第185話 銭湯

買い物を終え、やっと店に戻ってきた。長い1日だった、本当に。

(つーかれったなー、つかれったなー、お腰に…ハァ。)

(急に歌なんて歌ってどうされました?)

(疲れ過ぎてさ、もう無理。)

(同情しますよ。まだ、十二年しか生きてないというのに。…前世では何歳まで生きたかは知りませんけどね。)

(…)

…ちょくちょく前世の事を探ろうとしてくるよな、こいつ。絶対に言わねぇけど。


〈マスターのガードが固いですね。これはじっくり崩しますか。あっさり言うと思ったんですけどね。〉


その後、食材を仕分けて一息つく。

「ふむ、では材料も揃ったことじゃし、とりあえず風呂にでも行くとするか。」

行く? どういうことだ? まさか二人でお風呂に入るわけじゃないだろうな?

「…そうですね。」

(パール、どこに行くんだ?、意味がわからないんだが?)

(庶民がお風呂に入る方法なんて一つしかありませんよ。銭湯に行くんです。)

(マジかよ。ダルいな。家に風呂はないのか?)

(お風呂なんて高級品ですよ。金持ちにしか許されてません。)

(っち、風呂ぐらい完備しとけよ。これだから貧乏人は。)

(マスターも貧乏性でしょうに、何を言ってるんです。)

(甘いな。俺は貧乏性なだけであって貧乏じゃないんだ。使うべきときには使うさ、お金持ちだからなぁ!!)

(違法に入手したお金ですけどね。)

(それはいいっこなしだろ。資金洗浄でもするか?)

(必要ないですよ、少しずつ使う分には。)

(マジレスどうもありがとう。…ちなみにこの髪は濡れても大丈夫なんだよな?)

(はい。魔力を通さない限りは。)

(なら大丈夫か。)

「メネラウスや、そういえばヌシはどこらへんに住んでおる? ここらで見たことはないんじゃが。…それよりも、あの時はつい興奮して儂の家に泊まれと言ったが、大丈夫か? 親御さんも心配するじゃろ?」 

あーね、この街に住んでると思ってるのか? まぁ、手ぶらだったしそう思うか。でも、買い物までしてるし、今更っちゃ今更すぎるけどな。

…しっかし、参ったな。なんて答えたらいいんだ? 荷物が無いのに旅の途中とか言ったら面倒くさそうだしな。

「…親はいないので大丈夫ですよ。今は冒険者として生活しています。」

ぐぁぁぁ、口が勝手に何か言っとる。出任せにもほどがあんだろ。ゼロの冒険者カードを使うわけにはいかないっていうのに。…念のため今夜にでも買いに行くか。

(これは是が非でも偽の冒険者カードが必要になりましたね。今回ばかりはマスターも対応を誤った感じですかね。)

(…くそぅ。…いいや、まだだ。まだ軌道修正はできるはずだ。)

諦めたらそこで試合終了なんだよ。諦めてたまるか。

(………今夜、冒険者カードを買いに行こうか。)

(了解です。)

「そうか。すまぬ、つまらぬことを聞いてしもうた。」

つまらぬことってひどくね? 本当だったらどうすんだよ。たぶんキレて出ていくぞ。

「…よし、メネラウスよ、風呂に行こうぞ。汗を流せばスッキリするじゃろう。」

「ですねー。」

(棒読みですね。)

(しゃーねーだろ。銭湯とか行きたくねーもん。)

銭湯に行くぐらいなら水魔法で身体を洗い流したほうが精神的にも楽だ。おっさんの入った風呂だって事を考えると気持ち悪いんだよ。水虫も持ってるかもしれないし。

(いいじゃないですか。裸の付き合いとも言いますし。)

(そんなのクソ喰らえだ。お風呂くらい一人でのんびりさせてくれよ。)

(残念ながらその願いは叶いませんね。)

(冷た。急に突き放してくるのは何なの?)

