第184話 買い物
その後も爺さんと共に、いくつかの店を回り、商品を購入する。
「ふむ、こんなものか。とりあえず最後に包丁を買って戻るとしよう。」
「分かりました。」
(やっと終わったか。疲れたなぁ。)
二時間は歩いているよな? 一万歩は越えてるんじゃね?
(運動不足ですね。剣術もサボってますし、当然です。どうです?、これを機に生活習慣を見直してみては?)
パールの言葉に顔をしかめる。
(無理。どうせすぐに面倒くさくなる。)
これまでの人生経験で己の特性ぐらい把握している。俺は追い込まれないと頑張れないし、やりだすまでに時間がかかる。でもまぁ、これも俺のアイデンティティの一部だと思えばしょうがない。
(…それはそうかもしれませんが!?)
(…どうした。)
〈おかしいです。どうしてあの国でクーデターが? これまで観測してきましたが、兆候はなかったはず。〉
(おーい、パールさん? 急に黙ってどうした?)
やばい、いつも余裕綽々な奴が余裕をなくすとこんなに不安になるんだな。普通に怖くなってきた。
(たった今得た情報です。マーテル公国で公太子がクーデターを起こしました。)
「えっ!?」
思わず声を出してしまう。
「どうした、メネラウス?」
「いえ、何でもありません。」
「それならよいが…、あともう少しじゃ。」
〈あやつにでかい顔をさせるのは此度で終いじゃ。〉
…爺さん、ちょっとにやけてないか? それとも皺のせいで見間違えたか? って今はそんなことどうでもいい。それよりも考えることがある。
(…パール、お前はクーデターの兆候をつかんでいたのか?)
こいつが言葉に詰まるなんてよっぽどの事態しか考えられない。できれば外れてくれぇ。
(…いいえ、掴んでいませんでした。)
おわた。
(どうやってお前の目を掻い潜ったんだ? ちゃんと監視してただろ?)
(はい。さすがに隅々までは無理ですが、城の中でのことは把握しています。しかし、今回の事は掴めておりませんでした。申し訳ございません。)
珍しく殊勝で逆にそれが怖い。
(謝罪は後だ。それよりも今後の事を考えねぇと。まず公太子の情報をくれ。)
(了解。…彼の名前はリリュール・フォン・サムール。サムール家の長男ですね。年齢は19、今は内務省の官僚としてキャリアを歩んでいます、いえ歩んでいました。)
(なるほど。コネ入社か。)
(王侯貴族の大半はそうですよ。それにかなり優秀のようです。学院でも結構人気があったようですよ。)
ふん、親の七光りが。どうせ地位に引き寄せられた害虫どもだろ? 羨ましくもない。
(あっそ。で、公太子はどこまで根回ししてそうだ? それなりに戦力は整えてるんだろ?)
武力無くてクーデター無し。いい、慣用句になりそう。
(主力は近衛騎士隊のようです。どこまで根回しをしているかは分かりませんが、大臣を全員投獄したことからそこまで手が回っていないと考察します。)
(…えっ? 嘘だろ? 一人も味方に引き込んでいないのか?)
(はい。そのようです。)
…ええ? さすがに無謀だろ。そもそも公国なんてそこまで王の権力が強いわけじゃないのに。所詮もっとも強い貴族家がリーダーとして王の役割を務めているだけにすぎない。だから有力な家の大臣どもを蔑ろにすれば――
(この後の事を考えてないのか? クレセリア皇国と戦争中なのにクーデターなんてしてる場合かよ。国が分裂するぞ?)
…帝国も動くかもなぁ。俺だったらクレセリア皇国と挟み撃ちにする。もうすでに超大国なんだから着実に領土を拡大するればいいだけなのだ。
(そこは彼なりの考えがあるといったところでしょうか。これまでに得られた情報によると、どうやらクレセリア皇国との戦争で古代兵器を使用するためにクーデターを興した模様です。)
(それって禁忌だよな?)
