない。たまに人工物らしきものが見つかっても廃墟のようだったりする。まるで戦争でもしたかのような残骸だ。だがそれはまだいい、いや、よくはないがまだ許せる。問題は草木一本も生えていない荒地だということだ

「…おい、やったな?、パール。」

「何がです?」

「この事を知ってたな?」

「はい。」

「はいって…、あっさり認めるんだな?」

「それは調査しましたからね、色々と。ただ、なぜ人がいないのかは分かりません。」

「え? この大陸には人がいないのか? いや、そりゃ過去の戦争で滅ぼされててもおかしくないけどさ。」

ミスったな。何でこの大陸を選んだんだろ。今からでも変更した方がいいかな?

「いえ、そういう意味ではありません。少し言葉足らずでしたね。この大陸に人は存在しますし、その場所も知ってます。」

「マジで?」

「はい。」

「なら、あの探してた時間は何だったんだ?」

「地上にもいるかもしれないと思ったんですよ。」

うん?、地上にも? どういうことだ、まさか地底人とか?

「結論から言いますと、この大陸の人間は地下に巨大なトンネルを掘って暮らしているようです。ここから東30キロメートルのところに洞窟があり、奥に人の姿も確認できました。」

「…何で地下に暮らしているんだよ?」

「そこまでは不明です。実際に行って確認するしかありません。」

「本当だろうな?」

ここで頭に思い浮かんでくるのは道中で見た廃墟。どう考えても悪い予感しかしない。…もしかしてエイリアンと戦争してるとか?、ハハ…、まさかな。

「本当です。では出発しますよ。」

「え!?、ちょっ、待て! まだ行くって言って――」

「ワープ」

この野郎、勝手に飛びやがった。俺はまだ何も言ってないのに。


「到着です。」

「…行くの?」

「行きましょう。私はマスターに色々な経験をしてほしいんです。」

「いやー、ねぇ…。」

その親心的なものは凄い嬉しんだけど、ちょっと方向性が違うんだよな。自立させる方向じゃなくて依存させる方向で甘やかしてほしい。

「ここまで来て帰るのはあり得ないんですから、早く行きましょう。時は金なりですよ。」

「…ッチ、分かったよ。行けばいいんだろ、行けば。」

「はい。行きましょう。」

「…。」

もうこいつには勝てないや。どうすればいい? 人間は人工知能には勝てないのか?


「ウィーン」


本日二度目のハッチの開閉だ。

もはやハッチが開く音すらムカついてくる。音が鳴らないようにはできなかったのか?、博士。


「ビュォォォォ~」


「行かないんですか?」

「…心の準備をしてるんだ。」

「命に危険が迫れば私が対処しますから大丈夫ですよ。」

「そうかい。命の危険なんてまっぴらごめんだけどな。」

今の俺が死にそうになるなら、他の人間なら間違いなく死んでるぞ。

「…じゃあ、行くか。」

転移!


「ヒュン」


避難船の真下の地上に降り立つ。

「じゃあ洞窟まで案内してくれ、パール。」

こうなれば毒喰らわば皿まで。いっそ開き直ってこの大陸で何が起こっているか突き止めてやろうじゃないか。実際、気にならないかと言われたら眠れないほど気になっているのは確かだし。

「了解です。こちらですね。」


パールの案内で洞窟に案内される。見た感じそこそこ広そうだ。

「なあ、この先に人がいるんだよな?」

「そうですね。」

「…そういや言葉って伝わるのか?」

流石に大陸が違えば言葉は違うはずだ。そもそも同じ大陸内でも言語が統一されてるって俺からすれば違和感しかない。

「ふふふ。そのためのイヤリングですよ。それにはマルスラン大陸の言語を瞬時に翻訳する機能をつけていますから。」

「有能すぎワロタ。」

もうこいつが大陸を治めた方がいいような気がしてきた。ずっと合理的な選択を選べそう。

「ワロタ? 良く分かりませんが、喜んでいただけたようで何よりです。さすがにマルスラン大陸の言語を解析するのには苦労しましたから。」

「そうか、それは助かった。」

「いえ、構いませんよ。マスターの補佐が私の役目ですからね。」

パールの声が少し自慢げだ。これじゃあ、憎むに憎めない。もしこれが計算ならお手上げだ。俺の感情を見事にコントロールしている。

「じゃあ、人が地下に暮らしてる理由も知ってたりしない?」

「いえ、それは本当に知らないです。気になって調べようとも思いましたが、知っていたら知らないですとは言えないのでやめておきました。」

…善意有過失ってやつか。質が悪すぎる。

「お前という奴は。変な知恵を働かせやがって。まあいい、この俺が直々に調べてやるよ。」

「はい。どうやら貴族制というのは存在せず、優秀な者たちが政府を組織しているようです。」

「なるほどね。まぁ、向かうとしますか。」


ーー??ーー

「撤退、撤退!!」

東部諸国連合は突如現れた奇襲部隊に対応できず、敗走する。あまりの大敗ぶりにタイテン王国の参謀でさえ、背筋が凍えてしまう。

〈不味いです! 何か仕掛けてくるとは思っていましたが、まさか包囲殲滅とは。これでは当分纏まれませんね! そもそも生きて帰れるかどうか。くっ、どうせ今回も無理だろうと思ったのが駄目でした。とうとう本島が統一されたのが大きすぎます。〉

