第9話 余興

 結果を言ってしまうと、戦いは我が軍の大勝利に終わった。


 アステリウス様率いる王国軍は昼夜を問わぬ強行軍でヤンドリュード侯爵領に、通常八日は掛かるところを僅か五日で辿り着き、まだ来ないだろうと油断していたイマリアス王国軍に襲い掛かったのだそうだ。


 あまりの強行軍に王都を出た時には五千いた兵は到着時には三千になっていたそうだが、イマリアス王国軍五千を一方的に撃ち破り、敵の将軍を含む捕虜千人を得たそうな。


 特に総大将アステリウス様と、副将格のオルセイヤーの戦いぶりは鬼神の如きと言われ、帰って来た兵士が興奮して語ったことから王都全体にその武勇は広まって、遂には吟遊詩人が歌うようになったそうだ。


 イマリアス王国軍にはやはりお父様はおらず、捕らえた将軍を尋問してもアンボロクのアの字も出てこなかったので、どうやらあの書簡のみの完全な脅しだったのだろう。危うく牢に入れられそうになった私にしてみれば良い迷惑だ。


 アステリウス様とオルセイヤーはヤンドリュード侯爵領に一ヶ月留まり、焼かれてしまった領都の復興(やはりお父様の別荘も略奪の上焼かれてしまったらしい)や。国境の警備施設の再建を行なった。


 その間、私は普通に下町で学校をやっていた。貴族身分復帰は当面保留との事だったからね。コルンスト伯爵夫人は心配してくれて、屋敷に住むよう勧めてくれたが。それだと学校が出来なくなってしまう。


 しかし、貴族身分復帰は決まってしまった事なので、このまま学校は続けられない事になる。貴族身分に復帰した上でオルセイヤーと結婚するなら続けられるかも知れないが、新しい養父母の意向は当然アステリウス様との結婚である。ハロルド伯爵令嬢へのやらかしに対する処分から逃れるために無理を言って養女にしてもらったのだ。我儘は言い難い。私は学校の生徒の親達に学校を閉める事を伝えて歩かなければならなかった。


 学校を閉める事には驚かれたが、私が貴族身分に復帰しなければならなくなったと言うと納得された。どうやらオルセイヤーと結婚すると思われたらしいが。街の人も残念がったが、特に子供達の落胆は酷く、泣いて嫌がる子供もいて私は胸が張り裂けそうになった。ううう、やっぱり貴族復帰などしなければ良かった。私の馬鹿!


 ただ、話をしている内に、学校に最初から通っていたやや年嵩の子が、私の教材を使って学校を続けたい、と言い出した。小さい子供になら教えられるし、下町ならそれで十分役に立つからと。私は喜んで教材を譲り渡し、学校を本当に閉める日まで彼に教師のやり方を伝授する事にした。


 貴族身分復帰の事情についてセレスとボックルに話をすると、二人は驚いたし、二重婚約の事情を知ると更に驚いていたが、貴族身分復帰については大いに喜ばれた。そしてオルセイヤーでは無くアステリウス様との結婚を強く勧められた。


「アンは王妃になるべき人だから」


 とセレスは何度も言った。アステリウス様との婚約が復活するならそれが何よりだと。・・・オルセイヤーと結婚しても王妃になるかも知れないんだけどね。オルセイヤーがフサヤ王国の王太子(仮)だなんて、話が込み入り過ぎるから言えなかったけど。


「私がお側に仕えている頃から、アステリウス様はアンの事を本当に愛して、大事にしてらしたわ。アンも殿下のところではリラックスしていたじゃない」


 どうやらアステリウス様の想いが感じ取れていなかったのは私だけだったらしい。鈍過ぎる。私の目ふし穴過ぎる。


 そういう訳で、セレスもボックルも私がコルンスト伯爵の養女になる事には何の依存も無いという。むしろ私を無事に貴族身分に戻せた事に安堵しているようだった。


 ちなみに、コルンスト伯爵夫人と話をして、ボックルは当面今のまま夫人の実家で庭師長をしてもらい、セレスは私の侍女としてコルンスト伯爵家に来てもらうことになっている。そして二人が働けないほど年老いたら私が引き取って面倒を見るのである。その事を話すと二人は、特にセレスが、私の侍女がまた出来ると喜んでいた。


