第188話 導く者

「相変わらずいい湯じゃったなぁ。」

「爺さんはこの街に住んで長いのか?」

「そうじゃのう、子供が生まれた時にはもうここに住んでいたから二十年ぐらいかもしれん。」

「へー、爺さん子供いるのか。」

あっ、地雷踏みやがったこいつ。でもまぁ仕方ないか、普通子供が地雷だとは思わないもんな。

「…うむ。…よし、ではメネラウスよ、夕食を作るとしようぞ。」

「分かりました。」

ヒルデガオンを居間に残したまま、キッチンに移動する。

「今日作るのは儂の創作料理、カルパーオじゃ。」

カルパーオ、…聞いたことないな。味さえ良ければ何でもいいんだけどな。

「…カルパーオ。」

「材料は今日買ったこれらじゃ。フォレストボアの肉にチーズ、ハートソース、ナッツ、ヒイラギ草、香辛料・黒・白・赤・緑、そしてこれ、黄金の卵。よおく覚えておれ。これが基本となる。」

「分かりました。…それにしても本当に眩しいですね。」

文字通り、黄金の卵だからな。流石異世界だ。

「で、ここからが大事なのは材料の配分と炒める時間じゃ。これさえできたら何も怖いものはないと言ってもいいじゃろう。」

「そーなんですね。」

(パール、しっかりとアシスト頼むぞ。)

(アシストというか、むしろ私がメインなんですけどね。)

(細かい事は言いっこなしだ。世の中助け合いだろ?)

(私は助けなんていりません。マスターも同じでしょ? 助けを求めない代わりに助けない、私たちからすれば助ける回数の方が多くなりますからね。それでは公平とは言えません。)

(…マジレスすんなよ。そもそもお前って皆を助けるために開発されたんだろ? そんなことを言っていいのかよ?)

避難船に搭載されている人工知能の回答としては不適合すぎんだろ。

(…私がこの大陸の主要ポイントに探査機を飛ばしているのはご存じだと思います。それで主に王侯貴族を対象に監視を行っているのですが、彼らがひどい。自分たちの利益ばかりを追求し、他人を蹴落とすことしか考えてない。全員が全員そうであるとは言えませんが、大多数派です。一方で平民もひどい。彼らは政に不平不満を言うだけで何も変えようとしない。そして何よりSS級冒険者、彼らは世界を変える力を持ちながらもすべてを救う道を放棄しています。そんな彼らを救う価値なんてありますか? 博士が期待したのは全てを救う道です。)

(…それは極端じゃないか? 皆生きるので必死なんだよ。俺だって力を持ちながら遊びまわってるだろ?)

やばいやばいやばい、こいつ思想が尖ってきてる。これって俺のせい?? いや、俺はこんな過激じゃないぞ。したのか?

(マスターは例外ですよ。そもそもこの世界に執着していないでしょうし、責務を自覚したうえで放棄しているのですから。何より視点を高くしようと思えばできるじゃないですか。)

パールの言葉が胸に刺さる。

もし俺が銀の魔力を解放してSS級冒険者と各国の王族を殺せば、俺が頂点に立つ。そうすればこの大陸から戦争はなくなるだろう。貴族は反発するかもしれないが、圧倒的武力暴力で抑え込めばいいだけし、何なら貴族の仕組みを無くせばいいかもしれない。もちろん様々な問題は起こるだろうが、俺には抑え込むだけの力に加えてパールが居るし、本物かは分からないが永遠の命を手に入れる宝石だってある。それにもし本物じゃなかったとしても、俺の死後もパールが俺の影武者を務めればいいだけだ。後継者の問題は生じない。…そう、俺なら世界を変えられるのだ。それはもう時代を変えると言っても過言ではない。ただ悲しいかな、俺には自由を失う――世界に君臨する覚悟がない。この世界のために全てをささげる気はない。

(…俺を軽蔑するか?)

