第165話 悪夢の夜1
訓練が終わって寝ているとパールから新たな一報がもたらされた。
(マスター、起きてください。)
(…アン?、まだ暗いぞ。何の用だ?)
(帝都にモルテ教の信徒が侵入しています。どうやら第3、第4皇子が手引きしたものと思われます。)
うーん、一気に目が覚めたね。なんでそんな危ない奴らを引き入れてんだよ。
(…奴らの狙いは?)
(不明です。映像を共有したいのですが、流石にこんなに暗かったらルームメイトにバレるので無理ですね。)
(共有とかできるのか?)
(当たり前です。私は世界最高の人工知能ですからスクエアを使えば容易ですよ。)
ああ、あのスマホみたいなやつね。見方を変えればリアルタイムの映画とも言えるな。
くっそ、これが家だったら自分の部屋でゆっくり見れたのに。さすがにベッドから出る気にはなれない。布団にもぐるのもしんどいからなぁ。
(とりあえずナレーションで頼む。)
(了解です。)
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「兄さん、どう計画は?」
「ばっちりだ。いろんな所に駒は置いてるからなァ。それに最近増えすぎて管理しづらくてな、近々整理しようと思ってたところだ。これで生き残った奴を有用な駒として認定してやるよ。」
「じゃあ、僕たちは待機?」
「今は、な。マーテル公国が潰れたらクレセリア皇国が飲み込むだろうなァ。だが確実にそうなれば帝国も動く。そしてその時に総司令として任命されるのはおそらくヒュウーミリアンだろうが、すべてを指揮できるわけではねぇ。」
「なるほど、そこで僕らが入り込むわけだ。」
「あァ。だが、問題はノルだ。あの野郎も間違いなく絡んでくるはずだ。」
「でもノルが爪を見せ始めたのはここ最近だよね。そんな重要なポジションにつけるかなぁ?」
「忘れたのか?、あいつには元近衛騎士団長がついてる。それを前面に押し出せば一部隊ぐらい与えられるだろうなァ。軍才がどれほどのもんかは知らねぇが、油断してると飲み込まれっかもな。」
口元に浮かぶ獰猛な笑み。初めてやる気を出した弟、喰った後は、さぞかし満足な達成感を得られるだろう。
「ふふ、本当に面白い人が多いよね。どこまで僕たちが到達できるか、気になるね。」
「いつかは死ぬんだろうが、それはまだ当分先だからなァ。とりあえず今を楽しもうぜ。」
「そうだね。僕たちは僕たちの道を突き進むだけだ。」
「くくっ、さぁ防げるなら防いでみろ。できぬなら…その時は休む暇もない地獄の始まりだぜ?」
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帝都の路地裏に蠢く黒い影を暗部がすぐに察知し、警戒態勢を取る。
「賊か?」
「知らん。とりあえず捕らえろ。上にも伝えておけ。」
「分かった。」
数人が城へ向けて走り出そうとするが――
「カキン」
とっさに短刀をはじき落とす。
「敵襲か!!、どこから…」
「気を抜くな。」
互いに背中を守りあい、敵の姿を探す。
すると突如前触れもなく、長い黒髪の男が少し先に現れた。首には首輪のようなものが付いている。
「すみません、すみません。死んでください。」
不気味な雰囲気。数多の修羅場を潜り抜けてきた隊員たちでも動揺を隠せない。
(こいつ、数えきれないほど殺してる。死臭がキツイ。)
目くばせで意思疎通を図る。
そして一人が城に向けて走り出し、残りは一斉にとびかかるが――
「ドチャドチャ」
一瞬で肉片に変わる。
「ッツ!?」
振り返った瞬間にちらりとだけ見えた悍ましい惨劇。否が応でも足が速まる。
「アアー-、逃げないでください。死んでください、死んでください。」
黒い長髪の男は一瞬で逃げた隊員との間の距離を詰め、目にもとまらぬほどの速さで抜刀。
「ドチャドチャ」
「とりあえずはこれでいいでしょう、いいでしょう…。」
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「我らが意思、創造主に見せん。まずは帝国に神罰を。」
「その通りだ。ゆくぞ。」
いくつかのグループに分かれて、帝城に向かう。その中の一つのグループ、そこにリーバーの手駒はいた。
(まさか、こんな簡単に誘導できるとはね。自由に生きられるのにもかかわらず、それを放棄して思考停止に陥るなんて、ほんと反吐が出る。私だって…。)
そんな思考を遮るかのように邪魔が入る。
「待て、お前たち。どこへ行くつもりだ?」
「ちょっとそこの劇場まで。」
「こんな時間にか?」
「そうですね。」
「ならなぜこんな場所にいる。」
「少し道に迷っただけです。」
「見え透いた嘘はよせ。悪いが、少し付いてきてもらうぞ。」
さりげなく暗部は怪しい集団を囲み、すぐにでも連行できるよう態勢を整える。
「レーエ殿、我らの意思を見せつける機会だと考えますが、いかがでしょう?」
(…本命はこっちじゃないからこの辺でいいかもね。それにおそらく他の部隊も今頃足止めを食らってるはず。)
「そうね、そうしましょう。」
「おい、何の話をしている?。すぐについて来い。」
「やりなさい。」
「「「「死は救済」」」」
「ドーーー--ン」
あたりが明るくなり、周囲一帯が爆発に巻き込まれる。
「ガラガラ…」
周囲の建物も崩れ、甚大な被害が出ている。
「チィ、自爆だと。…女が逃げた、すぐに追うぞ!!」
とっさに暗部の集団は魔法を行使し、自分たちの身を守るが圧倒的な威力の爆発を完全に押しとどめることは出来ず、周囲に被害が出てしまった。
「「「了解」」」
(不味いな。ジュラ殿下の暗殺に続いてこの失態。…解体もありうるかもしれん。)
「ドンドン」
帝都の各地で鳴り響く腹に響く音。想像したくはないが想像してしまう、未来絵図。
帝都が揺らぐ。
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「ドーーーーン」
遠くで聞こえる不安になる音。
(…パールさんや、この音は?)