古代兵器の威力を恐れた帝国が強引に禁忌に設定してるんだよなぁ。そのほかにもいろいろ禁忌認定しているし、他国に居たらその傲慢さにブチ切れてたわ。
(はい。ですが国が滅亡するかどうかの瀬戸際で悩むでしょうか? 事実、マーテル公国はクレセリア皇国に押し込まれ始め、それと同時に帝国の暗部による寝返り工作。さらに駄目押しとばかりにモンスタースタンピード。動くには十分な理由では? 一度戦線を維持できなくなれば容易に崩れますからね、特に弱小国というのは。)
…すでに帝国は動いていたか。しかも俺の案よりもスマートだし。…っちぇ、内政チートなんか無理だな。…軍師なんてかっこいいと思ってたんだけどなぁ。
(にしても魔法陣関連の知識は消されたのに、現物は残ってるって影のモノの嫌らしさを感じるな。)
(確かにそうですね。マスター並みの嫌がらせですね。)
(嫌がらせなんて生まれてから一度もしたことないわ。遠くから眺めてニヤニヤしてるぐらいだし。)
(やっぱりマスターですね。)
(どんな感想だよ。…で、マーテル公国の古代兵器はどんなものか分かるのか?)
(はい。公太子はこう言っていました。ローズ、と。)
(ローズ、…何だそれは?)
(そうですね、LAWS、現代語に翻訳すれば自律型致死兵器システムといったところでしょうか。)
(自律型致死兵器システム…、それはどんなものだ?)
いや~なよ~かん。
(大陸間戦争時の末期に開発されたものですね。敵地に投下し、ひたすらその場にいる人間を殺戮し尽くす兵器です。)
(だから自律型ってわけか。)
なんちゅー恐ろしいもの作ってるんだ、古代人は。もはや戦争の形ですらなくないか? いくら影のモノの関与があるとはいえ、やりすぎだろ。
(はい。)
(でもそれってヤバくね? その場にいる人間って事は敵味方関係ないよな?)
(はい。しかしそのことは現代までには伝わってないでしょうね。私でさえ、私のデータベース以外では確認できませんでした。)
阻止するべきか。でも古代兵器の威力を確認してから排除してもいい気がする。一度くらい確認しておいた方がいいよな。
(もし使用されたらどうなる? そもそもそんな魔力を用意できるのか?)
魔法陣は発動に魔力が必要となる。ゆえに魔法陣の効果が大きくなればなるほど、必要な魔力は膨大なものとなる。
(古代兵器の大半は巨大な魔石が埋め込まれてますからね。壊さない限り半永久的に動くでしょう。)
(お前と同じか。)
(はい。)
(ちなみに俺なら壊せると思うか?)
そこが肝だ。俺が倒せないなら発動は阻止しなければならない。殺戮兵器が暴れまわる大陸にするわけにはいかない。
(可能です。SS級冒険者でも破壊できるでしょう。しかし、マーテル公国、クレセリア皇国が止められるかというと疑問が残ります。)
(なるほどねぇー、……ならまだ介入しなくていいか。)
(しかし私の監視網を潜り抜けたことは警戒に値すると思います。)
(確かに。)
ちょっと衝撃的過ぎて忘れてたわ。
(考えられるとしたら公太子の衝動的な行動ですが、近衛騎士が従っている時点で可能性は限りなく低いでしょう。他に挙げられるとしたら…)
(挙げられるとしたら?)
(影のモノの介入か、…組織の介入でしょうね。)
(お前的にはどっちが可能性が高いと思う?)
(組織の介入でしょう。影のモノが動く理由がありません。)
(じゃあ、組織が介入する理由は?)
(…各国の弱体化、ですかね?)
(何のために?)
(分かりません。ただの予測ですから。)
…ままならないな。思い通りに行く人生もつまんないんだろうけど、うまくいかないよりはいいよなぁ。
「ふむ、相も変わらず、ぼろい店よ。」
爺さんの声で現実に引き戻される。
いやいや、どの口が言ってんだよ。内装はともかく、外装はあんた、人の事は言えないだろ。
「…ここですか?」
「んだ。どれ皺くちゃの顔でも拝んでやろうかの。」
もはや何も言うまい。
「ガラガラ」
「はーい、いらっしゃい。…あら、レンゲンさん、久しぶりですね。」
「ん、久しぶりだな。お前も元気そうで何よりだ。…それであやつはどこにいる?」
「お師匠様なら奥で剣を打っていらっしゃいますよ。」
「…客が来とるというのに、全く。」
「ふふ。…そちらの子は?」
薄い緑髪かつ美形の女性が話しかけてくる。
十代後半から二十代前半と言ったところか。何と言うか上品だな。それに声を聞くとなんか安心する。
「こやつは儂の弟子、メネラウスじゃ。ほれ、メネラウス、お前も挨拶せんかい。」
「…はい。お師匠様。私の名はメネラウス・チェバと申します。どうぞよろしくお願いします。」
以後お見知りおきをって言いたかったんだけどなぁ。さすがにちょっとハードルが高すぎる。
「これはご丁寧にどうも。私の名はアミュレット・シールと言います。よろしくね、メネラウス君。」
くはっ、そのウインクはやばい。これが色気ってやつか?
