第166話 悪夢の夜2

時は少し遡る。帝都の各地で爆発音が鳴り響き始め、それに乗じて宝物庫へ襲撃しようとしている集団がいた。首元にはお揃いの首輪がされているが、防具で隠されている。

「どうする?、そろそろか?」

「もう少し待て、なるべく近衛騎士を城の外に出したい。」

小声で話し合っていると次から次へと近衛騎士が城から飛び出してくるのが見える。どうやら帝国もかなり本気で対処しようとしているのが見てとれる。

「もういいだろ。いくぞ、遅れるなよ。」

「おう。」

「ええ。」

「ああ。」

「任せろ。」

元死刑囚なだけあって戦力だけは素晴らしい。それに皇子たちから渡された近衛騎士専用の腕章も着けている。

失敗する要素は――ない。


「侵入開始だ。」

リーダーの合図とともに身体強化を施し、城の壁を越えて中に侵入していく。

(随分広いな。果たしてたどり着けるかどうか。)

ここからはもう時間との勝負である。どれだけ効率よく任務を遂行できるか。それで自分たちの生死も決まる。

なるべく気配を消し、近衛騎士とやむなくすれ違った場合は腕章を見せ、陛下に報告しに行くという事で誤魔化す。

走り続けること数分、あらかじめ教えられていた宝物庫へとたどり着いた。

(赤い扉、聞いていた通りだ。)

「…あそこか、報告通り警備は二人。それとシールド魔法。おい、手筈通りに。」

「ええ、分かってるわ。」

風魔法を発動し、大きな音が漏れないようにドームを形成する。それと同時に警備をしている兵に話しかけに行く。

「おい!!、この音はなんだ?」

「分からん。…お前たちはどこの部隊の者だ。」

初めて見る目の前の者たちを不審に思い、衛兵が尋ねる。

「私たちは…」

「カキン、…ドスッ」

言葉の途中で全員でいきなり斬りかかり、命を絶ちにいく。衛兵はかろうじて初撃を防ぐが、全部は防げず、致命傷を食らった。

「グッ、きさ…」

衛兵がちらりともうひとりの同僚の方を見てみるとすでに絶命していた。

(陛下、もうし、わけ…)

その様子を冷淡な目つきで見るリーダー。

(やはり弱い。所詮は警備兵か。それにシールド魔法を幾重にも重ね掛けしているとはいえ警備もぬるい、平和ボケしすぎだ。)

帝都まで攻め込まれたことなど、記録に残っている限りでは建国以来一度もない。だが、たとえそうだとしてもさすがにこの警備はザルすぎた。

「さて、さっさと準備を始めるぞ。」

「ああ。」

ジールド魔法を突破すべく爆発する魔道具、通称、爆裂魔弾をセットしていく。

(…全く、どんな手駒を持っているのだ?、あの皇子たちは。これが流通すれば戦争の形が変わるぞ。)

さすがに英雄は殺せないかもしれないが、並みの兵士ならまとめて数十人は殺せる。恐ろしいのはまだ他の試作段階の殺傷兵器があるであろうこと、実践に不確かな兵器を持たせたりしないだろう。

