第190話 離脱

ようやく温かい、温かいベッドへ戻ってきた。早くウトウトしてぇ。

(パール。)

(はい。どうされました?)

(フォーミリア王国のカードを改造してほしい。名義をメネラウス・チェバにしてほしいんだ。出来るか?)

(…分かりません。出来れば一枚分析させてもらえませんか? 分析させてもらえるのであれば可能だと思います。)

(分かった。ならC級の男のやつ、使っていいぞ。)

(了解。…でも問題ありませんかね?)

(何が?)

(もしこのカードに登録された魔力を持つ人物が生きていたとしたら、その人物が再登録しようとしたときに、成りすましがバレる可能性があります。)

…ッチ、その可能性は考えてなかったな。確かに盗んでいる可能性は十分ありうる。ちゃんと確認すりゃよかった。…どうするか。

(生死の確認は無理か?)

(厳しいですね。この名前から推測するに平民でしょうから。)

(データが残っていないと?)

(仰るとおりです。)

難儀な。そんな不確かな人間のカードなんて使えるわけがない。

(…じゃあ、俺の行動は無駄だったのか?)

(そんなことはないと思いますけどね。冒険者カードの作成方法が分かれば、秘密結社を作れると思います。)

…秘密結社とな? なんだ、その心惹かれるフレーズは。まぁ、いざやるとなったら凄い面倒なんだろうけど。

(…でもそのカードを使えないんじゃ意味がない。…何かいい案はないか?)

(奴隷を買ってその魔力を登録前のカードに登録すればいいのでは? 邪魔なのであれば秘密裏に処分すればいいだけなのでお手軽ですよ。)

(ええ? そんなソファでも買いますか的なノリで言われても。)

この人工知能怖すぎる。人類のために破壊した方がいいのか、ここ最近割と悩む。

(ただの人工知能ジョークですよ。そんな手段マスター嫌でしょうし。博士の規定にも反します。)

(いや、お前が言うと冗談に聞こえねぇよ。真面目に考えてくれ。)

声色も変化してないし、どうやって見分ければいいんだ。

(了解です。…そうですね、いっそ別大陸の人間の魔力を登録すればいいのかもしれません。)

(なるほど。…どうやって?)

(…そこは臨機応変に対応すべきではないでしょうか? 別大陸の文明がどの程度にまで達しているかは知りませんが、この大陸にある国で交易している国はないので、少なくともそこまで発展していないのでしょう。)

(ハァーーー、俺はただ偽造の冒険者カードが欲しいだけなのに、どうしてここまで大事になるんだ。)

別大陸ねぇ、興味はあるけど実際に行くのはなぁ。遠すぎて食料が切れたり、魔力が切れたらジ・エンド。避難船があるとはいえ、行ってみたいかと言われると行きたくない。俺はリスクを避け、安定を、秩序だった俺の世界を取る。俺の世界ぐらい守って見せよう、…とかっこつけても、これじゃあ前世と同じなんだよな。…ちょっとぐらい冒険すべきか? いや、でもなぁ…。

(チキンだからでは?)

(…君、誹謗中傷はやめたまえ。これも俺を形成する一部なんだ、しゃーないだろ。)

この臆病さも含めて俺のアイデンティティ。俺だけでも否定するわけにはいかない。じゃないと俺の存在価値がわからなくなる。それは人生の否定にも繋がる、絶対に許容できない。

(ですが、現実的な案はそれくらいですよ?)

(…別大陸までどのくらいかかると思う?)

(一時間もあれば着くんじゃないですか?)

(…え?、そんなすぐ?)

(はい。大まかな方角は分かっていますからね、その方向に進めばいずれ到着すると思われます。ワープもできますからね。)

(適当だなぁ。)

(何なら今から探査機だけでも出発させましょうか? 明日の朝までには発見しているはずです。)

…ちょうど明日、いや、もう今日か、トンズラする予定だったしな。包丁だけもらったらすぐ飛ぶか。

(分かった。なら明日の朝には出発する。探査機を飛ばしてくれ。)

(了解。ちなみにどの大陸に行きますか?)

ああ、確かにいくつかあったなぁ。

(どこがおすすめか聞いても分からないか?)

(そうですね。データ不足です。)

(ちなみにどんな大陸がある?)

(北にはレーゲル大陸、東にはマルスラン大陸、南にはガロンドア大陸、西にはナミリア大陸が存在します。ですが、レーゲル大陸とガロンドア大陸はお辞めになったほうがいいでしょう。)

(なぜだ?)

