第11話 婚約破棄の事情  アステリウス視点

「リュビアンネ・ヤンドリュード侯爵令嬢。今この時をもって、私は其方との婚約を破棄する」


 と、宣言した瞬間の私の心にあったのは、痛切の念と、苦しさと、リュビアンネへの変わらぬ愛と、少しの安堵だった。


 同い年であるリュビアンネと初めて会った時のことなど覚えていない。それくらい遥か昔である。七歳で婚約。十六歳のその時まで実に七年間も婚約者同士だった。そこまで一緒だともはや婚約者というより夫婦のようで、ときめきや熱情などは全くなく、それでいて一緒にいると安心するという穏やかな関係になっていた。


 リュビアンネは亜麻色の緩やかにウェーブした髪とグレーの瞳を持つ美人である。しかも教師が驚く程の明晰な頭脳を持ち、下位貴族はおろか庶民までも慈しむ慈愛を持ち、異なる考えを受け入れる度量の大きさをも持っていた。欠点としてはたまに迂闊な事をしでかす事と、曲がった事が許せず直ぐに興奮してお説教をしたがる事などがあったが。概ね素晴らしい王太子妃、王妃になるだろうと思われていた。


 その彼女に婚約破棄を通告するハメになったのは彼女の父、アンボロク・ヤンドリュード侯爵のせいだった。帝国宰相でもあったアンボロクは、その地位を利用して国家予算から横領を行っていたのだ。それの証拠を政敵であるハラルド伯爵に握られ、伯爵がそれを王宮の夜会の席で大々的に発表したのだ。


 アンボロクが職責を利用して何か汚職をやっているだろうことは、誰もが薄々は知っていた。というか、汚職をしていない大臣などおるまい。当のハラルド伯爵からして汚職を行なっており、その証拠は私も父王も握っていた。しかし、それを表沙汰にはしていない。彼が国家に不利益になるような事をしでかした時に、その証拠を使って処分すべく温存してあるのだ。


 しかしながら、夜会の席で大々的に発表され、しかも明白な証拠まであるとなれば、国家の公正のために不問には出来ない。アンボロクの有能さは疑い無く、国家の大功臣であり、リュビアンネの父であるにしても、いやだからこそ、父はアンボロクに大して怒り処分を下さなければならなかった。父はアンボロクの捕縛を命じた。


 ところが侯爵邸に向かった使者が直ぐに戻って来て言うには、侯爵邸は既にも抜けのからだったというのだ。誰もが驚いたが。私が一番驚愕した。何だと?リュビアンネは?リュビアンネも居なくなったのか?私が信じられない思いでいると、そこに、友人の伯爵令嬢と連れ立ってリュビアンネが呑気な顔で現れたのである。何でも友人の家でお茶会をしていて、そこから直で王宮に来たので騒ぎの事を何も知らなかったのだそうだ。


 詳しい事情を聞いてリュビアンネは真っ青になった。当たり前だろう。彼女ほどの頭脳があれば横領がどれ程の罪か、それに連座となる自分にどういう処分が下されるかまで瞬時に想像出来るだろうから。彼女は私の縋るような目で見た。


 私は先程、父王からアンボロクは身分剥奪の上、貴族界追放処分となる事を聞いていた。財産の剥奪、捕らえられれば入牢まであるとも。そしてリュビアンネの罪もそれに準じるとも。つまり、リュビアンネは今日から貴族では無くなり庶民となる。そうなれば当然、私との婚約は維持出来なくなる。


 私は父王に、リュビアンネがアンボロクの罪に協力した筈は無いのだから、処分が重過ぎると主張した。せめて貴族身分剥奪は無しに出来ないかと。しかし父王は、リュビアンネの才能を十分に認め、将来王妃になることを楽しみにしていたにも関わらず、それを認めず、婚約を破棄するようにと言った。


