第8話 お父様
私のお父様であるアンボロク・ヤンドリュードはそもそも王国の子爵家の生まれだ。
しかも、何というか、貴族とは名ばかりの貧乏子爵家に生まれたのだそうだ。それこそ食うや食わず、領地の野山から食料は自給し、服は自分で繕ったというのだから、庶民生活をしている筈の今の私よりよほど酷い生活だ。
それが王都に出て来て官僚として働き出すとメキメキと頭角を現し、上司に取り入り、ライバルを蹴落とし、どんどん出世した。最初の結婚で有力子爵家の婿になったお父様は前国王陛下の元で大臣になり、伯爵に叙される。そしてその前妻と離婚した後に今の妻、つまり私のお母様であるヤンドリュード侯爵令嬢の婿になり、ヤンドリュード侯爵となった。
ヤンドリュード侯爵となったお父様は辣腕を振るい、前国王陛下から宰相に任じられると、そのまま二十年以上に渡って王国政界の頂点に君臨。国王陛下が代替わりしてもその地位を保ち、娘(私)を王太子殿下の婚約者にして権力の安定を確保。その権勢は絶頂。並ぶ者さえいない王国の最高権力者として死ぬまで君臨するであろう、と、三年前まで言われていた。
ところがお父様はその育ちからか、物凄くお金にがめつかった。兎に角お金を得て贅沢をする事にも非常に執着していた。「私は贅沢がしたくて出世したのだ」というのが口癖で、お金を得ればそれを投資して更なる財を築く事に奔走し、贈り物を喜び賄賂を貰えばもっと喜んだ。ただ、領民を酷税で苦しめるような事はしなかった。どうも自分が貧乏生活をしていた時に領民と助け合って生きていたかららしい。
そんなお金に汚いお父様であるから汚職の噂は常に絶えず、その噂を元に私も少しは調べたのだが、お父様は上手く証拠を隠していた。なので私は例の夜会で発表されるまで、お父様の横領を知らなかったのである。
お父様は告発が行われるのをどうにかして察知して国外へ逃げ出したのだが、その先は確かにイマリアス王国だった。そのイマリアス王国がお父様の復権を要求しつつ侵攻してきたというのだからお父様が疑われるのは当たり前だ。
宣戦の書簡を読んで蒼白になる国王陛下。その周りには大臣である大貴族たちが集まって来て、臨時の御前会議のような様相を呈している。伝令のために次々と官僚が走り込んできて、続々と新たな情報がもたらされた。アステリウス様も無論国王陛下の側に駆け付けた。王太子殿下は戦争ともなれば一軍を率いて戦うのが当たり前だ。
「ヤンドリュード侯爵は王国の機密を全て握っておりました。その侯爵が協力していての侵攻だとすると厄介な事に・・・」
大臣の一人が呻く。お父様は既に身分をはく奪されているので侯爵では無いのだが、その事にも気が付いていない。相当焦っていると思われる。
「イマリアス王国はヤンドリュード侯爵領から侵攻したようだ。ヤンドリュード侯爵領の事は侯爵は知り尽くしている。あっという間に占拠されてしまうだろう」
「どうやらイマリアスの連中は侯爵領の領都を焼き、更に進撃しているようだな。略奪とは野蛮人のような真似を!」
領都が焼かれた?私は震えた。領都には幼い頃から何度も行った事がある。長閑な田舎町だ。領民と交流した事もある。因みに、領都にはお父様が建てた巨大で豪華な別荘があり、その別荘の建築に例の横領で得たお金がつぎ込まれた筈だ。あのお屋敷も焼けてしまったのだろうか。
