第167話 悪夢の夜3
(にしても強いな、あの黒髪ロン毛。しかもあれ、刀じゃないか?)
(そうですね。確かにあれは刀、主にジルギアス王国で使われている武器です。マスターが武器屋の店主にもらったものと同型ですね。)
(やっぱりかっこいいよな。俺の場合、小さい時から剣だったからな、今更変えられないだろうし。…おっ、逃げるぞ。)
(探査機で追いますか?)
(…いや、そこまですることはない。帝城の動きを押さえておいてほしい。)
どうせあのロン毛も皇子たちの駒の一つにすぎないだろうからな。
(了解です。それにしてもまさか宝物庫に文書が保管されてるとは思いませんでした。)
(それだけ価値があると帝国は考えてるのかもな。)
(おかしいと思ってたんですよ。あまりにも帝国が滅ぼしてきた国の記録が一切残っていなかったものですから。おそらくあれこそが亡国の記録でしょうね。)
(マジで? まぁ、気持ちは分かるけどさ。実は滅んだ国の王族だったことが分かれば独立しようとする貴族が出るかもしれないしな。というかそれを盗むってやばくないか?)
(やばいでしょうね。でもそれが帝位争いってものです。これまでも悲惨なことは数えきれないほどありましたからね。)
(皇族に生まれないで本当によかったわ。帝位争いとか絶対嫌だ。)
(マスターならのらりくらり躱してそうですが。)
(無理無理。)
さすがに前世の知識があるからって勝てるわけないだろ。こちとら温室育ちの一般庶民だぞ。チートがあればごり押せるかもしれないけどさ。
(そうですか。ところで話は変わりますが、あの爆発する魔道具、どうやら製造方法が確立されてるようですね。)
(えっ、古代の魔道具じゃないのか?)
(さすがにあれほどの数はありませんよ。おそらくはいるんでしょうね、第3、第4皇子の手駒の中に隠れた天才が。)
困った世界だな。怪物多すぎない?、もしかしてこの時代だけか?
(関わらないで済むことを切に願う。)
(ふふ、それはどうでしょうか。…それにしても本当に大変なことになりましたね。)
含みを残すのはやめてくれ、割と自分でもフラグ立てたなって思ったから。
(…また近衛騎士団長と暗部のトップが処刑されるかもな。)
やっぱり不祥事を起こした後の組織のトップって大変なんだろうな。急に改善されるわけでもないだろうし。
(それはないでしょう。これ以上処刑にしていては誰もトップに立ちたがりませんから。それより深刻なのが第5皇女ですね。)
(なんで?)
(第5皇女は内務大臣です。つまり治安を維持する役目があるのですよ。今回の件に関してお咎めなしとは考えられないです。)
(えー…、要は失脚するってことか?)
政治家の不祥事って面白いよな。どこまで引きずりおろされるかが個人的にはとても気になる。それで大した処分じゃなかったら腹が立つんだよな。
(その可能性は高いです。少なくとも皇帝の座はかなり遠のきました。もし命が惜しいなら…すぐにどこかの貴族の家に降嫁するでしょうね。)
(なるほど。他の候補者は嬉しいだろうな、ライバルが消えて。)
(マスターも嬉しいんじゃないですか?)
(なぜだ?)
(しばらくの間、学園が休みになるからですよ。帝都でこれだけのことが起こったんです、非常事態宣言が出されるのも時間の問題です。いえ、もしかしたらすでに発動されてるかもしれませんね。)
(臨時休暇ってわけか。リーデンツァイトだっけ?、そいつと会うこともなくなったかもな。ついでにただ飯も。)
(かもしれませんね、帝都がこの有様では。それに帝国は少なくとも復興と裏切者のあぶり出しでしばらくは外に目は向けられないでしょうね。)
意味ありげに言ってこっちを試すのはやめてほしい。俺はあまり頭は使いたくないんだ。
(…他国が動くってか?)
