第187話 再会

「それで俺をこんなところに連れてきてどうする?」

辺りには人の気配がない薄汚れた路地。こいつらのテリトリーか?

「…それが本当の姿か?」

〈昼間の時とは違いすぎる。〉

「それを知ってどうする?」

大丈夫、俺の方が強い。いざとなればこんな奴ら殺して海に放流でもすればいい。なんなら火魔法で灰すら残さず、燃やせばいい。

「生意気だな、おい。てめぇ、自分の立場分かってやがんのか、ああ!?」

「そうだよ、兄者の言うとおりだよぉ。」

っち、きもい喋り方だな、腰巾着風情のチビデブが。

「これでも分かっているつもりだ。それでもう一回聞くが、俺に何の用だ?」

「…分かってねぇじゃねえかよ!!」


「ブン」

…遅い。そんなのが当たるかよ!!


大きく振りかぶって殴りかかってくるチンピラの一撃をバックステップで躱し、反撃の蹴りを入れようとする。だが――


「結構速いねぇ、きみぃ。」


…このチビデブ!!

割り込むように腰巾着が低い姿勢で突っ込んでくる。しかもかなりの速度だ。この身体強化じゃ勝てない。

咄嗟に身体強化の出力をあげ、反応速度を上げようとする。しかし――

「うんうん、才能もあるよぉ。でも基礎がおざなりだねぇ。」


「ドッ」


ここに来てチビデブがさらなる加速を見せ、俺の腹に拳が突き刺さる。しかもそれは的確に俺の鳩尾をえぐった。

「…っは!?」

(マスター!)

痛ぇ。息が…、回復まほ!?



「ほーら、戦いの途中で弱みを見せちゃだめだよォ…」

続けて鋭い蹴りが飛んでくるが、息が詰まって動けない。咄嗟に腕で庇うも、大きく吹き飛ばされた。


「やっぱ強ぇな、ヤン坊は。」

「だな。伊達に傭兵上がりじゃねぇ。」

「戦場か。俺も行ってみてぇな。」

「ハハハ、お前が戦場なんかいってみろ。すぐにお陀仏よ。」

「ああん!?、テメェも人のこと言えないだろうがよ。」

「レベルの低い言い合いだな。」

「「んだとォ!?」」


…くそったれ、正直舐めてたぜ。これが対人戦か。このチビデブが殺す気で来てたらヤバかったな。

即座に魔法でダメージを回復し、立ち上がる。

もう油断しない、敵は潰す!!


「うんうん、タフなのはいい事だよぉ。でもそれじゃあ、勝てない!!」

チビデブの頭によぎるは消えない悪夢。十数年前、トランテ王国は帝国と争い、敗れた。その際、自分はトランテ王国側に参戦し、悲惨な目に遭った。これまでずっと勝ってきた、これからもそうだと思っていた。

しかし――


『あんだよ、まだガキじゃねぇか。さっさと帰ってママのおっぱいでも吸ってな。』


あのときの屈辱と言えば言葉に出来ない。

〈オイラは負けてないんだよォ。負けたのはトランテ王国なんだよォ。〉


「…ごちゃごちゃうるせぇ、死ねよ!!」

魔力そのもので剣を作り出し、斬りかかる。しかし、素顔なのを気にしてあまり本気で動けなかった。

くそ、理性がブレーキかけてやがる。正しいっちゃ、正しいんだけどな。

「それはぁ!?」


「シュッ」

チビデブは何とか紙一重で反応するが、額にかすり傷を負った。


…手加減しているとはいえ、やはり反応速度が異常に速い。こいつも持ってる側の人間か。でもそれは俺も同じこと。できれば自然な感じに戦いかったが、仕方がない。フルの身体強化で殺すか。目撃者ゼロなら問題ねぇだろ。

だが―――

「なぜなぜ貴様がそれを使える!!、僕でさえ無理だというのにィーーー、ああああああああ。」

チビデブが突如、叫び出した。

…ええ、急にキャラ変っすか。なんか醒めるわ。

(おうちに帰りたいよ、もう。)

(…平常運転ですね。お腹の方は大丈夫ですか?)

