第191話 友

「ウィーン」

避難船のハッチが開き、即座に乗り込む。

「俺は自由だーーーーー。」

腹の底から思いっきり叫ぶ。

そうだ、俺は自由であるべき。せめてこの人生くらいは誰にも気兼ねせずに生きたい。せっかく転生したんだからな。

「ずいぶんご機嫌ですね。」

「そらそうだろ。もはや俺を縛る者はいない。」

「そうですか。それではあの夜空とか言う作品、解析に回しますよ?」

「ああ。存分に調べてくれ。」

もし魔玉ができたらどうしようかな? もう一台人工知能を作るのがいいかな? でも、次も成功作品とは限らないしなぁ。むしろ人類を敵視して暴走し始めたら目も当てられない。

「了解いたしました。それではマルスラン大陸に向けて発進いたします。」

「どのくらいで着きそう?」

「約二時間の旅です。」

「ふーん、予定より一時間長いな。」

でも二時間なら大丈夫か。それに忘れてたけど、俺には銀の魔力がある。あの究極の姿になれば一瞬じゃないか? まだ全力を出したことが無いから何とも言えないけど。

でもなるべく全力は出したくないな。…いや、そもそも出せるか?

もし全力を出して負けるとするならば、それは俺にとっては耐えがたい挫折となるだろう。自分の全力を出しても無理ということは、それは自分の存在意義の否定。極論かもしれないが、少なくとも俺はそう思う。だって他人が全てを賭けても届かなかったとき、ああ、そいつの人生の意味って何だったんだろうなって心の奥底で思ってしまうから。だから俺は全力が嫌いだ。全力を出していないうちは、成功する可能性があった、本気じゃなかった、色々な逃げ道がある。

「まぁ、許容範囲内でしょう。では、あの北東方向で起こった魔力の衝突についてもお話ししましょう。」

すると部屋が暗くなり、天井から電子パネルが下りてくる。

「…これは何だ?」

「動画です。旅に行くまで暇でしょうから、これで暇をつぶしてください。」

そして映るは二人の青年。灰色の髪をした青年と金髪碧眼の青年。そのうち片方に見覚えがあった。

「…こいつ、どこかで見たような気がする。」

「ご名答です。この灰色の髪をした青年はアレックス・アルマデア。帝国コロッセオで頂点に君臨し続けたチャンピョンです。」

「あのときの奴か。」

俺は幻術で姿を偽っていたのに、あの野郎は俺の本当の目を見てきたのだ。あれには本当に驚いた。あれが俺の油断を打ち砕いてくれたと言っても過言ではない。

「はい。だいぶ強くなってますね。S級冒険者くらいの実力はあるでしょう。」

「…もう一人の方もやばいな。アレックスと渡り合ってんじゃん。」

あれこんな強い奴って多かったっけ? SS級冒険者は五人。それで。ええと――

「パール、S級冒険者って何人いる?」

「今のところ10名です。」

「…それって普通? それともこの時代は多い?」

「平均ぐらいではあると思います。」

だよな。平均が一番いい。好きな言葉は安定!!

だがパールの言葉はそこで終わらなかった。

「が、国に属する実力者の数は異常です。」

「…え? 何て?」

一番不穏なやつが来てしまった。出来れば俺の聞き間違えであってくれ。

「だ・か・ら、国家に仕える実力者の数は異常です。ここ数百年で最大でしょう。何よりここまで帝国の優秀な皇族たちが集まるのは千年に一度といったところでしょうね。」

…軽く立ち眩みがする。もう床でいいから座ろう。

「えーと、要するに各国ともに大量破壊兵器を保持しているっていうこと?」

「言い得て妙な表現を使いますね。そのとおりです。各国とも大量破壊兵器を保持しています。この大陸風に言えば規格外ってやつですね。」

規格外って不良品じゃないの?って思うけど、超巨大ブーメランになるので封印する。

「なるほど。つまり戦争になれば?」

「これ以上なく悲惨な結末になるでしょう。ですが、各国が帝国と全面戦争を起こせば、もしかしたら天秤の傾きを変えることができるかもしれません。今が秩序を壊す絶好機であることは疑いありません。」

