第174話 出発

外はまだ暗いな。魔力のお陰で気温はあんまり関係ないけど。

(とうとう始まりますね。)

(ああ。ただジン・フォン・エルバドスであることは常に意識しとかないとやばいな。)

(変装はしないんですか?)

(本当はしたいけどさ、ジンとしての足取りが不明だったら怪しくないか?)

(そこまで調べられるでしょうか?)

(さあ? たぶん調べられないだろ。でも絶対というわけではないからな。)

幻術魔法が使えるのがバレたら面倒だ。それに俺の痕跡が全くないのはおかしい。

(それはそうですけど、相変わらず慎重ですね。)

それと各地で悪目立ちをしないように気をつける必要もある。ジンの名を落とさないように。

…結構大変そうだ。やっぱり自分の身元が割れてたら動きづらいな。

…いや、この旅で命を落としたように見せかけるのもありか?

(なあ、この旅で俺が死んだように見せるのはどう思う?)

(やめておいたほうがいいでしょうね。もう二度と表舞台に立てなくなりますよ。少なくともジンという名前は使えなくなるでしょうね。)

いい案だと思ったんだけどなぁ。表舞台に立つ気はないが、ジンとして振舞えないのはしんどい。またまだやりたいことは多々ある。世界の混乱の原因が実はただの学園生だった…とかな。要は素知らぬ顔で暗躍したいんだ、俺は。

(そうか…、なら普通に旅だな。)

(はい、無難が一番ですよ。)


取り敢えず宿の馬小屋に繋がれているセキトバを向かえに行く。

「ブルルッ」

俺のこと分かってるのか?、なかなか賢いじゃないか。

「待ったか?」

…臭っさ。これからは毎晩パールに洗わせよう。雑務は俺には似合わない。


それからセキトバに乗り、宿から見送りに来た店員に挨拶を告げる。

「ありがとうございました。」

「いえ、こちらこそありがとうございました。お気をつけて。」

「はい。」

高級宿のサービスも考えものだな。煩わしいったらありゃしない。…いっそ傲慢にいくか?、どうせもう泊まらないし。それによく忘れるけど俺って貴族の子供なんだよな、平民ごときに頭なんて下げなくてよかったわ。平民の子供のフリをしきれていないお忍び貴族の子供バージョンで行こう。


それから町の出口へ向かうが、出口が分からない。

確かあっちの入り口から入ってきたから反対側にも入り口があるはずだ、無いと困る。

(なぁ、こっちで合ってるよな?)

(どうでしょうか? 今日からはご自分で頑張って下さい。)

(急にどうした? 昨日までは教えてくれたじゃないか。)

(あれは初回サービスです。)

こっちにも初回サービスとかあるんだ…、何とも言えない気持ちになるな。

(薄情だな、おい。俺がこんなに困ってるというのに。)

(にっちもさっちもいかなくなったら手を貸しますよ、それまではご自分で頑張って下さい。)

(ハァ、もう適当でいいや。どうせ現在地とかも分からなくなるだろうし。)

上級生になったら星の位置から自分の居場所が割り出せるようになるらしいが、計算式を知らない俺が割り出せるはずもない。

(つーか、皆、あんなガバガバ地図で大丈夫なのか?)

(ではヒントを。街から街には街道が存在します。)

(いや、答えじゃん。)

そうか、街道に沿っていけばいいのか。…でもなんかそれじゃ面白くないな。道無き道を行くのが俺の想像してた旅だからなぁ。答えのわかっている道路なんか通りたくない。

…急に白けてきたな、やっぱり実際にやってみないと気づかないもんだ。

(今更、辞めるのは無しですよ。やると言ったことはやりきってください。)

…人工知能に釘を刺されちった。まあ、名物を食べて回る旅に切り替えればいいだけか。

(わあってるよ。しかし人がチラホラいるな? 商人か?)

まだ暗いというのに馬に荷物を乗せて引いている人たちがいる。

(そうですね。こういう人たちが社会を支えているんですよ。)

知ってるさ、そんなこと。前世から、な。働きすぎると死ぬということも。

(…ああ。彼らが俺たちと同じ方向に向かっているということは、出口の方向は合ってるということだな。)

昨日寝る前にケルビンの位置は確認したが、この町から南東方向にあった。で、俺が出ようとしているのは東方向へ向かう出口のはずだから、あとはいい感じに南へ調整すればいいはずなんだ。


しばらく進むと出口が見えてきた。

ビーンゴ!!、俺の勝ちだ。反対側にも出口はあると思ったよ。

「む、子供か。身分証はあるか?」

「いい…、いや、持ってないな。だがこれでいいか?」

入り口に入る前にもらったピンクの紙を渡す。

あぶねぇ、つい敬語を使うところだった。習慣ってすぐには変わらないから厄介だ。

「ああ、大丈夫だ。どこへ行くのかは知らないが、気を付けるようにな。」

「ああ。」

へー、割と優しいな。どうも末端の兵士とかチンピラと変わらないって思ってたぜ。

(マスター、敬語を使うのをやめたんですか?)