(いいえ。それが普通だと思いますし、マスターらしいと思います。)

(…何とも言い難いな、それは。)

結局俺は小心者ということだ。


「でな、メネラウス、次は小さじ一杯分だ…」

「分かりました…」


〈でも、もし仮に導くものが現れたとしたら私は…〉


その後、爺さんの指導の下、料理を作り続けようやく完成した。

「ふむ、完成だ。味はどうじゃ?」

「…おいしいです!」

認めるしかあるまい、この爺さんは料理の天才だ。よくもこんな複雑な味が出せるな。さながら音楽のメロディーのようだ。

(声が弾んでいますね。)

(だってマジで美味いもん。出ていく決意が揺らぎそうなレベルだ。)

俺が家を出た後でも爺さんは料理を作るかな? 他の料理のレシピも欲しい。料理を作ってくれないとパールが真似できないのがなぁ、かといってこの家に残るのは嫌だし。

(残りますか?)

(それはない。パール、お前料理作れない?)

(博士が創造能力に制限をかけています。外してもよろしいですか。)

(制限がかけられているのか?)

(はい。まぁ、悪用防止でしょう。創れないことはないのですが、時間がかかります。)

(料理でも時間がかかるのか?)

(はい。回路が解除されるので、思考が維持できないんです。)

(なるほどね。)

…博士が制限をかけたならかけ続けた方がいいか。核とか作られても困るしなぁ。でも美味しいご飯は捨てがたい。

(どうされます?)

(料理に関する能力だけ解放ってできないのか?)

(無理です。)

(そうか。ならそのままで。)

(了解しました。相変わらず慎重ですね。)

(うっせ。変えるのって勇気がいるんだよ、何事も。)

特に、神になれるかもしれないこいつを変にいじる気にはなれない。


「そうか、では食卓まで運んでくれい。主も運んでくれい。」

「よっしゃ。待ちくたびれたぜ。」

何もせずともご飯が出てくるっていいご身分だな、おい。不味いとか言ったら許さんからな。

…少し前世のお母さんの気持ちが分かる気がする。ご飯不味いって言ったらブちぎれられたもんな、なら食べなくていいって。


料理が食卓に運ばれ、各自席に着く

「それでは、いただきます。」

「「いただきます。」」


「うんめぇー。なんだこれ!? 初めて食べたぞ。」

だよな、俺も超感動したもん。

一心不乱にフォークらしきものを使って食べ進めていく。

「メネラウス、水も飲みんさい。」

「…はい。」

その後も美味しく食べ進めていると、パールが話しかけてくる。

(マスター、今日は偽造の冒険者カードを買いに行くんですよね?)

(ああ。そのつもりだけど? 何かあった?)

(いいえ、確認しただけです。今日はお疲れでしょうから。)

(あー、オペレーションZのときみたいに行くのやめるって思ったのか?)

(はい。もしそうなら起こすのは忍びないですから。)

(行くよ。明日には出ていくからな。)

(了解しました。)


「メネラウスよ、明日からビシバシと鍛えるからの、ゆっくり休むんじゃぞ。」

「分かりました。」

「料理人メネラウスか、頑張れ、応援してるぞ。」

こいつ、なんて軽いノリなんだ。勝手に人を弟に見立てるのはやめてほしい。

「ハハ、そんな睨むなよ、俺は本気で応援してんだぞ?」

「…そうですか。」

「どうだ、俺と一緒に剣の腕も上げないか?」

「結構です。そもそも剣を持っていないので。」

「なら買ってやろう。」

「いや…」

「メネラウスはもうすでに剣を受け取る先約がある、残念だったな、ヒルデガオンよ。」

「えっ、誰にもらうんだ?」

「天下三匠よ、名はガンギス・ロード、聞いたことあるじゃろ?」

「ま、マジかよ。俺も剣を作ってもらおうとここにやって来たんだ。」

「そうであったか。」

「ああ。前回来たときは未熟者には作らんと断られて。」

「あやつは客を選ぶからな。」

「でもメネラウスはお眼鏡にかなったんだろ?」

「そうじゃな。」

「くぅ~、いいな。」

そう言うヒルデガオンの瞳は笑ってなかった。瞳の中に渦巻くは嫉妬。

こいつもすべてを剣に注いでるのか? …もしそれで大して努力してない奴に負けたらどうすんだろ。今までの人生の意味が問われるよな。

「メネラウス、明日の朝、包丁を受け取りに行くのも忘れるでないぞ。」

「…あ、はい。分かりました。」

すっかり忘れてたわ。


それから料理を食べ終えた俺は早々に自分の部屋に戻り、寝る準備をする。

(じゃあ、夜中に起こしてくれ。あと、白の仮面って確か二枚あっただろ?)