「…マジで?」

「大マジです。」


帝国は北を除いた三方を他国に囲まれている。それらが一斉に牙をむけば、やばいってことか。もしそうなったら三正面だもんな。確かに不味そう。

「俺が介入したらどうなる?」

「…それは表からですか? それとも裏からですか?」

「うーん……、裏…かな?」

正直エルバドス家に思い入れがなくなった今、帝国が潰れてもまぁいいかな、ぐらいにはなってる。

「…程度によりますが、かなりの高確率で他国の侵攻を跳ね返せるでしょう。なんせ私が居ますから。」

「自己評価が高いのが気になるけど、まあ、理解はした。」

ということはやばくなりそうだったら、あらかじめ裏から操作すればいいってことだろ。予防注射と一緒だ。ただ、問題は俺よりもそういうことに長けた人物がいそうってことだ。あまり頭を使うのは好きじゃないからな。

「…ハァ~、とんでもない時代だな。」

「同感です。もしかしたら時代が英傑たちを呼び寄せたのかもしれません。」

パールの言葉を笑い飛ばすには、要素が揃いすぎてて笑えない。もしそうだとするならば、俺がここにいることも納得できる。俺を起爆剤として、単なる一要素として、世界が変わろうとしているのかもしれない。――だからといって、むざむざ世界に殺されはしないが。


「ドーーーーーーーン」


映像から流れてくる大きな音に現実に引き戻される。

「どうやら決着が着いたようですね。」

「ああ。どうやら勝ったのは――」

よくある結末では引き分けになるんだけどな。現実はそうじゃなかったか。でもその方が安心する。

「結構楽しかった。…これでソファがあれば良かったんだけどなぁ。あとはジュースとつまみも。」

「家具は買い足すしかないですね。マルスラン大陸で買い足しますか?」

「そーだなぁ。」

確かに向こうのを買うのはありだ。生活拠点を別に変えるわけじゃないし、今回の件が終わればもう滅多に行かないだろうからな。それに気に入らなければ、捨てて新たに買えばいいだけだ。


俺はこのとき二人の戦い以上に目を引くことはないと思っていた。だが、それは間違いだったのだ。




ーー??--

「いくぜッ!」

アレックスが青白い光として突っ込んでくる。もはや身体強化を施しても目で視認できない。その事実にヒューリオリは戦慄する。


「ガキン」


咄嗟にゾーンに入り、反応する。

〈あ、危なかった。まだ、相手を甘く見ていたということか。〉

島では自分が最強だった。上の世代、下の世代、すべてを含めてもヒューリオリを脅かすには至らなかった。だが、ここでは違う。


ヒューリオリは地面から浮かび、風で身体を支える。そして――


「ゴウ」


風圧で木々がへし折られそうになる。


「ズン」


衝突で地面が陥没する。だが二人は気にすることなく、さらに激しくぶつかり合う。

「テメェは強い。だが、俺はもっと強ぇ!!」

アレックスがさらにギアを上げる。二刀流の攻撃により、ヒューリオリは少しずつ押されていく。

〈バカな。私の技がただの暴力に負けるだと!? あってはならん、あってはならんことだ!〉

焦っている自分を自覚し、深呼吸して落ち着く。


「アレックス、君は強い。だが、それでも勝つのは私だ!」

散らばした風を頼りに、アレックスの行動を次第に捕らえていく。


「視えた!」

ヒューリオリは何もないところを穿つ。それは――


「グウッ!?」

咄嗟にアレックスは腹をよじるが、槍が掠めてしまう。

〈こいつ、俺のスピードに食らいついてきやがる。それに風の防御がダルすぎる!! 攻撃が通ってんのか、確信がねぇ。〉

「…なら単純な話だ。もっともっと上げてくぜぇ!!」


「バリバリバリッ」


さらに出力が上がる。だがさすがにこれ以上は危なくなってくる。そもそもこの状態にまで追い詰められたことはない。すでにアレックスにとって未踏の領域だった。

だがそれはヒューリオリも同じこと。

「ははは…、まだ上がるのか。」

〈不味い、これ以上は。…もっともっと深めるしかない。〉

ヒューリオリはジンと同じくゾーンに任意で入ることが可能だった。ただジンのそれと比べると浅すぎた。まだ深めきっていない。何かを抱いたままでは至れないのだ。だから――

