第173話 対処法

(…ター、マスター、起きてください。そろそろ朝食の時間です。)

(ん〜、もう朝か。何か体ダルいな。)

(さ、早く支度をしてください。)

(………ハァ、わあったよ。)

渋々パールに促され、朝の支度をしていく。

(マスター、報告があります。)

(何だ? 朝から重いのはゴメンだそ。)

(原因はマスターなんですけどね。昨日、手紙をマスターが寝る頃においたところ、エッグが寝る前に気づいて大きな騒ぎとなりました。)

(エッグが?)

(はい、フレイとバルアは夕方には家から迎えが来てましたからね。本来なら部屋に残っていたのはマスターとエッグになります。)

ちっ、上級貴族め。そういうところが下級貴族に嫌われてるんだぞ。

(なるほどな。エッグがいなかったらやばかったな。もしかしたら手紙の存在に気づかれなかったかもしれない。)

(まぁ、そうなったら職員室に残すまでですが、少し不自然ですね。)

いや、少しではないだろ。普通に不自然すぎる。逆に俺なら誘拐を疑うかもしれん。

(で、学園側の対応は?)

(取り敢えず先に今いる学園の生徒を優先するようですね。)

(まぁ、妥当だな。俺の家は男爵家だし、貴族社会でも浮いてるから後回しでも問題ないと判断されたんだろう。)

それが今の俺にとっては有り難いけどな。なんか釈然としない気もする。

(ちなみに担任のバンはキレ散らかしてますよ。あのクソガキ!!って。)

(だろうな。俺も担任だったらブチ切れる。) 

でも半年も経てば怒りもなくなってると思う。時の流れは偉大だ。いずれ全てをなかったことにしてくれる。

(で、マスターが一番気になっていると思われるSS級冒険者の動向についてですが、あの白髪女にはマスターが居なくなったことは伝えられてませんね。)

…不祥事を隠そうとする臭い匂いがする。

(理由は?)

(これは推測になりますが、マスターを探しに行かれたら困ると考えているのかもしれません。学園の防衛のためにSS級冒険者を呼んだわけですから。)

なるほど、よくよく考えれば俺は賊がうろついているかもしれない所にいるのとほぼ変わらないもんな。それを知ったらあの脳内お花畑女は動く可能性がある。

(でも、もし俺に何かあったら学園の責任問題になるんじゃないか?)

(今回の場合、マスターが自分の意志で出ていったことから責任の大半がマスターに帰するでしょうね。それに教師も家と縁を切っているといっても、裏で秘密裏に擁護されるでしょう。)

(ふーん、ならもっと早く学園から脱出してたら良かったかもな。)

(それをしますと、本格的に家に迷惑を掛けますが?)

(…生き辛い世の中だ。)

流石にそこまで迷惑をかける気はない。

(問題はアレクたちにこの話が伝わったときですね。マスターが帰ってきたら説教の嵐でしょう。)

(…時の流れが解決してくれるさ。)

(数百年後の話ですか?)

俺に付き従ってるはずの人工知能が俺の心を抉ってくる。絶対にどこか致命的な設計ミスをしてるだろ。

(…ちげぇよ。)

どうにかしてこいつをギャフンと言わせたい。………そうだ!!、前々から考えてたことがあるが、確かフォーミリア王国の王子達はまだ捕まってないんだったな。そいつらを手駒にできれば面白そうだ。俺自ら火種を作るのは帝国の国益を損なうかもしれないが、少しくらい暗躍を楽しんでもいいと思う、せっかく力があるんだから。

武力を直接行使しないだけマシだろ。

(パール、実に優秀なお前に命令だ。確かフォーミリア王国の王族たちはまだ逃げてるよな? そいつらの居場所を特定して、俺が会いに行くまで他国に捕まらないように秘密裏に手助けしろ。)

(……いきなりどうしたんです? また碌でもないことを思い付きましたか?)