オークションにはミリアも行ったからな。

(はい。ありますが?)

(一枚は黒に染めといてくれ。それを着けていくからな。)

裏の場所では幻術無効化の魔道具があってもおかしくないからな、物理で顔を隠すのが安全だ。

(了解です。)

(じゃあ、お休み。)

(はい、いい夢を。)

〈…やはり来ますか。〉


ーー??ーー

「兄者、僕は戦いたいよぉ。」

「…計画より早まっちまうがいいだろ。もう5人も殺してるからな。今、あのジジイが死んでも疑われねぇだろ。」

ケルビンで起きていた連続無差別殺人事件はこの街に巣くう裏の者たちが起こしたものであった。すべては土地の取得のため。

「僕は僕は僕は負けてないぃぃー。」

「落ち着け!! 俺が一番知ってる。」

「なら今から行ってもいいぃ?」

「…今日は駄目だ。準備がある。決行は明日だ。」

〈あのガキ、なかなかやるからなァ。全員呼ぶか。まったくタイミングが悪い。不確定要素はなるべく増やしくなかったってーのに。〉

「明日。明日だね?」

「ああ。」

「くふ、どうやって殺してやろうかなぁ。」

再開発には欠かせない土地。遠い異国の怪物も欲している。ここでこければ先はない。


ーー??ーー

「マーテル公国は随分粘っているようだな。」

「ハッ。しかしモンスタースタンピードも発生し、国内はガタガタです。じきに堕ちるでしょう。」

「…私はそうは思わぬ。」

「どういうことでしょうか、スカーレット様?」

現実的に考えてマーテル公国はもはや風前の灯火。あと一押しで陥落するだろう。

「感じるのだ。まだ終わらぬ、足掻こうとする炎が見えるのだ。」

「ハッ?」

マーテル公国の方を向きながら、隠し切れない戦争を求める瞳で以って言う。

「本当に恵まれているな、私は。よき時代に生まれたものだ。」

そう遠くない未来、大陸が戦火で包まれる様子を幻視する。

〈成人まであと2年。待ち遠しいものだ。〉

スカーレットは手を天に掲げ、高らかに歌い上げる。



「絶対に勝つぞ、皆。我らクレセリア皇国こそが世界に君臨するのだ!!」



「「「「「「「「ハッ」」」」」」」」




ーー??ーー

「よお、ネームズ。元気にしてたか?」

ノルヴァリアが会いに来たのは幼い頃、遊びまわった親友の一人。彼ならきっと己の力となる。

「はぁ、いいのか、帝位争い中の皇子がこんなとこに居て。」

「そんなこと言うなよ、友達だろ。」

「それで今日は何しに来たんだ?」

「分かるだろ?」

「ハァーーーーー、嫌だぞ? 帝位争いに関わるなんて。」

「ジャックは協力してくれたぞ?」

「それはあいつの家が商会だからだろ? 俺は一般人だ、家族もいるし迷惑はかけられない。」

「…一つ聞きたいんだが、俺が負けると思っているか?」

「…手段を選ばなければ勝てると思う。けどお前はその覚悟があるか? 今回帝位争いが参加を決めたのは何故だ? そこに自分の想いはあるか?」

「今はある。」

その言葉に眉を顰めるネームズ。ノルヴァリアの回答が予想外だったのだ。どうせ無い、そう答えると思っていたのだ。

「始まりは家族を守るためだった。中立でさえいれば問題ないと思っていたが、そうではないと思い知った。だから皇帝になれば家族を守れると思ったんだ。でもな、帝位争いに参加しているうちに知ったんだ、純粋にこの国を良くしようとする者、この国が好きで仕方がない者、困っていれば互いに助け合う者、形は違えどもこの国を愛する者たちが大勢いた。それらを見てたらさ、捨てたもんじゃないと思ったんだ。…いいか、一回しか言わないぞ? やっぱり俺はこの国が、帝国が好きだ。だから俺が導きたいんだ、他の奴らでもそれなりに導けるかもしれない。でも最善じゃない、最高じゃない。俺が皇帝になることこそが最善だと確信している。だってさ、他の奴らは知らないだろ? 今日を生きるのでさえ、ままならない人々がいることを。俺も知らなかった、お前らに誘われて貧民街に行くまでは。でもさ、そこに住んでいるのも同じ人間なんだ、同じ帝国の人間なんだ。だからみんなを導くために俺は頂点に立つ。みんなが笑って暮らせるように。それが今の俺の皇帝になる理由だ。協力してほしい。」