 王太子でも、いや、だからこそ、法そのものと言える国王陛下の決定に異は唱えられない。私はリュビアンネに対して婚約破棄を宣告するしかなかったのである。


 その瞬間のリュビアンネは瞬間、呆然とし、しかしすぐに表情を消して、優雅にお辞儀をした。


「王太子殿下には長い間、過分なほどのご愛情を頂きまして感謝の言葉もございません。謹んで婚約解消を承りますとともに、殿下のご多幸をお祈り申し上げます」


 流石である。一分の隙もない完璧な別れの挨拶を私に告げると、リュビアンネはむしろ堂々と退場していった。何人かの令嬢が怒ったような表情で私を睨んでいる。睨まれても困る。私とて断腸の思いなのだ。


 しかし、同時に、リュビアンネとの婚約が解消されて、安堵の気持ちを抱いたのも本当の事だった。


 リュビアンネは兎に角幼少時から優秀で、私は常にその彼女と比較されながら育った。厳しい王太子教育を受けながら、教師も父王もリュビアンネを引き合いに出して私を叱ったのである。リュビアンネが優秀な事は私にも分かっているが、私だって精一杯頑張っているのだ。私はそう思っていつも不満だった。


 しかしリュビアンネは自らの優秀さを鼻にかける事も無く、いつも私を立てて何時も一歩引いた所にいた。それがまたリュビアンネの評価を高め、リュビアンネに遠慮させているという私への批判となった。


 リュビアンネと結婚すれば、一生彼女との比較が続くのだろうと思うとうんざりしたものだ。だから婚約解消を発表した時に、私はこれでリュビアンネの重圧から解消されると考えて少しだけホッとしたのだった。


 ところが話はそう簡単では無かった。教師も父王も目の色を変えて「リュビアンネがいなくなったのだからこれまで以上に頑張らなければならない」と私に厳しく接するようになってしまったのである。リュビアンネの能力を補てんするくらいになれなんて無茶を言うな、と私は思ったが実際、リュビアンネがいるから、と私も安心していた面は多分にあったのだ。


 具体的な例の一つとして、社交の時に私達に群がる貴族たちの対応は、これまで主にリュビアンネに任せていた。一部の重要な者の相手だけを私がして、他はリュビアンネがやっていたのである。それが私が全員の対応をしなければならなくなった。しかも婚約者を失った私の新たな婚約者になろうと、目をギラギラさせている令嬢も含むのだ。私は社交の度にヘトヘトになってしまった。


 私が疲れていればリュビアンネはさりげなく私の教師や侍従に言って、私を休ませてくれた。場合によっては侍従も侍女も締め出して、二人だけで完全にリラックスした状態を作り、私を甘えさせてくれたものだ。勿論、リュビアンネがいなくなって私にそんな気を使ってくれる者もいなくなった。


 何より私の喪失感が日増しに大きくなる一方となってしまった。ほとんど毎日のように顔を合わせていたリュビアンネに私は思ったよりも大きく依存していたらしい。よりはっきりと言うと寂しくて仕方が無い。彼女の顔が見たいし、彼女の声が聞きたい。あの手に負えなかったお説教ですら恋しい。


 私はリュビアンネの行方は調べさせていたので、彼女の無事は知っていた。庶民として何やら働き始めた事も。実は私はリュビアンネに婚約指輪を返されておらず、本当は早々に使者でも送って回収させようと思っていたのだが、すぐに私があまりにもリュビアンネが恋しくなってしまい、彼女との僅かな繋がりを維持したいという思いからあえて回収するのを止めていた。実はこの時には私は、それが婚約解消を不完全にする事には気が付いていなかった。気が付いていればあまりに問題が大き過ぎるので、流石に回収させただろう。この事は後々私を救う事になる。


 リュビアンネが貴族界から追放されてすぐに、彼女の友人の令嬢や夫人から「罪を直接犯した訳でも無いリュビアンネに対して処分が重すぎる」という声が沸き起こり、私や父王に陳情が幾つも届いた。同時に、大臣諸兄卿からもアンボロクの罪は罪としてその功績も大であるのだから、貴族身分はく奪はやり過ぎではないかという意見が出た。つまりは我が国の国政はアンボロク個人の能力に依存していた部分が巨大であり、アンボロクがいきなり抜けて大臣たちが途方に暮れているという話だった。