すでにそれぞれ各国の高級将校たちも散り散りに逃げており、生き残れるかは運次第の様相を呈していた。


一方、東部諸国連合軍の総司令であるレザレア王国の大将は顔面蒼白で今後の未来が繰り返し脳内で再生されていた。

『何たる失態だ! 一族郎党死すべし!』

『然り、公開処刑が妥当ですな。』

『何にせよ責任はとってもらわねば。』

「クッ、ハァハァ。」

「大丈夫ですか? 総司令!」

「あと少しです。頑張ってください!」

一緒に逃げる周りの部下が懸命に励ましてくる。きっと彼らも責任を取らされて死ぬのだろう。

〈クソクソクソ、どうしてこうなる! ふざけるな。私はそれなりで良かったのに。〉

派閥争いに関わらずに生きていたらこれだ。貧乏くじを引かされ、きっとこの失敗を庇ってくれる人もいない。全てを恨んでも恨みきれない。


ーー??ーー

「それであなた達の用件は何なのかしら?」

「そうですね。我々としてはシャンデリア殿下の味方として帝位争いに参加したい、そういう思いで参った次第です。」

「そう…。ならその対価は何かしら?」

〈ニュークリア商会は他国の商会なのよね。もったいないわ。国内の商会なら優遇できたのに。きっと帝国市場への参入を優遇してほしいというお願いでしょうけど、それは厳しいわね。〉

だが、シャンデリアの考えとは裏腹の答えが帰ってくる。

「実は我々は金貸しをしようと思っておりましてね。それを追認とまでは言いませんが、黙認していただきたいのです。」

シャンデリアはニュークリア商会の商人の言葉に目を細める。先程までとは雰囲気が変わり、空気の温度が下がる。

「セントクレア教が反発するわね。」

金貸しは賤業、そういう風潮を作り上げたのが愛を信仰するセントクレア教だ。それを敵に回すということは信徒も敵に回すということ。おおよそ、自分にはデメリットが大きすぎるような気がする。

「ええ、仰るとおりです。ですから、このように挨拶周りをしているのですよ。もちろんあなたのお父上にも。」

「…そう、それで陛下は何と?」

どうやらニュークリア商会は本気らしい。嘘をついている可能性もあるが、流石に堂々とはつかないだろう。調べればすぐ分かるのだから。

「それは次代の皇帝が決めることだそうです。」

「なるほど。それを聞いてあなたたちは私に接触してきたわけね?」

〈父上は自分が負の遺産を残すことを恐れているのね。気持ちは分かるけど、甘いわね。守りに入った瞬間からその先はないわ。〉

「仰せの通りでございます。我らは商人、勝ち馬に乗らねばやっていけませんので。」

「…いいでしょう。帝国は私が抑えます。でも他国までは手が回らないわ。」

「そちらはこちらで何とか致します。シャンデリア殿下には国内だけを抑えていただけるとありがたいです。」

「分かったわ。ちなみにこちらには何を提供していただけるのかしら?」

「金銭並びに他国の情報なんていかがでしょう? 具体的な額については白金貨50枚ほどの予定です。」

「その倍で手を打ちましょう。」

「…わかりました。では白金貨100枚、お支払いいたしましょう。約束はお守りくださいね。」

「もちろんよ。馬鹿にしないで頂戴。」


これで帝国は抑えることができた。他国は戦争でそれどころではないし、マルシア王国にはここで滅んでもらう予定だ。すべてはあの男が思い描くがままに。


ーー??--

「じゃあ、今日も行ってくるぜ。」

「気を付けてね、兄さん。」

「ああ、SS級冒険者にさえ見つからなければ問題ねぇよ。」


今日も今日とて双子の兄弟はマーテル公国を滅ぼすためにモンスターを暴走させていた。初めはエンベルトに外交の功績を挙げさせないようにするためだったが、段々と国を滅ぼすゲームへと変わっていた。


〈ククク、さあSS級冒険者は防げるかァ?〉


『ピイ~』


暴走の音色が辺りに響き渡り、魔物までもが狂騒する。これももう見慣れた光景だ。村が踏みつぶされ、都市も飲み込まれる。大陸規模でも年に二回ほどのモンスタースタンピードが日夜起こるのは、もはや地獄と形容しても過言ではないだろう。


「…ア? 何だあれは?」

リーバーがさらなる獲物を求めて、空を飛んでいる最中に見つけたのは真っ黒な狼。かつてジンがエルファイヤ火山でニアミスした狼だ。あまりの迫力に思わず笑みがこぼれてしまう。

「こいつァ、いい仕事をしてくれそうじゃなぇか、おい。」


『ピィ~』


「グ、グラァアアーーーーーー」


黒き狼が苦しみで吠える。頭を木に打ち付けるが、いとも簡単に木が吹き飛んでいく。それだけで強さが分かる。あれだけの太い木だ、壊すにはかなりの力がいるだろう。


〈あん? こいつ抵抗してやがんのか。ッチ、生意気だなァ、犬ころが!〉


『ビィ~』

リーバーが想いっきり魔力を込めて吹く。それだけで黒狼の苦しみもひどくなっていく。


「グルルルーーーーー」


そしてとうとう黒狼の強力な精神力すらねじ伏せ、暴れまわるように誘導する。


「さあ、行ってこい。」


リーバーが満月を背に獰猛に笑う。

























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