(モルテ教の信者が自爆した音ですね。そこそこ被害が出ています。)
(これだから宗教ってのは怖いよな。まぁ、そういうのを生み出した社会も悪いんだろうけどさ。とりあえずここは安全か?)
(大丈夫ですよ。いざとならば私がシールドを張りますから。)
(それで間に合うのか?)
(もちろん。ほぼ思考と行動にタイムラグはありませんから周囲に危険を感知したら即発動します。)
(頼りにしてるよ。)
そんなことを話しているとなかなか大きな音だったからか、他の奴らも起き始める。
「…起きてるか?」
「起きてるぞ。」
「何か大きい音しなかったか?」
「したな。」
「何だろうな?」
「さあな。」
俺たちが暢気な会話をしているとバルアはすぐに明かりをつけ、帯剣していた。
「お前ら、何暢気にしてんだ。敵襲かもしれねぇぞ、さっさと準備しろ。」
「お、おう。」
確かに普通に考えたら敵国の襲来かと思うよな。
俺たちはバルアに促されてパジャマの上から鎧を装着、更に兜と剣を装備する。
(なんか勢いに流されて着替えたけど、これ外にでも行くのか?)
(マスター、貴族の義務は民を守ることですよ?)
(いや、まだ成人してないから義務は負ってないだろ。)
(いいえ。ノブレス・オブリージュとは高貴な者が負う義務です。生まれた時からそれ相応扱いを受けているならば年齢は関係ない、私の中ではそのように規定されてますね。)
(それって博士が規定してるのか?)
(そうですね。いくつかの単語はあらかじめ定義されてますね。)
…博士、口だけの貴族にうんざりしてたんだろうな、きっと。市民だったら共感できたけど今の俺は貴族の子供だからな、共感は出来ない。
そんなことを思っていると扉が開く音がした。
「ガチャ」
「おい、バルア、どこに行くんだ?」
「アン?、んなもん決まってんだろ。義務を果たしにいく。」
この分じゃラギーナも行ってるかもなぁ。
「…僕も行く。」
「俺もだな。」
来ました、同調圧力+権力の暴力。ここで行かなかったらいろんな意味で俺は終わる。行くしかない、でも変に手柄を上げても嫌だしなぁ。第3、第4皇子に目をつけられたらシャレにならない。
「…行くか。でもいいのか、教師に報告しなくて?」
ささやかな抵抗。0.1パーセントの可能性があるなら俺は諦めん。
「緊急時だから仕方ないんじゃないか?」
「アァ、行くぞ。」
「うん。」
「…うす。」
なぜか深夜未明に帝都に繰り出すことになった。
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帝都で響く大きな音。それは帝城まで聞こえていた。
「ド派手にやってるね。大丈夫かな?」
「問題ねぇよ。今からじゃ間に合わねぇ。それよりもシャンデリアを叩くチャンスだ。治安の維持は内務大臣の役目だからな。」
「えぐいね、兄さんも。でもたぶん僕たちって勘づかれてるんだろうなぁ。」
「ハン、証拠がなければ問題ねぇ。それに俺たちは追及しない。どうせエンベルトがやり返すはずだ。前回の会議の時、随分やり込められたらしいからな。」
「だね。それとそろそろ法務大臣も始末した方がいいかもしれないね。」
「ああ。そろそろ足がつくかもしれないからな。だがその前にまずはあの爺と話さねぇとな。」
「いつかは始末したいね。」
「ハハ、そうだな。後任の奴にはさすがに死刑囚はもう優遇してもらえないかもしれないが、奴隷でも買えばいい。金ならあるしな。」
「兄さんはお金の使い方うまいもんね。」
「権力はしっかりと使わねぇとな。せっかくあるんだから。」
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「何が起こっておる?」
大きな音で目が覚め、ベッドで座る皇帝。そこに慌てた様子の近衛騎士達がやってくる。
「コンコン」
「皇帝陛下。お休みのところ申し訳ないのですが、よろしいでしょうか?」
「構わぬ。入って参れ。」
「失礼いたします。」
「それで緊急の要件なのだろ?、この音と関連があるのか?」
「ハッ、その通りでございます。現在、帝都内で複数の爆発事案が発生しており、帝城の宝物庫が襲撃を受けました。」
「何じゃと!!、それで宝物庫の様子は?」
「今は近衛騎士で警備しておりますが、いくつか盗まれたかもしれません。」
「ぬう、こんなところでのんびりしておる場合ではないな。すぐにいつもの会議の部屋に集められるだけの大臣と近衛騎士団長、暗部を集めろ。」
「御意。」
(これは一回徹底的に膿を出した方がいいのかもしれんな。前回に引き続いて暗部がここまで後手に回るなどあり得ん。…帝位争いの要素もあることを考慮しておいた方が良いかもしれんな。)
皇帝の頭によぎるのは二人の皇子。悪評が絶えないが、その才は本物だった。あとは芯さえしっかりとしていれば信頼することができた。
(そこまで愚かだとは思いたくはないものだ。)
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