〈マスターのこのタイミングでの発言。一見私に対する嫌がらせのように考えれますが、これまでのデータによると、どうやら前々からボンヤリと考えていたような表情と口調ですね。〉

(まあな。亡国の王子が国を再興する。実に面白い物語だと思わないか?)

(そうですか?)

まあ、本当に面白いのは俺が裏で暗躍して関与する場合だけどな。最後にバッドエンドで終わる方が面白いかもしれない。

いや、それよりも――

(俺の手で育ててから解き放つのも面白いかもな。うまく建国するか、呑まれるか。名付けて英雄化計画。)

ウンウン、考えれば考えるほどワクワクしてきた。前世じゃ絶対に出来ない壮大なリアル育成ゲームだ。俺としては成功しても失敗しても構わない、帝国の外に建国するならば。というより、まず帝国内には建国できないだろうな。すぐに鎮圧されるのがオチだ。それよりも東部諸国連合を乱したほうが面白そうだ。

(発想が人でなしですね。マリアナに説教したマスターはどこに行ったんですか?)

(人は表の顔と裏の顔を持つのさ、よく覚えておけ。)

大人しいやつが心の中で人を罵るなんてザラにあることだ。前世で経験したから間違いない。あれも俺を歪ませた理由の一つだと睨んでいる。しばらく軽い人間不信になったものだ。

それに――

(この計画の良いところは俺が飽きたら中止できるところだ。面白そうだとは思わないか?)

(人の人生を弄ぶのはどうかと思いますが、マスターがそう言うなら私としても強くは言えません。それに命令なんですよね? それなら私は否応なく従いますよ。生半可な思考でマスターについてきたわけではないですから。)

…やっぱり引き取って良かった。いざとなれば壊せばいいと思ってたけど、流石にもう壊す気にはなれない。この世界での俺の唯一の理解者と言っても過言じゃないし、たぶんこいつがいなくなったら本当に悲しい気持ちになりそうだからな。これからはこいつも本気で守ってやろう。

(そうか、なら早急に頼むぞ。今頃、いろんな国が血眼になって探してると思うから。)

(了解です。どこの探査機を回しますか?)

うーん、悩ましい。探査機の数はスクエアを含めて20個だからな。長期的に運用されることを考慮すると、どれを削るのがいいんだろうか?

(………冒険者ギルドの本部以外の探査機は回すのはどうだ?)

(ジェドたちに関する情報やモンスターの情報が即座に入りにくくなりますが、大丈夫ですか?)

…やっぱり自分の安全を優先すべきか? 俺の正体がバレたら即座に始末しないといけないからなぁ。なるべくそんなことは起きてほしくないものだ。 

(なら東部諸国連合は…これから行くからなしだな。どこにすればいいと思う?)

(主に冒険者ギルドの探査機を日替わりで回せば問題ないかと。)

(お前、天才かよ。ならそれで。)

日替わりかぁ、俺の発想にはなかった。

俺が呑気にそんな感想を考えていると、パールが深刻そうな声で状況報告をしてくる。

(マスター、それと旅に出る前に報告しておきたいことがあります。)

(どうした、そんな真剣な声を出して?)

(ユーミリア公国に関して気になることがあります。)

(ユーミリア公国ねぇ…、あのスノーボードをしたところか。あそこがどうしたのか?)

ユーミリア公国は確か大したことない小国だった気がするが。

(はい。実はジルギアス王国を調べることで判明したのですが、ここ数年で突如としてユーミリア公国に現れ、急速に影響力を拡大している人物がいます。その名はエドウィン・アルカイザー、今はラーツティン公爵家が後ろ盾となっています。しかしながらラーツティン公爵家が後ろ盾になるまでの経歴が不明です。)

エドウィン・アルカイザーねぇ。カッコいい名前じゃないか。でも――

(名前にフォンが入ってないということは貴族じゃないのか?)

(ご名答です。ですから尚更怖いのです。ただの平民であるはずの彼が貴族すらも凌ぐ力を持ち始めていることが。)

(そこまで力を持っているのか?)