(この大陸よりも南北にあるということは寒暖差が激しすぎる可能性が高いからです。いくら魔力で防御できるとはいえ、不快なのは間違いないでしょう。)

(なるほど、じゃあ、後は東か西か。)

(はい。)

うーん、なら東でいいか。どうせ東に行くし。

(じゃあ東にする。)

(了解です。ではマルスラン大陸に向けて探査機を飛ばしておきます。)

(ああ。…もう俺は寝る! おやすみ。)

細かいことは明日に考えればいい。明日が来るかは確定した未来じゃないし。明日の事は明日にでも考えればいいさ。

(ええ、おやすみなさい。)

〈しかし、マスターが居なくなるということはこの店の店主は確実に殺されますね。あのヒルデガオンという男、冒険者としての記録を見るに良くてS級レベル、それでは街に被害を出さずにあの連中を撃退するのは難しいでしょう。ま、私とマスターの知ったことではありませんが。…そうです、それよりもマルスラン大陸の言語でも解析して、会話できるようイヤホンを改造しておきますか。いえ、いっそイヤリングにしましょう。重さを感じないように最小化、軽量化してと。…探査機は問題なしと。あとは――〉

パールは眠らないが、日々の業務に加えてジンからの特別指令もこなす。そんなパールの趣味はジンの寝顔を日夜撮影することだった。そうしているうちにいつのまにか日が昇るのだ。


…眩しい。もう朝か。ていうか、カーテンは? …ついてないのか。それくらい用意しろよ。

「コンコン ガチャ」

「メネラウス、起きんか! いつまで寝ておる。さっさと包丁を受け取りに行きんさい。料理を作れんじゃろうが。」

…爺さん。俺、あんたみたいな熱血タイプは嫌いなんだ。なんというか、存在自体が不愉快。根本的に合わないんだろうな。前世の体育教師と同じ匂いがする。

「…はい。」

「ほれ、裏手に井戸がある。そこで顔を洗ってきんさい。服を着替えてからの。」

「了解です。」

「では、早くするようにな。」

〈メネラウスは少々甘いところがある。厳しくいかねば。〉

爺さんは俺に指示を出すだけ出して部屋の外へ出ていった。

「はぁ。こんなのが一週間続くとか絶対無理だったな。息子が逃げて当然だよ。」

何となく読めてきた。きっと爺さんの息子もこんな感じに躾けられて嫌になったんだろうな。それに爺さんの口ぶりから察するに、結構家に帰って来てないんだろう。俺もそれが正しいと思う。

(では包丁を受け取ったら即離脱ということでよろしいですか?)

(ああ。それで大陸は見つかったのか?)

(バッチリです。あとそのイヤホンを貸してください。代わりにこちらをつけてください。)

パールから新たなイヤリングをもらう。真珠のよう球状の形をしている。

イヤリングなんて前世でもつけたことない。少し楽しみだ。

(これで…どうだ? 結構重いのかなと思ってたけどそうでもないんだな。全然重さを感じないんだけど。)

相変わらず着けてる感覚がない。何かに引っかかって耳ちぎれたりしないだろうな。

(それはそうでしょう。私のすべてを積み込みましたから。)

(…そりゃどうも。)

(ちゃんと着けたら周りから見えないように透明化してますし、問題ありません。)

(そこは前と変わらずか。)

(もちろんです。機能を落とすのはありえません。)

(人工知能の美学ってやつ?)

(いいですね、そのとおりです。)

パールとの会話を楽しんでいると一階から無粋な邪魔が入る。

「メネラウスや、早うせんかい。時間は有限じゃぞ!」

(言われてますよ。)

(フン、言わせておけよ。最後のあがきだろ。)

そう言いつつも服を着替え終えたので井戸の水を汲みに向かう。一階に降りるとすでにヒルデガオンは起きていた。

「大変だな、メネラウス。」

「この程度で音を上げる奴があるか。まだ始まったばかりじゃというのに。」

この爺、本性を現し始めたな。お師匠様っておだてた俺も悪いのか? 

二人の前を無言で通過しつつ、心の中で悪態をつく。

(やってらんねぇわ、マジで。殺人事件が起きるぞ。)

(犯人は誰ですか?)

(事件は迷宮入りで不明。…そういや、この街でも殺人事件が起こってたよな? あれってどうなったんだ?)