 そのような意見を受け、私は父王にリュビアンネとアンボロクの貴族身分はく奪の取り消しを打診してみた。しかしながら、父王はこれを認めなかった。


 父王はまだ四十歳前の若い王である。その治世は最初から、先王から引き継いだ宰相のアンボロク・ヤンドリュード侯爵に牛耳られていた。アンボロクの有能さは疑い無く、経験の浅い父にはとても太刀打ち出来ず、ほとんど言うなりにならざるを得なかったという。しかし、この事件でアンボロクは放逐された。漸く父王は自分で自由に手腕を振るえる環境になったのである。そのため、アンボロクがいなくなって大変ではあるが、チャンスでもあると考えていたのだ。


 そもそも、父王は融通の利かない所があり、それがリュビアンネと気の合う理由でもあったのだが、横領が事実であるなら罪は過大とは言えないとしてアンボロクの処分取り消しは認めず、連座のリュビアンネの貴族復帰も認めなかったのである。


 私は繰り返される陳情を背景に、何度も父王にリュビアンネだけでも貴族復帰出来無いかと運動してみたのだが、父王はリュビアンネには同情と未練を見せながらもなかなか首を縦に振らなかった。そしてそのまま二年以上が経過してしまったのである。


 二年も経つとアンボロクが抜けた事による国政の歪が色々な所で表出していた。まず、アンボロクの領地であったヤンドリュード侯爵領を含む北の領地一帯の情勢が不安定になる。そして国境の向こうであるイマリアス王国との交渉をアンボロクが一手に引き受けていたために、イマリアス王国の情報は一切入らなくなった。その他にもアンボロクしか知らない国政の情報や予定が分からなくなり、他国や各地の領主からの問い合わせにも対応出来ない有様となった。


 リュビアンネがいなくなった事による私への影響もいよいよ深刻で、日増しに私は彼女を求めるようになってしまった。彼女の事が心配だし、とりあえず会いたくて仕方が無い。居場所は分かっているのだから顔を見に行くことくらいは可能だろう。しかしながら、どの面下げて彼女の前に立てるというのか。恐らく私がいきなり行ってもリュビアンネは会いたがらないだろう。信頼出来る者に行かせて彼女の様子と、彼女が私をどう思っているのか、怒っているのかどうかを探らせたい。そう考えた時に、私の心に思い浮かんだのがオルセイヤーだった。




 オルセイヤーは隣国のフサヤ王国の王子で、十歳の頃から我が国に留学していた。名目は留学だが人質だ。フサヤ王国は我が国の属国のような扱いなのだ。しかしながら王子である彼は私と身分的には対等だと主張して、私と色々と張り合っていた。オルセイヤーは私の三歳下である。その気の張り具合が微笑ましく、私は彼の事を何くれと無く世話を焼いていた。弟みたいなものだ、と言えばオルセイヤーは怒っただろうが。


 オルセイヤーの屋敷は貴族街の外れで、リュビアンネが住んでいるらしい下町にほど近い。オルセイヤーは貴族の癖にたまに下町をフラフラ歩いているとも聞いている。何より、オルセイヤーはリュビアンネが追放された時にはまだ社交界に出てはおらず、リュビアンネと面識が無い。それで私はオルセイヤーにリュビアンネの様子を見て来てくれるように頼んだのである。


 オルセイヤーは面白がって承知してくれた。オルセイヤーは三歳下であるのに私と同じくらいの身長で、肩幅も広く、赤茶の長髪に色黒の肌、緑色の鋭い瞳という美男子である。私が手ほどきをしたらメキメキ剣の腕も上げて、しかも勉学も優秀という才能に溢れた男であった。本国の事情により、帰国したら王太子になるとも言われている。


 実は私はこの時、私がリュビアンネと結婚出来無いのなら、オルセイヤーと結婚させたい、とも思っていたのだ。


 婚約解消から二年も経ち、どうも父王にはリュビアンネを許す気は無さそうだ、という雰囲気が貴族たちの間には流れ始めていた。コルンスト伯爵夫人を始めとしたリュビアンネの友人は頑張っていたし、その夫を説得して自分がリュビアンネを養子に迎えて貴族復帰させるという荒業を私に提案したりしていたが、父王の意向は絶対である。リュビアンネは既に十八歳。二十歳を越えれば嫁ぎ遅れと見做され、私との結婚には異論が出てしまうだろう。私にも他の令嬢と結婚する様にという圧力が強くなりつつあった。