 こうして、私の貴族復帰の準備は着々と整っていった。しかしながら、私はこの期に及んで迷っていた。迷うというより不満に思っていた。


 なぜなら、既にセレスもボックルも、コルンスト伯爵夫妻も、私がアステリウス様の婚約者に戻る事を前提としているのだ。というか、私もその予定で動いていると言って良い。オルセイヤーを選ぶのであれば学校を閉める必要は無いのだから。


 アステリウス様を選んだ訳でも無いのに、何故かアステリウス様の元に戻る事になっている。いつの間にかである。いくつかの止むに止まれぬ事情があったことは確かだが、それでも私はまだ、明確にアステリウス様を選んではいない。


 アステリウス様と結婚するのが嫌な訳では無い。アステリウス様が私の事を愛して下さっている事は嫌と言うほど確認した。私といた頃よりももっと成長され、立派な王太子、将来の王になられるだろう事も分かっている。結婚すれば大事にして下さるだろうし、私がやりたい国の事業に協力して下さるだろう事も間違い無いと信じられる。


 しかし、結局は私にはオルセイヤーにというより、アンとしての人生に未練があるのだ。正直、この半年、オルセイヤーと学校を運営しながら暮らした期間は、おそらく人生で一番穏やかで幸せな時間だったのである。あの人生を続けたいと思うのは無理もないと思う。


 しかしながら、オルセイヤーも王族である事が分かってしまった今、以前と同じには戻れない。私も結局は庶民のままではいられなかった。そうなると、私は必然的にアステリウス様を選ばなければならなくなってしまった。貴族である私の全ては王太子妃になる為にあったからだ。庶民のアンでは無く貴族のリュビアンネを選んでしまった以上それが必然だったのである。


 しかし、どうしても、どうしてもそれが不満だった。オルセイヤーと結婚を決意して、共に未来を見詰めたあの日の想いは間違い無く本物だった筈なのに、アンは確かにオルセイヤーと結婚する筈だったのに、それがどこにもいなくなってしまった。アンはどこに行ったのだろう。それが不満で、どうしようもなく悲しかったのだ。


 アステリウス様とオルセイヤーが凱旋してくる日が来た。


 私はコルンスト伯爵家に連れて行かれ、ドレスを着せられた。濃い目の黄色に刺繍がびっしりという、豪華で派手なドレスである。・・・見覚えがあり過ぎる。


「これ、アステリウス様のご趣味ですよね?」


 私が言うとコルンスト伯爵夫人は当たり前のように頷いた。


「王太子殿下のプレゼントですもの。そうでしょうね」


 ドレス、宝飾品一式、全てアステリウス様のプレゼントだという。それで着飾ると、それはもう侯爵令嬢時代もかくやというような仕上がりとなった。


 狙いはもう明白だ。凱旋してきたアステリウス様を私がこの格好で出迎えて、全貴族の前で抱擁でもすれば、私はアステリウス様に愛されている、婚約者復帰は間違い無い、と貴族達に見做されるだろう。私はため息を吐きたい気分だった。どんどん自分の意志に関わりなく事態は進んで行くのだ。もう止めようがない。そして困った事に、別に絶対に止めたい訳でも無いのだ。


 流されてそのまま王太子妃になるのも、リュビアンネの人生では予定通り、希望通り。むしろアステリウス様の想いも確認して以前より結婚後の展望は明るくなってさえいる。それならば何の不満があると言うのかと、私のリュビアンネの部分は言うのである。


 凱旋の報告は王宮の大謁見室で行われる。この時点で、私のコルンスト伯爵家への養子入りには国王陛下の勅許が正式に下りていた。というより、その前に私の貴族界追放処分は解除になったのだそうだ。なんでも、今回の侵攻において敵の狙いを看破した事が功とされたらしい。


 貴族身分復帰と身分保証が出来た今、私は大手を振って王宮に立ち入れる。絶望と混乱に塗れながら逃げ出すようにその門を出てから約三年である。久しぶりの王宮。しかし私の心は静かだった。粛々と大謁見室に入る。