そんなことを考えているとセットが完了した。

「よし、シールドを張る。重ね掛けしろ。」

「「「「了解」」」」」

「魔力を流せ。」

シールドを張り終えたところで、爆発させる。

「了解。」

「ドーーーーン」

信者たちが自爆したときよりも大きな音が鳴り、地面が揺れる。

「すさまじい威力ですね。あと少しで俺たちも巻き込まれるところでしたよ。」

身を守るために張ったシールドは50枚中43枚も割れていた。

「確かにやべぇな。風魔法で音を遮っていなかったらすぐに近衛騎士がやって来ただろうな。」

「ゴチャゴチャ言ってる場合か。さっさと幻術をかけろ。」

「了解。」

あっという間に元通りになったように見えるが、実際は赤い扉は見事にひしゃげ、大きな穴が開いてある。

「ちっ、粉々になってないだろうな?」

「知らん。とりあえず笛を探せ。」

「分かってる。」

中に入るとなにやらいろいろな物が置いてあった。意外なのは文書だろうか?、かなり気になりつつも優先して笛を探す。だが、リーダーだけはこっそり文書を回収していた。

「ちっ、ないな。」

「もっと奥か?」

「ならお前ら二人は奥を探してこい。」

「分かりました。」

その後も必死で探していると変な形の笛を発見した。

「見つけたぞ。」

「よし、撤退だ。ここからは各自散る。ではまた後で会おう。」

「ああ。」

「精々見つからないようにね。」

出来る限りリスクを分散するため、分かれて解散する。目的の物はリーダーが持って。



皆と別れてリーダーはあらかじめ指定されていた家の庭の草むらに笛と書類を投げ込む。

(…あとは合図を出すだけか。)

再びリーダーは移動を開始し、目的地までたどり着くと先着がいた。

(暗部と近衛騎士か、あの皇子たちの手駒か?)

互いに距離を取りつつ、口を開く。

「黒き双剣が――」

「大陸を斬る。」

同じ手駒同士の合図。それが一致した。

「どうやら仲間のようだな。」

「ああ。で、この後はどうするんだ?」

「トランテ王国への馬車が手配されるようだ。それまでここで待機と。」

「分かった。」

(これでようやく終わるのか。監視付きとはいえ、後ろ暗い事をしなくてよくなるのは助かる。)

だが――

「ドーーーーーーン」


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

「見えるか?、ゼル。ハエどもが飛び出していったぜ。」

「高みから見るとほんと埃みたいだよね。」

「実際、間違っちゃいねぇよ。吹けば飛ぶからな。」

「確かにそうだね。でもこれで大分城は手薄になった。危機管理できてないんじゃない?」

「ふん。これまで安全だったからこれからも安全だと思ってるんだろうなァ。実に愚か、そこから滅びは始まるってぇのに。」

過去様々な国の興隆や滅亡に関する歴史書を読んできたリーバーは理解していた。栄えたものはいつか滅ぶ。滅びないためには飽くなき向上心が必要だが、それを維持するのは難しい。帝国は帝位争いで無理やり満たされないようにしてきたが、大陸を統一すれば満たされるのも時間の問題だ。その先に待っているのは必定の滅び。リーバーの一番嫌いなことは先が見えること、だからこそ搔き乱す。誰も未来なんて分からないように。

「そろそろ帝城に侵入してるかな?」

「ああ、今日は最後にド派手なフィナーレがあるからな。ぜひ見てほしいねぇ。」

「それは楽しみだね。それはそうとシャンデリアの顔が見たいね、屈辱に歪んだ顔をさ。」

「ハハッ、俺たちを扱うには器が小せぇんだよ。女であの程度なら皇帝なんて無理だな。前線にも出れない、政もできねぇ、終わりだ。」

「これで二人が死んだね。次くるのはシュバルツかな?」

「いや、ノルだ。おそらく財務大臣を取りに来る。シュバルツは根回しが下手だ。それと最近掴んだ情報だが、奴はボルボワ商会と繋がりがあるようだ。」

ここでゼルの顔が険しくなる。

「それってあの闇オークションを暴くようにギルドに依頼した商会だよね?」

「ああ。あいつもいい手足を持っているようだ。」

「ふふっ、心が躍って来たよ。」

「俺もだ。…おい、見てみろ?」

ここでリーバーが城の外で上がる信号弾に気づく。

「あれは?」

「どうやら成功したようだ。」

「なるほどね。正直僕は成功するかは五分だと思ってたんだけどね。」

「ハッ、失敗したら家族もろともジ・エンドだからな。そりゃ頑張るだろ。…さて、終わらせるかァ。」

リーバーが爆破スイッチに魔力を流す。

「「「「「ドーーーン」」」」」

これまで以上に大きな音が響き渡り、あたりは一瞬だけ昼間のようになった。

「…兄さん、これは?」

「お察しの通り爆破したわけよ。これで真相は闇の中。」

「ふ、フフフ、ハハハハハハ。さすがだよ、兄さん。…ハァハァ、こんなに笑ったのは久しぶりかも。」

「ならよかったぜ。それと次の動きも考えるぞ。」

「うん。」


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不味い不味い、この流れは非常に良くない。

(パールゥーー、どうすりゃいい!? このままじゃ碌なことにならない気がする。)