(ああ、俺が気を使うなんて阿保らしいって思ったんだ。他の奴が俺に気を使えばいい。)

(ではそれ相応の責務が生じるのでは?)

(放棄するさ、そんなもん。俺は弱いからな、責任とか負えない。)

もし俺が挫折しても立ち上がれるなら、こんなところで燻ぶってはいないだろ。

(…マスターが弱い、ですか。)

(ああ、その自覚はある、主に精神面が。嫌なことがあったら引きずるタイプだし。)

(意外です。割り切ってると思ってました。)

(そう見せてるだけさ。強がらないとほんとに飲み込まれるだろ?)

(…私にはわかりません。)

〈ならマスターは、本当のほんとは――〉

(かもな。まっ、とりあえず旅に集中しようぜ。といっても街道沿いに走るだけだが。)


「さぁ、セキトバ、お前の走りを見せてみろ!!」

少し、深夜テンションが入ってるな。まぁ太陽が昇れば戻るだろ。

手綱に魔力を流し、電気で強化する。


「ドドドド」

「おお!!、速い速い、こんなに変わるのか。凄いな。」

広大な草原を走っていく。今では大分見慣れたが、上を見上げると燦然と輝く星たち。その中でも最も輝く一等星、シリウス。あれを眺めていると少しノスタルジックな気分になる、どこにも同胞がいない気がして。

すべては素をさらけ出せていない俺が悪いんだけどな。

(どうしたんです? 険しい顔をして?)

(いや、別に。)

(…そうですか。)

転生してから考えることがよくある。なぜ俺は転生したのだろうかと。かつての転生者たちはそれぞれ活躍し、歴史に存在を残した。だとしたら俺にも何らかの役目があるのではないかと。

すでに俺はリュウとの生存競争に参加した。それでも生きているという事はまだ本命の役割があるのかもしれない、魔王の討伐とか。だが、たとえそうだとしても俺の目的は一つ、愛する人を見つけたい、ただそれだけだ。この世に愛なんてないのかもしれないが、もしあるのだとしたら経験してみたい、人を愛すという気持ちを。心躍る情熱が知りたい。

…なんかこう振り返ってみると俺って熱心なセントクレア教徒と変わらなくね? ちょっと寄付でもしようかな。


「大分走ったな。もうすぐ日の出か。」

うっすらと東の空が明るくなってきた。

よし、方角は合ってる。でもいつか南方向にもいかないといけないんだよな、どこで方向を変えるかが悩ましい。

(あれを見てください。)

「ほー、見事なもんだ。…ん? あれってトルケルの群れか?」

(そうですよ。それがどうしたんですか?)

(いや、昔、ちょっと因縁があってな。)

懐かしいねぇ、もはや俺の敵ではないけど。


それからもパールと話をしながら、たまに休憩したりしていると完全に日が昇った。

街道沿いにちょっとした宿場町もあって、実際に体験しないと分からないことがあった。

ただ外壁がないから、モンスターが来たら対処がむずかしんだろうなぁ。実際、いくつかの宿場町で壊れてる箇所があったからな。


「ウオーーーー」

「しっかりしろーーー」

「わーーー」


そんなことを思っていると遠くで喧騒が聞こえ、視力を強化すると商隊が盗賊に襲われていた。

「襲われてるな。トランテ王国は治安が悪いのか?」

(西部が特によくないですね。トランテ王国は15年前の帝国との戦で敗北し、指揮系統が機能しなくなりましたからね、多くの敗残兵が発生しました。結果として、その多くが野盗に身を落としました。あれらもその一部なのでしょう。)

ちゃんと駆除しろよ、何やってんだよ、領主は。

(助けに行かれますか?)

…悩ましい。今の俺はジン。貴族でありながら助けなかったことがバレたら本格的に隠居生活が始まってしまう。さすがにそれはまだ早い。かといって目立つわけにはいかないし。

仮面でもつけるか? いや、駄目だな。銀仮面は論外だし、白仮面を着けたらガマガエルに情報が洩れるかもしれない。あいつは組織の一員らしいしな、連想されるのはやばい。


色々と考えていると、どうやら商隊の護衛が押し返し始めているようだ。

いけっ、俺の出番を失くせ。面倒ごとはごめんだ。

しかし、俺の願い虚しく、野盗たちは近くに侍らせていた魔物を使い始めた。

「あれはホワイトウルフか?」

(はい。どうやら調教済みのようですね。そろそろ不味いのでは?)