「兎に角、迎撃せねばならぬ。イマリアス王国が侵攻してくるのであれば、以前からの計画に従ってバルザ砦とムリム峠が迎撃地点になる」
「しかし、ヤンドリュード侯爵が協力しているとなれば迎撃計画は筒抜けになっている可能性があるのでは?ヤンドリュード侯爵は国境を領地にしていたからイマリアス王国の事情に詳しく、迎撃計画の策定にも大きく関わっていた筈」
「しかし、王都で兵士を徴募し、本格的な対抗策を取れるようになるまでは、戦力を集中して使うしか無いから、迎撃計画を使うしかあるまい」
王国の戦力は通常時は王都にいる一万程度の兵士だけだ。それ以上に兵がいる場合には貴族に命じて各々兵士を領地で徴募させて集合させる。しかしそれには時間が掛かる。それまではイマリアス王国の戦力にもよるが、とりあえず要害に拠って迎撃するしかない。イマリアス王国が侵攻してきた場合はヤンドリュード侯爵領の境辺りにあるバルザ峠に王国軍を急派して対抗する事になっている。因みにヤンドリュード侯爵領には私兵がいて国境を守っていたし、お父様はイマリアス王国に人脈があってイマリアス王国とは上手くやっていた。お父様がいる限りはイマリアス王国からの侵攻などあまり心配する事は無かったのだ。
つまるところお父様がいなくなりイマリアス王国との人脈が無くなった事と、恐らくヤンドリュード侯爵領をどうするかで揉めるか何かで国境の警備と監視が疎かになった事がイマリアス王国の侵攻を呼び込んだのだと思われる。しかしそれを唆したのがお父様である事は十分に考えられる話だった。お父様は兎に角、執念深くてしぶとい。そのお父様にしてはあの時あっさり逃げ出したものだと思っていたのだが、イマリアス王国で捲土重来を狙っていたというのなら頷ける。
「こんなところで話していても仕方があるまい。急ぎ王宮に戻るぞ。皆も急げ。この場に居ない者も至急招集せよ。軍の将軍もだ」
国王陛下は指示を出し、大臣を始めとした大貴族達も頷く。その随伴の者達が主人の準備のために駆け出した。そして国王陛下は私の事をジロりと睨んだ。
「・・・リュビアンネ・・・」
う、私は物凄く嫌な予感を抱きながら、進み出て跪いた。
「何か申し開きをする事があるか?」
・・・何のでしょう?とは言えない。私は黙っていた。
「そなたの父が外患誘致を行ったのだ。当然其方にも責は及ぶと言わなければならぬ」
えー!・・・と驚いたが、良く考えれば当然そうなるだろう。私はとっくにお父様とは縁を切ったつもりでいたが、世の中の人はそうは考えてはくれまい。普通に考えれば国外に居るお父様と庶民に身をやつした私が連絡を取り合い、復権のためにイマリアス王国の侵攻を呼び込んだ、という事になるのかも知れない。
ちょ、ちょっと待って下さいよ、私は当然一切そんな事はしていませんよ。お父様がそんな事を考えていたら止めましたよ。と私は声を大にして叫びたい。そもそもお父様の横領の罪で私は故無く貴族身分をはく奪され、婚約破棄までくらったんですよ?お父様を恨みこそすれ、お父様に協力する筈が無いじゃありませんか!それにもしも私が協力していたなら、馴染みあるヤンドリュード侯爵領の領都を焼くような暴挙をやらせるような事はしませんよ!