(ああ。もう痛みはない。でも反省点は多いけど。)

(そうですね。マスターはもう少し人体について学ぶべきです。鳩尾に入った時、すぐに対応できていませんでしたからね。)

マジで鳩尾にパンチを食らった時はやばかった。一瞬、思考が飛んだもんな。モンスター相手とは違った。

(ハァー、まーたお勉強か。)

(知識があれば応用が利きますから。)

(…それはどうだろ。)


急に発狂しだしたチビデブを警戒しつつ、パールとそんな会話をしている間にカウンセリングが始まった。

「落ち着け、ヤン!! お前は負けてない!!」

「あ、兄者…」

焦点の合わない目に光が戻る。

「もう一度言うぞ、お前は負けてない。」

うーん、何かのパスワードかな。たまに小説で自分に自己暗示をかけてその催眠を解くためのキーワードを仕込んでるって設定があるけど、こいつもそういうタイプなのか?

「ぼ、僕はまけてない。」

「ああ、そうだ。お前は負けてない。」

茶番にもほどがあるだろ。あんだけあった殺意が霧散してるんだが。もしかして勝てないと思ってこんなことをしているのか?


その後もこの流れが続きそうだったので、とりあえず断ち切る。

「なぁ、もう帰っていいか?」

 

〈っち、ヤンがこの状態じゃ使いもんになんねぇ。〉

「好きにしろ。だがな、長生きしたいなら賢く生きろ。テメェなら分かるはずだ。」

それは同感だ。付け加えて言うなら勝てないやつに喧嘩は売るなってな、俺みたいな。

「……」

顔を晒している以上、長居は出来ないので早々に表通りへ戻る。

すでに日が暮れ始めており、表通りも薄暗くなっていた。

(目つけられましたね。)

(今更だな。でも明日には出ていくから問題ない、…と思いたい。一応奴らの監視を頼む。) 

(了解。)

(…ところでまだ爺さんは風呂に入ってるのかな?、結構長湯じゃね?)

(お年寄りですから。)

(理由になってんのか、それ?)

その後もパールと会話しながら爺さんを待っていると、どうやら入浴中に仲良くなったのか一人の男性とこちらへやってくる。

ゲェッ!?、あいつはあのときの…

(また再会しましたね。)

(…悪夢だ。)

「おっ、メネラウスじゃないか。今朝ぶりだな。」

(…こいつの名前なんだっけ?)

(ヒルデガオンですよ。)

(長いなぁ。名前も長いけど今日一日も長い。)

(濃密なのは確かですね。)

「どうしてあんたがここに?」

「ああ、それは…」

「これ!!、メネラウス。目上には敬語を使わんかい!!、社会常識ぞ。」

あーあ、言っちゃったな、もう知らね。すぐに出ていって泣かしてやるよ。ひとり寂しく暮らせ。

「…すいません。」

「おお、あのメネラウスが謝っている。というか、爺さん、弟子ってメネラウスのことだっだのかよ。」

「なんじゃ、お主らは知り合いか?」

「ああ。」

いや、朝に少し挨拶しただけで知り合い判定はやばい。というか、ヒルデガオンは敬語使わなくていいのかよ。ダブルスタンダードとか見損なったわ、クソジジイ。

(やっぱ老害だわ、こいつ。年取ったらこんなのになるのか?)

(マスターは確実になるでしょうね。)

(…否定できないっ!)

そもそも年を取ってから権力を握る構造を何とかしないと駄目な気がする。まぁ、若過ぎても駄目なんだろうけど。

(大事なのはバランスか。)

(仰るとおりかと。)


