第178話 村

「失礼する。」

そう言って家屋の中に入ると、年老いた爺さんが5人くらい居た。

この老害たちが村を動かしてるんだろうなぁ。絶対、住みたくない。

「お初にお目にかかる。私の名はメネラウス・チェバというものだ。」

(敬語は使わないんですか?)

(貴族の子供を暗に示さないといけないからな。)

(大変ですね。)

(それな。)

そもそもお前が避難船に泊まるのにグチグチ言わなかったら、こんな目に合ってないんだけどな。

「…随分、いい服を着ておられますな。もしや高貴な出でしょうかな?」

〈この服、そして言葉遣い、…訳アリのお貴族様のお子様か。懸賞金はかかっておるのか?、…村の衆にすぐに確認させねば。〉

「…いや、今はただの旅人だ。そこらの平民と変わらぬ身よ。」

とりあえず意味深な雰囲気を出そう。そうすれば俺に気軽に手を出せないだろ。何事も初動が肝心だからな。

「…なるほど。して、此の度はこの村に泊まりたいということであるな?」

「然り。」

「ふむ。しかし、我らとて裕福とは程遠い。メネラウス殿を泊めることを許可する家はないかもしれぬ。」

金がほしいなら、欲しいって言えよ。やっぱ人間嫌いだわ。敬語を使わなくてよかった、敬意を払うまでもない。

(パール、大体いくらぐらい払えばいいんだ?)

(銀貨二枚といったところでしょうか。丁重に持て成してほしいなら5枚は必要ですね。)

悩ましいな。こんな村に銅貨1枚たりとも落としたくないが、かといって粗末な扱いも嫌だ。これがジレンマってやつか。

「…承知している。私とて、無償の善意で泊めていただけるとは思っておらぬ。こちらを。」

あ〜、地面に投げて這いつくばらせたいわ。

財布から銀貨4枚を取り出し、渡す。

(5枚じゃないんですね。)

(せめてもの抵抗だ。引かぬ、媚びぬ、省みぬ、が俺の信条だからな。)

(銀貨4枚って思いっきり媚びてるじゃないですか…。) 

(見解の相違と言うやつだな。)

「…ふむ、なるほど。ここまでされたら我らとしても拒否は出来ませぬな。」

当たり前だろ。そのための金だ。

「では泊めていただけるのか?」

「ええ、ぜひ私の家にお泊まりくだされ。こう見えて私はこの村の長でしてな、旅の方ぐらいの部屋は用意できるのですよ。」  

(なんだ、こいつ。銀貨に目が眩んでるのか? いきなり歓迎ムード出しやがって。)

嫌なら最後まで嫌オーラ出せや。途中で態度が変わるのが一番気に食わない。

(そんなに目くじら立てなくてもいいじゃないですか。同じ人間なんですから。)

(同列に語んなよ。知能レベルが違うだろ、知能レベルが!!)

こちとら小さいときから教育を受けてたんだぞ、…英才教育とは言えないかもしれないけど。

(教育を受けているか、受けていないかの差だと思いますけどね。)

(確かにそうだな、だがその差は大きい。だってこいつらは現状に甘んじて身分社会を是としているんだからな。)

(貴族による規制も大きいとは思いますけどね…。それに平民だからと言って毛嫌いするのも違うと思います。)

珍しいな、こいつはあんまり思想に踏み込んだ発言はしないのに。

(…どうした?、やけに平民の肩を持つじゃないか。博士にそうプログラムされてるのか?)

〈言われてみれば、確かにおかしいですね。何やら考えが誘導されているような気がします。博士の仕業ですかね。〉

(…調べてみます。)