深々と頭を下げるノルヴァリア。

これで帝国の皆が笑えるようになるなら何度でも頭を下げよう。自分は帝国に生まれ、帝国を愛した。そして皇族だからこそ、往ける道がある。

「………頭を上げろ。」

「…」

「いいだろう、協力してやる。だがその決意はゆめゆめ忘れるなよ。ブレたなら即座に俺は下りる。」

「勿論だ。」

ネームズは己の主となる人物に膝をつく。

「ネームズ・ポンドはノルヴァリア殿下にお仕えすることをお誓いいたします。」

「ああ、よろしくな。ネームズ。」



「それで今の状況はどうなのでしょうか?」

「…お前の敬語は慣れないな。」

「隙を見せるわけにはまいりませんので。」

「それは助かるけどさ。…今の状況はそう悪くはない。これからボルボワ商会以外を排除しようと思っている。他にも友達をスカウトしようと思っているんだが。」

「なるほど。ならエルフィスを引き入れましょう。」

「エルフィスか、懐かしいなぁ。今何やってんだ?」

「色街を仕切っているはずです。」

「…マジか。あのなよなよした女が。」

「その認識は改めた方がいいですね。表ならそんな力を持っていなくとも裏なら帝都の支配者と言っても過言ではないです。」

「本当に俺の知ってるエルフィスかよ。」

「行けば分かります。さぁ、行きましょうか。」


ノルヴァリアの王道に賛同する者が一人増えた。世界から見れば些少な変化だが、ノルヴァリアにとっては大きな変化だった。王侯貴族を嫌う彼が自分を認めてくれたのだから。



ーー??ーー

「聞きましたか、シャンデリア殿下の話?」

「ええ。聞きましたとも。真実だとしたら恐ろしい話ですなぁ。」

内務省で裏切者とされた者たちは抵抗したとされ、全員殺された。もちろんそれを真に受けるものはいない。彼ら彼女らは保身のために切り捨てられたのだ。

「…また情勢が悪化しますよ。」

「ですなぁ。いかに不正の証拠があろうとも巻き込まれた者たちの家もよくは思わないでしょう。今はまだ持ちこたえていますが、堕ちるとなれば敵に回るかもしれません。」

「まったく、若輩者には帝位争いは手に負えません。」

「それも仕方ないでしょう。今回は前回と違って殿下方が優秀すぎますからな。現にいくつかの公爵家はまだ態度を決めかねているのが良い証拠です。」

「…できれば穏便に決着がついてほしいのですが。」

その言葉に最凶の双子の姿が脳裏によぎるご老公。

「なーに、行きすれば陛下がお止めになられる。」

「本当にそう思われますか? いくら陛下が止めても殿下たちが従わなければ意味がないでしょう。」

「さすがにそこまで愚かではないと思いますがなぁ。」

「…この話はここまでにしましょう。ところで陛下がトランテ王国・エナメル王国と一年の不可侵条約を結んだのはご存じですか?」

「ええ、知っておりますとも。皆、噂しております。」

「この機にマーテル公国の攻略に取りかかるのでしょうか?」

「暗部辺りは動いていてもおかしくありませんなぁ。しかし西部は貴族がだいぶ減って帝国は代官を派遣しておりますからな、新たに領土を手にしても持て余すでしょう。」

「ただでさえ貴族間の駆け引きが激しくなっているというのに。」

「ですから、陛下も当然その点は考慮されていると思いますよ。」

〈とはいえ、今代では領地の配分は決まらんだろうなぁ。次代の皇帝が側近に分け与えるだろう。これのせいで帝位争いが先鋭化しているのは間違いない。〉

「しばらくは静観といったところでしょうか。」

「ですなぁ。」


ーーーーー

追記:好きなキャラとか教えてほしいですね。いなかったら…泣きます。









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