これは…転生者パターンか? 早急に調べたほうがいいな。チッ、めんどくせえことになった。

(はい。それにユーミリア公国は差別が激しい国です。そこで貴族の後ろ盾を得、さらには貴族を凌ぐ力さえも持ち始めていることを考えると得体のしれないものがあります。)

(転生者の可能性は?)

(無くはないです。しかし、もし転生者だとするならば、どうしてユーミリア公国で成り上がることを選んだのかが不明です。ユーミリア公国で平民として成り上がったのならば他の国でも十分大成できるでしょうから。それも主に武力ではなく、政の才を発揮してるようです。)

…もしかして貴族に酷使されてる平民を哀れに思った民主主義者じゃないよな? もしそうならユーミリア公国を火の海にしないといけない、危険思想が蔓延る前に。

(早急に調べろ。英雄化計画は後回しだ。でもどうしてジルギアス王国を調べたらエドウィン・アルカイザーのことがわかったんだ?)

(どうやらユーミリア公国は秘密裏にジルギアス王国と貿易を行っていたようです。それを主導したのがエドウィン・アルカイザーのようですね。彼は巧妙に隠していたのですが、ジルギアス王国の書類不備で判明した形です。)

(ふーん。…ん?、そういや確か教養でジルギアス王国は大陸の国と貿易はしていないと習った気がするんだが?)

(そこが肝なんです。彼はエナメル王国とフォーミリア王国から圧力をかけられた際、抜け道としてジルギアス王国と貿易することにしたんです。その結果、食料の調達に成功したという形ですね。非公式ですが、公王にも感謝のために城に呼ばれたそうです。)

エドウィン・アルカイザー…、危険だな。こっちの世界の人間かつ分を弁えているなら見逃してやってもいいが、もし転生者なら殺してやるよ。この時代の転生者は俺だけでいい。もしそいつが前世の家族だったら保護するけど、たぶん違う。

(…非常に面倒だな。)

(正直、私はまだ様子見でいいと思いますけどね。帝国からはかなり距離がありますし、ユーミリア公国が領土拡大に動くには国力が小さ過ぎます。たとえ戦で勝っても統治のための人材が不足しています。)

(いいか、この際国は関係ない。大事なのはエドウィン・アルカイザーが転生者かどうかだ。)

(転生者だったらどうするんです?)

(至急速やかに抹殺する。この時代の転生者は俺だけでいい。)

チート持ちが何人もいたら希少価値が薄れる。奴が持っているのかは分からないが、色の魔力に目覚める可能性があるならば俺は存在を許さない。…ジェドを殺してから少しづつ倫理観が緩んできてるな。だがそれでいい。甘えて死ぬよりはマシだ。それにまだ俺の中での一線は超えてない。

(過激ですね、今に始まったことではありませんが。では英雄化計画は凍結、ユーミリア公国を最優先ということで。)

(ああ。異存はねぇよ、早急にな。)

思ったより自分でも低い声が出た気がする。だが看過できないこともある。この世界から自然発生的に新たな思想が生まれたならそういう時代なのかと諦められるが、余所異世界から持ち込んだ思想は許せない。それなら同条件の異世界人が排除してやる。

(了解。…各国の探査機で、無理のない範囲でフォーミリア王国の王族を探すことも出来ますが?)

(じゃあ無理のない範囲で頼む。やっぱり遊び心は必要だからな。)

(それとマスターには報告してませんが、他の国にも傑物と呼ぶべき人物はかなりいますよ? エドウィン・アルカイザーが特異なだけで。そもそも帝国の皇子たちもかなりの傑物揃いですよ。)

(…マジか。)

いちいち気にしてたらキリがないのかもな。…よくよく考えれば転生者だからって優秀とは言い切れないし、傑物止まりって可能性もある。表舞台に出てきたやつを探った方がいいのかな?

…よし、そうしよう。それで転生者と分かったその時は消そう。どの口が言うんだって思われるかもしれないが…。

(どうされます?)