〈技にこだわるのはやめよう。これじゃ、勝てない。勝ってから考えよう。〉

捨てた。そして世界がクリアになる。


「行くぞッ。」

「…。」

ヒューリオリは集中を維持するために声を出さなかった。これが決着を決める一瞬だと直感したから。そしてそれは正しい。


アレックスが両手に剣を持って駆ける。先手必勝、それを体現してきた男。それはこれからも変わらない。

対するヒューリオリはカウンター狙い。後手必勝、己のもっとも得意な戦法。


アレックスが両手を振り上げ、直前で二つの剣が一つの剣へと融合する。大剣と化したそれはヒューリオリから選択肢を奪う。


「俺が最強だァ!!!」

両手でしっかりと握りしめられた大剣が天から降ってくる。

「あっ…」


ヒューリオリは完全に読みを外し、とっさに槍で防ぐも、それごと断ち切られてしまう。


「ドーーーーーーーン」

辺りに雷が落ちたかのような轟音が響きわたる。


「ハァハァハァ」


「…ゴプッ」


この一撃に全てを乗せたアレックスは息も絶え絶え。しかし自分の足で立ち、腹の傷もふさがりかけていた。

対するヒューリオリは胸から腹にかけて大きな太刀筋ができ、血が噴き出していた。どうみても致命傷、助からないだろう。


アレックスは自分を貫き、ヒューリオリは捨てきれなかった。その徹底差が勝敗をわけたのかもしれない。

「…僕は…負けたんだな。」

「ああ。俺の勝ちだ。」

「フ、容赦…ないね。」

だが、謙遜されるよりも堂々としておいてもらいたい。自分に勝った男が安く在っていいはずがない。


「ほらっ。」

アレックスがヒューリオリの身体に瓶に入った液体をかける。


「シュー」


見る見るうちに血が止まっていく。見るには少し醜いが、巨大な瘡蓋ができていた。

「…これは…」

「お前をここで死なすのは惜しいからなぁ。」

そう言ってもう一本の瓶に入った液体もかけていく。


「プシュー」


完全に血が止まる。

「…感謝する。」

「別にいいぜ。道具ってのは使ってなんぼだからな。」

アレックスが無邪気な笑みを見せる。

「…完敗だ。」

〈器の大きい男だ。…命を助けてもらった以上、恩は返すべきだろう。〉

「アレックス、君には命を助けてもらった。この恩を返すまでそばに居てもいいだろうか?」

「…おん? 別にいいのに。…でもそうだな、そういうなら力貸してくれや。実は傭兵をやろうと思ってな。かといって誰かに指図されるのは嫌だからなァ、一から作ろうと思ってんだ。そのメンバーになってくれよ。」

「…分かった。」

〈それなら強敵と戦えるし、こいつに恩も返せる。好都合だ。〉


アレックスとヒューリオリが傭兵団の結成を祝い、握手する。また、大陸に新たな勢力が誕生したのだ。数は少ないが質は他を凌駕する。ここに彼らも世界に影響を与える駒となったのだ。


ーー??--

「これが青春ってやつですね。」

「…。」

おいおいマジか。この二人、手組んじゃったよ。てか秘剣はどうした、秘剣は。会得するために旅してたんじゃないのか。

「マスター?」

「…お前はお気楽そうだな。」

だがこれで確信した。間違いなくこの先、激動の時代となる。最後まで立っていたものが勝者。…ただそれは俺が望む世界か? 今ならまだ間に合う。…でもこの世界の住人という意識が皆無の俺が流れを捻じ曲げてもよいのか? 