(まだ犯人は捕まってませんね。)

(パールは特定しているのか?)

(…秘密です。)

(その答えがすべてを物語ってるんだよなぁ。知ってるなら教えろよ。)

(黙秘権を行使します。)

(…まぁ、いい。今から一時間後には空の上だからな。)

(そうですか。)

井戸の水で顔を洗い、包丁を受け取りに向かう。

「あ~、朝日が目に染みる。」

朝って何かキラキラしてて好きじゃないんだよな。たぶん俺と真反対だからだろうなぁ。

(マスター、それと昨日の事ですが、アレクが冒険者ギルドにマスターの捜索願を出したようです。)

(…なるほど。)

ぶっちゃけ想定外だ。冒険者ギルドか、その発想はなかった。俺も冒険者だったのに。

(で、受理はされたのか?)

(されてはいますけど、誰も引き受けていませんね。貴族の依頼ですからね、誰も受けたくないでしょう。)

分かるわー、俺でも受けないもんな。もし本当に誘拐されてたら辛いけど、今の俺にとってはありがたい。

(ま、依頼を受ける奴が居たら教えてくれ。)

(了解です。)

(…それでさ、アレクはマルスに浮気の事を話したのか?)

親から不倫の話されるって普通に嫌だな。まだ救いなのは父親ってところか。母親だったら心折れそう。

(いいえ、まだのようです。アレクは家から出ていき、アレナが後見人となってマルスを次期当主にするという筋書きは出来ているんですけどね。)

(まぁ、順当かなぁ?)

(ちなみに浮気したメイドは消息不明になりましたよ。)

(…もしかしてアレナがやった?)

(裏は取れてません。メイドが身の危険を感じて逃げた可能性もあります。)

(…よし、その件は放置しよう。過去を振り返ってもしょうがない。)

(どちらかというと現在進行形ですけどね。)

(前にも言ったけどな、正論が常に正しいとは限らないんだぞ。)

(…ノーコメント。)

にしても本当に眩しい朝だな。こんな朝早くから働いている人には頭が上がらないなっ!?

…北東の方向で何かが起こっている気がする。

何だ?、何が起こっている?

(パール。)

(マスターも感じましたか?)

(ああ。凄い魔力の衝突だ。)

まるで二つの台風が互いに衝突してるみたいだ。

(すぐに調べます。)

(ああ、頼む。) 

朝っぱらから不穏すぎる。絶対近寄りたくない。

気落ちしてトボトボと黙って歩いていると武器屋に到着した。

…うーん、一日おいてもボロい。そりゃそうか。

中に入ると客はおらず、店員もいなかった。

(…ちょっと早すぎたかな?)

(そんなことはないと思いますけど。ここの時間で七時ですよ。)

(いや、十分早いだろ。)

(取りあえず店員を呼んだらどうです?)

(えー、呼ぶの?)

(じゃないと話が進まないじゃないですか。)

(…もうこのまま飛ぶか。)

(何でそうなるんです?) 

(朝から声を出したくないんだよな。) 

(処置なしですね。)

パールと会話していると、奥から足音がする。

「あら?、メネラウス君、来てたの?」

「あ、はい。」

「呼んでくれたらよかったのに。」

(ね?)

(ね?、じゃねえ。店員なんだからいつ客が来てもいいように構えておけよ。)

天下三匠だか、何だか知らないが殿様商売はどうなんだ? 潰れろ、こんな店。

(まあまあ、来たからいいじゃないですか。)

(そういう次元の話じゃないけどな。)

「包丁取ってくるね、あと私の作品も。まだお師匠様は出来てないみたいだけどね。」

そう言って女性が奥に消える。

マジか、あの爺さんのは無しか。いや、でも言われてみればそうか、昨日の今日じゃな、流石にできてないか。むしろあの女はどうして出来てるんだ?

(パール、あの女性の名前ってなんだっけ?)

(アミュレットですよ。もう忘れたんですか?)

(インパクトのない名前が悪いんだ。変な名前だったら覚えてるよ。)

(素晴らしい減らず口です。私はまだその領域にまで達していません。)

(精進したまえ。)

いや、でもこいつが屁理屈を身に着けたらとんでもないことになる気がする。パールに論破もどきをされて泣く未来が見える。

(パール、命令だ。お前は屁理屈禁止だ。)

(なぜですか!)