 大ドーム天井の半円形の大謁見室。階の上に玉座があり、国王陛下が座られている。階の下には数十人の貴族が着飾って立ち、英雄達の凱旋を今や遅しと待ち構えていた。


 やがて扉が開き、鎧が擦れるガシャガシャという音が響いた。周囲の貴族達がワッと湧く。十人ほどの鎧姿の男たちが、何だかキラキラした銀髪碧眼の男性、つまりアステリウス様を先頭に入場してきた。誰も彼も戦を潜り抜けたからか汚れていたが、その表情は意気軒昂。歓声に手を上げて応えていた。それにしてもアステリウス様のあのキラキラさ加減は、多少薄汚れても消えないんだわね。

 

 アステリウス様の後ろにはオルセイヤーがいた。長い髪を靡かせて笑っている。私は少なからずホッとした。思わせぶりな事を言い残して行くのだもの。心配してしまった。いや、二人とも無事だとは聞いていたけれど。


 戦士達は階の真下まで来ると、一斉に跪いた。アステリウス様が覇気のある大きなお声で報告する。


「国王陛下に勝利をご報告いたします!不遜にも我が国の聖なる国土を侵した野蛮なるイマリアス王国の者どもは全て、我が剣により骸と変わるか、捕らえられるか、どこへともなく逃げ去ってございます。全ては陛下のご威光によるものでありましょう!女神の恩寵厚き偉大なる王国の王、アマステアル三世万歳!」


 アステリウス様が万歳を叫ぶと、周囲の貴族達も一斉に万歳を叫ぶ。当然私も拍手をしながら万歳を叫んだ。


「うむ。王太子アステリウスと勇士達よ。良くやってくれた。何もかも其方達の果断な決断と勇気のおかげだ。私は其方達の功績に厚く報いると約束しよう」


 国王陛下がおっしゃると、再び拍手と万歳が湧き起こった。それに対して戦士達は立ち上がり、手を上げて応えている。


 ・・・立派になった。


 私は手を叩きながらアステリウス様を見て、そう思っていた。


 幼い頃のアステリウス様は内気で泣き虫で、こんな王子で大丈夫なのか?私がしっかりしなければ、と思っていた。しかしすぐに尊大になり傲慢になり、もちろん才能も努力もあったけれど、婚約解消の頃までは危なっかしいところも多かった。それが、再会したアステリウス様は、ちゃんと自分の欠点や弱いところも見つめて、人に助けを求められる人になっていた。自分の事だけでなく、王国の将来のこともしっかり考えられるようになっていた。そして優れた決断力で自ら剣を持ち、勇気を奮って王国の敵を滅ぼすまでになったのだ。


 これなら今すぐ国王になっても十分やっていけるだろう。もはや私が助けるなど烏滸がましいのかも知れない。しかし・・・。


 アステリウス様が私を見た。そしてキラキラ笑顔で破顔する。


「リュビアンネ!」


 そして大股で近付いて来て、私の前で一瞬立ち止まると、両腕を大きく開き、そして私を抱きしめた。・・・鎧が痛いですよ。少しは手加減してくださいな。


 この人が求めるなら、私はこの人の側にいよう、そして微力ながら助けて行こう。それが、リュビアンネが、この人に初めて会った時以来の夢であり希望なのだから。


 アステリウス様に抱き締められながら、私は周囲を観察する。オルセイヤーが目に入った。彼は社交用の笑顔を浮かべながらこちらを見ている。周囲の貴族達は拍手をしたり、ヒソヒソ話をしたりして、アステリウス様と私について色々噂しているようだった。


 アステリウス様はしばらく私を抱き締めていたが、やがて私を離すと振り返った。


「オルセイヤー!何をしている!リュビアンネに勝利の報告をしろ!祝福を受けたのだろうが!」


 オルセイヤーは瞬間、驚いた顔をしたが、すぐに作り笑顔になり、私の所にやってきた。そして私の右手を取って跪く。


「我が女神よ。あなたのお陰で勝てました。ありがとうございます。リュビアンネ様」


 ・・・っ!私は衝撃を顔に出さないようにするのが精一杯だった。オルセイヤーが私をリュビアンネと呼んだのは初めてだったのだ。


「・・・あなたの武勇があっての事ですわ。・・・アステリウス様を守って下さってありがとうございます。オルセイヤー様」


 正直、泣きそうだった。オルセイヤーが離れていってしまう。それは即ち、アンが居なくなる事を意味する。あの日々が、もう戻らない事を意味するのだ。私は、手の震えを拳をきつく握り締める事で耐えた。