生まれた時からずっと考えているが、こればっかりは本当に分からない。世界全体が良くなるなら俺は介入すべきではないのではないか? …とは言ってもフォーミリア王国を潰しちゃったからなぁ。まさかあんな脆いとは思わないだろ。結構でかい国だったのに。

「彼らは若く、強い。もしかしたらジャイアントキリングを起こすかもしれませんね。」

「それは困るなぁ…。」

この世で一番大事なのはバランスだからなぁ。一気に変わりすぎるのは望ましくない。…実に悩ましい。

「…戦場チェスでもしますか? 何なら戦場の動画でも見ますか? ジルギアス王国と東部諸国連合の動画があるんですよ。」

〈マスターの眉間に皺が寄ってますね。大方どのように立ち回るのかを考えているのでしょうね。好きなさればよいのに。…マスターが何をしようとも私はずっと味方なのですから。〉

「…それって一カ国目のやつ?」

今は確か、二カ国目の攻略中だったはず。

「いえ、二カ国目の攻略に関するものです。決戦が行われたのは昨日です。」

「ふーん、できればタイムリーで見たかったな。」

「昨日はいろいろありましたから、暇なときにでも報告しようと思ったんです。」

「そうか。」

この大陸は本当に次から次へと問題が発生する。本当に勘弁してほしい。もっとゆっくりしようぜ。

「では映しますよ。」


ーー??--

「ヒャッハー!! テメェら腑抜けてんじゃねぇぞぉーー」

コルンはオルガの指示で暴れまわっていた。その結果、左翼は徐々に盛り返し膠着状態となっていた。

「来いよーー。」



コルンが暴れる様子は遠くでも分かった。

「さすが、コルン。見事な仕事ぶりだ。…では終わらせよう。」

右翼が最も突出し、中央がそれよりも後ろ、そして左翼が最も後ろ。

指揮官であるオルガの指示を正確に実行する能力。ジルギアス王国が統一される前は戦国時代であったがために、磨かれた指揮系統。それは大きな財産である。特に左翼、寄せ集めの兵をよく持たせている。一番優秀な者を指揮官にしただけはある。


「火球を打ちあげろ。とどめを刺す。」


「ハッ。」


「ヒューーン」


戦場の上で赤い光がはじける。そして――

「「「「「「ウォォォー」」」」」」

東部諸国連合軍の右翼が弾ける。伏兵というオルガの策がこれ以上ないタイミングで突き刺さる。


「何だあれは!?」

「見ろ、あの旗はジルギアス王国だ!」

「どこにいたんだ!?」

「味方だ、味方だ!! 挟みこめーー。」


味方は歓喜に、敵は阿鼻叫喚に包まれる。もはや、決着は着いたようなものだ。当初は戦力差に怖気づいていた者たちも、今は士気の高いものに引きずられて積極的に戦う。

そして包囲が徐々に形成されていく。こうなれば悪手を打たない限り、勝ちはひっくり返らないだろう。適度に逃げ道を残してやりつつ、攻め立てる。それだけで、一人、また一人と逃げ出していく。

「勝ったな。あとは戦後処理だ。」

〈…ここで一旦休戦だろうな。とりあえず兵を休めないと。…戦果は八分の二か。もっと削り取らないと生き残れんな。あとはマルシア王国にも気をつけないといけない。…フ、それでこそやりがいがある。〉




ーー??--

「バカな!! 援軍だと。いつの間に!!」

「ど、ど、ど、どうするんです!? 不味いですよ。」

「そんなことわかっている。」

「総司令指示を!!」

タイテン王国の参謀がシレっと尋ねる。もはや総司令の交代は不可避だろう。その前に生きてるかどうか。

「…クッ」

〈どうする? どうしたらいい!? もう嫌だ。〉

こんな大軍、一度も率いたことはない。そもそも自分が総司令となったのも国内の政争の結果。どの派閥も中立である自分で妥協したのだ。


「「「オオウッ」」」


相手が迫る。もはや包囲が完成してしまえばいくら何でも逃げられない。

「…撤退する。のろしを上げよ。」


もはや戦の趨勢は決まった。これでオルガの名は広まるだろう。逆に東部諸国連合は厳しい立場に立たされる。

最後まで立っているのはどの国か? うまく乗り切れば逆転することも不可能ではない。

荒れれば荒れるほど未来は不明になる。それを望む者と望まない者、はっきりと別れていた。

どちらにせよ、今までにないほど厳しい時代の幕開けには変わりない。



ーー??--

知らない人へ、新作です。

https://kakuyomu.jp/works/16817330666890417470


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