「でな、メネラウスよ、今夜、こいつがうちに泊まりに来ることになった。」

「は、はい?」

いつの間にそんな話になった!! 聞いてねぇぞ。

「ま、一人増えたところで大して変わるまい。」

いや、むちゃくちゃ変わるだろ。二人から三人なんて子供が生まれたようなもんじゃねぇか。…とか言っても否定するんだろうな。とりあえず財布を返そう。

「…お師匠様、こちらをお返しします。」

「おっ、すっかり忘れておったわ。ジュースは美味しかったか?」

「はい、美味しかったです。」

「それは良かった。では家に戻るとしようぞ。」


ーー??ーー

「それでジンはどうしたんです?」

応接室へ来るまでの間に落ち着いたアレクは冷静に尋ねる。

「まずはこれを見ていただきたいのです。」

「これは…」

学園長に差し出された紙を見てみると、そこには何やら簡潔に文章が書かれていた。


『旅に出ます。

  ジン』

「こ、これはどういうことです!?」

「見ての通りです、アレク殿。どうやらお子さんは旅に出たようです。すでに筆跡鑑定もしておりますが、どうやら本人が書いたもので間違いはなさそうです。」

「いや、これは何かの間違いだ!! ジ、ジンが勝手にどこかに行くなんて…。」

狼狽を隠せないアレク。これまでずっといい子だったのだ。問題行動を起こしたことが信じられない。

「と、アレク殿は仰られていますが、いかがでしょう、バン先生?」

「…そうですね、授業態度に大きな問題はありませんでした。ただ、時折手を抜いているように見受けられる場面もありました。」

バンはジンから受けた印象を率直に語る。これまでの生徒の中にも彼のような人物は存在する。何回か経験していればいくつかの生徒像が完成する。

「なるほど。もしかしたら彼は退屈していたのかもしれませんね。あからさまに上級貴族の子供より上回るのはよくありませんから。」

さりげなくジンが旅に出た責任はそちらにあると押し付ける学園長。

「…いないのは確かなんですよね?」

「はい。」

「ジンを探してはいるんですか?」

「…お答え辛いのですが、返答はいいえ、です。」

「なっ!?」

「落ち着いて聞いてください。いいですか、昨今の国際情勢は危ういバランスの上で成り立っています。ただ一学園が一学生のためにそのバランスを崩すわけにはいかないのです。教師も帝国貴族ですから。」

「しかし…。」

「それに今回の場合、自分の意思で出ていったというのも厄介です。そこまで面倒は見られません。」

学園長はアレクに反論する間を与えず、畳みかけるように言う。

「…分かった!!、もういい!! 探す気が無いなら無いと言えばいいじゃないか、行くよ、マルス。」

〈冒険者に依頼を出すしかない。…父上たちも肝心な時に居ないし!! …参ったね。〉


ーー??ーー

あらかじめ決戦地を選んでいたオルガは迷うことなく進軍させる。

その一方――

「報告いたします。前方5キロ、ジルギアス王国軍がこちらに前進してきております。」


「なに!?」

「来ましたね。」

「奴らも我らの存在に気が付いていると見た方がいいだろうな。」

「迎え撃つか、引いて様子を見るか。」

「いや、ここらで一戦交えるべきです。戦力の差は一目瞭然。」

にわかに沸き立つ連合国上層部。それを見極めるはタイテン王国参謀。しゃしゃり出るはレザレア王国総司令。

「静粛に。まずは詳しく伝令を聞こうではないか。報告を。」


「ハッ。戦力はおよそ一万八千、隊列横幅四百メートル、隊列縦幅四百メートル。重装騎兵二千、騎兵六千、歩兵一万。前列に重装騎兵、前列の端に騎兵が並んでいます。なお、魔導士の姿をしたものは見受けられませんでした。」