(おそらくは。帝国に仕掛けてくることはないでしょうが、他国間で戦争が起こるのは十分に考えられます。エナメル王国対ユーミリア公国、トランテ王国対マルシア王国など。)
(…参ったな。俺は平和が好きなのに。)
(どの口が言ってるんです、すでに戦争を引き起こしておいて。)
(記憶にございません。)
(全く…)
(それよりさ、あの近衛騎士のふりをした奴、何か投げ込んでなかったか?。ほら見ろよ、もう回収に来てる。)
ふむ、これで少なくともあらかじめ入念に練られた計画ってことが判明したな。…身内同士で争うのは本当にやめてほしいんだけどな。
(どうします、帝城の探査機に追尾させますか?)
(いや、いい。)
非常に気になるが、ここは追わないべきだと思う。やっぱり上層部の行動の確認が最優先だろ。
しっかし、あの家は第3,第4皇子のセーフティハウスか?、俺も各国に一つぐらい持っておきたいけど、手続きが面倒くさそうなんだよなぁ。まぁ、避難船があるからいいっちゃいいけど、憧れではあるな。
その後もパールと話していると、どうやら近衛騎士が火を消したり、民の避難を誘導したりしていることで民の様子も落ち着いてきたようだ。
(そろそろ降りるか。あの長髪男もいないだろ?)
(はい、逃走しましたね。)
よし、それじゃあ、転移!!
こっそりグランドの木の隅に転移し、シレっと皆に合流する。
はぁ、今回は戦いとかなくてよかった。過剰反応だったかもしれないけど、これくらいの方がいいよな。異世界だから何があるかは分からないしな。
「ジン、どこにいってたんだよ?、探してたんだぞ?」
「すまん、迷子の子がいてな。一緒に親を探してたんだ。」
「そっか、なら仕方ないな。」
「それにしても誰がこんなことを。」
ふう、うまくそらせたな。ちょろい奴らだ。
俺がいい気持ちに浸っているとパールが水を差してくる。
(よく、サラっと嘘をつけますね。心が痛まないんですか?)
(心がないお前に言われてもな。)
(詐欺師もびっくりですよ。)
(誉め言葉をどうも。)
(…もういいです。)
だいたい子供を出しとけば大抵の奴らは黙るからな。特に貴族の意識が強いこいつらなら効果覿面だろ。それに俺の言葉が嘘だという証拠もない、ゆえに怪しくても糾弾できない。我ながら実に素晴らしい。後は皆の真似をして無難に過ごそう。
そんなことを思っているとラギーナ達がやってくる。
「みんな~、無事~?」
いや、暢気だな、マリー。世界が終わるときも、のほほんとしてそう。
「ああ。それにしてもひどい有様だ。」
「許せん!!、誰がこんなことを!!。」
こっわ。ラギーナ、ガチギレじゃん。顔が般若だ、見たことないけど。
「本当にそうですの。絶対に許せないですの。」
キターーーー、ですのお嬢様、エミリア。ある意味、異世界で最も衝撃を受けた人物。さらりとした金髪に発育の良いお身体、きっと引く手あまたなんだろう。少なくともエルバドス家よりは浮いていないはずだ。
そして最後はこの人物。
「本当に困ったわね。」
手を頬に当てあまり困っているように見えないおっとり系美少女、シャラン。茶色い髪に優しそうな瞳、保育士さんでいそうだ。でも今まで喋ったことがないから気まずいんだよなぁ。相手はそう思ってはいなさそうだけど。
てか、なんで一緒に居るんだ?、何か接点でもあったか?
「なあなあ、どうしてエミリアたちと一緒に居るんだ?」
気になった時に聞く、これが異世界でフラグを建築しない方法である。
「それはね~、同じ部屋だからだよ。」
「ああ、そういうことか。」
そういや四人一部屋だったな。すっかり忘れてた。マリーがあまりにもコミュニケーション強者すぎてルームメイトっていう発想が思い浮かばなかった。
そして、その後も八人で民を誘導していると、ようやく教師がやってきた。
「こら!!、どうして外に出てるんだ。はやく部屋に戻りなさい!!。」
はあ?、何言ってんだ、カス。そもそも俺だって出てきたくなかったわ。もっと緊急時に対する対応をしっかりと練習しておけ!!