 そんな私とオルセイヤーの姿をアステリウス様はじっと見ていたが、何だか大きな音で舌打ちをし、ガシャガシャと荒い足取りでオルセイヤーに近付き、言った。


「おい!勝負をするぞ!オルセイヤー!」


「は?なんだと?」


 オルセイヤーが目を丸くする。


「剣の勝負だ。模擬試合だ。勝利の宴の余興だ!」


 一体何を言い出すのか。私もオルセイヤーも戸惑うばかりだ。しかしそんな私たちを見てアステリウス様は苛立ったように言った。


「其方にも私にも譲れないものがあるだろう。それを賭けよう!」


 オルセイヤーの眉が逆立った。


「何だと!」


「分かり易くて良いではないか」


「余興に賭けるようなものか!貴様は正気かアステリウス!」


「余興だ。余興。そうムキになるな」


 アステリウス様は挑発的に笑った。


「貴様にもチャンスをくれてやろうと言っているんだ」


 オルセイヤーはアステリウス様を睨み殺しかねない厳しい視線で突き刺していたが、やがてゆっくり頷いた。


「よかろう」


「良く言った!」


 え?え?私が戸惑う間に話はどんどん進み、謁見の間の中央で二人の剣術の模擬試合が行われる事になった。国王陛下は渋い顔をなさっていたが、止めることはしなかったようだ。貴族達は戦場の英雄同士の模擬試合という余興に大いに盛り上がっていた。二人は既に持って来させた模擬試合用の刃を潰した剣を選んでいる。ようやく事態を把握した私は二人のところに駆け付けた。


「お、お止めください二人とも!」


 しかしアステリウス様はニッコリと笑った。


「余興だ余興。深刻に受け取るなリュビアンネ」


 その割にはギラギラ目が輝いているんですが。


「そうとも。余興だからな。事故があっても仕方が無いな」


 目が本気だよオルセイヤー。


 どう見ても二人して余興の雰囲気ではない。こ、この!私の気持ちも知らないで!この二人は本当にもう!


「あなたたち!」


 とお説教を始めようとした私の機先を制して、二人は息もぴったりに、サッとその場を離れた。そして兜を被るとサッサと試合会場に設定された謁見の間の中央に出て行ってしまった。私のお説教は不発に終わった。


 審判役の騎士が二人の装備を改め、ルールを説明する。一撃が当たったら、もしくは降参で勝負あり。頭への攻撃は禁止。勝負ありの後追撃の禁止。


 二人は頷くと、兜の面覆を下ろした。周囲の者が大いに盛り上がる。


「はじめ!」


 審判の声に応じたのはオルセイヤーの方だった。床を蹴って突っ込み、鋭い突きを放つ。


 しかしアステリウス様はそれをギリギリで後ろに避けると、オルセイヤーの体勢が伸び切った隙を突いて前進し、オルセイヤーの右の小手を狙った。しかしオルセイヤーは横にステップを入れてそれを避け、更にその反動を使ってアステリウス様に攻撃を放つ。


 しかしアステリウス様はそのまま急速に前進して、オルセイヤーに向けて右肩から

体当たりをする。ガツンと音がしてオルセイヤーの体勢が崩れた。アステリウス様はその隙を狙ってオルセイヤーの肩に鋭い打ち込みを見せたが、オルセイヤーはわざと転んで後ろに回転することで、それを避けた。そのまま離れて仕切り直す。観衆からおおお、と響めきが上がった。


「やるようになったなオルセイヤー!今のを躱されるとは思わなかったぞ!」


「ぬかせ!いつまでも師匠づらが出来ると思うなよ?今や私の方が貴様より上だ!」


「そういう台詞は私に一度でも勝ってから言うのだな!」


「今ここで勝ってみせる!」


 そうか。オルセイヤーに剣を教えたのはアステリウス様なのか。確かに二人の太刀筋はそっくりだ。


 二人はそれから一合二合と剣を合わせたが、その力もスピードも技も拮抗していて、容易に勝負は着きそうに無い。周囲は大きく盛り上がっていたが、私は気が気では無い。しかし、何だか二人は楽しそうだった。だんだん「この!」「やるな!」「これならどうだ!」「なんの!」などと弾んだ声が聞こえるようにもなってきた。