確かに。護衛は冒険者じゃないのか? 明らかに対処に手間取っている。

どうする?、遠距離攻撃は?、…駄目だ、何らかの拍子でトランテ王国に情報が洩れるかもしれない。

「………ちっ、行くか。」

適当にいい感じに戦えばいいだろ。その結果、誰かが死んでも仕方ないってことで。

ポーチから笏を取り出し、魔力を流して剣の形にする。

そしてセキトバに俺の意思が伝わったのか、ぐんぐんスピードを上げて賊に向かうのだった。


ーー帝都襲撃の次の日の深夜ーー

「なら行ってくるぜ。」

「バレないようにね。」

「ハッ、俺がそんなミスするかよ。」

「だよね。」

「ま、気楽にやるさ。とりあえずは誘導の音色だ。」

「大丈夫なの?」

「ああ、ただ魔力を流しながら笛を吹くだけだ。」

「そっか。なら割と簡単だね。」

リーバーは幻術魔法を使い、周囲に溶け込む。そして風魔法を使うことなく、浮き上がり、マーテル公国へ向かう。


〈大体このあたりか? 暗くてよくわからねぇな。まぁ、いい。とりあえず西にモンスターを流し込めばいいだけだ。〉

ポケットから笛を取り出し、魔力を流しながら吹く。


『フ~~~~~~~~~』


「グルル…」

「バオバオ」

「シュルル…」

「ビヨビヨ」


数多の魔物がその音色に反応し、笛の方角へ向かう。

〈来たか。よし、そのまま俺についてこい。〉

リーバーは笛を吹いたまま、猛スピードで西へ移動する。それに合わせて移動する魔物たち。

〈クク、とりあえずはあの都市だ。だが、帰りの時間を考えるとあの都市しか潰せねぇな。…やっぱり他の音色も早急に会得しねぇとな。〉


「も、モンスターの群れだ。」

「何だと!!、モンスタースタンピードか?」

「は、はい。おそらくそうです。」

「なんてことだ。住民の避難を急げ。それと代官様にも伝えに行け。」

「はい。」

魔物の群れを確認した都市ではてんやわんやになっていた。だが、数と質の伴った魔物に勝てるべくもなく、その日、マーテル公国の中都市が一つ壊滅した。


「おかえり、兄さん。で、首尾は?」

「成功だ。そのうち人の味を覚えた魔物は人を襲うだろうぜ。この笛には魔物を暴走化する音色もあるらしいからなァ。まだまだ楽しみだ。」

「じゃあ、明日は僕がやるよ。まぁ、その必要もないかもしれないけどね。」

「いやいや、壊滅まで追い込まねえとな。何が出てくるか楽しみだぜ。」

〈どうせ古代の魔道具を持ってんだろ。歴史だけは古いんだからよォ。〉

マーテル公国は巧みな外交によって、長年帝国の圧力をかわし続けてきたのだ。そのせいで帝国は西への拡張をストップせざるを得なかった。

〈早く戦争が始まらねえかなぁ。〉

「兄さん、それとどうやらエンベルト陣営に動揺が走ってるみたいだよ。爺様の使いから連絡があったよ、派閥に入りたがっている貴族がいるってね。」

「よりにもよってあの爺のところに行きやがったのか。気に入らねぇ。」

「それでも兄さん、貴重な駒だよ。」

「…あァ、分かってる。精々使い潰してやるさ。」

「じゃあ、爺様に取次ぎを許可しておくよ?」

「ああ。だが昼間にしておけ、夕方は準備があるからな。」

「分かったよ。」


ーー??ーー

「スカーレット様、お見事です。まさかロイヤルパラディンに勝ってしまわれるとは。」

「ハァハァ、このざまで勝ったと言えるのか。」

スカーレットの武具はボロボロ、しかもところどころ血が滲み勝った者の姿とは思えない。

「どのような形であれ、勝利は勝利です。勝ったものだけが好きにできるのです。」

「ふっ、お前の言いたいこともわかる。だが私は皇族だ。皇族らしく華麗に勝たなければならない。何よりも、美しく在る、それが私の在り方だ。」

そう宣う皇女の姿に人々は未来の初代女皇を思い描く。

「…ご立派でございます。ですが――」

「分かってる、爺、何度もその話は聞いている。」

「そうですか。くれぐれも油断なさらぬように。」

「分かっている。」


「スカーレット様は素晴らしいな。…それに比べてダニアン様と言ったら。」

「おい!!、馬鹿、不敬だぞ。」

「おっと、つい口が滑った。でもお前もそう思わないか?」

「…ノーコメント。」


着実に兵の心にはスカーレットの存在が刻み込まれていた。




ーーーーー

遅れてすみません。新生活にうちのめされたのと旅のシーンが書きづらかったのがあります。どうしても変な仲間とか入れずソロで書きたかったので。


追記:完結までいきます。
















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