「はい。」
でも――
(俺には敬語じゃない。…舐められたものだな、俺も。)
(当然でしょう。)
まぁ、素晴らしい身体だから今は小さくても余裕でお釣りは帰ってくるからいいんだけどな。前世の肉体よりも才能があるのは間違いない。
「それでだ。今回来たのはこやつの包丁を作ってもらおうとな。」
そこでわずかに目を見開くアミュレット。
「そこまでですか。…分かりました。お師匠様にお伝えしときますね。」
「その必要はない。」
店の奥から現れる巨躯の老人。
なるほど、確かに皺くちゃだわ。
「ふん、ようやく来よったか。」
「貴様がここに来るとは珍しいな、レンゲン。」
「そらようやく見つけたんじゃ、なら全力を尽くすのは当然じゃろ。」
その言葉にじっと俺を見てくる。
…どこを見ている、こいつは? 見ているのは俺であって俺じゃないな。
「…これは…とんでもないな。小僧、お前がやるべきことは他にあるんじゃないのか?」
「…。」
他にやること? 隠居生活のことか?
「何を言うておる?」
爺さんの問いかけを無視して尚も語り掛けてくる。
「何故才を無駄にする? 己でも分かっておるのだろう?」
まぁ、ね。この身体は天賦の才に恵まれている、主に武の。でも魔法がある以上、それを俺が極めることはない。それにしても一目で見抜くとは。いろんな客を見てきて知ってるのか?
「承知しております。しかし私には不要です。」魔法があるので。
いざとなれば身体強化でごり押せる。技はそこまで重要じゃない。
「ふん。あっさり切り捨てよるか、武人からすれば喉から手が出るほどほしいものを。」
「はい。」
中途半端に人並み以上にできるから努力しない。そんな自分の性格ぐらい前世から把握してるわ。
「…いっそ清々しいわ。」
〈実に勿体ない。あれだけ俺が欲したものを欲していない者が持っているとはな。〉
「お前がそこまで言うとはの。まぁ、そんなことはどうでもよい。それでこやつに包丁を作ってほしくてな。」
「包丁か。構わんが、一つ条件がある。」
「条件? 珍しいな、お前が条件を付けるとは。」
「ふん。…俺の作った剣を受け取って欲しいのだ、そこの小僧に。」
「む、これまた珍しいな。天下三匠の貴様が願い出るとは。」
「て、天下三匠!?」
おいおい。俺でも知ってるぞ。大陸の中で並び立つ最も腕の良い剣匠の三人。
そのうちの一人がこの爺さん!? トランテ王国に居るのは知ってたけど、よもやよもやだ。
(マジか。)
(世間は狭いものですね。)
(お前は知ってたのか?)
(いえ、マスターと同程度の知識だと思います。)
「アミュレット、お前も何か作って渡せ。包丁ではなく武器をな。お前のアレでいいだろ。」
「…承知いたしました、お師匠様。」
…というか爺さんが俺にお師匠様呼びをさせるのって武器屋の爺さんに対抗してじゃないだろうな? それを見ていて羨ましくなって自分も試してみようと思ったとか?