 つまり私もリュビアンネとの結婚を諦め始めていたのだ。彼女の事は未だに恋しく、愛しているし、彼女こそ私の妃に相応しいとは思っていたが、父王に逆らって娶る事が出来ないのは事実であった。この時の私はまだ、王太子の地位を投げ打ってでもリュビアンネを妻にするとまで思い詰めてはいなかったのだ。


 そう考えた時、私の頭の中には、弟分として可愛がっている、信頼出来る友人であるオルセイヤーがリュビアンネを娶ってくれれば良いという思いが浮かんだのだ。才気溢れる彼であればリュビアンネに相応しい。二人が結婚してフサヤ王国に帰り王と王妃になれば、フサヤ王国は発展して我が王国の強力な同盟者になってくれるだろう。そういう思いもあった。


 そうしてオルセイヤーはリュビアンネに会いに行ってくれたのであるが、案の定、その翌日に報告にやって来たオルセイヤーはその精悍な顔を赤くしながら興奮して言った。


「アンは素晴らしいな!」


 誰だアンとは?と思ったのだが、庶民としてのリュビアンネの名前らしい。どうやらリュビアンネは下町で子供たち相手の学校を開き、教師をしているらしい。そこに行ったオルセイヤーはどうやらリュビアンネのお説教を食らったらしかった。


 オルセイヤーはその貴族に対しても毅然とした態度を取る所や、凛とした佇まいに非常に感銘を受けたらしい。子供たちに厳しく接するのではなく、優しく自発的に勉強する様に促すその姿は慈愛溢れる女神のようだ、と褒めた。


 オルセイヤーの気性からしてリュビアンネを気に入ってくれるだろう事は分かっていたのだが、予想以上の褒めっぷりだ。彼は楽しそうに次の学校の時には本を持って行ってやるつもりだと語り、私の依頼など忘れた風だった。私は自分の思惑通りになった、と思いながらも、心の一部がズキズキと痛むのも感じていたのだった。


 それからというもの、オルセイヤーは私の所に遊びに来る度に、アンの、リュビアンネの話しかしなくなった。アンがどのように子供たちを導いているか、どのように悩んで教材を作成しているか。子供たちが成長する度に顔を輝かせて喜ぶアン。下町の子供達に聖母のように慕われ、街の誰もが声を掛けて贈り物をしたがり、感謝の言葉を掛けてくるそうだ。オルセイヤーもアンに協力して学校運営に携わり始めたらしく、彼女との関係をどんどん深めているらしかった。


 半年ほど経つとオルセイヤーの口からアンへの愛の言葉が出るようになり、彼女との結婚を匂わせる言葉まで出るようになった。私の狙い通りだ。狙い通りなのだが、私の心の中には焦燥感が募り始めていた。オルセイヤーにアンが近付くほどに、私からリュビアンネが遠ざかって行く気がした。今更だが、私はまだリュビアンネが好きで、愛していたのだ。結婚を諦め始めてはいたが、想いが無くなった訳では無かった。それなのにアンはどうやらオルセイヤーに好意を抱き始めたらしく、オルセイヤーと楽しく帰り道の逢瀬を楽しんでいるらしかった。些細な事でお説教を始めるのだ、とオルセイヤーは惚気たが、リュビアンネは余程気安い相手にしかそれをしない事を知っている私にはアンが本当にオルセイヤーを信頼し始めている事が分かった。


 その頃、私は父王に尋ねられた。


「其方、リュビアンネに贈った指輪はどうした?」


 王族の婚約指輪はそう何個も造るものでは無いので、リュビアンネに贈った指輪を、次の婚約者にも贈る事になるのだそうだ。私はまだ回収していないと答えると、父は呆れたように言った。