(……やっぱり英雄化計画を実行する。それとエドウィン・アルカイザーの監視も平時と同じでいい。ただ表舞台に出てきたら、報告しろ。)

(マスターの表舞台の定義とは?)

(他国への侵略。)

(了解いたしました。)


旅に出る気分では一気になくなったが、いつまでもここにいるわけには行かないので朝食を食べに行く。

「おはようございます。もう朝食の用意ができております。運んで参りますので、少々お待ちください。」

「分かりました。」

(マスター、テンション低いですね。)

(あんな話をした後にテンション高いわけないだろ。それに朝だし。)  

朝の太陽の光が本当に苦手なんだよな。普通に頭痛がする。今はまだ冬で日は登ってないけれども。

(ではテンションが上がる話を一つ。)

(何だ? 言っとくがハードルは高いぞ?)

(意外と低いと思いますがね…。昨夜未明、帝国にあるモルテ教の教会が勅令によって破壊されました。ご丁寧に火まで放たれています。)

(ほう、それはなかなか面白いな。ちょいとテンション上がったわ。)

カルトは弾圧されるべきだと思う。必要悪ですらない。

(ちなみに教会に居た信者は全員城に連行されて取り調べを受けていますね。)

(どう処分すんだろうな? 犯罪奴隷落ちかな?)

(その可能性が高いでしょう。若しくは国家反逆罪で公開死刑か。)

公開処刑ねぇ。さすがに悪趣味すぎると思う。それでも野次馬が多いのが簡単に想像できる。

(他の国のモルテ教も潰されるのも時間の問題だな。)

(そうですね。)


そんなことを話していると料理が運ばれてきた。そして軽めの朝食を頂いて、きちんと歯を磨いてから出発するのだった。


ーー??ーー

「待てっ!! 俺を殺せば大問題になるぞ!!」

「もうなってる。」

冷静に返答する男は冷静に短剣で相手の心臓を貫く。


「カハッ…」


「連れてけ。」

「了解しました。」

(殿下、こちらは任せてください。抜かりなく成し遂げましょう。)


帝都で爆発が起こった深夜未明、帝都の各地で裏切り者の粛清が行われた。生きて捕らえられたものはおらず、帝国を裏切った動機が判明することはなかった。


ーー??ーー

「どうやら宝物庫にも襲撃があったようですな。」

「チィッ、なるほどな、本命はそっちか。帝都への襲撃は陽動だ。何が盗まれたかは分かるか?」

「宝物庫がかなり激しく損傷しているようで、精査に時間がかかるようです。」

「やばいな…。」

(宝物庫には古代の魔法具もあるはず。あいつら、何が欲しかったんだ? そもそも何か手に入れられたのか?)

「ですな。国益を無視すれば、これ以上無い一石二鳥の手です。」

「どうせ証拠も残ってないんだろう、あの爆発で全部吹き飛んだはずだ。奴らは抜け目ない。」

ノルヴァリアは即座にこれからの局面を頭に思い描く。

(恐らく父上はしばらく帝都の復興にかかりきりになって、帝位争いの監視は緩む。ならあいつらは動く、動かないはずがない。だとしたらどう動く? …シャンデリア姉上とエンベルト兄上は今回の件でダメージを負った。俺なら無傷の奴を叩く。無傷なのは俺とシュバルツ兄上だが、おそらく財務大臣の辞任は延期だろう。なら優先すべきはシュバルツ兄上だが…、如何せん、あいつらは頭がおかしいからな。)

「…近衛騎士は本当に何をしているのか。お恥ずかしい限りです。」

「彼らに責任を追及するのは酷ってものだ。騒動の中心が皇族なんだからな。むしろ彼らは被害者だ。」

「たとえそうだとしても皇族の方々を守るのが職業ですので。」

「…それを言われちゃ何も言い返せないな。」

(噂でしか知らなかったけど、帝位争いってこんなに過酷なものなのか? それとも俺たちの世代だけか? …どうでもいいか、気にしたところでどうせ全部踏み台だ。最後に勝つのは俺だ。)





























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