いや、何でここで語気が強まる? 人工知能のツボが分からん。

(お前は人工知能なんだ。論理的にいけ。)

(どれだけ論理的でも論点をずらされたら勝てませんよ。)

(知ってる。でも俺は負けたくないんだ。こういうのは早いうちに芽を摘まないと。)

(最低ですね。)

おお、心なしか冷たい声。でもこいつの主は俺なんだから、俺を立てるのは当然だと思う。 

パールの抗議を大人の余裕で受け流しているとアミュレットが戻ってきた。

「お待たせ〜。はーい、これが包丁だよ。気をつけてね。一応、丈夫な革の袋に入れてるけど。…で、これが私の作品。正真正銘私の集大成だよ。」

示されたのは鋭く藍色に光っている刃。刃渡りはニ、三十センチくらいだろうか。

そして俺に向けるアミュレットの目も爛々と光っていた。

「これはね、私が長年かけて作り上げたんだよー。」

「…いいんですか、そんな大事なもの。」

多分これを使うとしたら短剣だろうな。剣にしては小さすぎる。

「いいのよ。お師匠様の目利きはいつも正しいから。」

何だ、人任せか。

「それにこれはメネラウス君に合ってると思う。この材料は特別でね、隕石を使ってるんだ。」

「隕石…」

「そう、しかもただの隕石じゃないのよ。普通、隕石って大したものが含まれてないんだけどね。これは違う。これ…夜空って言うんだけどね、おそらくこの大陸には存在しないであろう金属で構成されてるのよ。」

パールに解析させたほうがいいのかな? 単にまだ作る技術がないだけかもしれないし。

「そうなんですね。」

「ええ。夜空はね、とても丈夫なのよ。だって火で融かそうにも融けないから削って作ったくらいだから。大変だったわ。」

「どうやって手に入れたんですか?」

「お師匠様がくれたのよ。お師匠様は、ほら、天下三匠でしょう? それで色々贈られてくるのよ。」

「なるほど。」

「さて、それはいいのだけれど、まだ夜空は完成してないの。柄も選びましょうか。」 

「そうですね。」

「ま、これは気軽に選んでちょうだい。すぐに合わせてあげるわ。」 

色々と用意された柄を握り、自分にあったものを探す。

「これでお願いします。」

「これでいいのね?」

「はい。」

「じゃ、ちょっーと待ってね。」

アミュレットが作業する様子を眺めているとパールが話しかけてきた。

(マスター。)

(何だ?)

(あの金属を調べてみたいです。)

(何で?)

(あれで魔玉が作れるかもしれません。)

(本当か?)

(あくまで可能性があるというだけです。ただ見たところ、魔力伝導性、耐久性、貯蓄性はあるように思われます。)

(魔玉…。)

(魔玉があれば何でもできます。もう一台人工知能を搭載した避難船を作ることもできます。)

(夢が膨らむねえ。)

パールが調べた限り、魔玉はどこの国も持ってないらしいからな。盗みようがなかった。

だが、いま可能性があるならば――

(いくらでも分析しろ。) 

(彼女が心込めた作品ですが?)

(それを踏みにじってでも俺は魔玉が欲しい。) 

どちらにせよ、魔玉になる可能性がある以上、俺が占有するのは確定した未来だ。

(了解です。それと先程の魔力の衝突の原因が分かりました。) 

(ご苦労、避難船で聞かせてくれ。どうせ暇だろうし。)

(分かりました。それにしてもヤマトって言わないんですね。)

だって冷静になったら恥ずかしい。浮かれすぎだろ、俺。 

「はい、メネラウス君、出来たよ。」

「ありがとうございます。」

「うん、頑張ってね。」

「はい。」

包丁と短剣を受け取り、裏路地へ向かう。

そして――転移。


ーー??ーー

「オルガ様、始まりますね!!」

「ああ。だが何も恐れる必要はない。戦はどこであろうと同じだ。」

「はい。」

「とりあえず相手がマミリヤ平野まで出てくるのを待つ。そうすれば開戦だ。」

〈相手に規格外が居なければまず勝てるだろう。問題は居た時だが。おそらくはいまい。もしいるのなら我々はすでに壊滅しているはず。それにすでに伏兵も仕込んでいる、問題はない。〉

オルガは陣形を変更させ、あえて左翼を薄くし、中央と右翼を厚めにした。左翼には現地で徴兵した者たちを中心にして。


そして待つこと数時間、相手も陣を敷いた。どちらの陣営にも緊張が走る。

「全軍に告げる!、突撃せよ!」

オルガがまずは口火を切る。相手は自分たちの倍以上いる、先手を常に取らねばならない。

突撃と同時に相手から弓、火魔法が飛んでくる。だが、それに耐えるから重装騎兵なのだ。

「ひるむな、突撃ィーーー。」

そもそも初めて国内を統一したときに活躍してる兵、馬も一緒なのだ。この程度小雨と変わらない。

〈そこまで練達の魔法使いは居ないか。…冒険者ギルドとやら、そこそこ役に立つじゃないか。〉

人類には共通した敵、モンスターがいる。それらのために上位の強者たちは稼ぎがよく、名誉も得られる冒険者となる。そしてCランク以上の者たちはギルドの規約で戦争への参加を禁じられている。それが戦争が成り立っている理由でもあった。すべては大陸制覇を夢に見る、長年にわたる帝国とその協力者の策略だった。


「ウォーーーーー」

「殺せ、殺せーーー」

「アアアアーーーー」

「ギン」

「バキッ」

「ドゴッ」

中央の重装騎兵が敵とぶつかり合う。騎兵は右翼に集められており、中央の衝突よりも前で戦っていた。しかし、左翼が薄い。一応重装騎兵も騎兵もいることにいるが、彼らは死なないように厳命されていた。そのため、徐々に押し込まれる。


〈少し、左翼の押し込まれが早い。まだ、まだもう少し耐える必要がある。〉

「コルン。」

「ハッ。」

「少し左翼で暴れて来い。」

「どの程度暴れましょうか?」

「相手が委縮するほどだ。」

「承知いたしました。」

オルガの右腕が前線に出る。それでもオルガは心配していなかった。

〈これで左翼は大丈夫だろう。あとは適宜修正を入れて、殲滅だな。〉


ーー??--

「相手は中央に重装騎兵を置いている。バカめ、大陸の戦というのを教えてやろう。」

「ええ、弓兵と魔導士を前におきましょう。」

「魔導士は置くほどではないのでは? 貴重な戦力です。温存しとくべきではないですか?」

「それはそうかもしれませんな。兵力も倍以上あるのです。弓兵だけでいいのでは?」

「それはやりすぎでしょう。逆に我らが優位だからこそ、完膚なきまでに叩きのめせばいいのです。それに火を見れば軍馬と言えども怯むでしょう、そこを攻めましょう。」

魔導士を出すべきと主張する国、出さぬべきと主張する国。

どの国もいたずらに魔導士を消費したいはずがなく、出し惜しみをする。その結果、無駄に議論が続く。

「ではタイテン王国、レザレア王国は十名、他の国は五名、ということで決定する。」

「…一つ発言宜しいですか?」

挙手したのは二番手の国、タイテン王国。

「…なんだね?」

レザレア王国の連合国総司令官が表向きは敬意を払って尋ねる。しかし内心では面白く思っていなかった。

「相手の左翼が薄すぎると思いませんか?」

その指摘に内心同様に思っていた者も声を上げる。

「私もそう思います。明らかに中央と右翼が厚すぎます。」

「…ふむ、言われてみればそのとおりだ。明らかに左翼の方に歩兵が偏っているな。」

魔導士が作り出した水鏡で相手の陣容を眺める。水鏡は三枚出されており、上空に作りだされた一枚をもう一枚で映し、最後の一枚で見やすいように修正されていた。これだけでかなりの魔力消費だ。

「どういうつもりだ?」

「左で耐えている間に中央と右翼で押し切るつもりでは?」

「あれでは耐えられんだろう。」

「我々も右翼を強めますか?」

「そんな賭けに出る必要はあるまい。左翼を厚くして数で押し込めば問題なかろう。」

総司令は主導権を取られまいと疑問そのものを潰しにかかる。言っていることはそう間違いでもないのだ。なら他の国も万が一の責任を取ることを恐れて従う。

「それはそうです。王道で行きましょう。」

「ですな。セオリー通り戦えば勝てる戦です。変に奇策を用いる必要はないでしょう。」

結果、何も変わらず、時間だけが無為になった。

〈…これが総司令じゃ勝てる戦も勝てない。やはりレザレア王国は政争が起きていると見て問題ないだろう。陛下の見立て通りだ。〉


「いざや、出陣である!!」

勇ましい総司令官の掛け声で軍が進む。この先には地獄が待っていることを知るのは一時間後である。
























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