と言いたかったが、それは国王陛下に対して言ってはいけない事だった。この王国で国王陛下は絶対の存在だ。その陛下のご判断に対して反論したり言い訳をしたりすることは、臣下の分を越えた行為だ。もしもお父様が外患誘致を行ったのであれば、理由はどうあれ私が連座になるのは当然なのだ。いかなる理由も全て言い訳になる。私は跪いたまま深く頭を下げた。
「全て、国王陛下のご判断に従います。我に罪あらば罰をお与えください」
「うむ、良く言った。其方の無念は私の胸に残しておこう。リュビアンネを牢に繋げ!」
いやー!結局牢屋行きか!私は心の中で悲鳴を上げた。しかし、何とか声を出さなかった私と違い、黙っていなかった人たちがいた。
「お待ちください!」
アステリウス様が私を守る様に国王陛下と私の間に立ちはだかった。
「その処分、納得出来ませぬ!」
「不敬だぞ。アステリウス。黙っておれ!」
「いいえ、黙りません。リュビアンネは先程、コルンスト伯爵の養子になっております!最早アンボロクと何の関係もございませぬ。連座にするのは道理が通りませぬ!」
「そうですとも!」
オルセイヤーも進み出て王に向かって訴える。
「彼女は一度庶民に落ちてもいます。そこで彼女はアンボロクと何の関わりも持たずに暮らしていたと、半年間間近で見守った私が証言致します!」
二人は並んで私の前で跪き、国王陛下を睨んで強く訴えた。
「「どうか、寛大なご処置を!お願い致します。国王陛下!」」
しかし、国王陛下は厳しい目で二人を見下ろしながら言った。
「養子縁組は私の許可がまだ出ておらぬだろう。故にまだ有効では無い。そして、オルセイヤー。他国の者である其方の証言は無効だ」
そして国王陛下は冷然と告げた。
「これ以上リュビアンネを庇うなら、其方達二人も同罪とする」
二人が息を呑むのが分かった。しかしそれでもアステリウス様もオルセイヤーも退こうとしない。国王陛下をぐっと睨み付けている。
私は焦った。このままではアステリウス様とオルセイヤーにまで罪が及び、牢に放り込まれてしまうかも知れない。イマリアス王国の侵攻という国難の時期に王太子と他国の王子が牢に繋がれるような事があれば、国内が更に動揺することになるだろう。外敵と挙国一致で立ち向かわなければならないこの時に、そんな事はさせれられない。
しかし、私が何と言おうとこの二人が譲る筈が無い。それは分かる。国王陛下の処分に異を唱えた事が既にしてかなりの越権行為で不敬な事で、罪なのだ。この二人はそこまで平然と踏み込んだ。恐らく牢屋にぶち込まれても譲るまい。何というか、こんな事で二人からの愛を確認したくは無かった。無かったが、この二人はいざとなったら国王陛下に逆らってでも私を守ってくれる程私を愛しているのだという事が分かってしまった。それは何というか、素直に嬉しい。
だが、喜んでいる場合では無い。何とかしなければいけない。しかし、一体どうすれば良いのか。ああ、もう!本当にあのお父様は余計な事をしてくれる!あれほどこの国で権力に拘り財を築く事に拘っていたくせに、それをあっさり捨て去って隣国に逃げたかと思えば、逆恨みをしてイマリアス王国を唆して侵攻させるなんて!あまつさえ、横領までして建てた別荘を焼いてしまうなんて!らしくないんじゃないの!そんな諦めが良くて自暴自棄みたいな事をする人だとは思わなかったわよ!
・・・ちょっと待って。
そうなのだ。何だか違和感があるのだ。あのお父様にしては行動がいちいち変なのである。まず、横領が告発されて隣国に逃げたのは仕方が無いとしよう。しかしながらそこでイマリアス王国を唆して我が国を侵攻させるというのがまずらしくない。
お父様はこの王国で殖産興業を奨励し、農地改革を行って自作農を増やす事で収穫量を上げ、税収を倍増させたそうだ。お父様はこの国を豊かにすることに拘っており、理由が「国が儲かれば私も儲かる」だったのは兎も角、この国を非常に大事にしていた。それに民は国の宝であるから大事にしなければならない、と言っていて、その考え方は私にも大きな影響を与えている。そのため、戦争で国土が荒れ、民が死ぬ事を忌み嫌っており、徹底した外交政策で何度もあった戦争の危機を回避した。そのため、お父様が宰相になってから我が王国では大きな戦争は起きていない。
そのお父様が逆恨みとはいえ、王国に外国の戦力を呼び込むだろうか?それは「自分の手に戻らぬのなら破壊してやろう!」と考えたのかも知れないが、それもやはりお父様らしくない。あの執念深いお父様なら何年掛けてでも全てを自分の手に取り戻すまで諦めないだろう。死んでも化けて出てくるに違いない。
そう。お父様なら必ずこの国に築き上げた自分のモノ全てを取り返すべく策動している筈だ。それなのに自領の領都を焼き、自慢の別荘を焼き、国土を焼いて国力を落とし、もしかしたら王国が滅んでしまいうような外患誘致などするだろうか。私にはそうは思えない。
そう考えると、イマリアス王国の侵攻にもおかしな点が見えてくる。イマリアス王国国境から伝令の早馬が来るまでには五日。国境を越えたイマリアス王国は領都に襲い掛かり、そこを焼いてしまったという連絡がさっき届いた訳だが、つまりそれが五日前の出来事だ。つまりイマリアス王国は国境を侵してから五日もヤンドリュード侯爵領に留まっているのだ。
兵は神速を貴ぶという。もしもイマリアス王国が我が国を滅ぼす事を狙っているのなら、ヤンドリュード侯爵領に五日もおらず先を急いだ筈だ。早々に侯爵領の境を越えたのであれば、そこからもっと早くに王都に連絡が来てもおかしくない。故にイマリアス王国軍はヤンドリュード侯爵領から、恐らく出ていないのだ。
故に、おそらくイマリアス王国の狙いはヤンドリュード侯爵領の併合。領都を焼いている事を考えると、もしかしたら単に劫掠するのが目的なのかもしれない。いずれにせよ全面的な侵攻作戦では無いと思う。
お父様が協力しているというのは恐らくはブラフ。脅し。お父様が協力しているとなれば王国は全面侵攻を警戒して、ヤンドリュード侯爵領の境にあるバルザ砦とムリム峠に戦力を集中して待ち受けようとするだろう。イマリアス王国の思うつぼになる。その間にヤンドリュード侯爵領で暴れ放題になる訳だから。
私はそこまで考えて、バッと顔を上げた。目前では、国王陛下とアステリウス様、オルセイヤーの睨み合いが続いており、周囲の緊張感は底無しに上昇しつつあった。ひ、ひえー!これはまずい。どうにかしないと。しかしながらこの緊張感の中で声を上げるのは非常に勇気がいる事だ。しかしながらこの緊張感が決壊すれば国王陛下は王太子二人を不敬罪で捕えて牢屋に入れてしまえと命ずるだろう。グズグズしている時間は無い。私は決断し、死ぬ気で声を上げた。
「申し上げます!」
突然大きな声を出した私に、国王陛下、アステリウス様オルセイヤーを含めた会場中の注目が集まった。背中に怖気が走り抜けるがもう後戻りは出来ない。必死に叫ぶ。
「おと・・・、アンボロクは今回の侵攻に協力していないと思われます!」
どうにもお父様をお父様と呼んであげる気にならず、私はお父様を名前で呼び捨てにした。
「なぜそう思うのだ?リュビアンネ?」
アステリウス様が問う。
「色々おかしいからです。まず・・・」
私が説明を始めようとすると、大きな声がそれを遮った。
「聞かぬ!リュビアンネ!其方に発言の権利は無いぞ!」
国王陛下だった。反射的に私は黙る。しかし、ここで黙っても仕方が無い。またアステリウス様とオルセイヤーが私を庇い、二人の罪が重くなるだけだ。あの様子では私がくどくど言ったって、国王様は聞いてくれないだろう。何か一言で、この事態のおかしさが伝えられれば・・・。
国王様とお父様の付き合いは長い。お父様は国王陛下が王太子殿下であられる頃から宰相だったのだ。言ってしまえば娘の私よりもお父様との付き合いが長いのだ。故に国王陛下はお父様の性格を熟知している。今回の侵攻に協力する事が、お父様の性格と行動原理からすればあり得ないという事は、お父様を良く知る者なら簡単に分かる筈なのだ。それを一言で言い表すのなら・・・。
私は叫んだ。
「お父様はケチです!」
あまりの台詞に周囲の者の目が点になる。
「お父様は、アンボロクはケチです。そのケチなアンボロクが自分の領地を焼き、領都を焼き、自慢の別荘を焼くような事をする筈がありません!」
私は叫び終えて黙る。これ以上言うと、逆効果になるだろう。私の台詞に、国王陛下の周囲の大臣たちが考え込み始める。
「・・・確かに」
「あの金にがめつく自分の財産に執着するあまり、部下に奢るどころかたかる有様だったあの宰相が、自分の領地を焼くとは思えませぬな」
「それに戦争は『勝っても負けても損にしかならぬから嫌いだ』と仰っていたな」
「あのお方は兎に角執念深かったからな。賭けで負けて取られた絵画を何年も掛けて取り返した話もある」
「恐らく、我が国に残したもの全てを未だに諦めておらぬでしょう。他国をけしかけて焼いてしまっては取り返せませぬ」
大臣たちは全員、元々お父様の部下だ。お父様の事は良く知って理解している。大臣たちの話を聞いて、国王陛下も確かにその通りだと思ったのだろう。難しい顔をして沈黙している。アステリウス様がその様子を見ながら私を促す。
「では、イマリアス王国はなぜ、アンボロクが協力しているなどと・・・」
「いいえ、殿下。良く思い出して下さい。イマリアス王国は『ヤンドリュード侯爵の復権を求める』としか言っていません。協力しているとは一言も言っていないのです」
それを「復権を求めるくらいなのだから、侵攻にヤンドリュード侯爵も協力しているだろう」と勝手に考えたのはこちらの方だ。勿論それが狙いなのだろうが。
そう言われてアステリウス様はポカンとした顔をなさった。
「確かにその通りだな」
「そもそも、本格的な侵攻を企んでいる時に『我が方にはそちらの事情を熟知している協力者がいるんだぞ』などとは言いませんし匂わせもしないと思いませんか?普通は手の内は隠すはずです」
「とすれば、狙いはこちらの動きを手控えさせる事か・・・。狙いはその隙にヤンドリュード侯爵領を切り取る事。そういう事だな」
「恐らくは」
アステリウス様は頷くと、優雅に立ち上がった。
「陛下!リュビアンネの考えには一理あると思います!」
そして国王陛下の間近に歩み寄り、また跪く。
「リュビアンネの考え通りなら、敵はヤンドリュード侯爵領から出てきますまい。待ち受ける作戦をしたら侯爵領をイマリアス王国に奪われます。大至急侯爵領へ向かい、敵を追い払わなければなりませぬ。私が軍を率いて侯爵領を解放して参ります!私にお命じ下さい!」
「其方にか?」
「はい。王太子としての初陣を飾ってまいります!」
周囲の者がおおお、と騒めく。アステリウス様が剣術に優れている事は皆知っている。その武勇の誉れ高い王太子の初陣だ。
「・・・もしも予想に反して敵が本格的な侵攻を企んでいたらどうするのだ。もう少し情報を集めてからにせよ」
「敵がヤンドリュード侯爵領の切り取りを狙っているなら、時間は敵の味方になります。拙速はこの際こちらの武器です。敵が侯爵領全体を占拠する前に乗り込んで撃ち破ります!」
アステリウス様が覇気に満ちた顔で言い切る。銀髪碧眼のキラキラ王子の勇ましい姿に会場中の女性が思わず顔を赤らめた。
「・・・なぜ、リュビアンネの考えが当たっていると思うのだ?なぜそこまで彼女を信じられる?」
国王陛下はアステリウス様を厳しい目で見据えながら言った。しかしアステリウス様は破顔するといっそ清々しいほどの惚気台詞を放った。
「知れた事。将来の妻の言う事も信じられぬのなら、世の中の全てを疑う事になりましょう。世界の誰がリュビアンネを疑っても、私はリュビアンネの事を信じます!」
おおおお、と思わず会場から拍手が沸き起こり、私は思わず頭を抱えた。
「・・・分かった。其方に任せよう。しかし、無理はするでないぞ」
「分かりました!」