決して口には出せないが、心の中でしっかりと罵倒しておく。
部屋に戻るとフレイが怒りをあらわにする。
「それにしても誰がこんなことを!!、敵国か?」
「うーん、それはどうだろう。今の帝国に仕掛ける余力のある国はないんじゃないかな。」
エッグ、お前は成長してるよ。あのなよなよしたお前は思春期のせいって事にしておいてやるよ、俺は心が広いからな。
「同感だ。そもそも他国の工作員は暗部に厳しくチェックされてるはずだァ。」
ここでバルアが黙り、顔が険しくなる。
分かる分かる、何を考えているのか。帝国内部にいるかもしれないってなぁ!!、裏切者が。
(パール、もし学園が長期休みになったら各国を旅してまわるからな。避難船のメンテナンスをしておけ。)
(実家には帰らないんですか?)
面白い冗談だ。家族ごっこはもう終わりだ。ここまで付き合ってやったんだ、もう十分だろ?
(帰らない。世界を見て回る。せっかく魔法があるんだからさ、今度はゆっくりと。)
(…分かりました。お供しますよ、マスター。)
(おう。)
(ちなみに学園が始まったらまた戻ってくるんですよね?)
(嫌だけどな…。なるべく家族に迷惑はかけんよ。向こうからかけてきたら知らんが。)
(そうですか。それを聞いて安心しました。)
その後、フレイ達はここで話していても埒が明かないという事で大人しく寝ることになった。
まぁ、俺がそういう風に誘導したんだけど。残念ながら俺にそこまで愛国心はない。
「おやすみ」
「おやすみ」
「あァ。」
「おやすみ。」
ーーー???ーーー
「ドーーン」
帝都で鳴り響く音に最も戦慄している女がいる。帝都で一番最初に音が響いてからかなりの時間がすでに経っている。
「ちょっと!!、何が起こっているの!?」
いつも涼しい顔をしているシャンデリアに余裕がない。あの双子が見れば手を叩いて喜んだだろう。
「現在、帝都で複数の爆破事案が発生しております。必死で情報を収集中とのことです。」
内務省事務次官から受け取った情報を正確に告げる。一部の使用人にはそれぞれの派閥が情報収集のために自分たちのところから訓練された者を派遣している。シャンデリアのお付きはそれらを使い、情報を内務省に取りに行かせ、ついでに今後の対応についても指示しておいた。独断専行がすぎるが、そんなことを言ってる場合ではない。
「ば、爆破事案?、う、嘘。」
「いえ、残念ながら事実です。この事態に陛下は近衛騎士を各所に派遣し、事態の鎮静化を図っているようです。それともうすぐ皇帝陛下による会議が開催されると通告が入ってきています。現在、各大臣が入城されています。」
「…」
(お、終わったわ。まさかこんな手段を取るなんて。私の見通しが甘かった!!)
悔やんでも悔やみきれないミス。仮にも皇子が帝国に被害が出る手段を取るとは想像さえしていなかった。
「シャンデリア様。まだ諦めるのは早いです。暗部でさえ把握できなかったんですから。」
今にも泣きそうな様子を見かねて部下が助け舟を出すが――
「…彼らは一応非公式な存在よ?、表立って責任を追及されることはないわ。そうなったときに責任を取らされるのは私…。」
シャンデリアはありありと未来が予想された。エンベルトは絶対に追及してくるだろうし、シュバルツも文書で非難してくるだろう。
「まだ何か手はあるはずです。」
あくまで冷静な部下。
「…そう都合よく逆転の一手はないわ。例え凌げたとしても…貴族たちに今回の件で統治能力がないと噂されるわ。」
「…ではどうされるので?」
「…一つだけ方法があるわ。もし向こうが条件を飲んでくれたらだけど…。」
(私が皇帝になる道は閉ざされたけど、ノルは違うわ。もし受け入れてくれるのならすべてを託しましょう。)
「…どうしてそんな簡単に諦められるんです!!、あなたは!!、皇帝になると仰られていたじゃないですか。見せてください、その姿を!! それにまだ勢力が瓦解したわけでもありません!! 逆に証拠を見つければよろしいではありませんか、彼らがやったという証拠を!!」
肩で息をする部下を見つめる。これまでそんな姿は見たことがなかった。
(…私は間違ってたわ。そうよ、私だけは諦めちゃならないのよ、勢力のトップとして!! 甘えは捨てるわ、妥協もしない。絶対に皇帝になる!!)