(大丈夫ですよ。気がするだけじゃないですか。)

(お前に聞いた俺が馬鹿だった。)

どうしよう、トイレにでも行くって言うか? でも嘘ってバレたらこれからの学園生活が終わるよな…、もう嫌だ。そうだ!!、いい手を思いついた。


いい方法を思いついた俺はご機嫌に学園から出ていくが、外はお祭り騒ぎだった。走ってくる人たちと身体が接触し、バルア達と距離ができてしまう。

「逃げろー」

「うわーーー」

「きゃーーー」


民が右往左往している様子を見たバルアは一瞬でやるべきことを決定する。

「グラウンドに民の誘導をする。」

「ああ。それにしてもひどい、街が燃えてる。ジンは確か水魔法…、あれジンは?」

「あれさっきまでそこにいたのに?」

「ほっとけ、どっかで適当にやってんだろ。さっさと誘導だ。」

「そうだな。」


(マスター、逃げましたね。)

(ああ。俺にこんな面倒ごとをやる元気はない。見てみろ、俺たち以外に出てきてる学生は…、ん?、あれはラギーナ達か。…友人を選び間違えたかな?)

俺は上空からその様子を眺めていた。

ふふ、そう。俺は皆の注目が外に向いたときに転移で上空に移動したのだ。

こんな茶番に付き合ってられるか。

(ハァ、それでどうなさるおつもりですか?)

(念のため白い仮面を貸してくれ。ないとは思うが正体バレしたら選択肢が減るからな。)

(分かりました。)

パールから手渡された仮面を装着し、戦況を眺める。そんな中、怪しい集団を発見した。

あいつら近衛騎士っぽいのに、帝城の方に向かってるな?、職務放棄か?、気持ちは分かるけど。

(なあ、あいつら帝城に侵入してないか?、普通門から戻るだろ)

(そうですね、…狙いは皇帝ではありませんね。宝物庫でしょうか?)

(あれも皇子たちの差し金か?)

(おそらくは。)

その後一部始終を見ていると、まさかの爆破エンドという結末だった。

(利用されるだけされて捨てられたか?)

(まぁ、潮時ではあります。おそらくこの件は皇帝直々に捜査されるでしょうから、切り捨てるのは合理的と言えます。)

異世界怖えー、やっぱ正体バレは厳禁だな。悲惨な末路しか見えない。

(というかモルテ教って自殺を禁じてなかったか?、自爆したんだよな?)

(あれはおそらく互いに魔力を流して魔道具を爆破させたのでしょう。そうすれば他殺になりますから。)

(一応、教義は守ってんのね。)

パールとそんなことを話していると黒く長い髪の男が路地裏で戦っているのが見える。

(あれは暗部ですね。)

(あの男の方?)

(いいえ、囲んでいる方です。)

(ならあの男は下手人?)

(そうかもしれません。)

(というか強いな。一瞬で殺してんじゃん。)

グロいって。首をポンポン飛ばすのはやめてほしい、軽くトラウマになる。

(戦いに行きます?)

(行きません。まったく…。)

俺は戦闘狂じゃない。弱い奴と戦う方が好きなんだ。

(それにしても誘導ぐらいなら手伝ってもよかったんじゃないですか?、ラギーナ達も頑張ってますよ?)

(まぁ…、そうかもね? いやさ、何かと戦いに行くと思っててさ、ちょっと逃げちゃったね。)

(今からでも合流したらどうです?)

(ここまで来たらいいだろ。ゆっくりこの結末を見届けさせていただきましょ。)










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