国王陛下の命を受け、アステリウス様は駆け出そうとした。しかしその身体を遮って止めた者がいる。オルセイヤーはアステリウス様の肩に手を回し、首に腕を巻きつけるようにして拘束していた。
「おっと、慌てるなアステリウス。その前に陛下にリュビアンネを牢に入れないと約束してもらうのが先だろう?」
アステリウス様はあ!っという顔をした。・・・そうですね。国王陛下はまだ私を牢に入れろという命令を取り消していらっしゃらないものね。あのままアステリウス様が出撃してしまったら、私はアステリウス様がお帰りになるのを牢の中で待っている羽目になる所だった。
「陛下。お願い致します。私もリュビアンネの言う通り、アンボロクは侵攻の手引きなどしていないと思います。何より、リュビアンネを牢などに入れれば王国軍の士気が下がります」
アステリウス様が総司令官になるのであればそうでしょうね。国王陛下はチラッと私の方を見て、不承不承という感じで頷いた。
「分かった。捕縛命令は撤回する」
「ありがとうございます。では、国王陛下、私もアステリウスに付いて出撃いたします。よろしいですか?」
「其方もか?」
「アステリウスのお目付け役が必要でしょう?」
オルセイヤーが精悍な顔をほころばせる。再び会場から黄色い悲鳴が上がった。
「ぬかせオルセイヤー!年下の癖に!黙って私の指揮に従うなら連れて行ってやろう!」
「ああ、分かった。分かった。頼りにしているよ。兄貴分」
二人は肩を組んだ状態で言い合っている。なんというか、本当に仲が良いな。
「分かった。オルセイヤー。其方の出撃を許可する」
「ありがとうございます」
国王陛下のお言葉に、オルセイヤーはさっと跪いて応じた。そしてアステリウス様とオルセイヤーは並んで私の所にやって来ると、私の前に跪いた。な、何事?
「私の女神よ。どうか私に勝利の祝福を与えたまえ」
アステリウス様が芝居掛かった台詞を優雅に放った。オルセイヤーも続けて言う。
「あなたの祝福さえあれば例え相手が数倍の敵でも撃ち破って見せましょうぞ」
会場中が水を打ったように静まり返って私達に注目している。ううう、ちょっと待ってよ。私は神官でも巫女でもないし、神様の祝福を与える事なんて出来ないわよ!と思いながらも、今更そんな事はこの場では言えまい。
仕方が無い。私は一度大きく息を吸って、吐くと、ぐっと目に力を入れる。そして何度か神殿で目にした祝福の場面を思い出しながら、祝詞のような言葉を紡ぎ出した。
「北の地へ赴く戦士に勝利を。その剣に何よりも鋭い切れ味あれ、その鎧に全ての刃を跳ね返す強さあれ、その足に馬よりも強くたくましい力よ宿れ、その腕に熊よりも恐るべき力よ宿れ。我は女神に願う。王国の戦士たちに勝利を。王国の大地から野蛮なる敵を駆逐し、王国を護り給え」
そして、まず、アステリウス様の左肩に右手で手を触れ、次にオルセイヤーの肩に再び手を触れた。
「あなた達に勝利の祝福を。そして、無事にお戻りください」
二人は無言で立ち上がると、私を見下ろした。二人とも見た事が無いくらい真剣な顔をしている。と、思ったら、フッと笑顔になる。
「行ってくる」
アステリウス様はスッと前に出て、軽く私を抱擁した。私は彼を軽く抱き留めた。
「ご武運を」
アステリウス様が離れると、今度はオルセイヤーが進み出て私と抱擁する。オルセイヤーは無言だった。
「・・・ご武運を」
私が言うと、オルセイヤーはそっと私の耳に口を寄せ、呟いた。
「何があってもアステリウスだけは必ず還すからな」
え?驚く私からオルセイヤーは素早く離れた。そしてニヤッと、彼らしく微笑んだ。
「オルセイヤー!何時まで別れを惜しんでいるのだ!早さが大事だと言ったろう!」
「分かった分かった!」
アステリウス様とオルセイヤーは並ぶと、そこからは後ろを振り向く事もなく駆け出して行ってしまった。私は呆然と、それを見送るしか無かった。
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