「騎兵六千か。そんなにいるのか…。それに総勢一万八千とは。相手も本気だな。」

「蛮族ですからな、配分というものを知らないのも道理です。」

「しかし我らはその倍以上いる、勝てるのではないか?」

「そもそもぶつかるとしたら…おそらく、ここですかな。」

ひとりの高級将官が地図上で指をさしたのはマミリヤ平野。山に囲まれているのが少し気になるが、戦場としては申し分ない。

「ですね。どうします? 戦日和だとは思いますが。」

ポツリポツリと連合国軍総司令官に視線が注がれる。

「ここでジルギアス王国を叩く!! 総員出撃準備だ。」

「「「「ハッ」」」」


〈誘い出されているような気もするが…。ま、勝つにしろ負けるにしろ、わが国には益がある。お手並み拝見と行きますか。〉


ーー??ーー

「オルガ様、どうやら奴らも戦う気満々のようです。」

「そうだろうな。そのために戦力を少なく見せかけた甲斐があるというものだ。」

「まさかそのために追加の人員の上陸を…」

「そこまでだ。念のためな?」

「ハッ、申し訳ございません。」

オルガは最初二万で上陸し、東部諸国連合の一国を落とした。

それは正しい、が――

その後に本国から応援を呼んでいたのだ。巧妙に情報が漏れないよう、注意を払いながら。

〈追加の五千。それで詰みだ。〉

ーー??ーー

「エドウィン君、エナメル王国が帝国と不可侵条約を結んだようだ。この意味が分かるね?」

「はい。」

「上はもうてんやわんやだよ。今更従属するのは認められないだろうしね。」

「何も問題はございません。要は勝てばいいだけの話です。」

〈聞きたいのはこれだろう? 俺が勝てるかどうか。〉

「これは大きく出たね。果たして勝てるかな?」

「閣下に勝利をささげましょう。」

「…楽しみにしているよ、エドウィン大隊長。」

〈負けるつもりはサラサラないか。…末恐ろしいな。始末すべきか?〉

「御意。」


「コンコン」


「誰だ?」


「私です、お父様。エドがこちらに来ていると伺いました。」

「耳が早いね。入っていいよ。」

「はい!」


「ごきげんよう、エド。」

「おじゃましております。セルフィーユお嬢さま。」

「今日は夜までいるのかしら?」

「いえ、この後は大事な商談が。」

「むう。」

「セルフィーユ、あまり困らしてはいけないよ。彼は大商会の長なのだから。」

「すべては閣下のおかげでございます。」

「謙遜だな。君の能力あってこそだよ。これからもよろしく頼むよ。」

「勿論です。」

「もう下がっていいよ。」

「はい、失礼いたします。」


「あっ、エド、少し…」

「待ちなさいセルフィーユ、お前に話がある。」

「…はい、お父様。」

エドウィンの足音が聞こえなくなったところで話す。

「いいか、あいつは平民。まかり間違っても対等に接するなどあってはならん。」

父の言葉に血の気が引くセルフィーユ。

「そんな!」

「いいか、セルフィーユ、平民と我らは違う。奴らをうまく使ってこその貴族よ。」


それを部屋の外で聞く怪物。

〈だよな。あんたもそういう認識か。助かる、遠慮なく潰せるからな。ただ願わくば――〉

「そんなことを言うお父様なんて嫌いです!!」

その声が聞こえた瞬間、エドウィンは気配無く猛スピードで移動する。


「ガチャッ」

目に涙をためつつ、部屋を飛び出していくセルフィーユ。

後に残るはため息をつく父と、歪んだ顔をした怪物。

「あの下民に会わせたのは間違いだったか。」


「っち。」


ーー??ーー

「伝令、伝令。シュバルツ総司令に通達です。」


「ようやくか。報告しろ。」


「ハッ。陛下はトランテ王国、エナメル王国、双方とも一年の不可侵条約を締結することを聖断いたしました。シュバルツ総司令に当たっては代わりの司令が到着したと同時に軍を率いて帝都に帰還されるように、とのことです。こちらの通達でもご確認ください。」

「ご苦労。下がれ。」

「ハッ」


「…やっと帰れるぞ。」

「ですね。しかし思ったよりも帝都の被害は大きかったようですね。まさか両国とも不可侵条約を結ぶとは。」

「とりあえず帰還の準備だ。用意をしろ!!」


ーー??ーー

「シャンデリア様、外国の商会がお会いしたいとのことです。」

「どこかしら?」

「ニュークリア商会です。」

「ニュークリア商会…、聞いたことあるわね。」

「はい。ここ数年で伸びてきた商会です。どうやら本部はユーミリア公国にあるようです。」

「へー、なるほどね。」

〈帝都に進出するための足掛かりってところかしら。〉

「どうされますか?」

「会うわ。味方は大いに越したことないもの。」

「御意。では都合のいい日を教えてください。向こうに伝えておきます。」

「わかったわ。」

ーー??ーー

「難儀ですな、ノルヴァリア様。」

「全くだ。職がないとここまで動きにくいなんてな。」

「ですから日頃から公務をサボらないようにと言ってきたのに、あなたと言えば。」

「オッケー、オッケー、分かってる。」

〈とはいえこのままじゃ不味い。財務大臣の椅子もまだ空かないし。…とりあえず帝都からボルボワ商会以外を排除してやろう。…いや、やっば駄目か? 混乱は確実に起きる。民心は下がるだろうな。それにこの情勢下じゃ、下手したら俺まで火の粉が飛んできかねない。…それでもやるしかない、か。要はバレないようにやればいいだけだ。〉

やることも特にないノルヴァリアは帝都でお掃除でもしようと決意するのだった。



























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