(新たな返しも作らないと進歩がないじゃないですか。)

(…そうか。)

お約束みたいなかんじで俺は嫌いじゃないんだけどなぁ。まぁ、そういう機微は分かんねぇか。

「…メネラウス、お主さえよければずっとこの家に居てもいいんじゃからな?」

結構です、結構です。こんな生活続けてたら身体がもたんわ。それにテメェが死んだら俺が喪主をするんだろ? そんな面倒事は死んでもごめんだ。血も繋がっていない他人のために骨を折る気はねぇよ。

(よかったですね、マスター。ここから第二の人生が始まりますよ。)

(ざけんな。俺は何にも縛られない、縛らせない。俺は自由に生きるんだ。今こうしているのは俺にもメリットがあるから。じゃなきゃ今すぐにでも出ていくさ。)

誰かのために浪費する時間なんてない。…でもまぁ、いつか浪費してもいいと思えるような人と出会えたらいいよな、ほんと。

「…お気持ちはありがたいです。でも俺は世界を見て回りたいんですよね。」

「そうか、そうか。メネラウスがそう決めておるなら儂が口を出すのはお門違いというものか。」

そのとおり。爺さんは黙って料理のレシピを提供してればいいんだ。精々俺が有効活用してやるさ。

「…。」

沈黙は金。

「では気を取り直していこうかの。メネラウスの服は…小さい頃の息子の物でいいじゃろ。」

「子供がいるんですか。」

「うむ。成人してすぐに家を飛び出したがな。…今頃どこで何をしているのやら。」

…新情報キター!! …別にいらねぇな。

「まぁ、息子の事は置いといて。ちょいと待っておれ、すぐに服を用意しよう。」

そう言うと爺さんは二階へ行った。


「はぁ、しんど。」

(漏れてますよ。)

(漏らしてんだよ、分かれよ。)

(…マスターは複雑怪奇。)

(俺だけに焦点当てるなよ。人間が複雑怪奇なんだよ。)

(いえ、それはちょっと…)

(何でだよ。…ところでさ、話は変わるけど、爺さんって子供がいたんだな。)

(みたいですね。情報が必要ですか?)

(いや、別にいい。それよりも無差別殺人の情報の方が欲しい。)

(それは私も探ってるんですけどね、なかなか突破口がないんですよね。)

(また例の男が絡んでるんじゃねぇの?)

エドウィン・アルカイザー、嫌な予感のする男。雰囲気的には転生者ではなさそうなんだけどなぁ。

(どうですかね。単純に一般人は調べにくいというのもあります、公的な記録が少なくて。)

(ふーん、なるほどね、貴族より平民の方が調べにくいのか。それは盲点だったな。)

権力者が名を残すのはどこも変わらないんだな。有能なら別に良いんだけど、大概はそうじゃないからなぁ。

(…マスター、速報ですよ。マーテル公国公太子リリュール・フォン・サムールがローズをクレセリア皇国との戦線まで輸送するようです。どうやら公太子も行くようですね。)

(ま?)

後方待機じゃないんだな。どんな面をしているのか気になるな。

(マジです。動画を見ますか?)

(ああ、見た―)


「トントントン」


「すまぬ。少々待たせてしまったの。さぁ、ゆくぞ、メネラウス。」

「…はい。」

こんのジジイ!! わざとか、わざとやってんのか!? なんでこのタイミングで来る?

(間がいいですね。)

(お前、反対の事を言うのやめろ。悪癖だぞ。人間社会でやったら一発で弾かれるからな?)

ここらで常識を叩きこんでやるか。

(なら大丈夫ですね、私は人工知能ですから。)

(残念だったな。俺は人間だからな、それなりに配慮してもらおうか。)

(マスター一人でも社会なんですか?)

(…。)

痛いとこを突きやがって。俺がボッチみたいな言い回しはやめろ。


「ガチャ」

しっかりと鍵が掛かっているのを確認してから銭湯へ向かう。

「メネラウスは普段どこで寝泊まりしておるのじゃ?」

唐突だな、おい。急に蒸し返すのは人としてどうなんだよ。

「…宿で泊まってますよ。」

「なるほどのう。…メネラウス、気分転換がしたくなったらいつでも言んさい。冒険者として少しは働かないと勘が鈍るじゃろ。」

「…そうですね。」

(ありがた迷惑すぎる!! 絶対カードいるじゃねぇか。)

正直、カードを手に入れるのは別に今日じゃなくてもいいかなと思ってたけど、もう今日のうちに手に入れた方がいいな。ボロが出る前にケリをつけたい。

(嘘をつくからです。とはいっても被害は未だ最小限なのでしょうが。)

(…まぁ、自業自得か。)

自分のケツぐらい自分で拭かないとな。その代わり他人のケツは拭かないということで。

「勿論料理はたくさん作ってもらうがの。…くく、安心せい。今日は初日じゃからな、夕食だけ儂特製料理を作ってもらおうかの。」

「分かりました。」

夕食だけか。それならまあいっか。でも百近くあるって言ってたから1日10品学んだとしても1週間以上はかかるんだよな。…仕方ない、おいしい料理のためだ。


その後歩くこと十数分、銭湯へと到着した。

思ったより近いな。住宅地域と商業区が分けられてるのか。

…にしても相変わらずボロッちい。伝統を重んじすぎだよ、トランテ王国。そりゃ、帝国にも負けるだろうよ。

(顔に出てますよ。)

スンッ

(どうだ?)

