第189話 売買

(…スター、マスター、起きてください!! 時間ですよ。)

「ん〜、ねみぃ。」

(お気持ちは分かりますが、時間です。)

なんつー、身も蓋もないことを仰る。

「は〜、…行くか!」

無理やり身体を起こし、ベッドに腰掛ける。こうでもしないと動けない。

「仮面の準備は?」

(万事抜かりなく進めています。)

「よし、出発だ。」

ベッドに闇魔法で影分身を残し、窓から外に出る。

「…星がきれいだな。」

相変わらず夜空には前世では見たことがない数の煌めく星星が広がっていた。こればっかりはいつ見ても慣れない。

地球って光ってるのかな? どうなんだろう。…本当に未練がましいな、俺は。こっちで生きていくって産まれたときに決意しただろ。そもそも地球人からすれば俺は宇宙人。排除されるのがオチだ。

「どうかされましたか?、マスター?」

「別に。」

「そうですか。」

〈悲しそうな顔でしたね。…前世のことを思い出したのでしょうか。そもそも影のモノが言うにはマスター以外にも転生者が存在したとか。記憶を持つ者と記憶を持たない者の差とは何なのでしょう。〉


「で、どこでカード買えるんだっけ?」

いつまで引きずっててもしょうがない。俺は俺の生きたいように生きるだけだ。

「マクラというバーです。仮面はどうされますか?」

「あー、もう着けとくか。」

パールから黒に染められた仮面を受け取り、装着する。ついでに幻術で大人のように見せる。

幻術を見破る魔道具があったら子供だとバレるけど、顔を隠してたら最低限は大丈夫だろ。そもそも1都市の犯罪組織がそんな洒落たものを持っているとは思えないしな。

「じゃあ、案内してくれ。」

「了解。」

夜の都市を見下ろしながら、皆温かい布団で寝てるんだろうなぁとか考えて飛んでいると、俺は何をしてるんだろうと思ってしまう。

(顔が死にかけてますよ。あともう少しです、頑張ってください。)

(何かを得るには何かを捨てなければならない。)

(…急にどうしたんです?)

(そう思わないとやっていけないということだ。)

(あれもこれも、は無理だと?)

(その通り。この世は、いや、どの世界線でもあれかこれか、だし、そうあるべきだ。)

俺は片方を捨てて、もう片方を取るのに、他のやつが両方を選んで両方を得るなんてあっていいはずがない。そんなの許せるかよ。…でもそれが成り立つ世界なんだよな。リスクを冒した者だけが栄光を得る。そんなの分かってんだよ、でもそれを許せるかどうかは別だっていうお話。

(世界の在り方にご不満がお有りなら変えられてはどうです?)

(そんな元気ない。)

(元気そうに見えますけどね。)

(ふん、俺のことは俺が一番知ってる。)

(本当に?)

パールの迫るような声色に押し黙ってしまう。

俺は俺のことを全部知っているか?、これはもう人生の永遠のテーマだろ。…そもそも俺は人格っていうものがよく分からない。人格というのは自分そのもの。もし何らかの病気や事故で記憶喪失になったらどうなるんだ? 自我の連続性、同一性はあるのか? それとも新たな人格が形成されて、元の自分が自分であるという感覚は消え、新たな人格が元からの人格だと錯覚するのか? 二重人格の場合はどうなるのか? …人間の脆さに震えそうになる。所詮人間もそこらの動物の延長線上にしかいない。そう突きつけられる気がして。ただ他よりも知性が発達しただけの生物。

(…人間ってさ、悲しいよな。)

(何がです?)

〈寝起きだからか、情緒が不安定ですね。〉

(全部が。)

(マスターも人間ですが?)

(それを踏まえてもそう言ってるのさ。)

…ちょっとぶっちゃけ過ぎたかも。でも仕方がない、心の奥底で感じ取ったことは道徳に外れていても変えられないものだ。

(…参考までに具体的に教えていただいてもいいですか?)

