第179話 脱出

(…ください。起きてください!!)

(ん~、…身体痛ぇ。床で寝るもんじゃないな。)

(焦りましたよ、全然起きないので。)

(そうか、ストレスが溜まってたんだよ、人間のせいでな。)

(巨大ブーメランですね。)

(俺は例外だ。)

(そう思うのはマスターの自由です。)

(フン。とりあえず脱出といくぞ。もう二度と村なんかには泊まらねぇ。)

生活レベルは上げるより下げる方がしんどいっていうのを身に染みて理解したわ。そりゃ、金持ちは貧しい奴に分け与えようなんて思わないはずだ。貧しい奴が競争力を得たら今度は自分が落ちるかもしれないんだからな。

(そうですか。いい経験でしたよね?)

(…まぁ、一回くらいはな。)

何となくだけど、肌感覚として村人から薄っすらと感じ取れる魔力量は学園のガキどもよりも少ないような気がした。

やはり魔力量の遺伝が身分社会を支える大きな要素なんだな。…でも、いずれ革命軍のリーダーが平民から生まれそうな気がするのは気のせいじゃなさそう。せめて俺が生きている間は現れないでほしい。虐殺は嫌だからな。


パールと話しながらこっそり家屋から出てセキトバの方に向かうが、尾行されている気配を感じる。

(…あの女か?)

(どうですかね。)

(まぁ、何でもいいか。セキトバにさえ乗ればこっちのもんだ。)

(そううまくいけばいいんですけどね。)

本当に嫌なことしか言わないな、こいつ。誰か修理してくれないかな?、美少女メイド風に。…うん、自分で言っててきもいわ。


セキトバをつないだ木に向かうと、すでにセキトバは起きていた。

「ブルルッ」


「静かにしろ、バカ馬。」


「ブルルッ、ブル」


「黙れ。」

こりゃ、パールに調教させた方がいいかもな。馬なんていくらでも代わりがいる。せいぜい人間様の役に立ってくれ、敗北種君。


俺がセキトバに苛つきながら木から解放して跨ると、後ろから声が聞こえてきた。

「もう行っちゃうの?」

…ハァ、やっぱり対話してから出発か。そういうのはお偉いさんだけでいいんだよ。

「ああ。お前がアドバイスをくれたからな。」

何となく悟りながら後ろを向くと、予想通り居たのは小娘だった。

…もしかしてこいつ、私も付いていくとか言わないだろうな!? 絶対嫌だぞ、ストレスで禿げる。

「うんうん、それでよし。」

「で、何か用か? 悪いが早く出発したいんだ。」

「…お別れの挨拶がしたくて。もう会うことはないだろうから、ね。…私、やっぱり領主様のところに行くよ。」

啓蒙失敗か。まぁ、現実はそんなもんか。ただ、愚かな選択だなぁとは思う。

「そうか。お前がそう決めたのなら俺は何も言えないな。」

「きっと私が行かなかったら違う子が送られるだろうし、家族にも影響があるかもしれない。それを無視できるほど、私は大人じゃないみたい。」

小娘は微笑みながら言っているけど、望んでないことがヒシヒシと伝わってきて、こっちまで嫌な気分になる。

(これを聞いて俺はなんて言えばいいんだ?、本当に対応に困る。)

(適当にあしらえばいいんじゃないですか?)

(ひどすぎんだろ。)

(主に似るんですかね?)

(潰すぞ?)

「………………。」

「そんな顔しなくていいよ。生きていれば、またいつか会えるかもしれないし。」

結局、なんて言えばいいか分からなかった。こんなの俺には難しすぎるって。所詮他人事だし、俺には関係ないし。

「…だな。…じゃあな、もう俺は行く。」

ああ、帰りたい、帰りたい。帰って引き篭もりたい。なんで俺はこんな所にいるんだ?

「ねぇ、最後に良かったら本名聞かせてくれない?、どうせ偽名でしょ。どうしても嫌だったらいいけど。」

本名ジンは駄目だな。本名を自分から明かすのは平穏な生活を手放すようなもの。しかし、こいつの未来は真っ暗なのに嘘をつくのはな…、流石に俺の心が痛む。

…そうだ!!

「…俺の本当の名前はレイ、レイだ。」

うん、前世の名前だから嘘は言ってない。これが俺からの餞別だ、せいぜい強く生きてくれ。

「…そっか。嘘は言ってないみたいだね。仕方ないから家名は許してあげるよ。」

うざ。もう行こう。

けどこれで俺が罪悪感を抱かずに済むなら、安いもんだ。罪悪感はなかなか消化しきれないからな。

「元気でな。」

「うん、レイも。」


〈…確かマスターの冒険者名はゼロ。そして今回、本名として言った言葉がレイ。…これらの事から推察すると、マスターの前世の名前はレイで決まりでしょうか。マスターが未だ前世の名前に未練を持っているのだとしたら辻褄が合います。マスターの前世、…気になりますね。〉


小娘と別れた後、俺は即座に村から脱出して東へ馬を走らす。そして何とかこの山の峠を越え、ようやく平地へと下ってきた。

しかし門番の足止めがうざかったから、ブッチしたのは最高だったな。何がお待ちくださいだ。俺を縛れるのは天変地異だけだ。テメェらは土地に縛られてたらいいんだ。

「ここまでくりゃ、大丈夫だろ。」

(ですね。)

「ハァ〜、本当に最悪だったな。大してご飯も美味しくなかったし、捕まえようとしてくるし、挙げ句の果てには小娘の相手もしないといけないし。もう二度と村には泊まらん!!」

思い出すだけでも腹立たしい。あんな所で生まれなくて、マジで良かった。ずっと狭いコミュニティの中で畑を耕すって、どんな罰ゲームだ。

(それでどうします?、髪を染めますか?、材料は昨夜のうちに集めておきましたけど。)

「ああ、助かる。すぐに染めたい。…あっちに行くぞ。」

道の真ん中で染めて、通行人にでも見られたら不味いからな。誰にも見られないところで染めよう。


(さて、じゃあ染めますよ。目は開けないでくださいね、しみますよ?)

「了解。」

とうとう初染めかぁ、初めてが白ってなかなか居ないんじゃね? マジで爺さんみたいにならないといいんだけど。変に目立つのは絶対に嫌だ。


「…まだ?」

(乾かしているので、もう少し待ってください。)


「ブオ~」

こいつ、便利すぎるだろ。ドライヤーまで完備してるのか。もう家電製品の集大成って言っても過言じゃないな。


(…こんなもんですかね。)

「乾いた?」

(はい、乾きましたよ。)

「おお、ありがとう。ちょっと確認するか。」

水魔法で鏡のようなものを作り、光の屈折率をいい感じに調節する。

「…完全な白じゃないんだな、ちょっと銀色が混じっているか?」

銀の魔力を纏った時ほど銀色ではないけど、確実に真っ白ではない。

(そうですね、混じりけのない白は作り出すのが難しいので。)

「そうなのか。」

(そもそもシュウの花は髪を染めるのに、今じゃ使われていません。かつては貴族が髪を染めるのに使われていたようですが。)

「何で失伝したんだ?」

(不明です。)

…そういうこともある、よな? 考えすぎると深みにはまりそうだからやめとこう。

「まぁ、結構かっこいいからなんでもいいや。」

(お気に召していただけたようで何よりです。)

「大義であった。…それでどうだ、学園の方は? もう家から迎えは着たのか?」

(まだですね。あと二、三日はかかると思われます。)

「そうか。来たら教えてくれ。」

(了解しました。)

「というか誰が来るんだろうな? ミリアはいないし。」

(なけなしの騎士が迎えに来るんじゃないんですか?)

「案外両親で来たりしてな。」

(ありえますね。)

アレクとアレナってどこかおかしいんだよな。最初の方はまともだと思ってたんだけど。


その後俺はパールと話したり、景色を楽しんだりしながら朝食を求めてセキトバを走らせるのだった。



ーー??ーー

「ジンが学園からいなくなったというのは本当ですか?」

「ああ。お前に頼まれて調べたがな、どうやら手紙が置いてあって、旅に出たそうだ。」

「そう、ですか。」

〈あの馬鹿野郎!! リーデンツァイトが会いたいって言ってたのを忘れたのか!!〉

「それにしてもお前が私に頼み事をするとは珍しいな、それもエルバドス家の者とは。」

「…ただのルームメイトです。」

「そうか。だがあまり深入りはするな、エルバドス家にはな。」

「どうしてでしょうか。理由をお聞かせください。」

〈たかが男爵家に対して、この仕打ちは大げさだ。何か理由があるはずだ。〉

「…正直に言うと、私も理由は知らない。ただ大昔からこういう状況が続いていたのは確かだ。」

ここでバルアが少々苛立ちを見せる。

「それは理由なく差別しているという事ですか?」

「…そうなる。しかし、ここまで露骨に排除されているという事はおそらく皇族が絡んでいるはずだ。きっと大昔に何かあったんだろう。」

「なる、ほど。」

「まぁ、深入りさえしなければそれでよい。それよりもお前の婚約について話をしよう。」

「婚約ですか?」

「そう嫌そうな顔をするな。学園を卒業すれば婚約ラッシュだ。今から根回ししておかないと乗り遅れるぞ?」

「…それは分かっていますが。」

「安心しろ。お前にふさわしい令嬢を用意してやるから。」

「…はい。」

〈ローナ…は無理か。これも貴族の責務か。〉

貴族が好きな人と結ばれることなど滅多にない。それこそ駆け落ちでもしなければ。


ーー??ーー

騎士団の寮で、新米の騎士が布団に入りながら会話する。

「マルスとジンは大丈夫かしら?」

「誰の話?」

「私の弟たちよ。今は学園に通っているの。」

「学園なら大丈夫なはずだよ。確か犠牲者は出てなかったはず。」

「それは知ってるけど、やっぱり顔を見るまでは安心できないわ。」

「へ~、サラって意外と家族思いなのね。」

「私を何だと思っているのよ?」

「ごめんごめん、あんまり家族の話をしないからさ、仲が悪いのかなぁと勝手に思ってた。」

「そんなんじゃないわよ。聞かれてないのに家族の話をするのは変じゃない?」

「確かにそうかもね。…それにしても一体誰がこんなことをしたのかしら?」

「候補はいくつか挙げられるけど、はっきりとは分からないわね。でもやった犯人がただで済まないのは確かよ。」

「それは勿論。」

「…それにしてもまさか任務がこんな重大なものになるなんてね。」

「確かに。もう少し早く指令が出ていればね。」

「ハァ~、これで賊が増えないといいけど。」

治安が乱れれば賊が跋扈するのはいつの時代も普遍的だ。

「にしても事前に阻止できなかったのは、色々と不味いよね。」

「こら、あんまりそういうことは言わない。誰が聞いてるか分からないんだから。」

「ごめん、つい。」


その後も二人は話すが、すっかり夜は深まってしまった。

「もう寝ましょ。聞いてくれてありがとう。」

「ううん。私も話したかったし。じゃあおやすみ。」

「おやすみ。」

〈帝国は私が絶対に守る。揺らがせはしないわ、家族のために。〉


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