(大丈夫です。)

(よし。)

「さ、中に入ろうかの。」


ーー??ーー

「殿下、お待たせいたしました。こちらが古代兵器ローズです。」

「ご苦労。」

「起動方法はご存じなのですか?」

「ああ。公太子になったときに父から聞いている。」

「そうですか。」

リリュールはじっとローズを眺めているが、徐に玉座から立ち上がると、ローズの元へ近づいていく。ローズの見た目は灰色一色の人型人形。そして特筆すべきは顔のど真ん中に大きな一つの目、そして手のようなものが八本もあることだろうか。

〈ローズ。我が家に伝わるのは秘密兵器ということだが、その威力は分からない。…だが、起動せねば我が国の未来はない。〉

しかし自分の意思とは反対に身体が動かない。

「殿下?」

「…何でもない。とりあえずこれを戦場に持っていく必要があるが…。」

〈私が公都から動けば中央貴族どもが騒ぎ立てるかもしれない。近衛騎士にも奴らの一門が混じっているし、そこからクーデターが伝わるのも時間の問題だろう。まぁ、弟たちと妃は抑えてあるからしばらくの間は問題ないが…。早期決着しかありえない。今すぐにでも出立すべきだ。〉

「出来るだけ早くこれを戦地に持っていく。すぐに最速の馬車の用意を!!」

「御意。」

「ちなみに私も行くからな。」

「なっ、それは危険です。おやめください!!」

「いや、こうなった以上、最後まで私はやり遂げるつもりだ。それにローズの起動方法を知っているのは私だけ。私がやるしかあるまい。」

「それなら――」

「他の者に教える気はない。信じてないわけではないが、ここでのミスは致命傷となる。ゆえに私は誰にも任せたりしない。」

「…そこまで仰られるならば手配いたしましょう。」

「ああ、頼んだ。…レーメ。」

「御意。」

〈時間との勝負だ。ここで失敗するわけにはいかないんだよ!! 僕は、私はこの国の守護者なのだから。〉


ーー??ーー

「陛下、恐れながら申し上げます。トランテ王国東部に戦力が集中しているとの情報が入ってきております。」

「…うん?、それは大変だな。」

城にある大きな中庭。そこでマルシア国王は何人もの美女と宴を楽しんでいた。

「陛下!!」

「ああもう、そんな大きな声を出すでない。頭に響くであろうが。」

「陛下。今すぐにでも西部に軍を派遣すべきではないでしょうか?」

「大げさな。何より奴らには我が国に侵攻する大義があるまい。」

「そんなのどうとでもでっち上げられます!!」

「だから大きい声を出すでない。…そもそも余に何かを成す権力などなかろうて。」

昏い昏い笑みを浮かべる王。貴族や司祭たちに権力を削られ、もはや飾りとなるしかない己。それが歯痒く、悔しく、そして――諦めた。

〈儂は死にたくない。死ぬぐらいなら権力などいらん。こうして楽しめるのだ、何が文句ある?〉

そう思いながらも国王の胸にはしこりが残り続けていた。

「…そうですか。…もう限界です。陛下、どうかお暇をください。」

「ぬ? …そうか、そなたには世話になった。褒美を出さそう。しばし待っておれ。」

「…陛下。」

〈ここまで言っても駄目なのか。あのころの陛下は今よりも精力的だったというのに。〉

「今までご苦労だった。…本当に感謝しておる。」

「…今までお世話になりました。」

そう言って深々と頭を下げる幼いころからの親友。彼だけはずっとそばに居てくれた。そんな彼が自分の傍から離れる。

〈この期に及んで儂はどうしようもない人間だな。…せめて儂の治世の間だけはもってほしい、そんなことを思ってるのだからな。〉

友の離れていく姿をぼんやりと眺めながら感傷に浸る。だが、その時間も短い。


「へいか~、飲んでますか~?」

「うむ、飲んでおるぞ。皆ももっと近うよれ。」

「はーい」

「ぐふふ」


もはや活力に満ちた姿はなく、ただ堕落しきった王の姿がそこにはあった。



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