(めんどいから嫌だ。)

(…そうですか。)

(というか、まだ? 結構来たと思うんだけど。)

(もうすぐです。裏手に着陸しましょうか。)

…こいつ、わざと遠回りしやがったな。俺の思想を測るために。まぁ、別にいいけどな。パールの中で完結してる分には問題ない。


その後、パールに誘導されて裏路地へ着陸する。

…怖いわぁ、マジで。暗いし、何か視線を感じる。もしかして影のモノか? あいつら夜は月の光を浴びに顕現してるらしいし。

(いいですか、マスター。合言葉は明日は雨だろ?、です。そうすれば奥の部屋に案内されるはずです。)

(分かった。)

…闇取引とか本格的に闇に手を染め始めてるよな。半グレとかよりやばそうだし、何でこうなってるんだ? そもそも何で冒険者カードを求めてるんだっけ?

(なぁ、何で冒険者カードを手に入れようとしてるんだっけ?)

(街に入るための身分証を得るためじゃないですか。あとは冒険者ギルドで狩ったモンスターを売るためです。)

(なるほど。)

(…ほらもうそこです。)

(あれか。)

…俺一人だったら絶対に入らない店だ。なんかひっそりとしすぎている。こういうところに道を踏み外した者が潜んでいるんだな。…入りたくねぇ、いくら仮面をしているとはいえ。


「カランカラン」


店の中に入ると白髪の男性がカクテル?を振っていた。客は俺のほかに二人。見たところは普通の冒険者っぽいけど、油断はできない。

とりあえず二人から離れているカウンターの席に座る。

「何を飲まれますか?」

仮面をした俺を見ても動揺していない。それなりの修羅場をくぐってきたのだろうか?

(パール、いきなり言ってもいいのか?)

(いえ、まずは一杯飲んでください。飲み終わってから言ってください。)

(…飲むのか。)

(嫌なんですか?)

(だって不味いもん。)

俺の口はまだお子様だからな、酒を美味しく飲めないんだよ。

それに酒のメニューの表が置かれていない。別にお金はあるからぼったくられてもいいけどさ、せめて値段ぐらいはあらかじめ知っておきたいよな。

「…甘めのやつで頼む。」

「かしこまりました。」

…しかし酒を飲むということは仮面を外すということ。幻術でいけるかな?

(パール、仮面を外しても大丈夫だと思うか?)

(ふふ、マスター、仮面の口部分を触ってみてください。)

(え?)

パールの言う通り、口部分に触れるとちょっとしたボタンがあった。

(それを押せば口の部分が開きます。)

「カチッ」

(おお、本当だ。お前、本当に有能すぎんか?)

(だから言ったでしょ。万事抜かりないと。)

(おみそれいたしました。)

これは助かる機能だわ。…やばいな、頭働いていない、眠すぎ。


「シャカシャカ」


「お待たせいたしました、こちらティターニアの雫です。」

わーお、洒落た名前。ティターニアってあの有名な精霊王の一柱だっけ。

酒に気後れしている様子を見せないようにすっと手を伸ばして受け取る。

「…ゴクッ」

…うーん、美味いんかい。炭酸イチゴジュースにアルコールが入ってる感じか。喉が熱い。

(どうです?)

(意外とうまい。これならもっと飲みたいかも。)

(そうですか。それならよかったです。)

ちびちびと飲んで、グラスを空にする。

「おかわりはどうされますか?」

(もういいよな?)

(はい、大丈夫です。)

(合言葉って明日は雨だろ?、だよな?)

(はい。)

…言いたくないけど言うか。声が震えそう。例えるならそう、音楽のテストで皆の前で歌わないといけないってやつ。本当にあれは嫌だ。

「いや、もう結構だ。それよりもマスター、明日は雨だろ?」

「…そのようですな。こちらに傘を用意してあります。どうぞお入りください。」

「助かる。」

マスターがカウンターに招き入れてくれ、備え付けられている扉の奥へ誘導される。その扉の奥には階段があった。

「お客様、あの上にお求めになるものがございます。」

「そうか。ご苦労。」

そこで役割を終えたのか、マスターはカウンターへと戻っていく。

「…あ~、こえ。」

(マスター、仮面の横の出っ張りを押してください。)

(え?)

「カチッ」

再び口部分が仮面で覆われる。

(ずっと空いてたのか。)

(はい。)

(だっせ。)

(誰もマスターの事なんて見てませんよ。)

(…意外とその言葉グサッと来るからな?)

(…変なところでメンタル弱いですよね。)

(それもやめい。)

俺は心が傷つかないように立ち回ってんだよ。

(で、行かれますか?)

(ああ。いざとなれば転移でさよならだ。)

(ええ。それが良いとも思います。)


「タンタンタン」



階段を上り、深呼吸をしてからノックする。

「コンコン」

「入れ。」

奥から聞こえてくる声に従い、入室する。

「ほー、これはまた奇特な人物がやって来たもんだ。」

顔に蛇の入墨をいれた男が話しかけてくる。

「…さっそくで悪いが、依頼を聞いてもらえるのだろうか?」

演じろ、俺。演じればいいだけだ。声さえ震えなければそれでいい。少し、大袈裟にいけ。

「構わんよ。それなりの見返りを求めるが。」

後半のセリフで男の声が低くなる。

圧がやばい。圧倒的武力が無かったら絶対こんな人生送ってないわ。チート万歳。

「金なら出す。」

「ほー。で、依頼とはなんだ?」

「偽造の冒険者カードだ。」

「それは登録済みのやつか?」

(パール。)

(登録済みのやつです。)

「ああ。登録済みのやつだ。」

「いくつほしい?」

「…5枚。」

とりあえず多めに言っとこう。いつか役に立つかもしれないからな。

「5枚もねぇ。何に使うかは聞かないが、かなり値が張るぞ。」

「構わん。」

「じゃあ、希望を聞かせてくれ。」

(希望ってなんだ?)

(性別、年代、級、出身地の中から最も優先したいものを答えるんだと思います。)

なるほどね。何を優先すべきか…。とりあえず級を優先した方がいいな。

「…そうだな。C、E、F級の男性のカードはあるか? できれば若いといいんだが。」

「ちょっと待て。」

男が机の引き出しを漁り、色々と探る。

「…これなんかどうだ? 二十代C級、十代E級、十代F級。」

ふむ、まあまあ条件に合致してるか。…いや、このF級は不味いな。帝国の都市で冒険者登録されてる。なるべくリスクは排除したい。

「…できれば小国で登録されたカードがいいんだが?」

「…ほーう。ならとっときのカードだ。ほれ。どうだ?、もう滅んでるからレア度は高いぞ?」

そう言って男が出してきたのはフォーミリア王国で登録されたカード。

一瞬身体が硬直してしまった。

…反応しづれー。俺のせいで国が滅んでるからな。ま、間接的な原因だけど。

(縁がありますね。)

(うっせー。)

「あとはユーミリア公国か、…おっ、こんなのもある。今は亡きラーマス王国のカード。あとはレザレア王国ぐらいだな。どうする?」

ユーミリア公国のカードは欲しいな。エドウィン・アルカイザーに干渉するときに使えるかもしれない。

「…そのF級のカードは必要ない。そっちの二枚と新たに出してくれたやつをもらおうか。」

「いいだろう。もういいのか? すでに5枚以上だが。」

「いや。あとは女性のカードをくれ。若くてD級以下で頼む。…ああ、これも小国なら助かる。」

「ったく、注文が多いな。…これならどうだ?」

「ふむ…、ああ、これで頼む。」

よくよく考えたらこんなのが流通してるって恐ろしすぎる。ちゃんと国も取り締まれ。

「偽造カード、8枚、そのうちレアが4枚。…合計白金貨1枚、大金貨5枚ってところだな。」

「レアが四枚あるのか?」

「ああ。そのフォーミリアと、ラーマス、んでユーミリア、タイテン辺りは手に入りにくいんだ。」

「そうなのか。」

(パール、金。)

(こちらです。)

ズボンのポケットから財布を取り出すふりをし、パールから金を受け取る。

(ポケットに直接金ってやばくね?)

(そんなこと言われても財布は避難船の中です。)

(じゃあ、しゃーねーな。)

「これで頼む。」

「白金貨2枚か。剛毅だな。…ほれ、大金貨5枚だ。」

御釣りとカードを受け取る。

「世話になった。」

ここで油断してはいけない。金を払うだけ払わせて始末しようとしてくるかもしれないからな。気が緩んだ時が一番危ない。

「くれぐれも内密にな。客は大事にしたいんでな。」

「無論だ。承知している。」

「ならいい。」


俺は周りに注意を払いながら来た道を戻る。

「おや、お客様。傘は見つかりませんでしたか?」

「ああ、でも今は降ってないので問題ない。すぐに帰るさ。」

「そうですか。では会計をお願いいたします。銀貨5枚です。」

「分かった。」

(パール。)

(分かってます。)

後ろに手を伸ばして金を受け取る。

「これで…。」

「確かに銀貨5枚ですね。またのご来店をお待ちしております。」

マスターの渋い声を聞き流し、店の外に出て裏路地へ向かう。

(見張られてるな。)

(国の諜報員かどうか、確認しようとしているのでしょう。)

(…俺の正体に気づいてないよな?)

(ええ、それは確実です。気づきそうなら私が手を打ってますよ。)

(そうか、ならいい、帰るぞ。)

その後、俺は一瞬で上空に転移し、爺さんの家へ帰宅するのだった。


〈気配が消えた? どういうことだ!! 高速で移動したには静かすぎる。どんな手品を使った仮面野郎!!〉

ジンが瞬間移動したため、戸惑う入墨の男。あの客は仮面で顔を隠しており、要チェックの対象であった。しかしもはや追うすべはない。

〈くそっ、面倒なことになった。あの御方に報告しないといけないのか。〉


ーー??ーー

「…ふふ、これはこれはわざわざ大陸にやって来た甲斐があるというものだよ。」

「俺とやろうってのか?」

「勿論。私の槍が通じるか、楽しみだね。」

「ふん、アレックス・アルマデア。」

帝国コロッセオの絶対王者アレックス・アルマデア、そして――

「ヒューリオリ・シルラン。」

槍の英雄の末裔。その二人が今――

「「いざ、参る!」」

ぶつかり合う。


先手を取ったのはアレックス、圧倒的な身体強化をバネにヒューリオリに襲い掛かる。

「ラァッ!」

鋭い横なぎの一撃。まともに食らえば身体が上下に別れるだろう。ただ、相対する男もまた怪物。

「いいね。」

微笑とともに受け流す――だけでなく、手首を柔軟に回し、下から上へと槍を跳ね上げる。

「ッチィ。」

〈やっべえー、ちょい舐めてたわ。〉

アレックスは受け流された感触を得るとすぐに身体を引いた。それが身を救った。

「ハッ、テメェ、結構やるじゃねえか。」

「ノン。まだ児戯、この程度は出来て当たり前。出し惜しみはなしで行こうか。」

爆発する魔力。それでいてアレックスとは異なり、静か。まさに噴火前の火山と同じ。

「まさかそこまでとはな。いいだろうッ、光栄に思え。俺の本気を見せてやる!!」


「バチバチッ」

アレックスの身体に光が迸り、二振りの魔法剣が出現する。色は青白。まさに生ける雷と化していた。これがあるからこそ、アレックスは長年にわたって帝国コロッセオで王者として君臨していたのだ。滅多に使うことがなかったとしても。


「ふふ、フハハハハハハハ、やはり大陸に来て正解だった!! まさか初めて戦う相手がこんなに強いとは。感謝してもしたりない。」

今度はヒューリオリの身体に風が引き寄せられ、風の槍が具現化する。そして纏うは風の衣。己が最強の技、攻防ともに優れ、負けるビジョンが見えない。しかしそれが今、少し揺れた。それは己にとって許しがたい事で望んだことでもあった。

二人は初めの得物を捨て、魔法剣を握る。それだけで凡俗とはかけ離れていることの証明となる。二人はすでにSS級冒険者をも射程圏内に捕らえていた。

そして二人が真に望むは――最強。

――それ以外の称号はいらない。ただそれが欲しい。だからこそ少なくともこんなところで負けるわけにはいかない。負ければ目標から遠ざかる。故に二人の戦いは美しい。



ーー??ーー

ヒューリオリ・・・182話

アレックス・・・144話

















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