普通にあり得そうだな。
「といっているが、どうだ? メネラウス。」
「…別に構いません。しかし、私はそこまでお金を持っていませんよ?」
(息をするように嘘をつきますね。)
(ただの駆け引きだ。そんな大げさに言うな。)
まるで俺が詐欺師みたいな言い方じゃないか。実に心外だ。
(もう何も言いません…。)
「お金なんぞいらん。こちらが受け取ってもらう立場なのだからな。」
「…どういう風の吹き回しじゃ? どうしてそこまでこやつにこだわる?」
「料理屋の貴様にはわかるまい。やはり自分の作った武器は強い者に使ってほしいものだ。そこな小僧にはそのつもりはないだろうが、力あるものはいずれ表舞台に引きずり込まれる。そこで振るわれるのが儂の剣。滾らんわけがない。この機を逃すものか。」
…獰猛な笑みだなぁ。俺は魔法剣を使えるから別に剣は必要じゃないんだけど、貰えるなら貰っとくか。
「…メネラウスが良いというなら好きにするがよいわ。できれば包丁は早く仕上げてほしいがな。」
「ああ。任せろ。本来包丁程度ならアミュレットに作らせるが、今回は特別に儂が作ってやる。」
「よろしいのですか? お師匠様。」
「ああ。お前もこれまでの成果をすべてそそぎなさい。こんな機会、二度とないかもしれぬのだからなァ。」
「承知いたしました。」
「明日の朝までには包丁は作っておいてやる。」
「それは助かるわい。では、もう行くかの。」
ーー??ーー
「マーテル公国でクーデターが発生したとのことです。」
「ご苦労。下がれ。」
「ハッ。」
〈とりあえずは計画通りか。過去の遺物にも感謝せねばならぬな、あの仕込みが効いている。…これで帝国はますます動けまい。懸念点としてはSS級冒険者の動静。…そして影のモノ。それにイレギュラー。ふっ、さすがにそこまで頂点までの道のりは優しくないか。だがな、それでも俺は止められんぞ。〉
フォーミリア王国が潰れたのはヴァルクス商会が潰れたから。未だに犯人は判明していないが、それはこの男も同じ。
「コンコン」
「私だ。」
「入れ。…で、首尾はどうだ?」
「資金の目処は立った。あとはいつ、だれに実行するかだ。」
「よろしい。もうすでに最初のターゲットは決めている。」
「誰だ?」
「ああ。それはな――」
「正気か、貴様?」
「もちろん。では取り掛かるとしようか。」
「…承知した。」
エドウィン・アルカイザー。この男もついに帝位争いに絡みだす。秘密裏に、綿密に、そして大胆に。
ーー??ーー
「エナメル王国と話はついた。あとは、トランテ王国か。」
「ですね。それとマーテル公国の方はどうします? そろそろ先延ばしにするのは限界かと思われますが?」
「そうだな。…お前はどう思う?」
「先にトランテ王国と条約を結んでからの方がいい圧力がかかるかと思います。」
「だな。問題はどうやってトランテ王国と対談するかだが…。」
「コンコン」
「失礼いたします。エンベルト外務大臣。トランテ王国から文が届きました。」
「噂をすればだな。」
「ですね。」
「入って参れ。」
「ガチャ」
「こちらが文にございます。」
「ご苦労。下がれ。」
「御意。」
手紙にさっと目を通す。大体手紙の内容は予測していたが、それでも衝撃は大きすぎた。
〈…我らと不可侵条約を結びたいと。エナメル王国の動きはまだ伝わっていないはず。ということはトランテ国王の英断か。…あのトランテ王国がな。今代の王は一味違うか。〉
「もうすぐトランテ王国の外交団がやってくるようだ。」
「なるほど。なかなか油断できませんね。暗部とはいえ、すべての工作員を排除するのは無理でしたか。」
「そのようだな。」
あまりにも早すぎる行動。帝都の事件を知っていなければここまで迅速に動くまい。
「まぁ、我らにとっても僥倖。とりあえず対談の準備だ。」
「御意。」
ーー??ーー
「兄さん。内務省に諜報機関ができるみたいだね。」
「ああ。あの女狐、なかなかやるじゃねぇか。逆境を利用するとはな。」
「仕込む?」
「…いや、厳しそうだ。あの女、条件をかなり絞ってやがる。」
「ふーん。」
「それよりも面白い情報が入って来たぜ?」
「えっ、何々?」
あの兄がここまで嬉しそうな顔をするとは。よっぽど面白いに違いない。
「マーテル公国でクーデターが起こったようだ。」
「えっ、ほんと? それは面白いねぇ。」
「だろォ?」
心からの笑みを浮かべる二人。予想外の事が楽しすぎるのだ。
「暗部でも動いた?」
「いや、それはねぇよ。暗部にそこまでの余裕はねぇ。まだ例の影響が出てる。」
「あーね。」
第8皇子ジュラの暗殺のゴタゴタがまだ余波として残っている。しかし自分たちが引き起こしたのにもかかわらず、もはや二人にとっては過去の事だ。
「ま、何が出てくるかねぇ。」
そこで言葉を切り、マーテル公国の方を眺める。
〈SS級冒険者…邪魔だなァ、おい。〉
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます