第183話 厄介事
「ええか、料理人ってのはな、自分で具材を目利きして一人前なんじゃ。」
「なるほど。」
パールがいれば問題ないな。
「お師匠様。ちなみにお師匠様の料理のレパートリーって何種類くらいあるんですか?」
「んー、そうさなぁ、百は行ってなかったと思うんじゃが…」
「百!?」
じょ、冗談だろ? これはパールにやらせて正解だったわ。俺がやってたら絶対終わらねぇぞ。
「なーに、あの料理が作れるならメネラウスならあっという間よ。」
「はは…、そうだといいんですが。」
(このじじい、ふざけてんのか。何が百は行かないだ!! 俺の人生を何だと思ってやがる。こんなところで生涯を終える気はないぞ。)
(さっきまで因果応報だなと仰っていたじゃないですか。)
(前言撤回する。あれはただの妄言だ。)
急にあほらしくなってきた。ちょっと前の自分を殴りたい。そもそもよく考えれば爺さんの料理を残してやるだけ良心的だな。何も残せないよりマシだろ。
「とりあえず儂がいつも買ってるところに案内しよう。」
そう言うと爺さんは玄関に鍵を掛ける。
…開店中なのに。もう客は来ないって分かってるんだな。
でも何でだろうな? あんなに美味いのに。外見がボロいと本当に客は来ないのか?
そんな疑問を抱きながら爺さんの後を付いていく。
「…このあたりも随分変わっちまったな。」
爺さんが何かつぶやいている。
反応してほしいのかもしれないが、俺はしないからな。絶対面倒なことになる。
その後も適当に相槌をうちながら、歩くこと十数分、ようやく目的の場所に到着した。どうやらお肉をメインに売っているようだ。
「お、レンゲンさん。今日は一人じゃないのかい?」
へー、レンゲンって言うのか。知らなかった。
「んだ。こいつは儂の弟子だ。」
「バン」
痛てぇ!! 思いっきり背中を叩くんじゃない。俺に恨みでもあるのか、この爺?
「へー。今度はいつまで持つのかねぇ。」
「今回は一味違うぞい。なんせ儂のスペシャル料理を一発で真似たんだからな。」
「それは…本当かい?」
「おおよ。凄まじいじゃろ?」
「確かに。…それで案内してんのかい?」
「んだ。いつもどおり、頼む。」
「はいよ。ちょっと待ってな。」
そう言って肉を容器に入れるおばちゃん。
それにしてもこの容器もモンスターの皮から出来てるんだよなぁ。こういうところが前世と違うよな。生活にモンスターが密接に結びついている。…遠い将来モンスターを家畜化してそう。それでモンスターの権利を主張するやつらが現れるんだろうなぁ。俺が生きてる間は難しそうだけど。
「これでいいかい? いつも通りのグラム数だけど?」
「うむ、助かるわい。…でかい店は売ってくんねぇからなぁ。」
それを聞いておばちゃんは嫌そうな顔をする。
「客を選ぶなんて商人の隅にも置けない。ほんと裏の連中に屈するなんて情けない限りだよ。」
…ん? 今聞き捨てならないことがあった気がするんだが?
(パール、でかい店が売ってくれないってどういうことだ? 嫌がらせでも受けているのか?)
〈…本当はその時まで黙っているつもりだったんですけどね。……おや、あれは…使えますね。〉
(…パール? どうして黙ってるんだ?)
壊れたかな? そんな無茶な使い方はしてないのに。
「パンッ」
「うおっ!!」
「何だ? 何だ?」
「何の音だ。」
「びっくりしたー、急に何?」
周りの人たちが音のした方を一斉に向く。その音の発生源は――
(…パール、どういうつもりだ。)
(失礼しました。人間で言うおならみたいなものが出てしまいました。)
(おなら? 嘘はつくなよ。今までそんなの聞いたことないぞ。)
そもそも人工知能がおならなんかするわけないだろ。そんなので誰が騙されるんだよ。
(マスターが不快に感じるかと思って音を立てていなかったんですよ。)
(じゃあ、何で今は抑えなかったんだ?)
(質問にお答えするのに手っ取り早いかと思いまして。)
どうしてこれが答えになる?
俺はそう疑問に思ったが、すぐに答えは判明した。
「なんじゃ、なんじゃ、今の音は?」
「結構近かったねぇ。…でも何ともなさそうでよかったよ。」
爺さんたちは暢気に今の爆発音について話しているが、面倒事を見つけた俺は頬を引きつるのをはっきりと感じた。
…あいつら、こっちに向かって来てないか? しかもニヤニヤ笑ってる。柄が悪すぎて今すぐにでも立ち去りたい。
そしてすぐに爺さんたちもその男たちがやってくるのを確認すると顔が険しくなった。
「…あいつらは…。」
あいつらは何!? やっぱり関係者だったのか?
(パール!!、どういうことだ?)
(すぐに分かりますよ。)
(いや、だからそれを今――。)
「よお、ジジイ。土地を売る決心はついたか?」
「何度も言わせるでない!! 儂の土地を売るわけないでろうが。」
…何となく悟ってしまった。そういうことか、そういうことねぇ、…ダルッ。
「ふーん。いつまで持つか楽しみだなァ。また事故が起きないといいな。ってジジイはもう一人か。悪いな、縁起でもねぇ。」
「そうですよ、兄者。でも爺さん、気を付けた方がいいよぉ。ここ最近無差別殺人が起こってるからねぇ。」
「余計なお世話じゃ!! いくぞ!!、メネラウス。」
「…はい。」
俺は平静を装って爺さんの後に付いていくが、男たちの横を通った時に睨まれ、心臓が縮んだ思いがした。
くぅ、これで俺も関係者認定されたな。にしても事故って怖すぎだろ。爺さんも不機嫌みたいだし、誰かやられたのかな?
(パール、どういうことかしっかり説明してもらおうか?)
(仕方ありませんね。)
(何が仕方ありませんね、だ。情報共有は怠るなっていつも言ってるよな?)
(言ったところで何も変わらないので知らないままの方が良いかなと思いました。特に今回の場合、こんなに長引くとは思ってませんでしたし。まさかマスターがあの店に世話になるとは。)
それを言われたら何も言えないじゃないか。
(…っち、次からは気を付けてくれ。)
(勿論です。)
返事だけはいいんだよな、こいつ。でも、あの手この手で俺にいろいろ経験させようとしてくるから気をつけないと。
パールとそんな会話をしているとこれまで黙っていた爺さんが話しかけてくる。
「…メネラウス、ええか、この街におる間は決して一人になってはいかんぞ。やつらは何をしてくるかは分からん。」
「…はい。お師匠様、彼らはいったい…。」
俺がそう聞くと爺さんの顔がこれ以上なく歪む。
「あやつらは儂の土地を買おうとしているのだ。何度拒否しても諦めずやってきおる!! あげくには客が来ぬよう食事に魔薬が入ってると噂を流す始末。それにロジャー商会も恐れて、儂に商品を売らんのじゃ!!」
そう吐き捨てる爺さんは凄く恨めし気そうだった。
「そうなんですね。」
(…とんでもない面倒事に巻き込まれたな。これまでで一番ひどくないか?)
まさかのヤクザの地上げに遭うとはな。…それを周辺の住民は知っていて店にやってこないとか? 普通にあり得そう。厄介ごとに絡みたくないのは凄い分かるからな。
(マスターの出番ですね。)
〈もっとも彼らの組織が偽造の冒険者カードを販売しているので、それを買おうとしているマスターも同じ穴の狢といえばそうですけどね。〉
(絶対にお断りだ。悪目立ちする気しかしない。俺は平穏に過ごしたいんだ。)
(だからですよ。平穏に過ごすために先んじて潰すんです。)
(そういうのをなんて言うか知っているか?、本末転倒って言うんだ。)
(ではお爺さんがどうなってもいいんですか?)
(…まぁ、ね? 可哀相だとは思う。同情もしよう。でも俺が動く理由がない。パール、お前がこっそり何とかできないか?)
(私が動くのはいいんですか?)
(ああ。俺が直接動くわけじゃないからな。)
(そういうものですか。では結論から言わせていただきますが、答えは不可です。)
(何で?)
(彼らの行為がまだ店主に対する脅迫にとどまっているので、どうしようもできないのです。殺せばすべて解決するんですけどね。どうします?)
殺しかぁ…、まぁ、あいつらはたぶん社会のゴミそうだから居なくなっても何の問題もなさそうだけど…、うーん、殺したところで同じようなゴミが発生するだろうし、悩ましいな。
(………殺すか。ちょっとした時間稼ぎになるだろ。それに連続殺人も発生しているようだし、それに見せかけるように殺せ。)
(分かりました。ちなみにここで一つ言っておくと彼らはこの都市の裏を牛耳る組織の末端です。彼らを殺せば騒がしくなるかもしれません。)
(…だから情報の後出しはやめろって。)
(すみません。言うタイミングを逃してしまいました。)
(ハァ、もういい。俺が聞いたことに答えろ。まず、どうして奴らはあの店を狙う? 立地はそこまで良くないだろ?)
(仰るとおりです。しかし彼ら、いえ彼にとっては違います。彼はこの都市の掃き溜めに手を伸ばし、再開発しようとしています。いわば大規模投資といったところでしょうか、遠い未来を見据えての布石ですね。)
…都市の再開発? この言い方だと領主主導じゃなさそうだな。しかし、それよりも気になることがある。
(パール、彼って誰だ?)
(エドウィン・アルカイザーです。彼の傘下のニュークリア商会が裏で手引してますね。)
(…こんなところまで手を伸ばしているのか。でもどうしてこの土地に? ……それよりもパール、お前この情報を隠してたな? そうでないとこんなすぐに答えられるはずない。)
(はい。マスターは表舞台に出るまで言わなくてよいとおっしゃってましたから。)
確かに言ったけどさぁ、ちょっと違うくね?
(それと蛇足ですが、ニュークリア商会は経済混乱中のフォーミリア王国にも投資しています。各商会が二の足を踏む中、ニュークリア商会は一気に資金を注入してますね。この機を好機と捉えたようです。)
…ヤバくね? 土地を抑えても金で支配されてたら致命的だろ。…ちょっと笑えないな、戦争中に経済混乱を引き起こされたら決まり手になるぞ。
(安心してください。まだ帝国に触手を伸ばしてはきてません。)
(当然だ!! 流石に帝国に危害が及びそうになったら介入するからな、ちゃんと見張っとけ。)
(了解いたしました。)
とはいえ、もう一回俺がニュークリア商会の金庫を盗めば全てが解決する話だけどな。
(で、どうするんです? 殺しますか?)
(…まだ様子見でいい。俺に実害が出たら反撃する。)
(では保留という事で。)
(ああ。)
変に殺して刺激を与えるのはちょっとな。俺のせいで俺に火の粉が降ってくるのは笑えない。
「…れ、これ、メネラウス、聞いておるのか?」
「え、と、はい。聞いてます。」
「では儂が言ったことを復唱してみんさい。」
知るか、カス。じじいの話なんて誰も聞かんわ。
(パール!!)
(人の話を聞かないからこうなるんです。)
(説教はいいから早く教えてくれ。)
(…やるからには頂点を掴み取ってやる、そのぐらいの気概が必要なんだ、が答えです。)
(…何か変に間が空いてなかったか?)
(気のせいですよ。)
「これ、メネラウス!!、聞いてないのは仕方ないが、嘘をつくのはいかん!!」
「す、すみません。」
結局言うタイミング逃したじゃねぇか、クソ機械。
「すみませんではなく申し訳ございません、だ。たわけ!!」
「…申し訳ございません。」
「ったく、礼儀から叩き込まないといかんみたいだな。」
「……。」
(パール、どうしてくれるんだ?)
(人の話は聞きましょう。私から言えるのはこのぐらいです。)
くそったれ!! 下手に出たらつけあがりやがって、ジジイのくせに。
その後、俺はじじいのお説教を聞きながら買い物に付き合わされるのだった。
ーー??ーー
「お久しぶりですね、ジーギス大臣。二日ぶりといったところですか。」
「ええ、お久しぶりです。」
少し世間話を交わしつつ、早速本題に入る。
「それで今日来られたのは前回の話の続きということでよろしいですか。」
「はい。仰る通りです。エンベルト大臣のおっしゃる通り、一年の相互不可侵条約を締結したいのです。」
「なるほど。…少しお聞きしたいことがあるのですが、よろしいですか?」
「もちろんです。聞きたいこととは何でしょうか?」
「貴国はトランテ王国と同盟を結んでおられる。仮に我が国がトランテ王国に侵攻した場合、貴国はどうされるのでしょう?」
「…その場合、我が国としてはトランテ王国の防衛をせざるを得ません。しかしながらトランテ王国による逆侵攻が、もし行われるならば我が国は参加いたしません。」
「なるほど。」
〈まぁ、想定範囲内か。もっともトランテ王国とも条約は結ぶつもりなのだがな。〉
「いかがでしょうか?」
「…我が国としてもその条件で構いません。」
「では大筋では条約締結という事でよろしいでしょうか?」
「ええ。詳細はこれから詰めていきましょう。」
明らかに両者とも愛想笑いだと分かる笑みを浮かべ、握手を交わす。
〈絶対に私は負けんぞ、少なくともノルヴァリアには負けん!!〉
エンベルトはこの時視野が狭くなっていた。大事なのは大局を俯瞰すること、しかし帝位争いを恐れすぎるがゆえに帝国内で完結してしまっていた。
〈我が国は負けん。ユーミリア公国を吸収し、東部諸侯連合も削り取れば勝ちの目は芽生える!!〉
一度負けたエナメル王国はもう二度と負けぬことを誓う。
ーー??ーー
「陛下、もう西部戦線はもちませんっ…。」
そう報告するマーテル公国の軍部大臣の顔は歪んでいた。
「くっ。モンスタースタンピードも発生しおるし、どうなっておる。帝国からの返事はどうだ!?」
「芳しくありません…。不確定情報ですが東部貴族に寝返り工作を行っているという情報も入ってきてます。」
「恐らくそれは正しいのだろうな。」
玉座の間が重々しい空気で満たされる。そこに財務大臣がポツリと爆弾を落とす。
「…なればローズを起動するしかありますまい。」
「なっ!?、それは…」
「私は反対です!! あれは人の手に余るものです!!」
「しかし、このままでは滅ぶやもしれないのですぞ!!」
「しかし、あれは…、うーん。」
「参りましたねぇ。」
様々な賛否両論が飛び交う。しかし、公王は頭が真っ白になっていた。もはやキャパオーバー、自分の処理可能な範囲を超えている。
「陛下はどうお考えですが?」
一人の大臣の問いかけに辺りが静まる。
「………あれは、あれだけは使ってはならん。例え勝ったとしても大きな遺恨が残る。」
〈歴代の王もその一線だけは守ってきた。帝国に勝てる可能性があってもなお使わなかった。それを儂が曲げるわけにはいかん。〉
前例に従ってとりあえず判断を下す。前例を持ち出せば反論しにくいことは知っていた。
するとその様子を見て今まで黙っていた公太子が動き出す。
「残念ですよ、父上。あなたはここまでです。」
公太子がそう言って手を振り下ろした瞬間、王を護衛していたはずの近衛騎士たちが動き出す。
「な、何事だ。」
「やめんか!!、無礼者!!」
「や、やめてくれぃ。命だけは!、た、助けて。」
「くっ、気でも触れたか、リリュール殿下。」
剣を向けられ、あっという間に制圧される大臣たち。
とりわけ公王の狼狽は酷かった。
「ど、どういうつもりだ!、リリュール!!、親子げんかでは済まんぞ!!」
「あなたがいけないのですよ、父上。国が滅びそうだというのに古代兵器の使用を躊躇っている場合ですか? それこそフォーミリア王国の二の舞です。皆さんも変な真似はしないでくださいね、手荒な真似はしたくないのですよ、私としても。…連れて行ってください。」
玉座から降ろされ、公王は思考停止に陥ってしまった。根本的に慣れてないのだ、イレギュラーの事態に。ゆえに――
「こ、このバカ息子が!!」
罵倒しかできない。
「お許しを!!、お許しを。」
「これはクーデターですぞ、殿下!!」
「もう一度お考えください。このようなやり方では誰もついてきませぬ!!」
大臣たちの度重なる忠言を無視し、リリュールは城の地下牢へ連れて行くように命令する。
「丁重に連れていけ。」
「「「御意。」」」
そして静まる玉座の間。リリュールは玉座に座り、しばし目を瞑る。
しかし突如目を開け、最初の命令を下す。
「…ローズを起動する。すぐに準備に取りかかれ!!」
「「「「御意。」」」」
数名の近衛騎士が宝物庫へ向かう。
〈何度考えても我が国が生き残るにはこの道しかない。仕方がないんだ。〉
公太子は愛国者。ゆえにどんな手を使っても国は守る。たとえ裏切り者と罵られようとも。
ーー??ーー
「計算どおり」
遠い地で男が微笑む。
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