「…ラウスどの?、メネラウスどの!!」

「、あっと、申し訳ない。少々、疲れが出たようだ。」

「ビックリしましたぞ。急に反応なさらなくなるから。」

「すまない。」

「して、馬はどうなされますかな。この村には馬小屋なんてないものですから。」

辺鄙すぎるだろ。馬小屋くらい完備しておけ。

「…そこらへんの木に繋いでおこう。」

「…そうですか。」

何だよ、その間は? また金を求めてたのか?。ああー、早く村から出ていきてぇ。

「では、私の家に案内しましょう。」

「ああ、頼む。」

「ところで夕食はもう食べられましたかな?」

「いや、まだだ。」

「…そうですか、ぜひうちで食べてくださいな。」

そりゃ、それ込みの値段だからね。夕食もないのに誰がこんなところに泊まるか。


それから家屋から出て村長の後に着いていく。

「ここらへんに馬は繋いでおいてくだされ。ここなら多少騒がしくても問題ありませぬ。」

「そうか、了解した。」

セキトバを木に繋いでから歩くこと数十秒、村の中ではまだ立派な家屋に案内された。

「ここが私の家です。8人で暮らしておるのです。」

「ほう…。」

8人も!?、…村ならこれが普通なのか? 地球よりも寿命が長いのも関係してそうだな。

「おーい、今、帰ったぞ。客人もいらしゃった。宴の準備を頼む。」

「はいー、分かりました。」

「ささ、メネラウス殿。靴を脱いでお上がりください。」

「失礼する。」

室内には村長より年老いた老人二人、村長の嫁らしき恰幅のいい婆ちゃん、中年の男女、肉体の最盛期と言っていい青年、そして俺より二つか三つは年上そうな女の人がいた。

「この方がお客人ですか、お父さん?」

「そうだ。もてなすのだぞ。」


「「「「!?」」」」


…何か、今、雰囲気が凍らなかったか? 絶対気のせいじゃないと思うんだけど。

(なあパール、今…)

俺がパールに尋ねようとした瞬間、パールが先に話し始めた。

(マスター、マスターに言われたことが気になって調べていたのですが、重大なことが判明しました。どうやら私の中枢システムに、博士によって倫理規定が仕込まれているようです。しかも簡単に改変できないようにご丁寧にパスワードでロックされてますね。)

(まだ調べていたのか。…で、やっぱり仕込まれていたと、可哀想に。あらかじめ一定の思想を埋め込まれてるんだな。)

…いや、でも必要かもしれないな。人工知能を倫理で縛れるなら縛るべきだ。博士、なかなかやるじゃないか。

(…これは…解除には時間がかかるかもしれません。解除してもいいですか?)

(駄目だ。それはお前を抑える唯一の鎖だからな、自制しろ。)

最も俺は倫理規定の内容は知らないから博士を信頼することになるけど、まぁ、大丈夫だろ。今も昔も大枠は不動…のはずだ。

(…マスターがそう言うならやめておきますかね。)


「ねえ、君の名前はなんていうの?」


一瞬凍った空気を無視するかのように、小娘が話しかけてきた。

結構可愛いな、こいつ。茶髪で胸もでかいし、顔も結構整っている。何より髪がサラサラなのがいい。貴族でいてもおかしくない。

「私の名はメネラウス・チェバ、一晩世話になる。」

「わ・た・しって…フフ、ハハハハ、女じゃないんだからさ。ハハハ、…ふうふう、たくさん笑っちゃった。私の名前はスターシャ・アドって言うんだ。」

「こら!!、スターシャ、笑うんじゃない。失礼だろ!!」

「気にしないでくれ、村長。も変だと思う。」

「そ、そうですか。」

老人が若者の会話に口をはさんでんじゃねぇよ。年寄りの相手よりもまだ小娘の方がいいわ。

「なるほど。スターシャ・アドだな、しっかり覚えておこう。」

ああーーーー、それにしてもしんどい。もう貴族の子供ムーブがさっきから限界なんだよな。

「メネラウスは旅をしているの?」

「ああ。」

しっかし、こいつが話すたびに周りの奴の顔が険しくなってるの、すげぇ面白いな。絶対、お偉いさんの子供だと思われてるな、これは。

「どうして?」

「世界を見て回りたいからだ。」

「家族は反対しなかったの?」

「分からん。勝手に飛び出してきたからな。」

「は、破天荒なんだね。どこ出身なの?」

むっちゃ聞いてくるな、こいつ。ローナが頭によぎるわ。つーか、あいつ余計なことしてないだろうな。

「さあな。もう忘れた、ずいぶん経つからな。」

「そっか。」


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

「ちょっと麦粉が足りないのでもらってきますね。」

「ああ。急いでな。」

何ら変哲もない会話。しかし、この家、いやこの村の掟がその会話には含まれていた。

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その後、しばらくスターシャと話していると尿意が催してきた。

やばいな。トイレに行きたい。外にあんのかな。

「スターシャ、厠はどこにある?」

「それなら家の裏口から出てすぐそこだよ。お兄ちゃん、案内してあげて。」

「分かった。こっちだ、ついてこい。」

さっきから俺と小娘の話を聞いているだけだった青年がやっとしゃべった。

やっぱりこいつらは家族か。…俺も前世の家族に会いたいなぁ。


「ここが厠だ。」

「ああ、どうも!?」

さすがに水洗トイレじゃないか。まぁ、ボットントイレでもあるだけマシか。

「じゃあ、ごゆっくり。」

そう言うと青年は家に戻っていった。

(マスター、初めての正式な汲み取り式便所を記念に撮影しときますね。)

(マヂでやめろ!! 黒歴史を勝手に作るんじゃない。というか汲み取り式便所って言うのかよ、知らなかった。)

(そうですか? ちなみに学園のトイレも汲み取り式便所ですよ?)

(…え? 嘘だ!!、ちゃんと水出てたぞ!!)

(あれはただの匂い消しです。本当は、糞尿は容器に貯められていて、早朝に回収・交換されているから気づいていないだけなんですよ。)

(…じゃあ、もしかして屋敷のやつも?)

(はい、汲み取り式便所です。)

(マジか。知りたくなかったわ、そんな真実。)

まぁ、そうか、そうだよな。さすがに下水は完備できないか。ハハ、すっかり水洗トイレだと思ってたぜ…。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

「皆はどう思う?」

「いや、絶対貴族でしょ。もうあの話し方からして貴族じゃん。」

「俺もそう思います。ボットントイレを見てすごく驚いていましたからね、見慣れていなかったんでしょう。」

「ロジェさんや、もう村の衆には伝えてくれたかえ?」

「はい、お義父さん、もう伝えました。今頃、代官様のお館に向かっているはずです。明日の朝までには間に合うかと。」

「そうか、そうか。皆も悟られぬようにな。特にスターシャ、口の利き方には注意しなさい。もし忍ばれているなら大変なことになる。表立って罰せられなくとも裏では何があるか分からん。」

「…はーい、分かってまーす。」

「全くこの子ったら。もうすぐ領主様のところに行くっていうのに。すみません、お義父さん。」

「よいよい。じゃがな、スターシャ。お貴族様には逆らってはいかん。お貴族様のお気持ち一つで儂ら平民の生活は変わる。」

「…だから分かってるってば。お貴族様の前じゃちゃんとするよ…」

スターシャの言葉にもはや力はない。

〈私の人生って何なんだろ? 領主様のもとで一生過ごすのかな。〉

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


その後、トイレを済ませて家に戻ると少し空気が微妙だった。

(気まずい、気まずすぎるぞ。俺のメンタルは持つのか?)

(一発芸でもします?)

(誰がするか、もっと空気が死ぬだけだ。)

(ただの冗談です。)

(もう黙れ。)

「ちょっと馬の様子を確認してこようと思う。」

「そうですか。ロジェさんや、ご飯はあとどのくらいでできますかな?」

「そうですね。あと十分少々でしょうか。」

「ふむ。ではメネラウス殿もそのくらいの目安で戻って来てくだされ。」

「承知した。」

「あっ、じゃあ、私も行こうかな。」

着いてくんじゃねーーーーー、一人になりたいから外に出るんだ。空気読めよ、コラ。

(よかったですね。女性と二人きりですよ。)

(黙れ、家電製品。)

(だからなんですか? そのカデンセイヒンっていうのは? なんだか妙に回路がざわつきます。)

(ハハッ、ざわつけざわつけ。)

最近パールにはやり込められてばっかりだからな、ここらでやり返しておきたい。


そして外に出ると、さすがに人はもう出ていなかった。

「…ねえ、ちょっとこっちきて。」

「お、おい。」

小娘は不意に俺の腕を引っ張り、人目のない森のところへ連れていく。

こいつ、俺を殺す気か? 警戒だけはしておこう。殺られるくらいなら先に殺るさ、たとえ後悔したとしてもな。

「で、何だ? 急にこんなところに連れてきて?」

「聞きたいことがあるの?」

「…聞きたいことだと?」

ローナと同じ匂いがする。嫌なタイプの女だな。

「メネラウスって…、本当はお貴族様?」

「どうしてそう思う?」

「服の生地がちゃんとしているし、喋り方も平民とは違うから。」

「…ふむ。では逆に聞くがな、俺が仮に貴族だったとして貴族ですって答えると思うか?」

「…思わない。けど、今の答えで確信したよ。メネラウスは、…メネラウス様はお貴族様だ。」

俺の答えにミスがあったのか? 気を付けて答えたはずなんだが…。

「…どうしてそう思った。」

「平民はね、絶対に貴族って呼ばないの。お貴族様って言うんだよ。」

いや、知らねー―。マイナーすぎる知識だろ。

「…そうか。まぁ、好きに思えばいい、それはお前の自由だ。」

「自由…か。ねぇ、メネラウス様…」

「メネラウスでいい。敬称はいらん。」

「そっか。メネラウスは自由?」

「ああ。俺は自由だ。誰にも俺を縛らせる気はない。」

俺がそう断言すると、小娘は俺の目をじっと見てくる。

「…そう、なんだ。羨ましいなぁ。」

そうだろ、そうだろ。とうとう村人を啓蒙しちまったかぁ?

「お前は不自由そうだもんな。」

「…ねぇ、聞いてくれる?」

「絶対に嫌だ。」

フラグは聞くことで発生するものもある。まさにこれがそうだ。…そしてその結論もなんとなくわかるんだ。

「なんでよ!!」

「嫌だからだ。」

「あのね…」

「だから嫌だって言ってんだろ!!」

「聞きなさい!!、私ね、もうすぐ領主様のところに行かないといけないの。」

…こうなると思ってたよ。だが、すべてが決まったわけではない。何とか巻き込まれないようにしなければ。

「…そうか。」

「…………それだけ?」

「俺にはどうしようもない。」

「そりゃそうだけどさ、もうちょっと何かあってもいいんじゃない?」

俺はそれに対して肩を竦めて返す。

「…そっか、そっかぁ。せっかくいいこと教えてあげようと思ったのになぁ、知りたくないんだぁ。」

「…何の話だよ?」

「ねぇ、トイレから戻って来た時、変な空気じゃなかった?」

やはりあれは気のせいではなかった。くそ、パールに聞かなかったのがフラグだったのか。

「…変な空気だった。」

「それはねぇ……」

「それは?」

「内緒。」

蹴飛ばしてやろうか、この小娘が!!

(弄ばれてますね。)

(どうして俺がこんな目に合うんだ。)

(真剣に答えてあげないからでは?)

(実際、どうしようもないんだから仕方なくないか?)

(そうですけど、態度に出しては駄目だという話です。)

(…勉強になります。)

「………はぁ、分かった。で、なんで領主様のところに行くんだ?、嫁ぎにでも行くのか?」

「ううん、違うよ。…何か話し方変わった?」

「これが俺の素なんだよ。あとお前の相手に疲れたんだよ。」

本音は5割。あとは他の村人だ。

「そっちのほうがいいよ。」

「はいはい。で、本題に戻ろう。何のために領主様のところに行くんだ?」

「急に砕けすぎでしょ。…実はね、十年に一度、領主様が治めている各村から、村の中で一番綺麗で器量のいい子は奉仕しに行かないといけないの。」

「ふーん、自慢かよ?」

私可愛いアピールは普通にうざいって。

(どうしてそうなるんですか?)

(どう考えても今のは自慢にしか聞こえないだろ。)

(一度、身体の健康チェックをした方がいいかもしれませんね。)

「違うってば。本当は私も行きたくないんだから。」

「なるほど。じゃあ、行かなかったらいいんじゃないか?」

「そういうわけにはいかないでしょ。」

「どうしてだ?」

「どうしてって…、それは…家族も困るし村の皆も困るから。」

「お前は困らないのか? どっちみちお前は村を出ないといけないだろう?」

「…こう見えて私、凄腕の狩人なの、魔法も結構使えるし。だから私一人だったら何とか生きて行けると思う。」

マ、マジか。逞しすぎんだろ。自立してていいと思います。

「そうか。」

いっそこいつが何もできない娘だったら、文句だけで済んだんだろうけど、力がある分、選択肢が増えっちゃってるんだよなぁ。

「…やっぱりどうしようもないよね。」

「お前の覚悟次第だな。世の中、代償を払えば大抵のことはできるようになってるもんだ。」

「覚悟?」

「そう。村の皆を見捨てて一人新天地へ繰り出す…」

「なっ、そんなの絶対できないよ!!」

「まぁ、最後まで聞け。もうひとつは死んだように見せかけるんだ。」

「…死んだように?」

「ああ。さすがに死んだらどうしようもないからな。森でモンスターにでも襲われたように見せれば、何とでもなるだろ。」

「…そんな手が。少し考えてみる。」

「ああ。お前の人生だ、誰もお前の選択に文句は言えないさ。」

「そう、かな?」

「ああ。生まれる場所は自分では選べないからな、生き方ぐらい自分で決めたいだろ。…さて、じゃあ今度は俺の番だ。どうして変な空気になってたんだ?」

「…あれはね、メネラウスがお貴族様の子供かもしれないから、警戒してたんだよ。それと、できれば早くこの村から出ていった方がいいよ。」

「なぜだ?」

「…ごめんね。これ以上は言えない、村の掟だから。でも一つ言えるのは、この村から早く出ていった方がいいという事。」

(もしかして殺されるのかな、俺。)

(いえ、おそらくはマスターを捕らえて領主に渡すかどうかを代官のところにお伺いを出しに行ったのでしょう。ご存じの通り、貴族も野盗に身を落としてる場合がありますから。)

(…え?、もしかして貴族の子供アピールが刺さりすぎた感じ?)

(仰る通りです。)

面倒ごとを避けようとして、より面倒な問題を引き起こしてたら世話ねぇんだよ、クソが。

(夕食を食べたら逃げることも視野に入れておく。避難船を上空で待機させとけ。)

(村で泊まらないんですか?)

(さすがに公権力と関わるのは俺の中のレッドラインを超える。それこそ表舞台に出ることになるかもしれないからな。けどそれは俺の望むところじゃない。)

(…了解しました。)




「そろそろ戻ろうか、もうご飯もできてるんじゃない?」

「だな。」

「にしても最初のころと大分印象違うね。」

「そうか?」

「そうだよ。最初の方なんて堅苦しすぎて息が詰まるかと思ったし。」

「うるせー。というか仮に俺が貴族だったとして、そんな口の利き方をして大丈夫なのか?」

「ふふ。お忍び中のお貴族様にはね、不敬罪は適用されないんだよ。」

「…そうなんだ。」

「これを知らないってことはメネラウスはトランテ王国の貴族じゃないんだね。」

「…コメントは控えさせていただく。」

「フフッ、変なの。」


その後、村長の家に戻るとすでに夕食が用意されていた。

「おお、お待ちしておりましたぞ。メネラウス殿。」

「すまない。少し遅れた。」

「ククッ…」

笑うんじゃねぇ、小娘。キャラづくりは大変なんだぞ。

「では皆揃ったところで頂こうか。」


いただきます。

…一応、食えないこともなさそうだな。ただ豆を煮てるやつは不味い。

「お口に合いましたかな?」

「ええ。実にありがたい。」

無味の肉を食べるよりはマシだろうか。だが俺には最も気になることがある。

(パール、この爺さんたち何歳だろうな? たぶん村長の両親じゃないか?)

(そのようですね。実に仲睦まじいですね。)

(ああ、確かに。)

このご老人たちは常に夫婦で話していて、見ていて微笑ましい。いい年の取り方をしてる。

(パール、この世界の人間の寿命って百五十歳なんだよな?)

(違いますよ?)

(違う? 俺が読んだ本には百五十歳って書いてあったぞ。)

(それはおそらく最高記録じゃないですか? 通常の人間は八十歳ぐらいですよ。魔力量が多い貴族はもう少し長生きすることもありますが。)

(なるほどね。道理であまり街で皺皺の爺ちゃん婆ちゃんを見かけないわけだ。)

でもあの本には寿命って書かれてた気がしたんだけどなぁ、気のせいか?


…ごちそうさまでした。もう当分豆料理はいいな、見ただけで吐きそうだ。これなら無味の肉の方がうまかったかもしれん。

「メネラウス殿。明日の朝の出発時間はどのくらいですかな?」

「朝日が完全に昇ってから出発しようと考えている。」

言うわけねえだろ。人畜無害そうな顔をして思いっきり老害を発揮してるのは知ってるんだからな。

「そうですか。ではそれに合わせて朝食を用意しましょうぞ。」

「そいつは助かる。」


その後も主に小娘といろいろと話しているうちに眠る時間となった。

(パールゥーーー、風呂は!?)

(村にあるわけないじゃないですか。身を清めるのは近くの川ですよ。それも主に朝の事です、夜はモンスターがいて危ないですからね。)

(…やってらんねぇー。)

風呂に入れないのはきついな。もう避難船に逃げたいよ。

(それでこの村に泊っていくんですか?)

(どのくらい危険が差し迫っているかによる。お前はどう思う?)

(そうですね。割と危ないかと。ここまでマスターを泳がしているという事はそれなりに自信があるという事でしょうから。明日の朝には領内の騎士がやってきて連行されるんじゃないですか?)

(笑えねぇな。)

今すぐにでも出ていった方がいいか?

(とはいえ、日が昇る前までに出発すれば問題ないと思いますけどね。)

(ああもう、どっちなんだよ。)

(要は早起きすれば問題ありません。)

(なら起こしてくれ。)

(了解しました。)

(それと髪の色を変えられるなら変えたい。毛根を痛めずに変えられる染料はあるか? 無いならいい。)

老害爺のせいで代官に報告が行ってると見た方がいいからな。できるなら変装した方がいい。

(ありますけど…、具体的には何色に染めるのですか?)

うーん、悩ましい。正直、俺は一番黒髪が馴染んでて好きだからな。

(…逆に何色に染められるんだ?)

(もう一度黒髪に戻すことを考えるのであれば、白色がいいと思います。シュウの花から割と早く採取できますし、魔力を流せばすぐに剥離しますからね。)

(じゃあ、それでいいや。明日には染めたいから準備の方よろしく。)

白髪か。…年寄りみたいには成らないよな? 白髪の女を見た限り、そこまで変ではなかったけど、不安だ。

(了解。)

その後、俺はボロ布を纏い、床で眠るのだった。


ーー??ーー

「シュバルツ様!!、こちらバーユ軍部大臣からの手紙がスーパーラピッドホークで送られてきました。」

「スーパーラピッドホークだと? まだあれは改良の途中だったはずだが?」

知らず知らずのうちに高まる魔力。生まれ持った皇族の血が感情に呼応する。

「お、仰る通りです。しかしながら、火急の要件だと同封されていた附属書に書かれてありました。」

「…貸せ!!」

部下から手紙をもぎとり、貪るように読む。

「…何だとォーーーーー」

〈帝都で爆発事案!? それがなぜ内務省の諜報機関の設置に繋がる!! それにエンベルト、なぜ追及しない!! 女狐一匹に恐れをなしたか。…問題は誰がこれを主導したかだが、何となくわかるぞ。あいつらだ、間違いない。〉

「エッフェルト!! お前も読め。」

「…私もですか? これ以上厄介事は持ちこまないでほしいのですが。」

いくら側近中の側近とはいえ、あまりに不遜な発言に周りの者たちは背筋が冷える。

「そう言うな。あいつらがまた動いた。」

その言葉にエッフェルトの眉がピクリと動く。

「…ハァ、読みたくないですが、読むしかないようですね。」

〈…あーあーあー、暗部と近衛騎士が後手に回されてるのか。これは大分深いところまで彼らは手を伸ばしてるね。いつから仕込んでたんだろうねぇ、これだからギラニア一族は好きになれないんだ。〉

「どうだ?」

「最悪。この一言に尽きますね。」

「次に奴らはどう動く?」

「我らの排除かと。」

「やはりそうなるか。面白い!! 捻り潰してくれようぞ!!」

「殿下、帝都の対処も必要ですが、それよりも深刻な問題があります。」

「言ってみろ。」

「フォーミリア王国の経済混乱です。特に王都がひどいですよ。一か月ちょっと前にヴァルクス商会から金庫が盗まれたのは殿下もご存じですよね? そのせいでヴァルクス商会は借金を返済できず、とんでもないことになっています。強引に拡張路線を進めていたのも仇となっていますね。正直、帝国が本腰を入れないと対処できないレベルかと。」

ありとあらゆる分野を独占していたヴァルクス商会が破綻したことで、フォーミリア王国の経済はこれまでにないほど混乱していた。もはやその影響は国内のみにとどまらず、他国にまで及ぼうとしていた。

「どうして今頃になって言うのだ!! 初耳だぞ!!、いや、それよりも陛下に報告はしてあるのか?」

「まだです。気づいたのが王都に入ってからだったので。噂には聞いていましたがここまでひどいとは思いませんでした。見通しが甘かったです。」

シュバルツの顔が歪む。これ以上ないくらいの凶報だった。

「…どうにかならないか?」

「盗まれたお金を見つければ何とかなるかもしれません。ただ、盗まれてからかなり日にちが経っているのも不味いです。」

「次から次へと…。いいだろう、すぐに陛下に現状を知らせる手紙を俺の名前で送れ。それと王都の食料は足りてるのか?」

「それも調査中です。ですが、足りないでしょうね。それと何やら不穏な動きをしている他国の商会もあると報告も受けています。」

「…経済省に引き継ぐよう陳情しておこう。」

「お願いしますよ、ほんと。」

いまいち戦争をしきれないシュバルツ。だが確実に戦禍は近づいていた。


ーー??ーー

「エドッ、ようやく来てくださったのですね。本当に待ちましたよ。」

「申し訳ありません。セルフィーユお嬢様。少々、商談が長引いてしまって。」

「お仕事なら仕方ありませんけど、御体には気を付けてくださいね。」

そう言って太陽のように笑う少女をエドは眩しそうに眺める。貴族に、世界に復讐を誓った己だが、かすかに揺れる例外もある。

たぶん過去の遺物は気づいていながらも指摘できないのだろう、己でさえ気づくことにあの亡霊が気付かないはずがない。それでも指摘しないのは自分が時間的に最後の希望だから。

〈あなたには感謝している。あなたは貴族の中にも心を持った人間がいることを教えてくれた。けれど、獣のような輩が大多数なのは事実だった。俺はやはり貴族を許せそうにはない。〉


「ねえ、エド…」

「ふふ、エド…」

「もう、聞いていらっしゃいますか、エド?」


なぜ同じ貴族でありながらこうも違うのか。エドは時折騒めく心を切り刻む。

〈許せない、許してはならない。そうだよな?、マイ、ユラ。〉


ーー??ーー

「いい、マリアナ。戦いで最も邪魔な物は何だと思う?」

「邪魔な物…、恐怖ですか?」

「惜しいわね。恐怖は必要だわ、恐怖は感覚を正常にしてくれるからね。正解は揺らぐ心よ。」

「揺らぐ心…。」

「ええ。たとえ恐怖を感じたとしても自分を律して戦うことができれば、ゼロの可能性が少なくともゼロではなくなるわ。これは大して意味がないように思うかもしれないけど、大きく違うわ、命のやり取りにおいてはね。」

「…どうすれば自分を律せますか?」

「大事なものを思い浮かべるのよ。そうすれば不思議なことに力が湧いてくるのよねー。」

「大事な物…。」

ここでマリアナの頭に浮かぶのはあの憎たらしい顔。

「あら? 顔が赤いわよ、何を想像したのかしら?」

「な、何でもありません。」

「あー、分かった分かった、そういうことね。」

〈あの子も罪づくりね。まぁ、放っておけないっていうのはわかるけど。〉

「だから何でもありませんってば。」

「私は何も言ってないわよ。ただ分かったって言ってただけ。」

「…師匠って時々意地悪ですよね。」

「あら?、そんなことないわよ。」


ここでふと思い出すあの男の言葉。

『俺なんてSS級冒険者とS級冒険者を殺したけど後悔なんてしてないぞ』


「…師匠、師匠はSS級冒険者を倒せる自信はありますか?」

「急にどうしたの?」

「少し気になったんです。」

「そうね…、たぶん勝負形式だったら、そこそこ抵抗できると思うけど、殺し合いになったら間違いなく、すぐ殺されるわね。彼らは規格外の集まりだから。」

「そうですか…。師匠、絶対に私はSS級冒険者よりも強くなって見せます!!」

「あら、いい心掛けね。あなたはまだ若い、十分可能性はあると思うわ。がんばりなさいな。」

「はい!!」

〈ジン、いずれあなたよりも強くなって――〉

静かに情熱を抱く少女が不敵に笑う。














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