「それではリュビアンネと其方の婚約は完全には解消されていない事になるぞ?解消を拒否されていると見做されるからな」


 私は驚愕した。そして同時に心の底に沈めていたリュビアンネへの想いが歓喜の感情と共に吹き出して来た。私とリュビアンネはまだ婚約中だったのだ!そうであれば、まだ彼女と結婚出来る。今ここで父王にその事も認識された。この事実を盾にしてコルンスト伯爵夫人の計画を使ってなんとかリュビアンネを貴族身分に戻せば、リュビアンネと結婚出来るかもしれない。


 私はその場で父王にリュビアンネとまだ結婚したいという事を伝え、婚約を完全に解消する気が無いとも伝えた。そしてコルンスト伯爵夫人の計画も明かし、どうにかしてリュビアンネと結婚すると強く主張した。


 父王は物凄く呆れて頭が痛いような顔をしていたが、絶対にダメだとは仰らなかった。父王はそもそもリュビアンネを気に入っていたし、王太子妃に相応しい才能だと認めてもいたのである。非常に遠回しな言い方で、状況と貴族たちの意向が整えば、私の思うようにして構わないと仰った。私は歓喜した。諦めかけていたリュビアンネとの結婚が急速に私の手に戻り始めていた。


 ところが、オルセイヤーはいよいよアンとの結婚の意思を固めたらしく、どうやら正式にアンの養父に結婚の申し入れを行ったようだった。私は驚き、彼に「どうやらリュビアンネと結婚出来そうなので止めて欲しい」と言った。するとオルセイヤーは驚き怒った。


「今更そんな事を言われても困るぞアステリウス。今まで其方は私がアンと付き合っていても何も言わなかったではないか」


 もっともな話である。私は済まぬとオルセイヤーに頭を下げ、どうにか彼の翻意を促した。


 しかし、オルセイヤーはもう手遅れであると言って譲らなかった。養父への申し入れだけでは無く、本人への直接の求婚をも済ませたらしく、アンの反応もまんざらでは無さそうだったという。恐らくは否とは言うまいと。


「私はもう決めたのだ。たとえ相手が其方でも、私は譲らぬ。必ずアンと結婚する!」


「リュビアンネはまだ私の婚約者だ!其方、私の婚約者を奪おうというのか?」


「アンは庶民だ。其方の婚約者のリュビアンネでは無い。其方がリュビアンネを貴族に復帰させるまでにはまだまだ時間が掛かるだろう。その前に私は庶民のアンと結婚を済ませてしまうぞ。残念だが其方には諦めてもらうしかない」


 ぐうの音も出なかった。確かに私が庶民と結婚する訳にはいかない。故にリュビアンネを貴族復帰させるという手順を使わざるを得ないのである。それにはどう少なく見積もってもまだ一年は掛かろうかという計算だ。婚約秒読みのオルセイヤーとアンが一年も結婚しないでいるとは思えない。


 一番の問題は、アンとオルセイヤーの結婚を私が強制的に差し止める事が出来ないという点だ。そんな事をしたら大問題となってしまう。オルセイヤーが外国の王子である事を問題視するにしても、相手が庶民ではそれも難しい。庶民の結婚に王族が介入するなど前代未聞なのだ。


 オルセイヤーは数日後の学校の日に、アンから返事があるだろうと言い、再度私にアンを譲る気は無いと宣言した。これはだめだ。オルセイヤーを間接的に止める方法はもう無い。最後の手段はその学校の日とやらに乗りこんで行って、私が先にリュビアンネとの婚約を完全に復活させてしまうしかない。王太子である私が下町に出向くのは非常に異例だがやむを得ぬ。予定がびっしり詰まっている私のスケジュールを無理やり開けて下町に行く事は不可能だ。それに正式に出向いたらお供と護衛が山のように付いて来てしまう。こうなればもう脱走するしかない。私はそう決意した。


 ・・・誤算だったのは、私には下町の土地勘が無く、脱走したは良いが散々に迷ってしまい、人に尋ねまくってその学校に辿り着いた時には、オルセイヤーとアンの婚約が正式に成立してしまっていた事であった。


 


 


 


 


 

 

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