気づくのは遅かったが、必要なものは手に入れられた。何をしてでものし上がる覚悟。涼しい顔から冷淡な顔へ、王に必要不可欠なものである。だが、それはシャンデリアの目標からそれることも意味する。帝位争いで血が流れないように変えるという目標から。
そしてこの境地に至って初めてわかる、初代皇帝の苦渋の選択が。血が流れずして真の指導者など決まらない。必要なのだ、背負う物が。
「悪かったわね。忘れてちょうだい、あれはただの戯言よ。まだ負けてないわ。」
「ええ!!、ともに勝ちましょう。」
「さてと確かもう会議が始まるのよね。」
「はい。もう皆さん向かわれてるころかと。」
「そう。」
(考えるのよ。まだ時間はある。)
必死で考えるシャンデリアを見つめる部下。シャンデリアの心は持ち直したがこの状況はほぼ詰み。この状況下で解決策を提示できるのは自分のみ。
「一つ策がございます。」
「あら、何かしら?、聞かせてちょうだい。」
ここで部下は短剣を取り出し、シャンデリアに握らせる。
「よろしいですか?、筋書きはこうです。実は内務省は帝都襲撃の情報は掴んでいた。しかし情報はすべて一部の職員のところで止められており、シャンデリア様には伝わっていなかった。そして実際に襲撃が始まると、私を筆頭に一部の職員が情報をせき止めていたことが判明。そのことに責任を感じられたシャンデリア様がひとまず私を罰する。どうでしょうか?、おそらく内務省の者たちも口裏を合わせてくれるでしょう。皆、なにかしらシャンデリア様に恩を感じています。それとこれを…。これに全て詳しく書いてあります。」
帝都が襲撃され、ここに来る前の時点で自分にできることはしておいた。治安を荒らされただけで負けだから。
「な、何言ってるのよ。そんなことできるわけないじゃない!!」
短剣を持つ手が震える。そんな策、全く思いつきもしなかった。
「シャンデリア様。覚悟をお決めください。これしか手がないのはお分かりでしょう?、たとえ疑われても皇女自らお付きの使用人を罰したとあれば口に出すことは出来ません。さ、ご決断を。」
「どうしてそこまでできるの…。」
瞳から涙が次から次へと零れる。
「あなたならより良い国に出来ると信じているからです。」
(あなたを愛しているからです。)
この想いは伝えるべきではない。これ以上、重荷を背負わせてはならない。それは自分のエゴだから。
「うぅ…」
「殿下、もう時間がありません。首をすべて斬る必要はありません、血管を斬ってください。」
「ああああああーーーー」
震える手を強引に抑え、短剣を振り下ろす。
視界が、世界が赤に染まる。
「ドサッ」
「ああーー、マルク、マルクゥーーーー。」
小さい時からそばに居てくれた使用人。いつも優しく見守ってくれていた。
自分にとっては――
ここで自分の想いに気づいてしまい、さらに涙が止まらない。
マルクは最愛の人を霞む視界の中見つめる。
これから先、彼女はずっと苦しむのだろう。曲がりなりにも自分に情を抱いてくれてるのは自覚している。だからもう彼女は引き返せない。その分岐点となった自分が嬉しく、悲しく、寂しくもあった。
(先に逝くことをお許しください。またいつか――)
「マルク、マルクゥーーー」
死んだ人はもう戻ってこない。これからは一人歩まなければならない、いばらの道を。
それでも――
(わ、わたしはもう揺らがないわ。見ていてちょうだい、私の道を。)
涙が止まった後、瞳から優しさなどといった温かみは消えていた。
そしてマルクの手紙をポケットに入れ、返り血が付いたまま会議室へ向かうのだった。
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