 はぁ。私は何だか力が抜けてしまった。この人達は結局、私の事などどうでも良いのではないかと思えてしまう。二人は私とは関係の無いところで親友で、それはずっとそうなのだろう。それは素敵な事で、少しだけ寂しい事でもあった。


 二人の戦いは何時までも続くかと思われたが、流石に二人も疲れてきたらしい。動きが鈍ってきた。そして、アステリウス様が突きを放った瞬間、踏み込んだ足を滑らせた。


「!」


「もらった!」


 その隙を見逃さず、オルセイヤーが右手だけで剣を振り上げた。決まったか!と誰もが思ったその瞬間。


 オルセイヤーの手から剣がすっぽ抜けた。


 幸い遠くには飛ばず、剣はオルセイヤーのすぐ後ろに落ちて高い音を立てた。オルセイヤーは呆然としたように、剣が無くなった右手を見ている。アステリウス様は体勢を立て直して構えたが、オルセイヤーが剣を失ったのを見て舌打ちした。


「仕切り直しだ!剣を拾えオルセイヤー!」


 アステリウス様が言ってもオルセイヤーは動かなかった。肩で息をしながら、ただ右手を見ていた。そして、面覆を上げ苦笑しながら両手を上げた。


「終わりだ。私の負けだアステリウス」


「何?!」


「もう、手の握力が無い。技では負けぬが、体力では勝てぬようだな」


 オルセイヤーの笑顔は晴れやかに見えた。反対に、アステリウス様は渋い顔をしてオルセイヤーを睨み付けた。


「・・・其方、それで良いのか?」


 オルセイヤーはチラッと私を見ると、アステリウス様に視線を戻し、頷いた。


「ああ、良い」


 アステリウス様も私をチラッと見て、少し表情を緩め、オルセイヤーに向けて頷いた。


「そうか・・・」


 観衆は見事な勝負の決着に大盛り上がりだ。拍手、歓声。誰も彼も二人の若き英雄の余興に興奮して、楽しんだようだ。・・・私を除いて。


 私は怒っていた。ぐぐぐっと怒りが盛り上がって頭の中が熱くなる。一体全体、どういう事なの!


 勝手に人を賞品みたいに扱った挙句、なんだか二人だけの世界で爽やかに決着しているんじゃないわよ!人の気も知らないで!これはもう、どうにもこうにも言ってやらなきゃ気が済まない。さっき出来なかった分までお説教よ!


 私は笑い合う二人に向けてズカズカと近寄ると、大きく息を吸って、いざ叫ぼうとした。その時。


「ほほほほ、いやぁ、見事な勝負でしたな!国王陛下。皆の衆」


 思わず出掛かったお説教が中断されてしまう。その呑気な口調もそうだが・・・、この声は?


 私は思わずその声の方を振り向いてしまう。同時に国王陛下、アステリウス様、そして大臣諸卿が驚愕の表情を浮かべる。


 贅沢好きな割にはほっそりとした体格。顔つきも細面で、目は少したれ目。口髭と顎髭が貧相な印象を与える。それをカバーするべくいつも豪奢な服を着て、そのせいでどうにも印象がちぐはぐになる。それを指摘しても分かっているんだかいないんだかという掴み所のない笑顔を浮かべるだけだった。しかし、ここぞという所では人に注目を集めさせ、逆に目立たないように振舞う事が出来る、変幻自在の気配術はどうもあのちぐはぐさが生み出していたような気がする。


 そう。いつもは目立たなくても今のように目立ちたい時には簡単に全員の注目を一身に集める技を持ってるのだこの人は。私は、思わず叫んでいた。


「おおおおおお、お父様!?」


 元王国宰相、アンボロク・ヤンドリュード元侯爵は、何食わぬ顔の手本のような顔で手を叩いていた。


「ああ、リュビアンネ。久しぶりだね。元気だったかな?」


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る